Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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epilogue-04

 

 

「はっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、繰丘椿の拳が突風を巻き起こし異形の化け物に止めを刺した。

 魔力で強化し推力を増した彼女の拳足は強化した鉄板さえ濡れた紙切れのように容易く貫く。喩え英雄英傑に名を連ねる猛者であろうとも、直撃した以上今の一撃は屠って余りある威力があった。

 そんな拳が必要になるくらいに、この異形は難敵であった。

 

 頭骨を嘴で啄かれたように喘いでいるのは、最終英雄の置き土産である『魔群』の残滓。数千数万もの同胞の大半は最終英雄の自爆によりスノーフィールドの街ごと消滅したわけだが、全滅したわけではなかったのである。

 

 万全の状態なら大陸すら沈めるカルキの自爆であるが、度重なる漸減によりその威力は大幅に減じられている。特に緩衝材となったバオバブの木によって周囲への被害は不自然なほどに少なかった。となれば当然巻き込み消失するべき魔群が生き残る可能性も高まるわけで、実際に生き残った魔群もこうしているのである。

 

 一匹でも生き残れば魔群は新たな魔群を産みだしていく。単為生殖も可能ならしく、わずか数日で魔群は小さいながらもコロニーを形成し、ひょっとすると世界の危機では? と思わなくもない事態を引き起こしかけていた。

 

 スノーフィールド南部砂漠地帯、つい数日前に行われた茨姫(スリーピングビューティー)の争いを上書きするかのように、魔群はここに潜み力を蓄えつつあった。

 

「これでラスト……ライダー、近くに他の魔群はいる?」

 

 そんな世界の危機は、こうして繰丘椿の手によってあっさり救われる。

 這い蹲り息も絶え絶えに逃げようとする魔群の頭部を徐に踏みつけ、靴底に力を込める。もちろん彼女の小さな体躯では全体重をかけたところでどうにかなるものではないが、次の瞬間に踏みつけられた頭部が爆散したところをみると、見た目通りのことが成されていないことを伺えた。

 

 身体に飛び散った眼球や脳漿を拭い取りながら、彼女は周囲の魔群が全て息絶えたことを慎重に確認する。そこにいるのは熟練の強大な魔術師であり、かつて何も分からず泣き喚く無力な少女の面影などどこにもない。

 

「……ああ、あの無垢で無邪気で透明な椿はどこにいったのでしょう……」

 

 娘の反抗期に戸惑う父親のように嘆くライダー。

 召還後ずっと傍らに控えていたライダーであるが、当のマスターはライダーの目を逃れて数年の月日を夢世界で過ごしている。これだけ時間認識に違いがあるのだから、両者の間に微妙な齟齬と感情の行き違いがあっても然るべきなのかもしれない。きっと下着を同じ洗濯機に入れるのも嫌がることだろう。

 

 傍目からは黒い影がくねくね器用に踊って悲しさをアピールしているようにも見えるが、もちろんライダーとてやるべきことはやっている。魔群の屍に隠れ逃げようとする小さな魔群の息の根を止め、最後の一匹まで念入りに排除。同時に魔群の遺骸を分解し大地へと返し始める。遺骸をこのまま放置すればいらぬ争いの種になる、という理由もあるが、一番の理由は椿の体に彩られた血化粧を綺麗にするためである。

 

 次の予定を考えれば、家に帰りシャワーを浴びている時間はない。まがりなりにもティーネは椿の恩人である。それ相応の支度は保護者として整えておかねばなるまい。

 場合によってはその予定もキャンセルすることになるだろうが。

 

「銀狼、身体に違和感はない?」

「わふん」

 

 尻尾を左右に軽く揺らしながら、問題ないといわんばかりにどこからともなく銀狼が椿の元へと現れる。

 銀狼の触媒たるバオバブの木は最終英雄の自爆により全長数キロにも及ぶその体積のほとんどを消失させていた。

 依り代がこうなってしまえば銀狼も共に消滅するより他ないが、ほんの一部、末端の末端ではあるが、かろうじて自爆に巻き込まれぬ部位もあり、即時消滅の危機だけは免れていた。

 

 これで生きながらえているのはその銀狼と契約しているライダーから供給される莫大な魔力によるところが大きい。

 ここまで傷つき消耗してしまっては自力での回復は見込めず、魔力供給が少しでも滞れば銀狼はあっという間に消滅してしまうだろうし、不安定な霊体に何かあればどうなるのかわかったものではない。

 

 本来であればこの魔群討伐にリスクの大きい銀狼を参加させたくはなかったのだが、本人(犬?)たっての希望により後詰として参加していた。逃げようとする魔群を確実に仕留めていく様はさすが狩猟を生業とする狼というところなのだろうが、同じパーティーにいる者としては気が気ではない。

 

 念のため外傷がないかを椿が調べ、ライダーが体調をチェックする。結果銀狼の体に傷は一つだってついておらず、疲れだけで見れば椿の方がよっぽど消耗していた。これなら次の本番にだって問題なく当たることができるだろう。

 

 あらかじめ原住民の備蓄からちょろまかしておいた寒冷地専用のレーションを椿は口に含んで回復を図る。高カロリー、高タンパクで、一つ食べれば10キロは行軍できる。銀狼に問題がない以上、他人の心配をしている暇はない。魔群討伐は準備運動であって、これで終了なのではないのである。

 本番は、これから。

 いや、もっといえば、本番後にあるティーネとのデート(?)こそ本命であろう。

 

「ライダー、時間は?」

「ティーネ嬢との約束にはまだあります。銀狼の背中に乗ればすぐですが、そう上手くいく保証はありません。キャンセルした方が良かったのでは?」

「そういう訳にもいかないでしょ」

 

 原住民の長であるティーネがわざわざこの忙しい時に接触してくるのだ。本人から直接妹になるよう言われてもいるし、その返答を迫られることになるのはほぼ確実だろう。そうでなくとも、原住民の庇護下に椿があると表明できれば、椿にとってこれほど力強いものはない。これをただの自己都合(世界の危機を救ってたりするが)でキャンセルできるほど椿は豪胆ではないのである。

 ティーネと会うなら、返事はもう決まっている。

 ティーネと会えないのなら、返事をする必要もないということだ。

 

「約束を守れる自信があるのですか?」

「どうかな? わかんないや」

 

 珍しく、肉体年齢相応のはにかむ笑顔にライダーは黙る。

 ライダーだってわかっている。約束を守れるにこしたことはないが、これはそう簡単なことではない。むしろ、約束を破る事態になった方が良い場合だってある。きっと、世界にとってその方が都合が良いのだ。

 

 最終英雄を前に一度はプライドをかなぐり捨てて逃走したライダーだ(逃走したのは株分けしたライダーであって本人ではないのだが)。

 椿を第一に考えるならば彼がするべきは説得であってこうして同行することではない。それを分かっていながらしないのは繰丘椿の意思が強固で説得に応じないのと、ライダーの能力で無理矢理訴えるにしても繰丘椿の単体能力の方がライダーを圧倒していたため通じないからである。これを無理に動かすのは不可能とライダーは判じ、であれば椿の負担を減じることに注力したほうがよほど良いと結論に達していた。

 それにライダー自身も理解しているのだ。これが最適解であると。

 

「ごめんね、私の我が儘につき合わせちゃって」

 

 銀狼の頭を撫でれば気持ち良さそうに目を閉じる。

 今やライダーのマスターは椿ではなく銀狼に移っているため、ライダーが椿の傍らにいるためには銀狼も椿と共にいなくてはならない。様相としては椿の我儘にライダーが付き合い、銀狼が巻き込まれた形ではあるが、きっと銀狼も否ということはあるまい。

 

 この偽りの聖杯戦争には、決してその存在を許されぬモノがある。

 その最たるものが最終英雄が残した魔群である。世界を滅ぼす目的でばら蒔かれた魔群は明確な人類の脅威そのものであり、座して放置するわけにはいかぬ存在である。

 あっさりと椿に退治されてしまった魔群であるが、この段階で既に並みの魔術師の手に余るほど厄介な存在であった。これを本格的に根絶するには長い年月と莫大な金と甚大な被害を覚悟しておく必要があったのである。

 

 排除項目筆頭がいなくなったことで、これで万事終了めでたしめでたし、というわけにはいかない。

 世界の裏表から注目されたスノーフィールドである。当然、最終英雄との決戦過程において人類の脅威と認定されてしまったモノもいる。

 

 その一人が霊長類から最も超越した存在である繰丘椿であり、

 その一体が地獄と直結して永遠に顕現し続けるライダーであり、

 その一匹が対星宝具バオバブの木をその身に宿した銀狼なのである。

 

 約束すれば良いというものでもない。

 大人しくしていれば良いというものではない。

 無視しえぬリスクと強大な力を前に恐怖を覚えぬ程人類はできた存在ではないのだ。

 

 早晩、これを排除するべく世界の誰かが動くことになるだろう。そして椿を守ろうとするティーネ達原住民にも被害が及ぶことになる。

 それは、椿の望むところではない。

 だから、

 

「ここで、終わりにしよう」

 

 胃の腑に落としたカロリーは即座に熱となって椿の体内に巡り始める。夢の中とはいえ己の内面と常に戦い続けてきた椿である。ライダーに操作されずとも簡単な肉体変容なら朝飯前だ。

 魔群相手に準備運動は完了している。

 

「じゃあね、ライダー、銀狼。また会えるといいね」

「さよなら、椿。次に会える時を楽しみにしています」

「わふん」

 

 軽く、椿は今生の別れを告げる。応じるライダーと銀狼も軽い。既に覚悟は済ませてあるのだから、今更重苦しくする必要もあるまい。

 

 きっと、この選択には意味がない。

 この戦いに敢えて立ち向かう必要性などないし、悪意が彼らを取り囲むのなら、一致協力して振り払えばそれですむ。世界を敵に回しても立ち向かう戦力を持っているのなら、尚更だろう。

 

 もっとマシでマトモな選択肢は、絶対に他にあるはずなのだ。

 万人全てを納得させることのできる万能の回答など、それこそ聖杯に託さねば叶うことはあるまい。けれど、最大多数を穏便に丸め込めるならそれに越したことはない。己が命をかける理由などその程度で十分。偽りの聖杯戦争、その恩恵に与った者として、これくらいの我慢はせねばなるまい。

 

 両者は互いに背を向け、歩み始める。まるでガンマンの決闘のような風情であるが、残念ながら両者振り返り撃ち合うことはない。なぜなら、両者の相手は互いの正面、遙か数キロ先にいるのだから。

 

 人類の脅威となりうる者は、別に三者だけではない。

 今現在の現界し続けている過去の英雄はライダーの他にもいる。排除筆頭はほとんど何の制限なく現界し続けることのできるライダーであるが、時間制限付きでその気になれば人類どころか星そのものにに多大な影響を行使できるやっかいなサーヴァントがまだ他に二体もいる。

 決められた盤上で決められたルールの下に駒同士が相争う分にはまだ問題ないが、その盤が土台からなくなり争う明確な理由も制約もなくなればその限りではない。

 

 確か、互いに偽りの聖杯戦争への参戦理由は、決着をつけることだったか。

 決着に水を差すことは甚だ不本意ではあるが、これを無視するにはいささか不安が強すぎる。この星をいくらか慮ってくれると助かるのだが、いかんせんその保証がどこにもないのだ。

 乖離剣と創世槍が真っ正面からぶつかりあえばどうなるか、相殺されるならまだしも相乗効果で威力が倍増すればたまったものではない。こうなってくると倒すかどうかは別として、緩衝材くらいに役に立たねば世界に対して申し訳なさ過ぎる。

 

 だから、弓兵を前に、繰丘椿は立ち塞がる。

 

「そこをどけ、小娘」

 

 だから、槍兵を前に、銀狼とライダーは立ち塞がる。

 

「そこをどいてください」

 

 直線距離にて数キロ離れた場所で、両者は互いに同じことを口走った。

 偽りの聖杯戦争、その最後から二番目になるであろう戦いが、開始される。

 

 


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