Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
タイムリミットは、とっくに過ぎていた。
もはやどう足掻いたところで世界解放命令
生体ピラミッドの頂点に立つことを宿命付けられた最終英雄は、あろうことか格下の有象無象相手に膝を屈し、唯一無二の使命を果たせぬ無能のレッテルが貼られることになる。それもこれも今回のような例外的な復活の仕方を想定せず、融通の利かない運用を強いた彼の創造主が悪いのであるが、神なき現代でそれを責めたとしてもカルキ自身は納得しないだろう。
カルキはどこまでも愚直であり、愚直であり続ける。
もしカルキの類い希なる演算処理能力が起動に伴い長い時間をかけて開発されれば、あるいは感情が芽生えることもあったかもしれない。神への背信を恥じることも、それを邪魔した塵芥に怒ることも、かけがえのない敵を前に陶酔することもあったかもしれない。
もっとも、そんな感情を抱くことはあろうと、自らの使命に疑義を生じさせるようなことだけは決してない。そう、プログラムされている。
故に、カルキはすでに自爆機能を起動させている。
そこに躊躇はない。
カルキの自爆機構は
自爆の威力は質量に比例するため、質量の大半を魔群として解き放ってしまった今のカルキでは大陸を沈める威力はない。だからといって、これ以上質量を減らすことで爆発威力を減らしたくもない。
カルキが自爆する第一目的は、まき散らされた魔群を確実に葬るためなのである。このまま放置しておいてはあっという間に魔群は進化し、人類の手に負えぬ化け物になりかねない。
状況は刻々と変わってはいるが、最終英雄が選んだ選択は、やはり変わりはしなかった。
立ち塞がる敵を前にして、最終英雄は逃走より闘争を選んだ。
単純に、これまで幾つも立ち塞がってきた隠し玉から逃走は不利になると感じたからである。相手の土俵に乗らず、確実な舞台で踊ることで策略に嵌められる可能性を減じる。それに何より、敵を前に背を向けることの危険性は無視できなかった。
彼女は、最終英雄を前に、まだ立っていた。
全盛期の億分の一以下にまで弱められたカルキを前に口にするのは憚られるが、彼女もまた満身創痍。致命傷やそれに類する重傷だけは避けているが、全身に負傷していない箇所は皆無であり、怖気を震う有様となっている。
これが夢であれ現実であれ、もはや血の暖かみなど感じまい。彼女は今、凍てつく極寒の吹雪を体験していることだろう。
にも関わらず、彼女は止まらない。愚直なまでのひたむきさで、攻める攻める、攻め続ける。それしか手がないのだから。たとえ利がないと分かっていても、分かっていなくとも、自分にできることを積み重ねていくことしか彼女にはないのだ。
不器用と言っていい。愚行とさえ表現できるかもしれない。
だがそれこそが、アサシンというサーヴァントだった。
両者ともに愚者。
本来戦うべきために用意された聡明な繰丘椿(偽)であれば早々に見切りをつけていたことだろう。それは彼女が聡明であり、ありとあらゆる状況に対応できる万能であるが故。
カルキとアサシンの足元に草花が舞う。
ありえぬ光景だ。一体誰がつい先ほど紅蓮の地獄と化していた場所と同じであると看破できようか。あれほど傷つき荒れ果てた大地が、ただの一瞬で蘇る。何十万年の月日が経とうとおよそ不可能な事象が、目の前に展開されていた。
夢を現実へと移し替える繰丘椿でなければありえぬ御業である。
周辺環境を夢で無理矢理上書きし、代わりに異界の穢れを夢世界へと取り込み入れ替える。当然、その穢れは繰丘椿が一身に背負うことになるし、そんな途方もない負荷に耐えながら繰丘椿(偽)を維持することができる筈もない。
“上”からの全力支援砲撃によって汚染されたスノーフィールドを癒すべく、繰丘椿は繰丘椿(偽)を引っ込めざるを得なかったのだ。
せっかくの切り札を最終英雄でなく大地の浄化に用いるのはおかしいのかもしれない。この期に及んで優先順位を間違っていると指摘もされよう。しかして、これを具申したのが他でもないアサシンだった。
「ああああああああっ!!」
もはや暗殺者らしからぬ特攻でしか、彼女は自身の存在意義を全うできない。
カルキを逃がすことなく、この場に止め置くだけの役割。アサシンでは荷が重いことは百も承知。これで役立っているなどとも思っていない。実際、カルキは自身の意思で動かぬことを選択しているだけだ。彼女がしていることは無駄以外のなにものでもない。
それでも、彼女にできることは他にはないのだ。
策を練ることも、後方支援に徹することも、人々を助け導くことも、この地を癒すことも、何もできない。それは今に始まったことではない。
戦うより他にできることなど何もない。
「それがどうした!」
絶望的な状況で、アサシンが叫ぶ。
「できることをしないで、一体何が英雄だ! 何の為の私だ!」
唯一自分にできることを放棄すれば、それはただの役立たずだ。
無駄だから。力不足だから。そんな言い訳がやらない理由になりはしない。
死の間際にまで徹底的に弱体化されながらカルキの攻撃はそれでも一撃でサーヴァントを屠る威力を持っている。余波だけ即死することはなくなったが、全て回避したとしてもそれは無傷と同義ではない。
一度は椿に癒され全快したアサシンであるが、そんなことはとっくの昔に忘れた。
救世剣の風圧がアサシンの頬を撫でる。端整な顔立ちにまたひとつ傷を付けながら、アサシンは幾度となくカルキの懐へと入り込み、その手に持ったナイフでカルキの腹に全力で突き立てる。
欠片一つ、重量にして一グラム以下。
それが決死の覚悟で挑んだアサシンの対価だった。
視界の片隅で小さな魔群が発生するのと同時に救世剣の風圧に消し飛ばされ消滅していくのを確認する。刀身こそアサシンの死角にあるが、見えずとも唸る刃は見切りやすい。カルキの振るった一颯がアサシンの脇腹をスレスレで通過する。内臓を掻き乱されるような衝撃が身体の内側を通りすぎるが、それでも致命傷ではない。
再度距離を取り素早い動きでカルキの周囲を駆け回り、次の機会を窺い続ける。
アサシンは謂わば蚊だ。カルキにとってアサシンはただ邪魔なだけ。死に瀕した今となって特段の害はないが、ほんの一グラムといえど傷つけた事実がある以上、ただ無視するのは上策ではない。
抵抗しなければアサシンの攻撃が数を増すのは明らか。かといって本気でアサシンを仕留めるために最大出力で迎撃するのは無駄でしかないし、全力で攻撃した結果痛恨のカウンターを喰らえば反省もする。
結局、多少の反撃をすることで傷を最小限にするのが良策なのである。
カルキが本気で迎撃していないことくらいアサシンだって気付いている。そこにつけ込むしかないことに歯痒く思う。
救世剣の暴風をかいくぐり、馬鹿の一つ覚えのようにアサシンは刃を繰り返し振るい続ける。奇跡のような綱渡りではあるが、もはや両者の戦いとも言えぬ戦いは何かしらのイレギュラーがない限り永遠と続くことだろう。カルキが自爆の時を迎えるか、アサシンの体力が尽きるか、第三者の横槍か。
しかして、現実とはかくも残酷である。
小さなものが割れる音と同時に、カルキは高速で振り回していた救世剣を乱暴に地へと降ろした。切っ先を大地に沈め、またも懐に飛び込むという偉業に成功したアサシンを殺そうともしなければ見向きもしない。
アサシンの手には砕け散ったナイフが残される。
頑強極まりないカルキの肉体にナイフの方が先に音を上げていた。二天一流によって宝具化され最大限強化されてはいたが、やはり真性の宝具と違い耐久性に難がある。魔力を再度込めればあるいはもう少し保てていたかもしれないが、そんなことができれば苦労はしない。
唯一の武器をなくせば、アサシンはただ五月蠅いだけの蠅と化す。目障りであろうとも直接的な害がないのだ。これ以上カルキがアサシンを相手にする必要はない。
「こちらを向きなさい、最終英雄!」
最早眼中にないことを察してアサシンは全力で殴りつけ自らを誇示するが、当のカルキが再度目を向けることはない。
いやむしろ、アサシンから目を離すことによって、次なる標的を目に入れていた。
遠く離れた場所で倒壊したビルの上に仁王立ちするアーチャーがいる。今の今まで隠れていた英雄王がここで姿を見せるのが何を意味しているのか。
「隠れていなさいアーチャー! 私はまだ戦える!」
アサシンの叫びに応えたのはアーチャーの何かを言わんとする冷たい視線だけ。もっとも振り向いて欲しい最終英雄に至っては何の反応してくれない。
アサシンの魔力は既に尽きている。
ジェスターの一部を喰らうことで一時の魔力を得はしたものの、そのジェスターも吸収のしすぎでミイラ同然。今現在何とか動けているのはもう一人の魔力供給者であるフラットが無傷のまま残っているからに他ならない。それだって、存在を保つことに精一杯で宝具を使える程のものではない。唯一の武器は事前に魔力を込めておいたナイフだけだったのである。
その唯一も失われた。最終英雄も彼女が無力であることが分かっているからこそ、アサシンを殺すまでもない相手として無視しているのである。
「空想電脳! 妄想心音! 空想電脳! 瞑想金色! 無想涅槃! 幻想御手! 伝想逆鎖! 仮想盤儀! 連想刻限―――!!!」
なおも無駄な抵抗のためアサシンは己に刻まれた秘儀の数々を叫ぶが、現実に何の変化も生じることはない。使用魔力の少ないものでさえ、今のアサシンでは到底実行不可能なのである。
最終英雄の身体にアサシンの血で彩りが添えられる。拳を血塗れにしながらも結局傷ついているのは自分一人だけ。喩えようもない無力感と自己嫌悪に、アサシンは身悶える。
アーチャーが姿を現した以上、アサシンの出番は終わりだ。如何に自分が主張しようとも、こうも袖にされては立場がない。
「……は」
荒げた声の最後、諦めにも似たため息が出てしまう。
最終英雄は、最後の敵として英雄王に向けて動き出す。その進路上で彼女は壁となるべく立ちはだかるが、今の彼女では紙切れほどの意味もないだろう。
火砕流、雪崩、土砂崩れ。いずれも押し寄せる方向が一定であるが故に真横に移動することで回避はできる。今のカルキはそれと同じである。
避けるだけなら、容易い。だがそれは、同時に戦いの放棄である。限界に近付いたからといって、安易に選ぶことが許されるものではない。許容できる選択肢でも、ない。
死に際にこそ、人間は本性を露わにする。
サーヴァントであっても意志を持った存在である以上、例外ではない。
祈りか。
恨みか。
懺悔か。
呪いか。
命乞いか。
みっともなく泣き叫び最期を迎えるのか。
それとも潔く死を迎え入れるのか。
以前の彼女であったのなら、神の名を叫び嬉々として突撃していったことだろう。無駄と知りつつそれ以外の行動を取れはすまい。それ以上のことを考えることはせず、ただ殉死する己に満足して消えるだけだ。
だが、今の彼女は違う。
ジェスターによってかけられた令呪の封印は解かれている。
彼女を狂信者たらしめていた理由は、狭い世界で偏った教義のみを教えられてきたからだ。例え外の世界に触れようとも、召喚されたあの時のままであれば彼女は何も学ぶことなく何も変わらず、ただ無為にその命を散らすだけだったに違いない。
令呪によって自身の方向性を曲げられ、あらゆることを知ってしまった彼女は、もう昔の彼女などではない。
彼女は世界を知っている。
彼女は異教を知っている。
彼女は他者を知っている。
彼女は自分を知っている。
だからこそ、彼女はいくつもある最期から『悪足掻き』を選び取る。
できることなら何だってしてみせよう。
喩えそれが、毒杯を呷るものであろうとも。
「――アーチャー!!!」
この最終英雄を止めるため、プライドを捨てて、彼女はそのための武器を欲した。
アーチャーの冷淡な眼差しを思い返す。彼の言わんとしていることを、彼女ははっきりと理解していた。
これまでも幾度となく感じてきたその力。神だけを盲目に見ているだけではきっと彼女はこの力を取ることはできなかった。許容することは決してできなかった。
けれども、
それでも。
こんな無様な最期を、今の彼女は許容できない。
そんな彼女を、英雄王は是とした。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アーチャーが間髪入れずに射出した宝具を、アサシンは振り返ることなく宙で掴み取った。
それが何なのか、彼女は手に取るその瞬間まで知りはしない。手に取ったとしても、それの正しい使い方を読み取ることはできない。彼女ができるのは、その宝具が何をしたいのか意志を汲み取ることまで。
彼女は学ぶモノだ。教師はこの世界にあるあらゆるもの。ひとつの閉じた世界にあってはひとつしか学び取れないが、無限の開けた世界にあっては無限に学び取ることができる。
それは自身の上書きだ。
新しい論理は古い思考を侵略し上書きする。
自らの恒常性をも破壊し、強固であった筈の本能でさえ変質させる。
それは狂信者であることの否定だ。
狂信者であり続けることの否定だった。
愚者は、今こそ英雄と化す。