Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.02-09 多頭竜

 

 

 少女と英霊、二人が立ち去ったすぐ後。

 

 瓦礫の山の端から、ぼこりと血塗れの男の腕が飛び出した。

 爪は剥がれ、指は折れ、腕の骨も傷口から覗いていた。さしずめゾンビ映画のワンシーンのようではあるが、腕の主はゾンビなどという低級なモノではない。

 

「二度あることは――」

 

 ゾンビではなく、――吸血種。

 

「三度あるッ!」

 

 ジェスター・カルトゥーレ、その人である。

 

 クハクハと嗤いながら瓦礫の山を発泡スチロールのように宙に刎ね除け、ジェスターはこれ見よがしに登場する。

 その様はホラー映画というよりコメディー映画に相応しいが、押しのけた瓦礫はどれも巨大なコンクリートの塊である。ジェスターが死徒でなければ重機が搬入され作業が開始されるまで、長く押し潰されたままになっていたことだろう。

 

「さすがに三度も死ねば慣れるというものだろう!」

 

 例によってその身体に刻まれた概念核は三つ目をどす黒く染めている。人間死ぬ間際になると脳内物質が分泌され多幸感に包まれることがあるというが、それは死徒にも適用されるらしい。

 

「ふむ。今度の死はさすがに無粋に過ぎる。戦場にいる以上、流れ弾に当たるのも当然ではあるが、これでは自然災害で死ぬのとそう変わらん」

 

 冷静――かどうかは別として、ジェスターは己の死因にそんな感想を漏らす。

 ジェスターの死因は倒壊したビルによる圧死ではなく、アーチャーの放った宝具の一つによるものだ。

 

 広範囲に無作為に放たれた宝具の雨は、ジェスターに防御も回避も許さなかった。例え防御に徹したとしてもその全てが役に立たなかったであろうし、回避するにも避ける隙間がない。

 概念核をひとつ失っただけで済んだのが奇跡のようである。消し炭になるまで連続した攻撃をされていたら、さすがのジェスターであっても甦ることは不可能だ。

 

「あれが噂に聞く最強のサーヴァント、第四次聖杯戦争の英雄王ギルガメッシュか!」

 

 過去に同じ英霊が二度召喚されたことは聞き及んでいる。その可能性がこの偽りの聖杯戦争にも適用される可能性を見越して、ジェスターもティーネ同様に過去に召喚されたサーヴァントを可能な限り調査してあった。

 優勝候補筆頭ともなれば尚更だ。

 

「しかもかつての聖杯戦争の記憶もあるようだな! いかにももってこの聖杯戦争は偽りの名にふさわしい!」

 

 本来であればサーヴァントはごく少数の例外を除き、生前の記憶だけを持って召喚されるという。過去に召喚された際の記憶を持ち合わせることなどあり得ないのだ。

 調査によると英雄王は第四次から第五次聖杯戦争にかけて十年ほど現界していたというのだから、俗世の文化に詳しいのも納得だ。いくら聖杯とはいえそんな必要性のない知識まで聖杯が網羅しているとも考えにくい。

 

 アーチャーは確かに規格外であるのは間違いないが、その在り方は例外的なものではない。だとすれば、例外であるのはサーヴァントではなく聖杯の方だろう。偽りとはいえ、もう少しオリジナルに近づける努力を企画者はすべきだ。

 

 だが推測だけの情報よりも、もっと確かで無視できぬ情報の方が今は大切である。

 

 先ほどの英雄王と襲撃者の戦闘である。

 もしこの場でティーネがジェスターの言葉を聞いていれば眉を寄せたに違いない。ティーネの認識からすればあれは戦闘ではなく蹂躙の類。象が蟻を潰す様に等しい事象である。

 

 だが、その事実は正しいようで――間違っている。

 

 今回、英雄王が倒したサーヴァントの正体はギリシャ神話最強の怪物の一つ、その名も名高きヒュドラである。

 冥府の番人であり、ギリシャ最大の英雄ヘラクレスが唯一単独では倒せなかった、幾つもの頭を持つ不死身の水蛇。

 本来であれば、並のサーヴァントでは歯が立たぬ化け物の中の化け物である。

 

 伝説通りだと中途半端な攻撃はヒュドラの再生能力の前に無意味を通り越して逆効果。斬れば斬るほど頭は増える上、すぐに再生するとはいえその傷口から流れ出る血は有名な猛毒、その呼気ですら近付けば臓器が爛れる。

 サーヴァントならばまだしも、生身のマスターでは近づくことすら危険極まりない。

 

 故に、ヒュドラを倒す方策は幾つかに限られる。

 

 一つ目は、伝説に準えて再生能力を封じた上で切り刻む方法。幸い火によって傷口を灼けばいいだけなので難易度はそこまで高くはないが、松明を作るために森が一つ消えてしまったことを考えれば決して簡単というわけでもない。

 

 二つ目は、同様の事態であった第四次聖杯戦争のキャスター戦の海魔と同様に、一撃のもとに一片の肉片をも残さず焼き払う対城宝具を用いる力技。ただし海魔の時と違ってヒュドラは街中で顕現している。周囲への被害は甚大なものとなるだろう。

 

 三つ目は、聖杯戦争ならではの持久戦。召喚されたのがサーヴァントである以上、マスターの魔力が尽きればいかに再生力が優れていようともガス欠は間近である。魔力を現地調達されては厄介だが、単独で動いているであろうマスターを仕留めるのが一番現実的な策であろう。

 

 そして最後の方策が、ヒュドラの再生速度を上回る攻撃回数を一度に行うことである。無論、一度で仕留めきれなかった場合のリスクを考えればおいそれと実行できるものではない。

 

 アーチャーが一体どれを選択したのかは言うまでもない。

 

 あの一戦は一方的な蹂躙などではない。ヒュドラ自身にその意志があったかどうかは定かではないが、ヒュドラのマスターは明らかに奇襲を意識していたし、アーチャーがいつも通りの反撃をしていればヒュドラを殺しきれず、消滅していたのは逆であった可能性もある。

 

 互いに生死の綱渡りをしているが故の『戦闘』。

 蹂躙と戦闘の違い。これを間違えていることこそが、アーチャーがティーネに放った発言にある。

 

 ――我は油断していない。ならば、貴様はどうだ?

 

 そしてその言葉は、この状況を、アーチャーが正確に把握していることを意味している。

 結局、ヒュドラの姿をアーチャーはついぞ見ることがなかったわけだが、本来の王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の一撃であれば周囲は瓦礫の山どころか、クレーターになっていなければおかしいのである。

 そこから逆算すると襲撃者の体躯や能力も導き出せるし、ティーネが発見した残滓も併せて考慮すると自ずと正体に気付くというものである。

 

 それに対し、ティーネはアーチャーの実力を実際よりも低く見積もってしまっている。そして他のサーヴァント――この聖杯戦争そのものを、見くびっている。

 

 優秀な彼女だからこそ、アーチャーの発言の真意にまだ気付けない。

 アーチャーは自らの考えをマスターたる彼女に直接伝えるつもりはない。油断しているという自覚のないティーネを、英雄王は今しばらく愛でるがままにする腹づもりらしい。

 

 これは油断ではない。

 アーチャーはマスターたるティーネすら信用していないということだ。

 信用に値する存在として見なしていない。

 でなければ、マスターの危機を黙って見ているわけもない。

 

「クハハハハッ! なかなかに、良い趣味の持ち主のようであるな!」

 

 敵マスターでありながら、ジェスターはティーネ以上にアーチャーの言葉を正しく理解していた。

 宮本武蔵やバーサーカーですら常識に捕らわれ不覚を取り、結果片方は消滅し片方はマスターを奪い去られた。そしてそれらを上回る油断をしていたが故にジェスターは三度も死ぬ羽目になったのである。それだけ死ねば、多少反省はするというもの。どういった行為が油断に繋がるのか、実行はともかく理解はできる。

 

「さて……それはともかく、あの東洋人はどこに行った?」

 

 そもそもジェスターがこの場に居たのは偶然ではない。

 この偽りの聖杯戦争の鍵とみられる東洋人を追跡している最中に、この現場に遭遇したわけである。いずれ東洋人が何かをしでかすのを待っていたのだから、当然の帰結であろう。

 

 あいにくとジェスターは東洋人がヒュドラを召還した直後までしか状況を把握していない。

 距離が多少あったので王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の掃射でもよほど運が悪くない限り助かっていることだろうが、さすがにもう逃げている筈である。

 今すぐ周囲を探索すれば追跡を再開することも可能だろうが、身体が完全に蘇生し馴染むまでまだしばらくかかる。

 

「……まぁいい。もはやその必要もあるまい」

 

 蘇生の間、状況を整理しながらあっさりと、ジェスターは東洋人の追跡を断念してみせる。

 

 東洋人はこの事態が異常であることに気付いていない。

 ヒュドラというコントロール不能かつ危険極まりないサーヴァントを召喚したことからもそれは明らかだ。召喚のシステムが他のマスターと違うということは、即ち隷属させるシステムも違うということに他ならない。

 この間違いに気付かなければ自滅するのがオチだろう。

 

 ジェスターの推測が正しければ、あの東洋人はただの駒――それも捨て駒に過ぎない。

 盤上に置いた後は勝手に自滅するのを待つばかり。その生存確率を考えれば駒を操るプレイヤーがこの場に現れる可能性は相当に低い。むしろ出てこない可能性の方が遙かに高い。

 

 かつて第五次聖杯戦争においてまったくの無知であった衛宮士郎は同じマスターである遠坂凛に助けられ聖杯戦争に勝ち残ったわけだが、その踏襲をジェスターはしようとは思わない。

 ジェスターはそこまでお人好しにはなれないし、そもそもジェスターは聖杯戦争など既に眼中にない。

 

 聖杯戦争とは他のサーヴァントやマスターについて調査することがセオリーであるのだが、この偽りの聖杯戦争においてはサーヴァントそのものを調べる価値はあまりない。それは聖杯よりも自らのサーヴァントを屈服させるという目的を持っていたジェスターだからこそ見えてきた真実。

 

 調べるべきは、サーヴァントではなく勢力図にある。

 

 盤上の駒は決められたルール通りにしか動くことができない――と、思い込まされている。実際には、そんなルールはどこにもない。ジェスターですら、緒戦の市街地戦を体験しなければ、知らずルール通りに動いていたに違いない。

 

 ジェスターは一連の流れを思い返す。アーチャーの言動、そしてティーネの呟き。ささやかすぎるそれらの手掛かりに、ジェスターは確信を得る。あくまで目的はアサシンではあるが、目的を辿る方法は最良のものを選択をしたい。

 

「俄然、面白くなってきたではないか」

 

 英雄王と全く同じ台詞を口にしながら、ジェスターはティーネが消えたのとは逆の方へと消えていった。

 

 偽りの聖杯戦争の真実に近づいた吸血鬼。

 その暗躍に気付いた者はまだ誰もいない。

 

 

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