Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
その一撃は、天をも貫く一条の光となって顕現した。
基地に施された九層の結界はひとつひとつが特別かつ超一級の城壁だ。九重に張り巡らすことで『宮中』と『九』『十』の二つの意味を含有させ、言霊による結界増幅の役目を担っていた。
例え聖剣クラスの対城宝具であってもおいそれと貫けるものではなく、最新式の
そんな汗と涙と技術の結晶が、露と消えた。
蓄積された現代技術など役に立たなかった。
伝承された魔道の秘技も無為と消えていた。
その光景を見た者は一体何を思ったのか。
間近でこれを呆然と見ていたフラットは乖離剣の一撃を耐え凌ぎ、ようやく立ち上がった異形の巨人がゆっくりと異形の剣を頭上に掲げたのを確認していた。
頭上で再度、アーチャーが極黒の渦を放とうとしていたが、それから何があったのかはまるで分からない。直後に衝撃が感じられないのに強烈な光が迸ったことで、一時的に視力と意識を失ったからである。
地上でスノーフィールド市民の脱出を誘導していたヘタイロイの一人は、光の柱が突如として目前に出現したように見えた。
それが果たして上空から降ってきたのか、それとも地から沸いてきたのかすら判断がつかない。ただ神々しい光に呆然と立ち尽くし、ついに迎えが来たのかと無駄な抵抗を考えることもなく脳裏に走馬灯を駆け巡らせていた。
戦場となった市街地より遠く離れた位置で、戦場観測と万が一の援護のために待機命令を出されていたレギヲン唯一の生存者はこの光の柱を
やや現実味に欠ける発想ではあったが、頭目であるファルデウスから得た数少ない情報にそうした類のものもあったのだ。彼は万が一の可能性に躊躇なく次に訪れるであろう衝撃と爆風に備え、地に伏せた。
高度四〇〇キロメートルの衛星軌道上にある国際宇宙ステーション常駐の宇宙飛行士は、アメリカ大陸から一条の光が突き刺さるように放たれていることに気がついた。
人生で初めて見る光景に、彼は神の名を呟きながらもすぐさまヒューストンへと連絡を取った。しかし一瞬のノイズが入った応答の後、彼は先の光景が気のせいであるとの結論を受けた。
軌道上から目視できるほどの光条であれば熱量を確認できる筈であり、大気にも無視できぬ影響がある筈だ。しかしそんな現象はどこにもなく、また計器が故障した様子もない。カメラにもその光景は録画されていないことから、ヒューストンは彼が疲れているのだと判断した。
予定より少し早い休息指示を受けながら、宇宙飛行士は首を傾げて再度アメリカ大陸上空を確認する。アメリカ大陸上空の雲の動きに、目視であっても不自然な点を見つけることはできなかった。
そして。
その現象を起こした最終英雄は静かに上空に掲げた剣を下ろした。
長さ三メートル近くもある大剣は根元よりも切っ先が太く、幅も広い。装飾もなく、無骨という言葉が相応しく、剣よりも鉄塊と表現した方が正しい。そんな畸形ではあるが、それよりもその剣を使う英雄の方がもっと異形であった。
全高およそ四メートルはあろうかという巨人。
伝承では白い駿馬にまたがるとあるが、ケンタウロスの如く馬の首から上が人間の上半身に置き換わっている。頭部も馬というよりはでき損ないのスライムのようになだらかであり、本来眼球があるべき場所には漆黒の穴が空いているだけ。そこに知性があるようには感じられない。
見ただけで脳に直接刻み込まれるような強烈な精神支配。
誰もが少し近付いただけで、この存在を理解させられる。
かの存在が周囲に撒き散らす狂気はその意義と名前だけ。
これが、世界に終わりをもたらすために用意された存在。
最終英雄、カルキ。
「■■■■■■■■■■■■―――――!!!!」
カルキが空へと咆える。
そう。空だ。
カルキの頭上にあるのは無機質な岩盤や基地の天井などではなく、果てなき空が広がっていた。
それは一体どんな理屈なのか。
一撃で九層の結界を打ち破るだけならば、アーチャーの乖離剣だって可能だ。威力という見地からみれば、十分可能であるに違いない。だが威力『以外』を考えれば、そんなことは不可能だ。
何かに何かが干渉する時、そこには必ず相互作用が生じる。一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対であり、その大きさは等しい。俗に作用・反作用の法則と呼ばれる原則である。
だが、その反作用がここにはない。
放たれた一撃は確かに九層の結界と厚い岩盤と鉄筋鉄骨を食い破ったが、ただそれだけ。地下の閉鎖空間でありながら、強大な衝撃波が周囲を荒れ狂うこともなければ、消滅した空間によって生じる莫大な空気の流動すらもない。光の柱が大気圏外まで出現させたというのに、空には未だ雲がある。
万象を切り裂きながら、破壊だけを行うわけではないのだ。破壊した後の再生までこの一撃には込められている。
これが、救世剣ミスラ。
友情と契約の神の名を冠する、破壊と再生を両立させる救世の力。
基地の切断面を見れば、綺麗な円を描いているのが分かる。基地の結界はまるで機能しておらず、物理的にも魔術的にも完璧なまでの防御機構がまるで意味を成していない。今は頭上に向けて放たれたが、平地でこれを横薙ぎにされれば見渡す限り均された平地ができ上がることだろう。地に向けて放てば、あるいは地球を真っ二つにすることだってできるかもしれない。
そんな破格の力を、あろうことかこの英雄は、傷ついた身体のままに使用してみせた。
四〇万年という時間流の誤差から破滅そのものといえる『世界による修正』を受け、解離剣の直撃を耐え、実に一〇〇にも及ぶ宝具を身体に突き刺さったままに、天井に向けて放ったのである。
生きているのが不思議という段階ではとうにない。
存在していること自体が有り得ないレベルなのだ。
いつ消滅しても、おかしくない。
それなのに、カルキはその剣を加害者であるアーチャーや
つまりは、カルキにとってヘタイロイの攻撃は何の障害にもなり得ない。英雄王という英霊の頂に立つ存在ですら、カルキから見ればそこらの塵芥と同列に扱われるべき存在に過ぎないのだ。
「
だからこそ、英雄王は、生きていた。
救世剣の光の柱に呑み込まれながら、アーチャーは全くの無傷。ただ足場としていた第八層だけが消失したことで、その身を階下の第九層に落とされただけ。乖離剣を解き放とうとするその姿勢のまま、何事もなかったかのように第九層へと着地する。
かつて、第四次聖杯戦争序盤にて、これと似たような状況にアーチャーは陥ったことがある。同じく地べたに落とされたその時にはアーチャーの憤怒は臨界にまで達しており、令呪を用いなければ事態の収拾がつかぬほどの状況であった。
そして今この瞬間は、あの時のように抑制ができる手段がある筈もない。いや、令呪があってもこの怒りを収める術などありはすまい。
乖離剣と同時にその周囲に空間を歪ませ数えきれぬ程の宝具が現出する。
力ある言葉と、宝具が空間を走り抜けるのは同時だった。
「―――
ほとんど連撃に等しい超弩級の攻撃に、果たしてカルキは。
「■」
極黒と純白がぶつかり合う。
何が起こったのか、アーチャーを含めて誰も分かるまい。
アーチャーはカルキに先んじて乖離剣を放った。
カルキは直前に救世剣を基地の破壊に使っていた。
だというのに、次の瞬間にカルキは乖離剣の一撃を救世剣で迎撃をしているのだ。
タイムラグという概念がないのか。順序を入れ替える呪いか、もしくは因果を逆転させる呪いなのか。もはやそうであって欲しいという願いは確実にあるだろう。そしてその願いが叶うことは永遠にない。
最終英雄がどれだけ神秘の存在であろうと、その迎撃はただ早く動いたことによる結果に過ぎない。
あれだけの出力の迎撃を、あれだけの短時間で、あれだけの傷を負いながら、何の特別なことをすることなく、実に簡単にやってのける。
激突は、すぐに終わる。
後には何も残らない。白と黒の激突は綺麗に消えてなくなった。ついさっきまであった渦巻く風や、空間が軋む音はどこにもない。
右向きの風、左向きの風が足してゼロになっただけ。
「巫山戯た、真似をしてくれる」
そんなカルキを憤怒に満ちた視線で睨み付けるのは、乖離剣を抜き放った姿のままのアーチャー。
これだけのことをしておきながら、ほとんど歯牙にもかけられていない。かつてない屈辱に身を震わせながらも、アーチャーは動けない。否、自らの意志で動こうとはしなかった。
もはや迂闊な行動を取ることはできない。
アーチャーは二度も乖離剣を抜き放ち、消耗してしまっている。対してカルキはそんなことなど気にせぬように、呆然と空を見上げているだけ。そして実際に気にしていないのだと、アーチャーは確信している。
最初の英雄がギルガメッシュならば、最後の英雄こそがこのカルキ。その実力は互いに他の英雄英霊を圧倒している。
常人から見れば共に見果てぬ雲の上の存在だが、雲の上であっても優劣はあるのだ。逆にギルガメッシュが居る高みだからこそ、カルキと己との実力差を如実に感じることができていた。
英雄王をして、最終英雄を舐める真似はできないのだ。
カルキの存在理由は世界を終わらせ救済をもたらすこと。そのためにカルキは想定される
その量、およそ一〇〇〇億。
現在は大幅に弱体しているとはいえ、それでも一億近い総量をカルキは保持している。ギルガメッシュですら数十万だということを考えれば、どれだけ絶望的な差であるかわかるというものだ。
迎撃をしたことでカルキがアーチャーを無視していないことは確かだが、追撃がないことから軽視されていることも確かだろう。
怒りに我を忘れて思わず撃ってしまったが、冷静に考えればこの閉鎖空間で対界宝具が何の相殺もされることなく唸りを上げれば、
怒りが逆にアーチャーの思考をクリアにする。
頭上が吹き抜けになったことで戦場を移す選択肢が増え、状況的にはむしろ良くなったともいえる。救世剣の威力と特性が見られただけでも十分。カルキがヘタイロイを歯牙にもかけぬのならそれを利用してやれば良い――
「――何?」
ヘタイロイの包囲、魔群の消失、宝具の雨。
これまで乖離剣にしか何の反応も示さなかったカルキが、何かに気付いたように、動いた。
天井をわざわざ貫いたのだから、そこから外に出ようとするのは当然の行為であるが、カルキの行動にはそれ以外のものがある。
「――アレは」
アーチャーがソレを視認する。
驚くべきはアーチャーのクラス特性で強化された視力より、カルキの直感が優れていたことか。
カルキが、地を蹴った。
巨人の跳躍はただそれだけで包囲網を狭めようと近付いた全身宝具で固めたヘタイロイを薙ぎ倒す。地下二〇〇メートルから上空一〇〇メートルまで軽々とその巨体を移してみせた。この急加速にカルキの全身に罅が入り込むが、それを気にする様子もない。いや、気にしている暇などないのだ。
カルキにしても、アーチャーの乖離剣、ランサーの創生槍を前にすれば無視はできない。無視できないレベルの存在がそこにある。だからこそ、カルキは跳躍し、迎撃のために救世剣を構え、放ち、そして、
堕ちた。