Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-16 冥府

 

 

「俺やることあるんで、ちょっと代わりにお願いしますね!」

 

 などという軽いノリで署長は根源へと向かうことになった。

 んなバカな、と思った。

 

「んなバカな」

 

 実際に口に出してみた。

 現実味が全くなかった。

 

 改めて言うことでもなく、わざわざ解説することでもなく、確認が必要なことですらないが、本来魔術師とは根源を探求する学者なのである。根源へ至手段に魔術を用いるから魔術師と呼ばれるだけ。

 

 そんな魔術師達にとって根源とは到達点そのものであり、本来であれば気軽に行ける場所でもなければ気軽に行く場所でもない。

 一代程度の研究で到達できるようなものでもなく、代を重ねて研究を子に継がせ続け、より強い魔力を持つ子孫を作り、子孫もそれを繰り返す、そんな果てしない道程を経て、そこまでやってようやく奇跡的に手を伸ばせる可能性がもしかしたらほんの少しあるかもしれないような、気の遠くなるような場所である。

 少なくとも、代を重ねてすらいない署長にあっては決して見ることのできない全て遠き理想郷の筈だった。

 

 なのにこんなにあっさり来てしまった。

 より正確には、向かっている最中であるのだが。

 

「なんです、署長。浮かない顔して」

「なんで貴様はそんなに浮かれていられるんだ」

 

 署長の隣で暢気に鼻歌なんか歌うように歩くファルデウス。心なしその足取りはスキップしそうなくらいに軽く、今にも昇天しそうなくらい。あの手堅く嫌らしい手腕の敵は一体どこに行ってしまったのか。

 

「いいではないですか。天にも昇る気持ちとは、今この時私のためにあるような言葉ですよ。この人生最大の幸運を喜ばずして一体いつ何を喜ぶというのですか。過ぎてしまったことは仕方ありません。今という時間を大切にせずしてこれからの未来を過ごせると思えますか?」

 

 署長に汚名を着せ謀殺を図り、手塩にかけて育ててきた部下達を完膚無きまでに使い潰してみせた男は、臆面もなく最高の笑顔で応じてみせた。

 

 署長だって分かってはいるのだ。魔術師であるならこの状況、どんな極悪人で吝嗇家であろうと最高の笑顔と寛容な心を自然と持ってしまうものなのだ。この場合、溜息をつきながら浮かない顔で歩く署長の方が異端なのかもしれない。

 

 盛大に溜息をつきながら仕方なしに前を向けば、先頭を歩んでいた銀狼がいつの間にか署長の顔を振り返っていた。苦労してますね、とその顔に書いてある。畜生に慰められて更に心が重くなる。

 

 同じマスターであったとはいえ、銀狼はファルデウス以上に署長と馴染みが薄い。

 ライダー戦で活躍したらしいが、そのライダー戦の情報がほとんど入ってこなかった上、隣を歩くファルデウスにマスター権を奪い取られてしまえば役者としての重要性は底辺にまで落ちる。署長が積極的に銀狼の情報収集に動くわけもないのである。

 

 この期に及んで何故この場面この面子で同道する羽目になるのか、さすがの署長も予想外でしかなかった。

 それもこれも、全ての元凶はフラットである。

 

「いやあ、フラット君は本当に凄いですね」

「………」

 

「まさか瀕死の銀狼を切り札として蘇らせるなんて思ってもいませんでしたし」

「………」

 

「それどころか、最終英雄封印の台座を利用して根源への『孔』を開けるなんて」

「………」

 

「しかもこの絶好の好機、好の字が二回も入るくらいのチャンスを他人に託すなんて」

「………」

 

「生半可な信頼と自信と度胸でできることじゃありませんよ、ねえ署長?」

「頼むから少し黙っていてくれないか?」

 

 全ての説明をしてくれたファルデウスに署長は心の底から口を閉じるようお願いをした。

 

 署長はフラットから今回の策を享受するにあたり最初に思ったのは「目的と手段が入れ替わってね?」だった。

 最終英雄打倒のために根源の渦と部分接触を計る――やろうとしていることに理解は示せるが、最終英雄打倒と魔術師の悲願たる根源の渦への到達を天秤に乗せるのは如何なものだろう。

 

 署長がもしこの策を思いついていたのならば、最終英雄なんかほっといて根源への到達を優先するだろう。フラット以外の魔術師がこの策を事前に聞いたのであれば、聖杯戦争なんかほっぽり出して横取りすることを考える。

 間違いなく。確実に。

 

 もっとも、事前準備が整わないために署長は根源に最も近付きながら指を咥えて見るしかないので選択の余地は無かった。さすがはロードエルメロイⅡ世の秘蔵っ子。まるで全幅の信頼を寄せているか、もしくは何も考えていないように見せて非常に計算高く策を巡らしている。

 

 現在、署長達がいるのは所謂『冥府』と呼ばれる場所だった。

 

 この場所を生きて目撃できるだけでも策に乗った価値はある。

 人類の創世記や神話などに見られる源記憶。記紀であれば天岩戸やイザナギの黄泉への降下、ギリシャ神話のハデスやオルフェウスの冥府行、北欧神話(エッダ)のブリュンヒルドの冥府降下、そして基督教のイエスの冥府降下。それらはつまり、根源に至る道の一例を分かり易く示している。

 

 もちろんこれだけで根源に至ることができれば苦労はしない。この冥府はあくまでユングが定義した人類種の集合的無意識に過ぎず、根源に近いかもしれないが類似品でしかなく、そしてまだ遠い。

 署長が目指すべきは、ここより更に下の原型(アーキタイプ)。最終英雄に力を注ぎ続けてきた霊脈、マナが枯渇し底を露呈させた台座より銀狼を介して署長達は星の中枢を目指していた。

 

 周囲が、徐々に暗くなっていく。

 集合的無意識の更に下にあるのは純粋なる『闇』だ。

 

 星の記憶、その基部構造。

 このくらいの深度になれば、冥府は死者の国として生きている者が近づくのを良しとしない。人が自己の意識を保ったままでは踏み込む事ができない領域に構わず署長達は前に――底へと、かつての英雄達と同じように降下する。

 

 引き込まれ、煉られ、凝縮し、煉獄の軋みを超えて辺りに積もる澱はより純粋さを増し、闇へと溶けてゆく。

 冷徹な漆黒、世界の基部――その無機的にすら思える構造は、まるで石柱によってくみ上げられた壮大な書庫のよう。叡智無き知識の回廊、膨大なる亡者の書籍群、眠りに就いている象徴表象の石盤が寄り集まり、重い軋みを上げていた。

 

「……この世界において、知識とは強度、智慧とは柔軟性。基部に求められるのは強度なんですね」

 

 誰ともなく、ファルデウスが呟く。

 ここには地球で起きたありとあらゆる事象が欠けることなく集積されている。その重みに耐えるなんて、きっと人類の誰にもできないだろう。魔術師としてこの閲覧者無き大図書館に触れてみたいところだが、残念なことに少しでも銀狼の側を離れれば圧死は避けられない。

 死を覚悟すれば、それも可能なのだろうが。

 

「まだ大丈夫か?」

 

 確認するように署長は銀狼を労る。

 人間には到底到達できぬ深度であっても、人間でなければその限りではない。銀狼の頭が如何に良かろうとも、知性において人に遠く及ばないし、生まれたばかりで蓄積されるべき経験もない。であれば、人が自己の意識を保てぬ混沌の海であろうと多少ならば耐えられる理屈である。

 そしてフラットの手によってその限界値は大きく更新され、星の深部でさえこの通りである。

 

 問題は、必要とする知識がないために銀狼だけでは適切な場所に誘導できないことにある。深すぎればブレーキをかける間もなく根源の渦に呑み込まれてしまうだろうし、浅過ぎても目的を達成することはできない。

 

「署長、もう十分ではありませんか?」

 

 わずかに覗く漆黒の隙間に滑り落ちながら、ファルデウスが声をかける。

 この深部まで生きて到達した人間は皆無である。であれば詳細な情報が人の世に伝わっているはずもない。全ては魔術師としての知識と感性、そしてなによりも直観力が求められている。そういう意味においては、判断能力に優れようと魔術師として決して優れているとは言い難い署長ではまだ不安があった。

 署長の判断では、まだ余裕がある。が、魔術師として一日の長があるファルデウスは限界に近いと判断したらしい。

 

「意外だな。てっきり舌三寸で丸め込みにかかると思っていたのだが」

「酷い誤解ですね」

 

 署長の胡散臭そうな顔に嫌な顔一つせずファルデウスは肩を竦める。

 ファルデウスは、この場で必要な存在ではない。たまたま同道しているだけであって、署長のように託された使命を帯びているわけでもなんでもない。状況的に署長は例外としても、魔術師ならば誰しも横取りを考える状況である。このファルデウスが例外であるなどと、一体誰が信じられようか。

 

 だが、ファルデウスが己の利のために意見をしたというのなら不自然でもある。

 根源に少しでも近付くべく限界値を超えさせようと誘導するならまだしも、限界値手前を進言するのもおかしな話だろう。もちろん、そういう策と言われれば納得もいくのだが。

 

「……わかった。この辺りに錨を降ろそう」

「おや。私の言葉を信じるのですか?」

「私は信じちゃいないさ。私は」

 

 強調するべきは自身の意思ではないということ。署長は単なるオブザーバーとして同行しているのであり、決定権を持っているわけではない。

 銀狼が、心を見透かしたようにファルデウスの顔を眺め見ている。尻尾を左右にゆっくり振りながら、お行儀良く座り込む。

 人間に判断付かないことも、人間でなければ判断がつくらしい。

 

「随分と信用されているじゃないか」

 

 茶化す署長ではあるが、銀狼とてファルデウスを恨んだことはない。

 実際、ファルデウスが令呪を奪い延命処置を行わねばとっくの昔に銀狼は死んでいた。それどころか、銀狼がランサーを召喚した時にファルデウスは近くでずっとその様子を伺っていたのである。もし銀狼がランサーを喚ばねば、きっとファルデウスが銀狼を助けることになっていただろう。

 

「……もう少し悪の黒幕としてそれらしい振る舞いをしたかったのですが」

 

 苦笑いするファルデウス。立ち止まる署長と銀狼とは異なり、その足は前へと動く。

 

「行くのか」

「万に一つも可能性はない、ですか? けれど億に一つの可能性はあります。どちらにしろ動かなければゼロが確定してしまいますから」

 

 銀狼の側から離れれば、そこは星の深部。生者が辿り付ける場所ではなく、根源を求めたところで魂が耐えられる可能性はゼロである。唯一の望みは、魂が砕け散るより先に根源へ辿り着くことのみ。

 挑戦権はこの場にいる全員にある。あるいは銀狼を騙くらかしもっと深部へ行けたのなら、署長だってあるいは挑戦したのかも知れない。

 

「貴様にはもっと色々と聞きたいことがあったのだがな」

「黙ってくれと頼んだのは署長でしょう?」

 

 そう言って“偽りの聖杯戦争”の黒幕は結局何も語らず、騙りもしなかった。

 この戦争で数々の罪科を積み上げてきた彼ではあるが、根源の渦へ挑戦ができた以上この戦争で誰より利を得たことに間違いはなかった。

 

 トリックスターは他者にかけた迷惑を顧みることも未練を残すこともなく、あっさりと退場する。

 ファルデウスの後ろ姿はすぐに署長の視界から消えてなくなる。

 

「死んだのですか?」

 

 確認するような声音が銀狼の背後からしてきた。

 

「さてな。肉体を殺されながらここまで同道できる程ファルデウスの魂は強い。案外根源に辿り着く可能性だってあるかもしれんよ」

 

 人の魂というのは、体の中に収まっていることで形を保っている。だが生きて星の深部へ向かうためには肉の身体は邪魔であり、魂そのものを飛ばすことでしかここへ辿り着くことはできない。

 故に、魔術師は象徴(シンボル)霊体投射(プロジェクション)精神集中(コンセントレーション)といった様々な方法で自らの魂を再定義する方法を心得ている。

 

 現世へ帰還せねばならない署長達と違い、ファルデウスは戻ることのない片道切符である。再定義する必要がなければ魂の寿命だけを伸ばすことは十分に可能だ。並の者なら数瞬で霧散することだろうが、あの男があっさり消えてなくなることもないだろう。

 

「現世に戻ったら奴の死に顔を見てみな。きっと満ち足りた顔をしていることだろうよ。憎らしいことにな」

 

 銀狼の頭を撫でながら署長は座標を固定させる。後ろ髪を引かれる思いだが、これでこれ以上深部に潜ることはできなくなる。

 

「何故あのまま逝かせたのです? 私ならファルデウスの魂をあのまま確保し、その中身を調べることもできたかもしれませんよ?」

「あの男にもうそこまでの価値もないさ。それにお前の姿を晒すと奴が何をしでかすか予想もできなかったからな。不確定要素はできる限り排除しておきたい」

 

 戦後処理を考えれば生かす意味もあるが、さすがに魂だけあっても仕方あるまい。ならば死人に口なし、と責任の全てを押し付けた方がよほど都合が良い。少なくとも、署長の首はこれで暫く胴体と繋がっていられることだろう。

 署長とて清廉潔白というわけではない。

 

「不満か?」

「私が何を基準に考えているのか、よく御存知でしょう。マスターのためならば、署長の指示にだって従いますよ。裏切る可能性がなければ、別に署長と契約しても良かったくらいです」

「なるほど。肝に銘じておこう」

 

 マスターに仇なせばどうなるか分かっているな、と署長は意訳した。

 やはりティーネやフラット、銀狼と違って署長は全幅の信頼を寄せるに値しないらしい。裏切るつもりはないが、利用価値がなくなれば優先順位はあっという間に落ちていくに違いない。

 精神的疲労に辟易するが、これで終わりと思えばまだ諦めも付いた。

 

「マスターが待っています。さっさと終わらせて帰りましょう」

「ああ、そうだな。では素早く済ませようか――」

 

 署長は銀狼の背後にいる存在に同意するようその名を呼んだ。

 

「ライダー」

 

 

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