Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-19 花

 

 

 成長すれば枝葉は星を覆い尽くし、張り巡らせた根は星を割る――と、語られる星殺し《バオバブの木》。

 しかしその対星宝具は現在機能停止状態に陥っている。

 

 元々この宝具は星に寄生し魔力を奪うことで活動する独立生体宝具である。そのおかげで所有者であるサン=テグジュペリが消滅した後も共に消えずに残ったわけだが、現在のスノーフィールドに多少根を生やしたところで吸収するための魔力が残っているはずもなかった。

 

 いかに星を喰らう怪木といえど、枯れ木ではただ大きいだけで何か脅威があるわけも無い。となれば、それが倒れた程度のことであの最終英雄が動揺するわけもなかった。

 もちろん、そんなことはこの場にいる全員が分かっている。

 それこそ、銀狼だって理解していた。

 

 荒れ狂うような魔力が急速に内側へ充ち満ちていくのを感じながら、銀狼はバオバブの木の上で、遙か眼下で繰り広げられる戦況を見守っていた。

 視界の中心で黒い女と歪な巨人が戦っている。

 銀狼の目からもその戦いが苛烈であることが分かった。一進一退の攻防にあるいは手に汗握ることもあるのだろうが、残念なことに銀狼の肉球に汗はない。それどころか、銀狼はその両者がどういう立ち位置で何故戦っているのか、よく把握しておらず興味もさほど抱いていないのである。

 

 それもそのはず。銀狼の行動指針は仲間の危機に因る。

 群れの仲間として認識しているランサー、フラット、ティーネ、椿――彼らが危うくなれば自らの命を省みることなく助けに向かうのだろうが、逆に言えば群れの仲間以外がどうなろうと積極的に動くことはない。おまけにアサシンがカルキと互角に戦っている(ように見える)ことで銀狼の危機意識は薄くなりつつあった。

 

 確かに仲間として意識しているランサーと繰丘椿が最終英雄と直接戦いはしたが、ランサーは狂化により姿形どころかその性能性質を大きく変えたことで仲間どころか同一人物としても認識されず、繰丘椿は姿形こそそっくりでも中身があまりに違いすぎて偽物と看破されてしまい、同じく仲間と認識されなかった。

 

 戦う理由が、銀狼にはない。

 その必要性も、銀狼は感じていない。

 銀狼にしかできないことがある。遠回りながらも仲間を守るという、意義もある。

 それだけの理由で。銀狼はその瞬間を待ち続けようとしていた。

 

『――それだけではないのです?』

 

 背後からの稚気に溢れた男の声に銀狼は振り返らない。

 銀狼だって仲間以外の者を認識していないわけではないし、その存在を認めていないわけではない。アーチャーやライダーが顕著な例であるが、彼らとは一定の距離を保ちながらも信頼関係を構築している。

 アーチャーを接待したり、ライダーの寄生に抵抗しなかったり、署長と共に冥府に行ったのも、銀狼との間にランサーやフラットや椿の存在が入っていたからである。仲間の仲間、というクッションがあれば銀狼はさほど警戒しないのである。

 

 その銀狼が多少なりとも警戒していた。あるいは信用していなかった。

 振り返らない最大の理由は、そんな相手であろうと共にいなければならない不満からだろう。

 男はつい先程東洋人の令呪で繰丘椿に喚び出された英霊である。傷ついたアサシンの回復と末期の銀狼の維持、砲撃で汚染されたスノーフィールド全域の上書き、そしてこの英雄の召喚とに繰丘椿は全魔力を注いでいる。ここで銀狼が男を無碍にすればその不始末は最終的に椿が払うことになる。そのことを男も理解しているからこそ、遠慮のなく銀狼の内面に踏み込んでくるのである。

 

 宝具、魔術王の指環(ローレンツ)

 かの魔術王ソロモンが神より授けられた十の指輪、その一つ。この指輪を用いれば天使や悪魔を使役でき、十の指輪が全てそろえば人類が行うあらゆる魔術を無効化し、また配下に納めるとされている。

 仮にこれを触媒とすれば魔術王を召喚することも可能なのだろうが――そんな誰もが当たり前に思いつく方法をあの劇作家が取るわけもなかった。

 

 この指輪を使えば動物の話がわかるとの伝説があるのである。そんな伝説を元にキャスターが昇華した動物会話の宝具(キャスター命名、バウリンガル)をその男は使用していた。

 

 原典と異なり知能差や種族差を乗り越え心を通じ合わせることはできないが、本来の持ち主でなくとも大きくダウンしながらある程度の意思疎通を可能とする。貴重で高価な遺物を容赦なくニッチなことに使い潰したことで署長の胃に穴を空けかけた逸品である。

 人語を解さぬ銀狼もこれにより作戦概要を把握していた。その意味では有効にこの宝具は使われたことになるが、当の本人が喜ぶことはない。

 

『あなたは何故生きていますです?』

 

 と、いきなりの禅問答を銀狼に語りかけてくる男。もしかするともっと別の解釈ができる質問をされたのかもしれないが、魔術王の指環(ローレンツ)の翻訳機能ではこれが限界だ。

 一応は質問の意味を理解しているが、質問の意図が読めないので銀狼はそのまま無視を続ける。

 

『……ああ、愚かな問いでありました。あなたはランサーに助けられました。ファルデウスに保護されました。ライダーに寄生されました。それによってあなたという命は続いくことを成功したのです。本当である事実は否定できないのです。

 私の質問は浅くはありません。問いを言い換えますです』

 

 元の会話はおそらくもっと詩的で人間的なものであろうが、銀狼の耳には雑音に等しいものである。この調子で話しかけられても銀狼が耳を貸すことはないのだろうが、

 

『何故、創造主に殺されませんでしたか?』

 

 ぴくり、と銀狼の耳が動く。

 無視できぬことを、言われていた。

 

『あなたは殺されるべきでした』

 

 一息入れて、男は銀狼の反応を見ていた。

 

『あなたは召喚の触媒として生み出されただけの存在です。あなたの存在意義は他にはないと思われます。使えないとわかった道具は捨てることを考えます。本当であるならあなたはの運命は決まったものなのです』

 

 長い翻訳に頭が痛くなる。単に雑音として流せれば良いのだが、この宝具の悪い点は強制的に思考を伝達してしまうことにある。おそらく、この宝具を長く使用していればそう遠くないうちに完璧な翻訳精度で意思伝達ができるようになるだろう。

 

 まだほんの一分程度の拙い翻訳での会話であるが、残念なことに銀狼は聡明でこの男が言わんとしていることに気付いた。

 銀狼は創造主である魔術師に殺されかけはしたものの、彼に対して敵意や殺意を抱いてなどいない。だが、「生きる」と願ったことに疑問を覚えたこともない。あまりに当然過ぎる渇望に、疑問の余地などないのだ。

 

 銀狼は合成獣でありながら自己保存を求めるほどの自意識を生まれながらに獲得していた。してしまった。理由は知らない。だが、強いて言うなればそれは本能なのだろう。ならば疑問を抱かぬことすら不思議ではあるまい。

 唯々諾々と死ぬことなど、銀狼にはできなかった。

 

「……」

 

 反応するつもりもなかったが、思わず息が漏れる。

 男が言わんとしていることを、聡い銀狼は理解した。

 今だからこそ思う。あの日「生きたい」と思ったことに間違いはなかったと。

 同時に悟る。この胸の奥には、これまで体験したことのない感情があると。

 銀狼には、最終英雄に対するある感情が生まれていた。

 

『――あなたが持つ感情の呼び方を憐憫と言いますです』

 

 そんな注釈を男は付け加える。

 最終英雄は、かつての銀狼である。

 銀狼と最終英雄。両者ともに創造主の目的によって人為的に造られ、創造主の都合によってその運命を決定づけられている。決定的に違うのは、銀狼は創造主の都合に抗い、最終英雄は創造主の都合に抗わなかったことか。

 利用価値を失った身として最終英雄の哀れな姿は自己に投影しうるものである。

 

『最終英雄の救われる者はいないです――彼を救えることには眠らすことしかできないと思います。あなたはそう思う?』

 

 軽やかに、男は銀狼を唆す。

 最終英雄を救えるのは、同じ境遇にいるお前だけだと。

 つまりこの男は銀狼を機械的に無感情のまま最終英雄に挑ませるのではなく、一登場人物として挑むだけの動機を胸に抱え最終英雄にぶつけたいらしい。それにどれほどの意味と価値があるのか知らないが、男にとっては重要なことなのだ。

 

 銀狼はしばし考え、男の妄想を振り払う。

 獣は獣。人の言葉で動くものではないと結論づける。

 やるべきことに、変わりはないのだから。

 

 とはいえ、男の腹積もりを看破しつつも銀狼はその掌から逃げることはできない。こうも己の腸を見せつけられれば、納得する回答を得ることこそないものの、どうあがこうと意識せずにはいられない。

 

 随分と嫌らしい手である。敵であるなら恐ろしいが、味方であっても怖ろしい。

 なるほど、と銀狼は思う。

 銀狼が彼を信用しないのはどうやら本能に因るものらしい。

 

『――私は驚いたようです。ジャック氏の力が取り戻せました。あなたの舞台はこれからです。幸運を取ることを祈ります』

 

 男の言葉を裏付けるかのように魔力による漆黒の霧が周囲を満たし、銀狼の視界を覆い隠す。そしてすぐに鈍い衝撃と微弱な震動がバオバブの木を通して伝わってくる。木が傾き始めたのはその直後だった。

 

 事前に聞いていた作戦通り、このままバオバブの木は最終英雄に向かって倒れることになる。

 アサシンとの戦闘中であっても、この程度ならばほぼ確実に避けられることになるだろう。よしんば避けられなかったとしても、救世剣で消し飛ばされればそれでおしまい。大きいだけの枯れ木では何の脅威にもならないのだ。

 

 有効打を与えるには、高いハードルが幾つもある。

 そのハードルを乗り越えるために用意されたのが、この男と銀狼だった。

 男は魔術王の指環(ローレンツ)を放り捨てる。これで銀狼と意思疎通をすることは不可能になるが、既に必要でないと言うことだろう。

 

「この瞬間を待っていた! 俺の願いは、今ここに果たされるだろう!」

 

 バオバブの木の傾きが最大限になる。後はもう重力に引かれるがまま、倒れ落ちることになる。そんな最中に男は笑い、叫んだ。

 万能の釜がないと確約された戦争、偽りの聖杯戦争。

 英霊は虚実交えた契約を結ばされ勝利が己が望みと直結しない。

 けれども、そんな中にありながら望みを叶えた者もいる。

 そして、望みを今まさに叶えんとする者も。

 

「やぁやぁ!

 遠からん者は音に聞け!

 近くば寄って目にも見よ!

 地獄の淵より蘇りし我が身が成したこの奇跡!」

 

 魔術王の指環(ローレンツ)を捨てた今、銀狼がこの言葉を理解することはない。そして銀狼以外の者がこの場で男の言葉を聞くことはない。ひょっとすると最終英雄ならば耳にしているかもしれないが、反応するはずもない。

 

 観衆不在の口上。それでも、男は叫ばずにはいられない。

 今から行われるのは、究極の番狂わせ。ジャイアントキリング。それが何の演出もなく描かれることになるのが、男には我慢できない。

 

 世界には、枯れ木を蘇らせる逸話は数多くある。

 世界には、逸話を再現しねじ曲げる英霊もいる。

 そしてここには、意思を持って最終英雄に挑む銀狼がいる。

 

 大きく息を吸って、男は最後の呪文を唱えた。

 

「枯れ木に花を、咲かせましょう!」

 

 瞬間、限界値で維持され続けていた銀狼の身体が粒子となってバオバブの木に撒き散らされる。その様はサーヴァントが消滅する間際を彷彿とさせるが、その実態は真逆である。

 消滅ではなく、再誕。

 

 対最終英雄宝具、花咲爺さん(シロ)

 

 稀代の劇作家は令呪の再召喚に応じ、再度最終英雄へと挑んでみせた。

 

 

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