Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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epilogue-05

 

 

 気がつけば、どこか異質な空間の中にカルキは存在していた。

 

 はて、とカルキは人間風に言うなれば首を傾げる。己は確かに消失したはず。だというのに何故こう考えることができるのだろうか。

 アーカイブによればカルキは肉体消滅後、『座』に保存される筈だが、こんな窮屈なところが『座』である筈がない。座標を確認しようとするも返ってくるのはエラーばかり。英雄神話のための免責条項に該当したのかと照会もするが、それも違う。

 

 状況に悩むカルキであるが、しかしそれも長い時間ではなかった。

 カルキの目の前に、東洋人が居た。

 こんな近くにいながら気付かないなど普段であれば有り得ない筈だが、事実としてカルキは今の今まで気付けなかった。

 

 すぐさま取得できる身体情報から『世界』に保存されている無限ともいえる人体情報と照合させるが、該当する人物はいない。故に目の前にいる人物は正規手続きに則って作られた存在ではないと判断した。

 人ではなく物として検索すれば、該当データは現時点で約五〇億件。いずれもアインツベルン製ホムンクルス――小聖杯と呼ばれる完成品の、なり損ないの一つ。付け加えるのなら、カルキが敗北したあの戦争で最後まで生き残った、東洋人。

 

 正体が分かれば、ここがどこかというのも理解できる。

 ここはその小聖杯の中。

 カルキは消滅と同時に『座』へと戻ろうとする途中でこの小聖杯に絡め取られたらしい。ならば、小聖杯そのものである東洋人がカルキの認識をかいくぐり突如として現れたのも納得できる。

 

 理解すれば、無駄なことは止めとばかりに自己診断を中止する。

 肉体を失ったがためにカルキの認識は曖昧なままにある。ここにある身体はそんなカルキの認識に基づいて投影される幻みたいなものなので、当然この身体で小聖杯に何か影響を与えることなどできはしない。

 仕方なく、カルキはなにもしないことを選択する。

 

 この最終英雄の身体を絡め取ったことは賞賛に値する魔術なのだろうが、残念だがそれまでだ。所詮虫取り網で捕まえられるのは蝉程度。小魚だって捕まえられるだろうが、巨大な鯨を相手にどうにかできるわけもない。

 

 そうこうしている内に、この異質な空間に亀裂が走る。今すぐというわけではないが、あと数分もすれば限界に近づき壊れることは確定していた。

 確定していたのだが。

 

「………?」

 

 空間の走った亀裂は、しかして誰が行ったのか。

 最初はカルキが自身の重みに小聖杯が堪えきれず裂けたのだと思っていた。今も確実に小聖杯を圧迫し続けているカルキであるが、しかし、そうではない。目の前にいる東洋人が、何かをしたのだ。その手に輝く魔力の一画で、何かを喚び出そうとしているのだ。

 

 亀裂は、より大きく裂ける。そんな中から現れ出でる者が居た。

 即座に検索――該当件数、一。

 この“偽りの聖杯戦争”に参戦したキャスター。

 それも、カルキが解放された世界に投影された個体と同一素体。

 

「これが小聖杯の中か! うちの兎小屋よりも狭くて小せえな!」

 

 ずるりと蛞蝓の如く空間を割いて小聖杯に入り込もうとするフランス人はお世辞にも優雅さとはほど遠いところにあった。それを気にするキャスターではないが、土足で踏み入る泥棒だってもう少し礼節を弁えていることだろう。

 一頻りキャスターは周囲を見渡し勝手な感想を述べてから、

 

「さて。何をしに来たって感じの顔をしてるな、最終英雄? いや、もう英霊か」

 

 ポケットに手を入れ気取った表情でキャスターは語る。

 

「俺の目的はこの聖杯戦争の行方を見届けることだ。なら、俺がここに居たとしてもおかしくはないだろう?」

 

 いや、おかしい。

 普通はこんなところに令呪を使ってまで入ってこない。

 

 ここは小聖杯。世界の路より逸れ閉じた世界だ。入ることは東洋人の令呪を使えば不可能ではないのだろうが、一方通行の令呪では入った時のままの状態でここから去ることはできない。この小聖杯が堪えきれず崩壊した時には、中身は綺麗に消化され純粋な魔力と化して意識すら留めることはないだろう。

 

 魂の強度に大きな差があるカルキならまだしも、キャスター程度の小物ではその理に抗えることはない。お得意の小細工を幾ら弄したところで、ここに入れば確実に消滅する。それが分かっていてどうしてこの場に来ようというのか。

 

「消滅、か。それも大いに結構だ。随分愉しませて貰ったし、何より舞台を最後まで特等席で見られたからな。こんな命が代金なら安いもんだろう。むしろ安すぎるくらいだと思ってしまった。

 だから、俺はここに居る」

 

 キャスターの言葉をカルキは理解できない。まるでキャスターは、貰いすぎた代金を返すためにここにいるような言い草ではないか。

 

「おい最終英雄。お前は何故こんなところにいる? 何故お前は負けた? 何故、己の使命を全うしなかった?」

 

 キャスターの問いに、カルキは答えられない。

 カルキはシステムだ。全てを合理的に考え、自らにできるその時々の最善の道を選び、実行する。最善の選択が必ずしも最良の結果に繋がらないがために、カルキは今ここにいる。そこに疑問が入る余地などない。

 強いて言うなれば、運が悪かった。それだけだ。

 そんなカルキの思考を理解したかのように、キャスターは論う。

 

「わかってねえなぁ。

 世界が唯一でないことぐらい、お前も分かっているだろう? この東洋人を見れば俺にだって分かる。自覚はなくとも彼ら彼女らは数億回も繰り返しこの戦争に挑み、そしてついに辿り着いたのが最終英雄の打倒だ。

 この戦いはその最初の一回目なんだよ。そして一回あれば、あとは何度だってお前は負け続ける。繰り返される挑戦に、お前は何度も膝を屈することになるだろうさ」

 

 キャスターの言うことは、正しい。

 世界は唯一などではない。数多ある分岐の先には無限の未来が存在する。本来であれば、その中にカルキの敗北はあり得ない絶対事項であったのだが、こうして敗北の可能性が誕生してしまった。であれば、無限に分岐する平行世界の中で、カルキは無限に負け続ける運命を背負うことになる。

 

 そしてそれだけ、というわけでもない。

 最終英雄を失った世界には大きな齟齬が生じてくる。

 救世主となるべき存在がいなくなったのだ。強大であるが故に、そのために生じた歪みは大きい。世界が修正できる許容量を超えてしまっている。一分後か、一年後か、一万年後か知らないが、この小聖杯のように、世界の崩壊は不可避となる。

 カルキの敗北は、その世界の敗北と同義であるのだ。

 

「――だがな。この敗北はお前のせいじゃない」

 

 そんなカルキを慰めるように――いや、自らを自慢するように、キャスターは驕り高ぶった態度で告げてみせる。

 

「お前は確かに最終英雄だ。お前の前には全てがあり、お前の後には何もない。そんなお前に勝てる存在なんかいやしねえよ。お前の敗因は、単純な設定ミスだ。

 お前が四〇万年を大人しく眠っていれば何の問題もなかった。途中で起こされるような柔な寝床が悪いのさ。

 まあ、俺がここにいるのは、代金が安いってのもあるが、気にくわない脚本を修正しときたかったってのもある」

 

 ふと、カルキはこのアインツベルンの小聖杯が他と少し違うことに気がついた。

 基本となる器の製造法に大した違いはない。基本を同じくしながら少しずつ設定値を異にしているだけだ。しかし、この個体だけはその設定値が出鱈目だ。これではアインツベルンの小聖杯として東洋人が役立つことはない。

 アインツベルンの設定ミスか。そんな偶然があろう筈がない。

 何故なら、送られる場所と時間は、カルキが製造された時と同一のもの。

 

 あろうことかキャスターは、創造主に対して脚本のだめ出しをしようというのだ。

 

 “偽りの聖杯戦争”、その元凶たるカルキが人の手によって起きたが故に、この戦争が起こってしまったのだ。人間ごときに起こされぬように創造主が手を加えてしまえばこれから起こりうる世界の破滅はこの一度限りで終結することになる。

 

 世界から救済が損なわれることのないように。

 そして何より、物語の最後を見届けるために。

 キャスターは、ここに居た。

 

「中々に面白い戦争だったぜ。あんまりにも面白いから、続編とか過去編とかパート2とか二期とか復活とか新章とか番外編とか外伝とかスピンオフとかリバイバルとかがあったらまた見たくなっちまう」

 

 だから、これ以上の蛇足は必要ない。

 真に物語を完結させたいのなら、ここでその可能性を打ち切らねばならない。

 

「今度からは、気をつけるんだな」

 

 ニヤリと笑いながら、キャスター自己満足に漬りながら小聖杯の中に溶けて消えて逝く。その姿を見ながら、カルキはようやく納得した。

 

 キャスターがここに召喚された意味。

 それは単に、終わりを告げる英雄に、終わりを告げたかっただけなのだ。そんな諧謔を弄するためだけに、彼はこの場に召喚され、消滅していった。

 

 到底、システムに則って動くだけのカルキには納得できても理解はできぬ行動だ。

 最後にひとつだけそんな不合理をカルキは考えながら、カルキは小聖杯を破壊して『座』へと戻っていく。

 

 ここに約八億回続いたとされる“偽りの聖杯戦争”は幕を閉じる。

 もう次に“偽りの聖杯戦争”が開かれる可能性はなくなった。

 

 

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 スノーフィールド、南部砂漠地帯に巨大クレーターが出現していた。

 直径は数キロメートル。しかも大小様々数十ヶ所もあり、どれほどの熱と圧があったのか表面はガラス質にコーティングされる程の不思議現象。

 

 理由は依然不明のまま。隕石が降り注いだとも、地下のガスが爆発したとも噂されたが、スノーフィールド大災害の直後にあってはその真偽を確かめる余力などあろうはずもない。

 

 形ばかりの調査隊が臨時に編成されたが、偶然にもロンドンから派遣されていた地質学者が善意の協力を申し出たことで、図らずも可及的速やかに安全宣言と念のための現場封鎖がされることになった。その報告に視察に訪れていた大統領が胸をなで下ろしている姿を複数人から目撃されている。

 多少なりとも不自然な状況に市民の中には首をひねる者も少なからずいたが、皆日々の復興に忙しく声を上げる者は更に少なく、その少人数もいつの間にかいなくなる。

 

 不確かな事実として、その場へ向かおうとする二つの人物がいたと聞く。

 ひとりは王様然とした金髪の男性。

 ひとりは男か女かもわからぬ美形。

 まるで打ち合わせしたかのように両者が真反対から現場へと向かう足跡が確認されている。

 

 目撃者も多数ながら、両者の正体は不明。外国人旅行客とも推測されるが、こんな目立つ二人が入国した記録はなく、またあちこちに仕掛けられていたはずのカメラも改ざんがあったかのようにその姿はない。

 スノーフィールド大災害を招いた張本人であると荒唐無稽な噂もあったが、後に作られた報告書にそのような記載はもちろんない。

 行方不明者二名とだけ、報告書には簡素に記載されることになる。

 

 唯一彼らの情報を知るであろう人物として、現場から救助された少女がいると報告もあったが、その聴取はまだ行われていない。また、少女が未成年であり事件のショックからか記憶喪失に陥っていることを踏まえ、人道的見地と不自然な現場状況の推測もあって少女救出の情報は意図的に伏せられることが決定している。

 

 スノーフィールド最後の事件は、こうして幕を引かれた。

 “偽りの聖杯戦争”、その最後の戦いの結末は、定かではない。

 

 

 FIN


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