Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
長い待機時間を終え、
凝り固まった筋肉を軽くほぐしながら広げたロングライフルをバラしてアルミケースの中へと片付ける。時計を見ることもなく、雑居ビルの屋上から非常階段で下りてみれば、それほど離れていない場所に見覚えのあるいかにも清掃業者といった風情のワゴン車が待機してあった。
周囲を軽く見渡し他に誰もいないことを確認しつつ、素早くワゴン車の後部座席を開け放つ。リュックサックをぞんざいに放り投げ、アルミケースを慎重に車内で待機していた男に受け渡す。
「お疲れさまです」
労う運転席の男にいかにも疲れたといった顔で男は手を上げ、やはり周囲を警戒しながら助手席に身体を滑らせた。
「周辺状況はオールグリーン。北部で多少問題が起きたようですが、南部の我々はそのままだそうです」
「次回からは装備品の中にシートを入れておいてくれ。いくらなんでも夜の屋上は寒すぎる」
「他二カ所の奴らからも同様の要望が来てたようですよ。却下されていましたが」
「シート一つ被るだけで発見率が下がるから、か? サーヴァントの目はどんだけ節穴なんだ?」
悪態をつくものの、今後のやることに変わりはない。
当然、人数が足りる筈もない。
そこで考案されたのが――この囮作戦。
こうして分かり易い囮を適当な屋上に配置することでサーヴァントに発見させることが目的である。
囮を中心に半径100メートルを集中観測することでサーヴァントを逆に補足しようという魂胆だ。
「効率的といえば効率的です。囮に対する配慮がない――いえ、ほとんどないのが玉に瑕ですが」
言い直してはみるが、事実はまるで変わらない。
作戦上、囮に求められるのは魔術師として適度な能力と兵士として適度な練度である。 サーヴァントにとって魔術師が何人いようと問題はない筈だが、強すぎれば警戒されて遠のいてしまいかねないし、弱すぎても警戒されてしまう。隠れるのが上手すぎれば気付かれないし、バレバレではこれもまた逆に警戒されてしまう。
釣りというのはなかなかに難しい、とマーカーで書いた遠目では令呪に見えなくもない落書きを拭い落とす。聞くところによるとこの偽令呪ひとつとっても複数のバリエーションが用意されているらしいが、それにどれだけの意味があることか。実行する本人はともかくとして、マスターをはじめとする作戦部は大まじめなのだから質が悪い。
「英霊様が人間の魔術師如きにどれほど警戒してくれるものかね」
「本部は囮を攻撃してくる可能性は一割以下とみているようですよ」
囮役のため息に囮役にもなれない下位の
「まあいい。それよりこれからどこへ行くか聞いているか?」
無用な会話を切り上げ、手元の液晶ディスプレイで状況の確認に務める。先ほど聞いた通り北部区域でトラブルがあったらしいが、事態は既に沈静化。『籠の鳥』の警備状況にも変更なし。
詳細を探ろうにも閲覧が制限――いや、そもそも情報がアップされていない。フェイズ5への移行中ということもあって、本部が多少なりとも混乱状態にあることは容易に予想できる。
末端に対して軽くとも情報が伝達されていることから事態はすでに収束しているのだろう。後はどう処理するのかが問題だ。大いに会議室だけで悩んでいただきたい。
「ええ、これからポイントチャーリーで下ろすよう言われています。マルタイの監視――ああ、いえ、護衛ですね」
「ほんと、忙しくて嫌になる。英霊よりも睡魔と戦ってる気分だ」
「この戦争中は確実に休めないとは聞いていましたが、こうも休みなく働きづめとは思いませんでしたよ。マルタイが大人しくてくれれば、ちっとは休めるんでしょうが」
互いに苦笑いを浮かべながら、ワゴン車は市街を走り抜けていく。
マルタイ――サーヴァント・キャスターといえば聖杯戦争においてもっとも注意するべき味方である。第五次キャスターの例をみるまでもなく、キャスターのクラスはもっとも裏切りやすいサーヴァントである。
幸いにも現状においては一応の関係性を築くことには成功しているが、あのサーヴァントは「面白いから」という理由であっさりと裏切りかねない危うさがある。これは別に個人的な意見ではなく、マスターをはじめとしてあのサーヴァントと相対した全員の感想である。当のキャスターですらそうした自覚があるのだから始末に負えない。
それ故に本任務は最初から「護衛」ではなく「監視」であり、そして「ご機嫌取り」である。
これからのことを考えれば、頭も重くなるの無理はない。それでもキャスターを擁する陣営として、避けては通れぬ道である。
「できれば少し休憩したいところだな」
「あと三〇分は市内をドライブしますから、寝てもらっても結構ですよ」
「お言葉に甘えるとしよう」
宣言通り、三〇分の追尾欺瞞行動をとってから市内にいくつもある
外観はどこにでもある普通のオフィスビルにしか見えないが、実際には一般に秘匿された耐爆仕様の建造物である。合衆国内の至る所によくある汚い仕事の清掃会社であり、他の会社と違う点は地下にあるフロアが魔術的にも神経質なまでに要塞化してあることか。
当然、彼らは地上ではなく地下に用がある。
イメージとしては
エレベーターに乗ればケージごと半回転して向きを変えたり、五感に負荷をかけて見当識を失わせるような錯覚、その程度だ。富士の樹海を踏破してみせる練度があれば、この程度は気楽な散歩コースと何ら変わりない。
古城よろしく守備を重視し直線の少ない通路を右へ左へと移動し、ようやく目的の扉の前へと辿り着く。
極太の金属棒で何重にも閂が嵌められたその扉の制御板に事前に渡されていたカードキーを通す。暗証番号を打ち込み認証が確認されると、小さな電子音と共に扉のロックは解除された。
キャスターの居室兼工房と位置づけられたこの部屋は、厳重な監視と強力な結界の張り巡らされたスノーフィールドで最も頑強な部屋の一つでもある。
物理的にも魔術的にも優れた防御力を発揮するのは無論のこと、例え大統領ですら決められた手順を踏まなければおいそれと入ることのできないよう、法的にも守られた特殊な場所である。まるで女子校みてぇとはキャスターの言。
しかるべき手順を踏んだからこそあっさりと入ることはできたが、それ以外であれば例え内側からでも開かないようになっている。ここまでの厳重さはキャスターに対する保護よりも裏切りを恐れてとしか思えなかった。
一歩二歩と中に入れば後ろのドアが音もなく閉じていき、セキュリティは再度ロックされていく。
入り口からの光量がなくなれば、室内がいやに薄暗いことにすぐに気付く。電灯は普通に天井に張り巡らせている筈だが、それをどうやら使っていないらしい。部屋唯一の光源は壁に埋め込まれた大型モニターから発せられる映像のみ。
そのモニターの目の前で、キャスターはやたらでかいソファーに寝転がりながら、にぎり寿司を食べ、ヌードルスープを飲んでいた。
小太りで色黒、きちんとした身なりをしてはいるが、菓子のカスがそれを台なしにしている。一目見る限りではとてもではないが、英霊の類には思えない。
「俺は思うに――」
部屋に入ると同時に、口を開いたキャスターに、思わず立ち止まる。何かミスをしでかしたかと自らの行動を振り返ってみるが、そんな心配は杞憂だった。
「米とこのヌードルスープ、これはもしかして相性がいいんじゃないか?」
「……その発想は別に珍しくないぞ、キャスター」
周囲を見れば寿司とヌードルどころか、炭酸の抜けたコーラや冷めたピザ、食べかけのフライドポテトにイチゴだけがなくなっているショートケーキもそのまま放置してある。
どうやらこの英霊は自らに科された作業を放置して食べ合わせ研究でもしているようである。
「この俺と同じ発想をした点については大いに褒めるべきところではあるな。ではこのビールとドリアンというのはどうだ?」
「それはやめておけ」
嘆息しつつ、キャスターの背後へとゆっくり近づいていく。
キャスターの左手はジャンクフードへ手を伸ばし、右手はリモコンで操作を続け、その視線はモニターの中へと注がれている。地元ニュース番組に海外ニュース番組、バラエティもあれば普通に街頭カメラの映像も映し出されている。せわしなく次々と移り変わるモニターの情報を頭に入れているかは疑問だが、唯一片隅のジャパニメーションのモニターだけは変わらない。
「ところで、頼んでいた
「サンプ……?」
モニターから目を離し、振り返ってこちらを見入るキャスターの質問に、足が再度止まる。サンプーチャンとやらが何か、記憶の中を探るが心当たりがない。
「……何のことだ?」
「おいおい、ちゃんと頼んだだろう? 卵・砂糖・デンプン・水・ラードしか使わないシンプルな料理。逆にそうであるが故にごまかしがきかない高難易度デザート。皿にも箸にも歯にも粘り着かない不思議食感。故に
「――ああ、そんなことも言っていたか。すまないな、キャスター。忘れて――」
いたようだ、と言う言葉は続けられなかった。
かちゃり、と実に自然な動作でキャスターの左手にはソードオフショットガンが握られ、こちらへと向けられていた。
脂でべと付いた手ではあるが、その引き金は確実に添えられていた。安全装置も最初から解除されている。
「……どういうつもりだ、キャスター?」
ひとまずは両手を挙げて無抵抗を演じながら口を開く。
ソードオフショットガンは、ショットガンの銃身を切り詰めた改造銃の一種だ。射程は短くなるものの、通常のショットガンに比べて散弾が拡散しやすくなる。間近で発砲されれば、回避はほぼ不可能の至近距離戦闘特化武器である。
キャスターとの距離はわずかに三メートル。一息で詰められるものの、引き金を引く方が確実に早い。
そして何より、このショットガンの弾にはハッキリと判るほどに強力な魔力が込められている。一個人に向けるには少々得物が強力すぎる。
「はん。脚本としちゃ王道だが使い古されてつまらないな。俺は
「誤解だ、キャスター。キミの機嫌を損ねまいと嘘をついた」
「いいや、誤解なんかじゃねえぜ。お前の右足、その小さなイスを蹴り上げようとしただろう? それが何よりの証拠さ。時間稼ぎなんざ無意味なことさ」
図星、であった。
例え手足を打ち抜かれようとも、即死を防げたのならまだ次がある。ここで唯一の頼みの綱は傍に落ちていたイスを盾にキャスターに接近すること。キャスターに戦闘能力がないことは公然の秘密である。
接近さえできれば、手負いであっても勝機は必ずある。
いや、本当にあるのか――?
迷いが胸中に渦巻く。覚悟を決めるにはまだ早い。キャスターに指摘されようがとぼけることは十分に可能。第一にわざわざキャスターが指摘したということはまだ時間的にも交渉の余地があることを示し、それからでも決して遅くは――
「遅えよ」
男が右足を動かしイスを蹴ろうと思うよりも早く、キャスターは交渉をしようともせずあっさりと引き金を引いた。