Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-13 女

 

 

 轟音が響き渡った瞬間、ジェスターは死を覚悟した。

 

 忌々しいことであるが、今の彼女にできることなど何もない。

 血液を本体とする彼女はその気になれば肉体を犠牲にして魔力を生み出すことが可能である。長年蓄え続けてきた魔力はその気になればサーヴァント数体をまとめて面倒見切れるほどで、戦争最終局面にあっても余力はたっぷりとあった。

 そのたっぷりあった魔力の全部をアサシンに提供(強奪されたともいう)しながらまだ彼女が生きている理由は、単純にその自喰作用によるものである。とはいえ、ここまで肉体も失い後がなくなればおいそれと魔術を行使するのも躊躇われるだろう。

 

 ジェスターにできることはただ周囲を観察することのみ。例え何もできなくとも情報収集は大切なのである。同じ死ぬのなら死ぬ理由を知りたいと思うのはそう特別な話でもないだろう。

 故に、彼女は生きてその光景を目撃することになる。

 

 そこに女がいた。

 

 カルキの間合いは当然のことながら数メートルとかなり広い。その巨体に加えて救世剣のリーチ、そして強力な剣圧によって圧倒的なキルゾーンを形成せしめている。これを突破しゼロ距離に至ればさしもの最終英雄もリーチの長さが裏目となって手出しできないだろうが、それを実行できる英霊などいるわけがない。

 だというのに。

 その女はカルキの懐深くにその繊手を軽く密着させていた。

 

 大地を言葉通り「踏み砕く」強烈な震脚。

 見た目から判断などつかないというのに、何故か理解してしまう気脈の開放。大地から取り入れた螺旋の流れはただそれだけで尊く、そして震える程に怖ろしい。逆巻く気の旋風は強力無比ではあるが容赦がない。

 一切を躊躇なく受け入れるのは相応の器も必要とされる。それは強度であり、柔軟性であり、度量であり、そして運でもある。しかしてそんな心配は必要なかった。

 爪先から始まって、足首、膝、股関節、腰、肩、肘、手首。すべてをひねりながら、その力が拳に淀みなくかくあれかしと集約されていく。

 

 身体を駆け巡ったエネルギーがほんの少しでも漏れ出た瞬間、術者はあっけなく死ぬことになる。生きているという時点で驚嘆に値する偉業なのだ。人の域の技でありながら、人の域にあらざる魔技――あるいは神技。

 いや、神秘そのものか。

 その小さな拳に空間が歪んで見えるほどに、力が凝縮されていた。

 

 寸頸。

 

 轟音はここより発生していた。

 空間どころか、時間すらも引きちぎるほど次元違いの暴力。

 ジェスターもまたどちらかといえば武闘派であるが故に己の戦闘力には自信があるし、副次的ながら『至ってしまった』が故に死徒となった身でもある。己が辿った道に誤りはないと胸を張って言える自負はあったが、この瞬間から同じ事を平然と口にできるかどうか。仮にこの女の偉業をジェスターが真似ようと思えば、今日まで生きた人生と同じだけの時を費やす必要があるだろう。

 

 至るべき道程を間違えたと錯覚しかねぬ精神的破壊力がそこにあった。ややもすると死徒としての存在意義(レゾンデートル)を失いかねぬ負荷を感じながらも、それでもジェスターの精神は耐えきった。

 耐えきれなかったのは、最終英雄の身体だった。

 

 拳と接触していた胴の反対側が一瞬遅れて冗談のように爆散していった。

 数多の攻撃に耐えてきた筈の最終英雄の身体が、たった一撃で、ここにあっけなく敗北した。衝撃の余波が四方八方に飛び散り、何も無いはずの空間に奔った亀裂がそのまま修復される様子もない。魔術を囓った人間であれば、大なり小なり最終英雄に施されていた神代の時代の防御術式が同時に弾けたことを確認できただろう。

 

 飛び散った最終英雄の肉片が、新たな魔群の津波となって周囲へ逃げていく。この量とこの数を放置しておけば後日とんでもないことになりかねないが、そんな些事に意識を割く余裕はない。

 カルキが、後退する。

 腕の力だけでわずか一〇メートルながらも、前進しか知らぬ最終英雄が、仕切り直しを強いられ、警戒した。警戒に値するだけの「敵」であると、カルキは認識した。

 

「■、■、■、■、■、ッ――――」

 

 悲鳴などはない。

 嘔吐くように漏れる音だけが、カルキから漏れ出てきた。

 距離を取り、即座の反撃がなかった事実が、何よりの成果を物語っている。

 

「――馬鹿なこと」

 

 と、気怠そうに、女は口を開く。

 てっきりそれは相対していたカルキへの言葉かと思えば、そうではない。

 

「何をしているのアサシン。そこの吸血鬼は守らずとも死にはしないでしょう。令呪の強制力とはいえ、自覚すれば多少なりとも抗うこともできるでしょうに」

 

 やれやれ、と嘆息する女。驚くべきことにその意識の矛先はアサシンにあった。視線こそ最終英雄から動かさないが、意識を他者へ向けるだけの余力がある。

 余裕があった。

 

「身体は癒やしたわ。さすがに魔力はどうにもならないけど、そこのボロ雑巾から搾り取りなさい。ゴキブリくらいにはしぶといからきっと大丈夫よ」

「―――っ!」

 

 女の指摘にアサシンが息を呑んで確認する。

 マスターであるジェスターにもその異常ははっきりと認識できた。今のアサシンに、わずかな瑕疵も存在していない。まるで時間を巻き戻し方のような錯覚に囚われるが、あながち間違いではないだろう。戦闘でボロボロになった服までも、同様に元に戻っている。

 

「お、お前は何者だッ!?」

 

 溜まらず、ジェスターは女に詰問する。

 この数分だけでジェスターは数百年感じたことのない、ジェットコースターの如き感情の起伏を体験している。

 キャスター達を出し抜きランサーを手玉に取ったと思ったらフラットに手玉に取られ、怒りに身を任せたらいつの間にか最終英雄復活の場に立ち会っており、訳の分からぬままアサシンに捕らえられボロ雑巾のように搾り取られている。事態を一向に把握できていないが、それでも尚平常心を失わないのはさすがと言えた。

 だが、それもここいらが限界だ。元来、自らの嗜好に忠実な彼女である。振り回されっぱなしな状況に我慢できる質ではない。

 が、

 

「―――お前?」

 

 言葉に、怒気が込められる。

 最終英雄に注がれる筈の視線までも、砲身を動かす戦車のように照準がジェスターに向けられた。

 

「害虫如きが舐めた口をきくじゃない。この姿を見て私が誰か分からない? 耄碌したのかな、お嬢ちゃん?」

 

 眉を寄せて、軽蔑さえしているかのような表情。

 気の緩み、とでもいうように怒りの矛先をジェスターに向けられたのは一瞬のことだけ。それも子供のオイタにムキになってしまったとばかりに押さえつけられる。だがその一瞬は、この数百年を生きた死徒を震え上がらせ足る十分な威力を秘めていた。

 

 人の身体を持っていれば失禁していてもおかしくあるまい。両の足があれば、自由になる腕があれば無駄を承知で這ってでも逃げていただろう。

 今すぐ死んでいてもおかしくないくらいに弱体化しているのだ。ただの稚気であっても隔絶した実力差があれば死神の鎌も同然となりかねない。

 いや、それよりも。

 

「お嬢ちゃん、だと――?」

 

 そう呼ばれていたのはいつの話だろう。

 好きこのんで男装をしていたジェスターである。女の形など早々に投げ捨てている。ということは本当に幼少時以来数百年そう形容されたことはないということだ。

 馬鹿にされたと感じながらも、その言葉が嘘偽りでないことを直感する。

 

「――ああ、そうそう」

 

 ジェスターの声は、もはや雑音となって女の耳に届かない。

 視線を最終英雄へと戻し、女が指を鳴らせば突如として立ち上がる影が演技過剰なまでに出現する。

 立ち上がる、というより、蘇る。

 金属の肉体に深々と刻まれているのは、救世剣の一撃。カルキについ先程完膚無きまでに破壊された筈の鋼の巨人アトスは、脱力しながらも重力に逆らうようにその骸を起こす。

 

 視線を外す、という致命的な隙を最終英雄が見逃した理由がここにある。

 完全に機能停止した筈だというのに、この巨人は何の障害もないとばかりに立ち上がる。惨たらしく晒された疵痕は、アサシン同様にやはり見る間に修復されていく。カルキに付けられた傷はもちろん、落下の際に受けた衝撃も、全て。

 

 全力可動すれば単騎でサーヴァント数体を圧倒できるという触れ込みの都市殲滅型軽車輌が、無傷で再度降臨した。この場にいる全員が知る由もないことだが、その内部構造には本物の竜種の遺骸や核までもが組み込まれている。信じがたいことに、そうした内部部品までもがより強度と神秘を増して蘇っているのである。

 

 もちろん、これで終わりというわけもなかった。

 またも響き渡る轟音。しかしこれは暴力的なものではなく、宙を飛び交う軌跡によるもの。二基の跳躍ユニットを自在に操りその存在をアピールするのはアトスと同じく機能停止に陥っていた残りの都市殲滅型軽車輌が三機。

 キャスター命名機体名称、ボルトス、アラミス、そしてダルタニアン。

 手にしている宝具は、やはり時間停止の拒絶結界方舟断片(フラグメント・ノア)

 

 止めとばかりに、周囲に横たわり機能停止に陥っていた機械兵団も、その全機がロールアウト直後の如く万全な状態となって復活してみせる。

 まるで夢か幻かという有様が現実と知らしめるべく、まずは殴り飛ばされた肉片から周囲に発生した魔群を対霊狙撃砲(アンリ・スピリチュアル・ライフル)の一斉掃射で掃討。圧倒的な火力によって、後顧の憂いはあっさりと排除された。

 

「挨拶が遅れたな、最終英雄」

 

 まるで握手を求めるように差し出される腕。が、差し出された意図は別にある。

 その手には、令呪の輝きがあった。

 

「――夢幻召喚(インストール)、始皇帝」

 

 こともなげに、彼女は有り得ぬ呪文を唱えてみせた。

 それは戦争序盤で失われた筈のフラグである。

 その令呪には、普通の令呪と違って英霊を限定的召喚を可能とする機能がある。だがそれにしたって始皇帝ほど格の高い英霊を喚ぶには些か以上に力不足。最低限、召喚するための直接的な触媒が必要であるが、スノーフィールド内でそれを可能にする触媒はランサーと二十八人の怪物(クラン・カラティン)の戦闘に巻き込まれ永遠に失われている。

 そんな不可能を可能にして、準備が整ったと女は最終英雄に名乗りを上げる。

 

「我が名は、繰丘椿。

 夢世界にて貴様との邂逅を数万年も待ち望んだ時間旅行者(タイムトラベラー)、だよ」

 

 十歳児の身体で、その女は嬉々として最終英雄に宣戦した。

 

 

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