Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
カウベルを鳴らして喫茶店に男が入ってきたのは、客の入りが少なくなる午後のひとときのことであった。
工事用のヘルメットを深く被り、サングラスとマスクを装備。右手が不自由なのかやや庇っているようにも見える。復旧工事の作業員といった風情ではあるが、その立ち振る舞いはどうみても現場の作業員ではない。
素人が一目で怪しいと判断するぐらいに変装が似合っていない。本人も自覚があるのか、急かすように合い言葉を口にすればウェイトレスはにこやかにこの男を奥の席へと案内した。
広い店内にはポツリポツリと孤島のように数卓が埋まっているだけ。案内された場所はそんな孤島からも離れた場所にあり、覗き込まない限り誰がそこにいるのか分からぬよう配慮されたスペースである。
コーヒー一杯を注文して案内してくれたウェイトレスを追っ払う。向かいの席に座って待っていた人物はバケツほどもある超巨大パフェを攻略中だった。一心不乱に食べてはいるが、さすがに男の存在には気がついている。
「……なんですか、その珍妙な格好は」
「変装だ。一応立場が立場なんでな」
もきゅもきゅと口の中一杯にアイスを放り込みながらティーネ・チェルクは署長の格好に呆れながら文句を言う。誰かに見咎められたらそれはそれで要らぬ噂の種になる。要らぬ口止めに労力を費やされるのは勘弁して欲しいところである。
今日だって無理を言ってこの場をセッティングしたのだ。内々にしたかったこともあって原住民内部でもティーネがここで署長と密会していると知っている者は少ない。
「ここは全国展開してる大手外食チェーンだろう? ここまで族長の権力が及ぶとは思わなかった」
「単純にこの店に発電機と燃料を無償提供しているだけです。店主の好意に甘えてこの場を貸して貰っているに過ぎません。当然このパフェも好意であって、私が強要したわけでもありません」
「ここはメニューに載ってない巨大パフェを善意で出すところなのか……?」
暗にここは中立地帯であるとティーネは告げてはみるが、説得力はない。
だが原住民の力が直接的にここへ及んでいないのは確かである。それを確認したからこそ署長もこの場を了承したのだ。
もっとも、先のウェイトレスをはじめこの場にいる数人には予め息をかけるなど裏工作に怠りはない。署長だって何の準備もしていないことはないだろう。ほとんど全滅したとはいえ、生き残った
共同戦線を張ったとはいえ、互いに敵である事実は今以て変わらない。妙な連帯感こそあるが、決して仲間になったわけではない。敢えて積極的に攻勢に出ようとは思わないが、だからといって警戒しない理由にはならないだろう。
原住民が署長と対立し本気で罠に嵌めるつもりなら夜の娼館を密会場所に選んでいる。これならいざという時社会的立場がある者を社会的に抹殺するのも簡単である。その場合スキャンダルの相手が自分というのが外聞的によろしくないのだが。
「……そっちは大変忙しいようね」
「それはお互い様だろう。話はあちこちから聞いている。色々とこれを機会に取り入っているんだってな」
「人聞きが悪いことを言わないで欲しいものです。困っている隣人がいれば、手をさしのべるのは人として当然の義務ですよ」
この店に提供されている発電機を含め、原住民は全力で街の復興に力を貸している。籠城のために備蓄していた物資をほぼ全て放出し、米国政府からの援助が来るまでは炊き出しも行い、住み処を失った者達に仮の宿も提供。一時的ながらも雇用も生み出して貢献。原住民から恩恵を預かっている者は戦争前より格段に多くなっている。
それはイコール、原住民の影響力が強くなっていることでもある。
「そんなことよりもどんなシナリオができたのか見せて貰えますか? お互い忙しい身なのですから」
違いない、と同意しながら署長はカバンの中から一冊の資料をティーネに渡す。今回の偽りの聖杯戦争、そのカモフラージュに使われるシナリオが記載されている。中身を軽く見れば概ねティーネの予想通りの内容であった。
スノーフィールドは、表向き大災害に巻き込まれたことになっている。
街を襲ったのは超強大な竜巻であり、そのせいでインフラ各種は寸断。住民は街の地下にあるシェルターに避難したものの、シェルターは構造的欠陥もあって崩壊、原住民の助力もあってからくも助かった、ということになっている。
八〇万もの人間を誤魔化すのは大変な作業であるが、シェルターに避難したことなどは別に嘘ではない。
人を騙すのに必要なのは魔術などではなく、認識をすり替える技術だとか何だとか。どうせ正式な結果報告にも時間がかかるのだ。多少の粗があってもあとは芸能人の浮気でも発覚して、世間の関心がそっちに移るのを待てば良い。米国政府の手助けもあるのだから、これなら協会の手を借りずとも原住民だけで何とかできるだろう。
「実に結構なシナリオです。自然災害なら仕方がないですものね。自然災害なら。実に素晴らしいことです。いえ、嘆かわしいことですか」
「……要望通りになって何よりだ」
満面の笑みのティーネと苦い顔の署長。以前ティーネが粛清した相談役はスノーフィールドが害されることを見越して莫大な保険をかけていたらしい。自然災害となれば保険金は満額支払われることになる。被害額の算出はこれからだろうが、原住民にもたらされた金はそれを補って余りある。
「それで、大統領はいつこちらに来る予定かしら?」
原住民の貢献を記した箇所を入念にチェックしながら、ティーネは核心を問うてくる。
戦争は終結した。しかしその爪痕と米国政府がやらかしてしまったことを無視することなどできやしない。
それ故に魔術協会、聖堂教会、スノーフィールド原住民、そして米国政府が一堂に会して話し合いをする場が設けられることになっている。
魔術協会にわざわざ宣戦布告してしまった米国政府である。相応の責任者がこの場に出るとは予想はしていても、まさか現職大統領が席に着くとは誰も想定していなかった。おかげでどの陣営も上から下への大騒ぎ。協会はここで恩を売るべきか厳しく糾弾するかで揉めに揉め、教会は大統領と政治的なパイプがあることを最大限利用するべく仲介者として裏工作に乗り出していると聞く。
もちろん原住民の長としてティーネのところにも事前交渉に訪れる者も多い。
「復興視察の名目で明日の正午には到着予定だ。そういや、お前、スノーフィールド被災者の代表として大統領に花束を渡すんだってな?」
「あら。耳が早いのね」
「被災地を案内する名目で大統領と行動を共にすることになっている。接触する人間の身元確認も私の仕事だ」
名目上の役割とはいえ、やっかいなことに署長は現職の警察官である。表向きの仕事もきっちりこなす必要がある。
「そう。ならついでに言っておくけど、その時の写真が各新聞のトップに掲載されるよう手配もされているわ」
一緒に写るかもしれないから身なりにはそれなりに気をつけなさい、とティーネは変装している署長をからかうが、当の本人はそんなことよりも新たな火種の存在に渋い顔をした。
一般人から見れば、ただ被災地の少女が花束を渡し大統領と握手しているだけの写真である。しかしティーネの立場を知る者がこれを見れば一体どう思うだろうか。受け手がどう捉えるかは別として、何かがあると思われても仕方がない。そして実際にこの後に重要な会議が開かれるのだから質が悪い。
今回の“偽りの聖杯戦争”を企み実行したのが米国政府であることは事前調整により秘匿されることが決まっている。こんな写真が全国掲載されては、秘密は秘密のまま闇へ葬りたい教会と協会に睨まれることは確実だろう。当のティーネとしては会談前の手付け金としてこれくらいは大目に見て欲しいところだ。
「大統領にピエロを演じさせるとは、少し欲ばり過ぎじゃないのか? 保険金だけで我慢しちゃどうだ?」
「聖人なのね。あなたを殺そうとした者の肩を持つの?」
「公務員なんでな。死ぬことも込みで給料を貰っているんだよ」
やけくそ気味にぼやく署長をティーネは楽しげに見つめる。
それで納得できることでもないが、署長も署長で割に合わないがそれなりの対価を得てはいる。
個人的には甘酸っぱい匂いの放つ本皮張りの椅子など捨て置きたいところだが、部下のためにもこの立場を堅持し利用する必要があった。死んでいった部下もいれば、生き残った部下もいるのだ。彼等を見捨てられるほど署長は人間を捨てることなどできなかったし、魔術師でもなかったということだ。
「……ひとまず、本件はファルデウスの暴走で片を付ける腹積もりらしい。これ程の事態を管理不行き届きで済ませようとはなんとも剛胆だとは思うが」
「それは先日来た役人から聞いたわ。無茶苦茶だとは思ったけれど、それに協力すれば、相応の権利を得られるとか」
「自治権は現実的に無理だろうが、原住民への待遇改善と復興費用と称した賠償金を支払う用意はあるらしい。協会にも有耶無耶だったスノーフィールドの
「我々は我々を邪魔する全ての者を排除するために参戦したのだけれど?」
この地を政府に奪われ、奪い返せたと思ったら、次は協会が口を出してくる。原住民の気持ちを考えれば満額回答にはほど遠い。
「私を脅しても仕方がないだろう。どうせ“偽りの聖杯”はもうないんだ。意地を張るよりも適当に妥協して恩を売るのも悪くないと思うがな」
そんなことを言ってみるものの、我ながら空々しいと署長は思わざるを得ない。
現実的に考えればこの辺りで手を打つのが打倒かもしれないが、だからといって米国政府の口車に乗ることはこれらの諸問題の片棒を担ぐことにもなる。同じく全てを知っている協会と組んで糾弾するという選択肢はあって然るべきだろう。
「まあ、良いわ。その条件で原住民は了承する予定よ」
「……自分で言っておいてなんだが、それでいいのか?」
「欲ばらずに恩を売れ、と言ったのはあなたよ? それにあの大統領、おそらく“偽りの聖杯戦争”の魔術儀式に関しては協会に全て委譲するんじゃないかしら」
だとすれば協会も踏み込んで糾弾するより迎合して安全に成果を接収することに重きを置くだろう。どうせ現地調査の名目でスノーフィールドに乗り込んでくるのだ。下手に抵抗して長く居座られれば、今度は原住民と協会との間でいらぬ争いが起こりかねない。
良くも悪くもあの大統領には欲がない。
米国は保有する切り札を悉く失いはしたが、この戦争で得られた技術や情報だけで採算は十二分に取れている。欲張らず堅実な道を歩むことで逆に手出ししにくい状況を作り出そうとしている。
一部新聞によれば、大統領執務室に女性の服が下着も込みで発見されたと聞く。そのため政権はそのスキャンダルのもみ消しに奔走しているらしいが、スノーフィールドから目線をそらせるためにわざわざ自分を人身御供にするくらい大統領は教会と協会にその本気度を伝えている模様である。
実にやりづらい。さすがは政治家。
「……さて。ではそろそろお暇するわ。この資料は貰っていくわよ」
「そいつは一応重要機密なんだが」
カラン、といつの間にか空になったバケツにスプーンを捨ててティーネは立ち上がる。暗にここで読んでいけと告げる署長であるが、ティーネは聞く耳を持たない。
「これから椿とデートなの」
「……そいつは野暮だったな」
デートと言われては仕方がない。署長もあっさりと身を引いた。
原住民には可能な限り便宜を図るようにも暗に言われてるし、超法規的処置を既に幾つも行っている。今更機密書類を奪われたところでどうということもあるまい。諦めたとも言う。
「本人にその気があるなら、いつでも移植の準備はできていると伝えておいてくれ」
「会ったら伝えておいてあげる。けれど、無駄になるでしょうね」
魔術師としての署長の言葉を、ティーネは軽く否定した。
それが祖先に対する裏切りだと理解はしているが、今更そんな呪いのような祝福を受けたいとは思わないだろう。彼女は既にそういった積み重ねを必要としない域に達しているし、場合によっては手にした力そのものを放棄する可能性すらある。
「違いない。が、処分するにしても誰の手で行うかは選ばせるんだな」
「……」
それは恐らく、魔術師ではなく人としての言葉。先の言葉は即答できたのに、今の言葉には声も出せない。
たとえその愛し方が歪だったとしても、子孫のために鍛え上げたモノである事実には違いない。それに彼女はまだ両親の死と直接向き合い、ちゃんとした別離を踏まえていないのだ。
処分などと事務的な言葉で誤魔化しているつもりなのだろうか? 魔術師であるなら葬儀の配慮などするべきでない。
「あなた、やっぱり魔術師には向いてないわね」
「……それはいい加減自覚してきたさ」
指摘され不機嫌そうな顔の署長に、ティーネは「また明日」と告げて店の外へと出た。
約束の時間までは急がなければ間に合いそうにないが、おそらく大丈夫だろう。きっと彼女は約束の時間に約束の場所へ来られないだろうから。
会えるなどと期待などほとんどしていないながらも、ティーネは嬉しそうに待ち合わせの場所へと向かう。
土埃の混じった空気と熱気が辺りに満ちていた。太陽は中天に差し掛かっている。戦争がスノーフィールド市街に与えた爪痕は大きいが、復興に向けて動き出す街は活気づいていた。