Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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epilogue-01

 

 

 ラスベガスの路地裏を走る影がいる。

 

 通りを一本挟んでもまだ夜とは思えぬBGMとネオンの光、さすが遊興の街。そして路地裏だというのにどうしてこうも人が多いのか。一人二人を簡単に誘惑し誘える環境は魅力的だが、ここは些か出歯亀が多すぎる。

 しかしそれでも、彼女はその走りを止めない。人目は嫌いだが、飢えと退屈そして太陽よりも憎々しい者に対してそんな些事は関係なかった。

 

 今夜の彼女は慈悲深い。声をかける者、歩みを阻もうとする者は容赦なく即座に殺すが、無視を決め込む者を相手にはしなかった。

 おかげで苛立つ彼女が街へ繰り出しながら、今夜の被害はわずか八人ですんでいた。

 血塗れになった手をその赤い舌で綺麗に舐め取りながら、ジェスターはバーサーカーを袋小路へと追い詰める。

 

「一日ぶりだな、殺人鬼」

「一日ぶりです、吸血鬼」

 

 互いに鬼の名を冠しておきながらその強弱は明かだった。

 戦争の最中ですらバーサーカーはジェスターに負けている。おまけにバーサーカーは特定条件下においてこそ強さを発揮するサーヴァント。裏を返せば条件が揃わねば弱いことに違いはない。

 そして今は魔力が残り少ないため無理もできない。戦闘になれば一秒だって相手にできないし、こうして逃げ隠れするのが精一杯。それも一日が限度だった。

 昨日は初手から切り札を出しまくって何とか逃げ切ったが、二度通じる相手でもなかった。

 

 あのボロ雑巾にまで弱体化したジェスターではあったが、後先考えず栄養を吸収しまくった結果、今や可憐な少女の身体にまで育っている。その掴めば折れそうなほど脆く華奢な繊手であるが、バーサーカーがいくら頑張ろうとも小指の先だって動かすことはできない。

 ろくな抵抗もできずに首を掴まれれば、この身長差がありながらバーサーカーの足が浮く。そのまま背後の壁に罅が入るほど力任せに叩きつけられた。

 いかに治安が悪くともここまで騒ぎが大きくなれば警察がほどなく駆けつけることだろう。結界も張らずにろくに外見も取り繕わないのもそうだが、ジェスターはもはや形振り構っていなかった。

 

「さて、バーサーカー。二人はどこだ?」

 

 ジェスターの影が、朱く染まる。影は足元だけでなく、ネオンの光に逆らうように壁を這いずり舐め回す。逆らえばこうなると言いたいのか、壁を張っていたトカゲが一瞬にして干からび地に落ちた。

 

「昨日のことをもう忘れたのか? 私は知らないと言ったはずだ」

「知らぬわけがあるまいよ。正規契約のマスターとサーヴァントなら、地球の裏側だって通じ合える。優秀なマスターであれば尚更だ」

「だったら自分でアサシンを探せばよいではないかな」

「それをできぬようにしたのが貴様のマスターだろう! 私が弱まったことを良いことにどんな手を使ってか契約を一方的に破棄させた!」

 

 激昂するジェスターの口が大きく開き、何かを叫ぼうとするのを寸前で止める。劇場に任せて良いことはないと頭では理解しているらしい。

 

「……私が冷静である間に話してくれると嬉しい。もう一度聞こう、二人はどこだ?」

「知ら――ッ!」

 

 ボキリ、と鈍い音がする。赤い影は器用にも肉を啜らず骨だけを折る。折った上で、その骨を啜った。霊体のくせに海月のようになったバーサーカーの左手は使い物にならない。回復するにもこれは時間がかかる。

 

「次は、右手だ」

 

 冷酷にジェスターは赤い影をバーサーカーの右手に這わせた。

 宣告しておきながら、バーサーカーが何か口にする前に小指の骨に罅が入りつつあった。そのことにバーサーカーはむしろ安堵した。この調子なら自分が消滅するその瞬間まで、あと三分はかかる。

 自然と、バーサーカーは笑みを漏らしていた。それがジェスターの癪に障ったのか、右手は捻じ切られるように潰された。これはまずい。三分といったが、これで一分は無駄にしてしまった。

 

 しかしバーサーカーの心配は杞憂に終わる。

 三分と目算したが、実際には三〇秒も必要なかった。

 ジェスターの背後、数メートル後方にその長髪の男は不機嫌そうな顔でゆっくりとした足取りで現れた。

 

「すまないが、その者を離してやってくれないか?」

「…………」

 

 ジェスターのただでさえ真っ赤な眼球が、さらに血走る。

 ようやく気付いたのだろう。ジェスターとバーサーカーでは相性が悪いし実力差もある。真っ当に戦えないと分かっているのだ。こうしてジェスターを罠に誘導するぐらいしか、バーサーカーに手はなかった。

 

「……私はこの通り、今、非常に忙しい。こいつが口を割るか死ぬまで、待っていて貰えるかな?」

「それは奇遇だな。私も忙しい身でね。フラット・エスカルドスの行方については私も知りたかったところだし、御相伴に預かっても良いだろうか?」

 

 葉巻の煙と同時に長髪の口から出た名に、ジェスターは身体を震わせて反応する。どうやらフラットの関係者と分かったことで更なる殺意が湧いたらしかった。

 バーサーカーの首を掴んでいた腕の一本を離し、ジェスターは長髪に向ける。その行為そのものにそれほど意味などないが、しかし地面に浮かぶ赤い影は腕に指揮されたかのように一斉に長髪へと突き進む。

 ジェスターの赤い影はこうした入り組んだ路地裏などにおいてこそ、その真価を発揮しやすい。哀れ突如現れた長髪は、自らに何が起こったのかも分からずに死ぬこととなる。

 だから、

 

「――え?」

 

 外見相応の可愛らしい声で、ジェスターは驚いた。

 この長髪が何の対策もしていないことは分かっていた。脅威となるような魔術は欠片も感じ取れないし、その肉体を駆使するようなタイプにも見えない。こんな男がバーサーカーの援軍かと侮りもするが、手加減するような真似はしていない。

 

 ジェスターが確認したのは、長髪の直前まで赤い影が伸びたところまでだった。

 何が起こったのか分からなかったのは、長髪の方ではなくジェスターだった。

 視界が急速にブレ、何故か地面が迫っていた。

 いや、違う。これは、首を斬られている。

 

 長い年月に様々な殺され方をされたジェスターだからこそ、遅ればせながら気がついた。血液が本体であるジェスターに斬首など通用しないが、それよりも身体が酷く重たくなっている事実がより問題である。これもまた、経験がある。

 ゴロゴロと首が転がり、路地裏から切り取られた空を見る。そこからジェスターを見下ろす複数の視線があった。

 

「なっ……あっ……!」

 

 それは、この戦争でついに見ることのできなかった勢力だった。

 神秘の秘匿を第一義とする異端狩りの筆頭。それでありながら、ついにこの“偽りの聖杯戦争”で活躍の場を設けられなかった大間抜け達。

 

「聖堂、教会――」

「悪いが、そういうことだ。ジェスター・カルトゥーレ」

 

 ジェスターを哀れむように長髪は語る。

 偽りの聖杯戦争は終結した。となれば、後は戦後処理について色々話し合わねばならず、その場に聖堂教会の席も「一応」用意されていた。

 世界最大の組織としてその場に出席しない選択肢はない。しかし肝心な時に何もできなかった聖堂教会がでかい顔などできよう筈もない。彼等の面目は当初からこれ以上になく潰れているのである。

 

 だからこそ、ここでいらぬ恨みを買わぬよう協会は体裁を取り繕う必要があった。

 折良く、この場には都合の良い生け贄がある。

 数百年を生き延び続け、数十万人もの生き血を啜ってきた死徒。おまけに“偽りの聖杯戦争”ではマスターの一人として関与しながら生き延びてすらいる。これだけで、この死徒の評価は鰻登りである。大幅に弱体化しているのであれば、討伐するにも容易いことだろう。

 手土産としては、最適だった。

 

「ここまで――ここまで読んでいたというのか!? フラット・エスカルドス!!」

 

 ジェスターの叫びに、代行者が屋根から飛び降りてくる。

 ほんの数秒。

 かの吸血鬼の経験と実力と特性、そして罪科を考えれば実にあっけなく、決着はついた。戦争終結直後にあって、碌な準備もできなかったのが運の尽き。アサシンなどに執着せずにいれば、まだ逃げおおせた可能性もあったであろう。

 ジェスターを横目に長髪は地面に崩れたバーサーカーへ近付いて行く。

 

「初めまして、バーサーカー。馬鹿弟子が世話になりました」

「こちらこそ、私のマスターがご迷惑をかけた」

 

 ジェスターから解放されたバーサーカーは、そのまま冷たい路地裏に腰を下ろして挨拶をする。身体どころか、その声にも力はない。

 

「話したいことは山ほどあります。できればお茶でも誘いたいところですが、時間はあまりないようですね」

 

 すでに、バーサーカーの身体は傷ついたところから消えかかっている。

 最初から不自然であったのだ。戦争が終結しているのだから、用がなければさっさと消えるのが筋だろう。いかに低級であろうとサーヴァントはサーヴァント。自前の魔力で現界し続けるには無理がある。

 フラットとのパスは既に切られている。バーサーカーを追いかけたところで、ジェスターはフラットの行方が分かるわけもなかったのである。

 

「こうして役目を果たしたのでね。フラットには無理を言って最後の令呪を使って貰った。でなければとうの昔に消えさっていただろうさ」

「説得には手間取ったようですね」

「いやいや、あなたの手紙のおかげで大分楽だったさ」

「そのおかげで余計な手間が増えてしまいましたが」

 

 互いにハハ、と笑うがその声は乾いている。

 聖杯戦争中、使用するのに随分と躊躇した令呪である。最終的に令呪がなければ消滅する、と騙すように脅して何とか使わせることに成功した。実際にはフラットの魔力供給があれば弱体化したバーサーカーなど半永久的に縛り付けることもできる。それをしなかったのは、色々と区切りが必要だと判断したからだ。

 もちろん、伝説の殺人鬼を野に解き放つリスクをフラットが考慮したはずもない。

 

「私が彼にできることは、もうこれくらいしかないのでね」

 

 よくよく考えてみれば、バーサーカーがフラットと行動を共にしたのは初戦の武蔵戦だけだ。聖杯戦争に参加しておきながら彼のサーヴァントとして直接役立ったことなどほとんどない。だからジェスターという今後の憂いを取り払うことだけが、彼のサーヴァントとしてバーサーカーができる最後の仕事だった。

 まさか連絡を取った彼の師匠が直接出向いてくるとは思わなかったが、これも何かの縁なのかも知れない。

 

「それでは、彼のことをよろしく頼みます……ああ、しかし例の件については、彼を止めることのできなかった私にも非がある。彼を責めないでやって欲しい。情状酌量の余地は……きっとあるはずだ。多分」

「……後のことは全て私に任せてください」

 

 消滅の間際にその台詞はどうなのだろうと思いながら、ロード・エルメロイⅡ世は消え逝くサーヴァントを見送った。

 ロード・エルメロイⅡ世はこれから協会代表の一人として交渉の席に着くことになっている。個人的には絶対に行きたくはなかったのだが、協会上層部は全会一致で彼をスノーフィールドに派遣することを決定した。そこで取り上げられるであろう『絶対領域マジシャン先生の弟子』なる人物について最大限援護するのに適任であると判断されたからだ。

 

 この戦争の最大の功労者として、フラット・エスカルドスの名は時計塔の歴史に刻まれることになる。それを穢すような真似は許されそうにない。

 最後にその馬鹿弟子のサーヴァントから直々に頼まれては尚更無碍にするわけにはいくまい。ひとまず協会の意向通り動くより他はない。彼を殴るのはかなり先のことになりそうである。

 

 どこにいるのか知らぬ弟子を思い、ロード・エルメロイⅡ世は大袈裟に溜息をついてその場を後にした。

 

 

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