Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
火炎が撒き散らされた。
閃く雷電が打ち据える。
衝撃波が轟きをあげる。
超高圧搾の水流が迸る。
一振りで三度の斬撃が刻みこまれ、一合重ねるごとに疾さが倍と化す。
胸を貫かれた筈なのに傷は相手に返り、右に穿てば左も抉られている。
残像が溢れんばかりに辺りを満たし、甘い香が空気ごと爛れ腐らせる。
剣戟が過去や未来にズレて飛び散り、上下が瞬きの数だけ入れ替わる。
それは無名の剣だった。斧だった。鎌だった。槍だった。弓だった。鎖だった。爪だった。甲だった。縄だった。礫だった。刀だった。棍だった。銃だった。薙刀だった。鋏だった。釘だった。戦輪だった。糸だった。扇だった。杖だった。十手だった。釵だった。棒だった。砲だった。針だった。鋤だった。鞭だった。杭だった。球だった。鎚だった。矛だった。本だった。靴だった。石だった。牙だった。車だった。金貨だった。壺だった。嘴だった。
アーチャーが放つありとあらゆる宝具を、アサシンは拒絶することなく受け入れる。
宝具はただ存在するだけで世界の神秘を封じ込めた経典となりうる。しかもアサシンが今使っているのはかの英雄王が持つ原典。世界に拡散し人が人のままで扱えるよう純度を落とされた劣化品などではない。
人の手に余るレベルの真理がアサシンの精神を急速に浸食していく。
アーチャーによって次々と射出される宝具を、アサシンは次々と手に取り、躊躇なく解放してみせた。
「■――■■■■!?」
カルキの驚きはいかばかりのものだろう。ただ射出されるだけの宝具ならば、最終英雄とてそう怖いモノではない。カルキの剣技と肉体強度、そして救世剣があれば迎撃には何の不安もない。多少直撃したところでどうにかなるものでもない。
脅威度設定に間違いはない――が、計算違いがここに生まれていた。
喩え両者の脅威がそれほどでなくとも、二つが掛け合わせれば脅威となり得る。それも足し算やかけ算どころか、乗算かと思えるほどの脅威度が跳ね上がる。通常なら――異常であっても考えられぬ数値。
アサシンは宝具の所有者でもなければ担い手でもない。
どんな宝具を持とうとも、その力を十全に解放することはできない。
解放された宝具の力は良くてせいぜいが三割か四割。それは同時にアサシンが彼等を理解できる限界でもあった。
だがそれで十分なのだ。アーチャーのようにただ投射するだけでは一割だって宝具の真価は発揮できまい。どのような宝具であろうと、その力を最低限引き出し発揮させる者。それがアサシンというサーヴァントの正体なのである。
「もっと! もっと私に寄越しなさいアーチャー!」
貪欲に力を欲するアサシンにアーチャーは愉悦に満たされながら惜しむことなく宝具を投射する。
向こう数千年を語り継がせる伝家の宝刀が、ただの一撃でいとも簡単に使い捨てられる。アサシン自身に魔力がないのだから、宝具の起動には宝具自身が持つ魔力が使用されることになる。結果としてアサシンが使用した宝具は永久に喪われることとなる。
そんな事実に宝具自身は嘆くことかもしれないが、そこを斟酌してやる感傷など――余裕など、アサシンは持ち得ない。
宝具を一つ使用するごとに、アサシンは生まれ変わるような体験を一瞬にして味わっていることだろう。
それは、ひどい悲劇だ。
比較という基準でしか、物事を計れない人間にとって、その行動の
自らが立っていた土台そのものが崩されていく。
自分の中に、何もすがるものがない。
アサシンから純粋さが失われていく。
自らの神が奪われていく恐怖。
そんな恐怖もいずれは感じられなくなる。
これこそが、ジェスターが待ち望んでいたアサシンの『絶望』そのもの――
「――うん。意外と大丈夫そうだから心配はいらないね。この調子でアサシンにはもうちょっと頑張ってもらおうかな」
そんなアサシンの必死の悪足掻きに暢気な声で他人事なコメントをする者もいる。
「……時々あなたという人間が本当に怖ろしく思えますよ、フラット」
アサシンへの魔力供給にへばって倒れながらも、フラットはアサシンの限界値を正確に把握しているようだった。死より恐ろしい精神の変容などフラットにとって意に介すようなものではないらしい。それがどれほど残酷な言葉であるのか、本人は理解しているのだろうか?
アサシンとカルキの戦いが次のステージに移ったのをフラットとティーネは遠く離れた場所から確認していた。
カルキの行動がアサシンに傾注し始めている。カルキはアサシン一人に手一杯で、アーチャーに手を出す余裕はないと見る。
もちろん、こちらに手を出す様子もない。
「……ライダーの魔力が爆発的に高まりつつあります。どうやら成功したみたいです」
「うん。そこはあまり心配してないよ。ライダーがこうも露骨に動けば抑止力も働かざるをえないし、せっかくオチも用意してるんだから」
この最終英雄との決戦を「オチ」呼ばわりする感性にやや眉をひそめながら、ティーネは膝の上で意識を失っている繰丘椿の頭を撫である。やはり彼女をしてかかる負担は無視できるものではない。
限界を迎えているアサシンの身体を魔力面からサポートしているのがフラットならば、肉体面からサポートしているのは椿である。宝具をひとつに使うのにだって最低限の体力が必要なのだ。
一度だって夢世界に取り込み肉体情報を得ていれば、繰丘椿は誰であろうと治癒することができる。無理をし続けているアサシンの体はもう限界で、こうしている間にもあっさり骨は砕かれ内臓は破裂する。そして砕かれ破裂した瞬間に正常な状態へと上書きし続けるのである。とはいえ、片手間に行うにしては難易度が高いのも事実。そう長く維持できるものではない。
「銀狼の身体は保つでしょうか?」
「計算上はまだ余裕だけど、安全マージンは欲しいかな。椿ちゃんにももう少し頑張って貰おう」
またも他力を当てにした発言であるが、本人も魔力供給で地味に死にかけているのでそこは触れずにおく。彼をしてここまで追い詰められているのだから、アサシンの状況は推して知るべきであろう。
だからこそ、椿の役割は尚更に大きい。
椿が支えているのは何もアサシンだけではない。彼女が今一番心血注いでいるのは作戦の要たる銀狼の肉体である。
元々肉体が限界に近付いていた銀狼である。ジェスターの血によって幽体として延命はできたが、
その上で、「ライダーって群体の英霊なんだから株分けとかできるよね?」という至極非常識なフラットの発想によって銀狼は株分けされたライダーとマスター契約を結ぶことになっていた。
もちろんそうしなければ銀狼がジェスターの眷属になってしまうという問題もあったし、令呪の縛りがあるライダーが邪魔で椿の真価が発揮できぬという理由もあった。そして何より、莫大な魔力を得る手段が他に思いつかなかったからである。
計算上はこれで万事上手くいく筈である。
だが、こんな無茶に無茶を重ねた銀狼の身体で莫大な魔力を受け入れることができるのか。ティーネでなくとも不安になろう。太鼓判を押すのが天才馬鹿のフラットであれば、尚更である。
「正直、侮っていました。この魔力量、人工的に作られた銀狼でなければ瞬時に壊れているところです」
「今の貯蔵量だけでもむこう百年は協会の一部門を永続できるくらいあるしね。けどそれは締めた蛇口から漏れ出る水滴に過ぎないよ。本番でもたらされる魔力は、これよりもっと凄い」
不安に思うティーネを無自覚に脅すフラット。彼に裏がないことは短い付き合いながらよく理解している。それだけに、今後の綱渡りを思えば背筋が寒くなる。
『星』そのものに感染することで、ライダーは次元違いの魔力を得ることに成功していた。八〇万人分の魔力を持つ繰丘椿など足元に及ばぬ程に、今のライダーは魔力に溢れている。当然、その宿主である銀狼も。これで経路を通じさせただけというのだから出鱈目にも程がある。
何故こんな非常識がこんな危うげな状況で成立し得るのか不思議でならないが、実現できてしまった以上流れに身を任せるしかない。
「はぁ……けどなぁ。これについては気が進まないんだよなぁ」
と、この期に及んで躊躇しだすフラット。アサシンの精神や銀狼の身体を消費するのに躊躇はしないのに、こと自身の興味関心がある点にはもの惜しんでいたりする。
「今更何を言っているのですか。でないと辺り一帯が吹っ飛ぶと言ったのは何処の誰ですか?」
カルキが膝を屈した場合自爆すると看破したのはライダーだけではない。むしろライダーよりも先にこの天才は見切っていたりする。自爆の美学とやらでやたら盛り上がっていたのはどうかと思うが。
「でもさ」
『かまわない、やってくれ』
なおも躊躇するフラットの言葉を遮るように、離れた場所で待機しているバーサーカーから無線で準備完了のコールがきた。わざわざ無線を使わざるを得ないのも、念話すらできない程弱体化しているからである。
「本当に良いの?」
『……もうこうするより他に役立つ手段がないからな。むしろ活躍の場が少しでもあることの方が嬉しいくらいさ』
「……分かったよ、ジャック」
心底名残惜しそうに、フラットは決意を新たにする。良いから早くしろ、とティーネは思うがやはり口にするのは自粛しておいた。それはフラットのためというより、願いを叶えたバーサーカーに配慮したからである。
彼が良いというのだ。部外者に口を出す権利はない。
内心の落胆を隠すことなく、後ろ髪を引かれるようにフラットは奥の手を口にする。
「フラット・エスカルドスが令呪をもって命ずる――」
やおら右手の拳を掲げ、未だ手つかずのまま温存してきた令呪を露わにした。
光輝く令呪。この聖杯戦争が茶番と判明した後も、この輝きはバーサーカーとフラットの繋がりを確かなものである証である。
その証を、フラットは残酷なことに使用する。
「バーサーカーよ、――自らの正体を忘れよ」
それは全てを台無しにする命令。
バーサーカーが一体何の為にこの聖杯戦争に参加したのか。望んでその結果を受けたものではないにしろ、それこそが彼の望みであったはず。自らの手で終止符を打つような真似は、彼にとっても苦渋の決断だっただろう。
確定し収束した正体が、令呪によって再度霧散する。
変化はすぐに訪れた。バーサーカーが待機していた付近から黒い霧が大量に発生し、周囲一帯を瞬時に覆い始める。
バーサーカーの
おそらく莫大な魔力を溢れさせつつあるライダーと銀狼の身体を最終英雄の目から隠す為のもの。同時に、これは力を取り戻したことを告げるための号砲。
正体不明の殺人鬼が復活する。
正体を暴かれたバーサーカーでは戦力にはなり得ない。手っ取り早く戦力を得るためにはこうするより他になかったのである。
だが、元に戻るだけではまだ力は足りていない。
そのための宝具は、用意周到なキャスターによって事前に用意されている。
ジャックの心情よりも自身の令呪が消える事への不満を(おそらく)思いながら、フラットは第二の令呪で命令を下してみせた。
「重ねて令呪をもって命ずる。ジャックよ、宝具を掴み、成すことを成せ」
立て続けに第二の令呪が消えていく。
令呪の力はどんな無理難題であろうとそれを叶えるべく全力を尽くさせる。特に今はアサシンへの魔力供給を優先しているため、バーサーカーへサポートするだけの余力がフラットにはない。
追加魔力が令呪一画で足りない場合、二画目を使用しなければならないが――
「……やったっ!」
小さく呟いてフラットが作戦の成功を確信した。
ただの一撃、ほんの一瞬とはいえ、数キロメートルという広範囲を一刀両断する荒技である。使用者にもよるだろうが、本来の力を取り戻したバーサーカーが令呪の力で後押しさせればこんな無茶も可能である。
メキメキと、屋台骨が折れる音が響き渡る。
バーサーカーが用いた宝具、その名を
名前が被ったのはただの偶然であろうが、この偶然を制作者たるキャスターは甚く気に入っていた。言葉の魔力とはこうした積み重ねによるものである。結局、バーサーカーの意向を無視して趣味に走ったキャスターは必要もしないというのに
かつてのキャスターがその時ここまでの先見性があったかどうかは別として、その威力は特定の対象においてのみ抜群の威力を無駄に発揮してみせる。最終英雄に対しての有効性こそ疑問だが、
宝具の原典はケルト神話に起源を持つ物語、『ジャックと豆の木』。
そして現在、スノーフィールドにある木と言えば一つだけ。
対星宝具《バオバブの木》。
直径数キロはある星殺しの巨木が、カルキ目がけて倒れてくる。