Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「お疲れ様でした、署長」
「面倒な役を押し付けた」
会議が終了し周囲がざわめく中、自然な所作で話しかけてきた秘書官を署長は労う。そしてもちろん労うだけではない。
「フェイズ5用のレベル2宝具は、いつ解禁できる?」
「明朝には用意してみせます」
署長の言葉を想定していたように、秘書官は即答してみせる。
なかなか頼もしい意見に両者の信頼関係が見て取れた。
と、確認のために資料を見せるようにみせかけ、秘書官が署長に顔を寄せる。
「……ただし、スノーホワイトの許可には時間がかかります」
「いざという時に使えればそれでいい」
誰に聞こえることもない小声。意味深な視線を両者で交わすが、それ以上の言葉は必要ない。秘書官はすぐさま席へと戻り、自らが指揮する情報職員とミーティングの段取りをとりはじめる。
署長はといえば、未だ目の前で直立したままとなっている
「聞いての通りだ。明朝にはレベル2の宝具が用意されるだろう。使用が解禁されるまでに今日の戦闘報告を提出。君には今後の部隊編成も任せる」
指示を出しながらも、そういえば欠員がいたことを思い出し、ついでとばかりにそれについても彼に一任する。死と隣り合わせの前線メンバーである。下手に署長が任命するよりも、現場に任せた方が士気は上がる。
「……私が、でありますか?」
「ランサーと直接戦った君だから、だ。君の判断は間違っていない。それどころか、直接サーヴァントと相対した君の経験は今後大きく生きてくることだろう。私は司令官であって現場指揮官ではないのでね。
やってくれるかね?」
「はっ。拝命いたします!」
同時に、新たな宝具を得ることになった
失態から一転しての出世であるが、その光景を周囲の
「……と、すっかり忘れていたのだが、そういえば保護された繰丘夫妻の様子はどうかね?」
「かなり衰弱しているようですが、命に別状はないとのことです。ただ、話ができるようになるには、まだかなり先になるかと」
署長の言葉にいつの間にか戻ってきたのか、ミーティングの準備をしていた秘書官が事務的に答える。相変わらず仕事が早いな、と感心する。
伊達に開戦前から繰丘邸を見張っていたわけではない。
繰丘夫妻は定期的に市内の病院へ行っている以外に取り立てて目立った様子はなかった。戦争準備そのものは一月以上前に終わっており、観測班から魔力反応に変化がないと報告も受けている。となれば、サーヴァントが繰丘邸に召喚された可能性も低く、そのサーヴァントが夫妻に攻撃したとも考えにくい。
一体いつどうやって夫妻をあの状態に追い込んだのか。
邸内をくまなく丁寧に調べれば何かわかるかもしれないが、蒸発してしまえば調査も何もできることなどありはしない。こうなってしまえば警察の鑑識ではなく安楽椅子に腰掛けた名探偵が必要になってくる。
なまじ
「現在はスノーフィールド中央病院へ負傷した隊員と共に搬送されています。スタッフ二名が交代で監視中です」
「マスター、ではないんだな?」
「そのようです。令呪も確認できず、また使用した痕跡もありません」
そう言って秘書官は手元の資料を署長へと渡す。一度に何役もやらせているというのにやることにそつがない。気付けば机の上にはまだ入れたばかりなのか、温かいコーヒーが用意されていた。
優先順位は低いが、フェイズ5へゴーサインをだしたところで詳細を詰め始めたばかりだ。あと数十分は署長には時間的余裕がある。それまでに簡単な案件は済ませておきたかった。
「ふむ」
繰丘夫妻の保護からまだ時間が経っていないというのに、資料には簡易検査結果と写真資料が添付されていた。
全身に呪術感染とみられる痣こそあるが、資料によると令呪ではないと確認されている。
「何らかの呪術攻撃を受けたのか、体内の魔力は枯渇しています。現代には残されていない、古代源流呪術と似通った痕跡があることから、サーヴァントが関わっている可能性は非常に高いかと思われます」
古代源流呪術というのは、つまるところ他者からの妬みや恨みといった感情を元とした呪術である。
人間に限らず犬や猫といった畜生でも扱えた事例もあることからそのシンプルさが分かることだろう。単純過ぎる呪いなだけにその威力は低く、せいぜい免疫力が低下する程度。呪術を見下す傾向にある協会にあっては、これを魔術として認めてすらいない。
「どうやら観測班の不手際ではないようだな」
「呪いであれば現行手段での観測ではほぼ不可能です。とはいえ網の荒さを放置することはできません」
「そうだな。早急な対応が必要だろう」
ただでさえ効率が悪く直接戦闘に向かない呪いである。仮に古代源流呪術の使い手がいたとして、この毒壺の如き聖杯戦争に参戦する者がいるだろうか。消去法からすると、必然的にサーヴァントの仕業ということになるわけだが……。
「詳細なデータが欲しいところだな」
呪術とはある程度文明が進んでいれば、その文明固有の特色が出てくるものである。そのため呪術の特定は比較的簡単にできるのであるのだが、古代源流呪術はその単純さ故にそういった特色が出にくい。特色を出すためには時間を掛けて子細に調べていく必要があるだろう。
だが、もっと素早く正確に調べる方法も、ある。
「病院内に儀式場を構築できるよう一室確保しています。指示があれば一時間以内に調査は可能です」
「許可しよう。敵サーヴァントに繋がるものであれば、どんな小さなものでも構わん。見逃すな」
秘書官の言葉に署長は躊躇なく頷いた。その言葉の意味をはき違えているわけもない。秘書官もまた、敢えて説明するようなことはしなかった。
ただ、まるで――というよりも本気で言い忘れていたかのように、秘書官は次いで確認をとる。
「優先順位の方はいかがしましょうか?」
一応は互恵関係にあった繰丘夫妻である。内情を知れば別段
「……確か、夫妻には娘がいたな?」
「はい。繰丘椿、一〇歳。一年前から同病院の隔離病棟で入院中です」
秘書官が資料を捲りながら補足する。
本来であれば入念に調査するべきところかもしれないが、人気が少ない上に出入りが厳重な隔離病棟で闇雲に調査すれば繰丘夫妻に気付かれる恐れがあった。開戦し明確に敵対するその時まで大っぴらに動くわけにはいかなかったのである。
結果として、担当医のカルテや看護師の巡回記録といった間接的な記録のみで繰丘椿の調査は終了していた。まさかその担当医が忙しさと体調不良により直接診察しておらず、その手にある痣の報告をまだしていないなど、考慮できる筈もない。
秘書官から繰丘椿の資料に数秒だけ目を通す。
病状を鑑みれば気の毒だとは思うが、それだけだ。そして夫妻がああなってしまえば、娘である彼女の価値は一気に落ちることになる。わざわざ今動く必要はないだろう。
「そうだな。魔術刻印の移植ができる程度には配慮してくれ」
「畏まりました。可能な限り配慮いたします」
調べるために魔術刻印以外切り刻んでも構わない――そう告げた上司の言葉にその場にいた