Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
魔力を込めた弾は文字通りの魔弾である。
その効果は様々であり、威力や命中率の向上は無論、後々まで尾を引くやっかいこの上ないものもある。いずれにせよ、当たってしまえばダメージは避けられない。
銃口に点るマズルフラッシュ。
円形に広がる散弾は豪雨のように降りかかるため、装甲を持たない対象への効果は文字通り致命傷となる。
回避しようにも狭い屋内ではそんな空間はどこにもなく、防御しようにも貧弱なイスがあるだけでそんな頑強な盾はどこにもない。
取り得る有効な選択肢は先制攻撃だが、交渉の余地を見いだそうとした男はそれを選ぶことをしなかった。
分かり易い破裂音。
男の後方に銃弾がめり込んだ後、男は静かに膝を付いた。
蹴って防御にでも使おうとしたイスはその前に散弾の巻き添えとなって原形も留めずバラバラとなっていた。これでは最初から盾として機能することもなかっただろう。
全ての選択肢は無意味だった。
キャスターは男があの場に来た時点で銃を向けることを決定し、一片の疑惑でもあれば即座に引き金を引く予定だったのだ。
あの威力の宝具を最初から用意していたこと、それ事態がこれが罠だという証左。
即死でないことに男は感謝した。
右手は動く。念のためにと懐に隠しておいた手榴弾が役に立つ。これならピンを抜くくらいの猶予はある。霊体たるキャスターにダメージはなかろうが、これで少しはキャスター陣営にダメージを与えられ――
「……うん?」
静かに倒れ伏そうと思ったのだが――わずかな違和感が男を襲った。手榴弾のピンを抜く直前にその事実に気がつく。
これは一体――どういうことだ?
力の抜けた膝に力を入れれば、倒れ込もうとする身体はその場で止まった。右手で身体を触る。左手も――身体を触る。両手で顔を触れてみても、手のひらには自らの汗以上のものは何も見当たらない。
男の視線に、キャスターはワインのコルクを歯で抜き取りながら薄笑いを浮かべる。未練も無く足下へと放り落としたソードオフショットガンが、もう一度構えるつもりはないことを雄弁に語っていた。
「
口元のワインを豪快に袖で拭いながら、キャスターはあっさりと手品の種を口にしてみせる。
「銃の名手である俺が拳銃自殺をし損ねた逸話が具現化した宝具だ。おそらくこれ以上なくくだらない宝具だな」
こういうときには役に立つ、と続けるキャスターの言葉に男は静かに立ち上がる。
確かに背後の壁は凄惨たる有様だが、男の身体に傷一つありはしない。対象を決して傷つけぬ必中ならぬ必外の宝具というわけだ。
「……なるほど、キャスター、君は最初の問答で私の正体を見破ったのではなく、銃を向けられた時の反応で見破っていたわけか」
魔力を込められた銃を向けられれば、普通の魔術師ならキャスターの行動に何らかの反応をすることだろう。
回避・防御・説得、または攻撃。キャスターの宝具を知っている者であれば、そんな無駄なことをせず泰然としているだけでよかったのだ。
「俺と接触する
「……それはどうかな?」
内心九分九厘ばれていることを自覚しながら、男はブラフを口にした。
真実を語ることにはあまり意味はない。確実に倒せる隙があったというのにキャスターはわざわざそれを見逃し、あろうことか正体に関するヒントまで与えている。
つまりは――下手に出ている。
圧倒的優位であるこの状況、で。
「まあそんなことはどうでもいい。話が通じそうなヤツで安心したぜ。問答無用で先制攻撃をしかけられたら負けるしかねえしな」
「話、だと?」
「俺は同盟を組みたいのだよ、なぁ、サーヴァント?」
キャスターの言葉に。
男は――
姿形こそは変わりはないが、偽装のために抑えていた気配を解放し、自らの宝具も解放した。
バーサーカーから湯気の如く立ち上る漆黒はまさしく禍々しき魔力を放つ宝具そのもの。バーサーカーを取り巻く気配が先と一変し、その眸は炯々と猛禽の如く異彩を放ってみせる。
――無論、全ては虚仮威し。バーサーカーの宝具と変身能力の合わせ技に過ぎない。
しかしその存在感、殺気、圧迫感は本物以上に本物だ。バーサーカーが殺人鬼である事実には変わりなく、例えその気があろうとなかろうと、むき出しの本性は他者に根源的恐怖を沸き上がらせてくる。
「この私と、同盟だと?」
「そうともさ。俺はお前と手を組みたい」
だというのに、張りぼてとはいえこの圧倒的存在を前に、キャスターは動じることなく平然と返答してきた。
キャスターの言葉に嘘偽りはない。
どう目を凝らしてもキャスターの気配に変化はなく、それどころかごく自然にポテトチップスの脂に塗れた手で握手すら交わそうとする。
書面の誓約書が良いと言えばその場で何の躊躇もなく作成したことだろう。
「もう一度言っておこう。俺にはお前が必要なのだよ」
三顧の礼というやつだ、とキャスターは嘯く。
それは意味が違うという突っ込みの代わりに、バーサーカーは漆黒の宝具をキャスター本人を取り巻くかのように展開させてゆく。もちろんそれだけでなく、部屋の隅々にまで漆黒を張り巡らし、床に落ちたショットガンの弾倉や、机の下、ソファーの裏、果てはポテトチップスの袋の中までくまなく探索を終了させる。
結論として――キャスターは、何の備えもしていなかった。
部屋の中には様々な火器もある。魔力を持った宝具もある。しかし扱える武器と呼べるものは足下に無造作に落としたオール・フィクションとかいう宝具のみ。効果のオンオフができるかは疑問だが、次弾を込めていない以上脅威にはなりえない。
つまり、このキャスターは保険もなしに待ち構えていたのだ。
「……本気か?」
正気か、と言う言葉を何とか呑み込んだが、吐露した言葉は似たようなものだった。
思わず眉間に皺を寄せより一層警戒を増すバーサーカーに対し、キャスターは口角を上げた。
「どうやらその漆黒、探索能力があるようだな? 俺が何か策でも弄していると思っているのか?」
「まるで策を使わぬのが策といわんばかりだな」
きっと「策を使わない策と思わせておき最終的に使う策」なのだろう。ややこしい。
バーサーカーの言葉にキャスターは何も応えない。
卑怯卑劣が売りの外道や、先のことなど考えぬ獣であればキャスターの首を問答無用に取ったに違いない。しかし狂戦士のクラスにありながら高い理性を併せ持つバーサーカーに、その選択肢はない。
未だ知り得ぬ、黄金の粒より尊き情報を、このキャスターは持っているのだから。
高い理性が徒になる。
「ああ、そうだ。先に聞いておこうか。その顔の男、殺したのか?」
バーサーカーの漆黒をまるで無視してキャスターはソファーに腰を沈めて座りこみ、ケースから葉巻を咥えて火を点けながら聞いてきた。その行動を子細に観察はしたが、特に怪しげな様子もない。
ただ、そんな話題を出しながらも、男の安否を気にしている様子ではなかった。
「あの男なら今頃ビルの上で夢の中だ。あと数時間もすれば目覚めるだろう」
「殺した方が面倒がないだろうに」
「無益な殺しは私の主義に反するのでね」
殺人鬼の台詞とは思えぬ大言だった。とは言え、別段嘘というわけではない。あの魔術師らしからぬ魔術師であるフラットがマスターなのである。
いかにマスターが行方不明といえども、あのマスターに誰かを殺したと後々知られれば、面倒なことになりかねない。
それにいらぬ騒ぎを起こすのはバーサーカーとしても遠慮したい。
「ふん。下手な嘘ではあるが、同じ嘘吐きとして共感はできそうだ」
一体何がキャスターの琴線に触れたのかバーサーカーは判らないが、キャスターのその眸はひどく嬉しそうだった。オモチャを見つけた子供のような好奇心がそこにある。
キャスターが吐き出した紫煙は室内に篭もり、バーサーカーの漆黒と入り交じる。
「換気扇を付けてもいいか?」
「……勝手にするがいい」
何気ない風を装っているのかいないのか、したり顔のキャスターにバーサーカーは内心舌打ちしたい気分だった。同時にバーサーカーは自らの宝具を収め、また元の
キャスターにどこまで見抜かれていたのかは分からないが、キャスターはバーサーカーの虎の威を見事に見切っていた。こちらの殺気と威圧と不可解な宝具を前に欠片も動揺しない相手にこれ以上の意味はない。
むしろ、バーサーカーにしてみれば自らの弱点を覗かれた気分ですらある。偶然であるとは思いたくない。
「まあ、同盟を組もう言うのだ。質問があれば答えられる範囲で答えよう。信じるかどうかは別として、それを聞いてから考えても損はあるまい?」
「嘘吐きの語る情報が信用できるものかな?」
「それを見極めるのもお前さんの仕事だろ?」
ずいぶんな大盤振る舞いはキャスターの誠意か、それとも裏があるのか。しかしバーサーカーはおかげで本来の目的を思い出す。
バーサーカーの目的は何を差し置いても情報なのである。
「何でも聞いてくれ。俺は何でも知っている」
聞く相手を間違えたかな、とバーサーカーは少しだけ思った。