Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「総員構うな! 立体機動により攻撃を開始せよッ!」
隊員が動揺したのもほんの数瞬。致命的な隙となる前に署長は一喝し、署長の視線とハンドサインにアント2がモスキート1の穴を埋めるべく前に出る。
図らずも先手を取られた形になっているが、署長はアーチャーがまだこちらの存在に確信を持てていないと判断した。
確信を持てていたのなら、宝具が一本だけというのもおかしいし、次撃が即座に来ないのも腑に落ちない。
恐らくは何となく、というだけでアーチャーは動いているのだ。
ヒュドラの奇襲は要塞の外でのこと。アーチャーの警戒レベルが想定よりも遙かに高いことは確認していたが、まさか自陣奥深くでも気を抜いていないとは想定外である。
まだ全滅はしていない。切り札も失っていない。被害想定の範囲内に収まるレベルでしかない。
まだ機はあるのだ。
最悪の展開を脳裏で無理矢理否定しつつ、署長は動く。
今はただ確率の高い状況にその身を振るしかない。
「モスキート隊はそのまま突撃、アント隊は宝具の設置、スパイダー隊は両者の援護、急げ!」
署長の言葉にモスキート隊は異論を唱えることなく、予定通り立体起動装置の出力を最大にして、果敢にアーチャーへと飛び込んでいく。
前衛部隊である彼等はアーチャーの気を引き、後衛を守る役割を担っている。
主武装は五〇〇の年月を経た日本刀を元に作られた剣である。カッターのように刃先を折ることで切れ味を持続させる仕組みだが、対英霊装備としては心許ない。宝具で縮小されたことで刃渡りはわずか五ミリ。一寸法師のように体内に入りこまない限り、ダメージは到底期待できないだろう。
それでも彼等が英雄王を相手に尻込むことはない。
アント2はアーチャーの耳を斬り割き、モスキート2は目を狙う。さすがにこれは防がれ、脱出の間に合わなかったモスキート2はアーチャーの両手によって蚊のようにその足を潰される。しかしその隙をモスキート3と4は逃さず、わずか五ミリの刃でありながらアーチャーの左手小指を落とす快挙を成し遂げてみせた。
アーチャーの意識は完全にモスキート隊に縫われていた。
さすがにこれが奇襲である事実には気がついただろうが、部屋の中に何匹の虫が入り込んだのか確認できているとも思えない。加えて、一度視界の外に出た虫を再発見するのは相当に難しい。
そもそも奇襲を受けたことに気づかぬ二人の原住民従者は、英雄王が突如奇行に走ったように見えて困惑していた。
間抜けにも、アーチャーの傍らに立ち、ただでさえ狭い通路を更に狭くしてくれる。その体に隠れることで
この作戦で最も難度の高い数秒はこうして過ぎ去る。
モスキート2は即刻手術が必要な状態で、アント2とモスキート3は無茶な機動により骨折と内臓損傷。無傷のモスキート4も立体起動装置が損傷したことで機動力を失っていた。
被害を出しつつも、しかし彼等はやり遂げた。切り札を設置するための貴重な時間を見事に作り出してくれた。
『アンカーボルト、固定確認』
『
甲高い充電音が辺りに満ちる。
その宝具はトール、ヴァジュラ、レイ=ゴン、ユピテル、ペルクナスと名付けられてある。何れも世界各地に伝わる雷神の名である。もちろん本物ではなく雷神由来の霊媒が基であるが、そこに蓄積された電気は都市を一つ余裕で賄えるほど。雷神の名を称しているだけあって、サイズが小さいからといって気付かぬ代物ではない。
周囲に撒き散らされる凄まじい魔力に、さしものアーチャーも次撃が生半な威力でないことに気付いた。
状況の不利は十分に実感している。反撃することは可能だが、的が小さく、そして数が多い。これを解消せねばならぬと即座に判断し、そして同時に動こうとして、一瞬、迷ったようにアーチャーの動きが止まった。
アーチャーは油断していない。そして手加減をするつもりもないし、勝つための手段にもそこまで頓着しない。危機に陥れば周囲を顧みるつもりもないのである。
有効利用できる空間が狭ければ、空間を作り出せば良い。
アーチャーの火力なら、頭上の要塞を『蒸発』させれば良いだけのこと。アーチャーにとってはこれほどの要塞であっても安宿程度にしか思ってないし、原住民がいくら死のうと興味もない。
アーチャーが唯我独尊であることに変わりはない。
例外は――マスターであるティーネ・チェルク、ただ一人。
故に、署長は確実に弱点を突いてみせる。
つい数秒前にもたらされた吉報によれば、今、マスターであるティーネ・チェルクはアーチャーの頭上わずか数メートルの位置で捕らえられている。タイムスケジュールに気をつけていたのは、この作戦がアーチャーとティーネの二面作戦だからである。
ティーネの令呪は初撃で右手ごと爆破。意識も速やかに奪ったので反撃される怖れもない。そして魔力のパスが繋がっている以上、アーチャーがティーネの居場所を誤ることはない。
アーチャーがティーネを切り捨てると決断するのに、迷った時間は想像以上に短かかったが、想定の範囲内でしかなかった。
この隙は十分すぎる価値があった。
今から何を出そうとも、もう遅い。
「――てぇ!」
署長の号令に、荒れ狂った雷神の力が収束していく。莫大な力が一様に並べ整えられ、幻想的な虹色の光輪が幾つも顕現した。
目映い光条が五つの宝具から解き放たれ、斜線軸上にいた二人の従者が訳の分からぬまま血を周囲に撒き散らして死んでいく。
その武器は俗に
理論自体は古くから提唱されており、目新しいものではない。
通常の砲弾は火薬の爆発によって射出されるのが一般的である。だが
取り回しの悪さや事前準備の必要性から実戦でそう簡単に扱えるものではない。だがそれを差し引いても、現在
それがこの狭い空間に五門もある。回避を許す空間を署長は徹底的に奪っていた。
射撃時間は短かった。
発射速度も尋常でなければ、そのローディング速度も尋常ではない。射撃時間が異様にに短かった理由は、単純に弾切れだからである。
数ある
対サーヴァント用の弾丸はただでさえ貴重だ。そこから更に特殊処理を施そうと思えば、どうしても増産は難しくなる。生産体制が整っていなければこの宝具は到底使用することができないのだ。
せめてあと三日猶予があれば、もっとマシな作戦を立てることはできた筈だったが、そういう訳にもいかなかった。
聖杯戦争序盤で『原住民反乱』のカードは消え、弾丸を使い切った
そうした諸々の事情を承知の上で、署長はこの作戦を敢行している。
ランサーの登場で切り札を惜しんでいる場合ではないと考えていた矢先に、あのアーチャーとヒュドラとの戦闘である。あの一戦で署長はアーチャーの危険度を更に上方修正し、これ以上座視することはできぬと判断した。
アーチャーとランサーの連戦は用意周到に進めたとしても回避したいし、二人がタッグを組んで敵対することになれば完全に勝機がなくなる。
その結果は。
「散開!」
署長が叫ぶ。が、遅い。
血煙を貫いて飛来する宝具。直撃を受けた
署長自身も、破壊に伴う衝撃に吹き飛ばされていた。
「―――■■■ッ」
血煙の向こうで、アーチャーが毒づく『音』がする。
血煙を貫く宝具によってアーチャーの様子が垣間見えた。
アーチャーの両腕は欠損。脇腹にも大穴。流れ出た血で右眼は封じられ、その端正な顔立ちには顎がない。けれど、その左眼ははっきりと
「これで、倒れないか」
英雄王のその姿に、署長は敵ながら畏敬の念を抱かずにはいられない。
あの一瞬で、アーチャーは先手よりも後手を取る覚悟を決めていた。
この英霊はそうした受け身の姿勢を嫌っていた筈だ。だというのに、相手の攻撃を受け止め、捌き、耐え凌ぐ覚悟をあの短時間で決し、実行に移す離れ業をやってみせる。故に蔵から取り出すのは剣ではなく、盾。それも、あの一瞬で四方を四枚の盾で囲い込み防備を固めていた。
本来であれば、ここで勝負は決していた。
取り出した盾が一体どのようなものであろうと、
そして単純な威力だけでもさることながら、その弾頭は特に貫通力を重視したペネトレーター。目標が固ければ固いほど運動エネルギーは残さず盾に伝播する。仮に盾がこれに耐えられたとしても、盾ごと吹き飛ばされるのがオチだ。
反撃の隙は与えない。
回避できる広さもない。
防御してもその防御ごと叩き潰す。
この策でもし生き延びようと思うなら、それは単純な身体能力とは別の、幸運値に頼るしかない。
……いや、それだけの訳もない。
署長はアーチャーの傷つき具合を判じ、考えを改める。
署長がわざわざ砲門を五つも用意したのは、アーチャーに避ける隙間を与えないためだ。射線上は完全なキルゾーンであり、厳格な計算に基づいて行われた射撃に幸運だけで全て対処できよう筈もない。
射線軸から考えると、欠損部位も不自然すぎる。
「これは、まずいな」
眉根を寄せて署長は暢気に嘆息する。
署長はそれ以上を考えようとして――考えるのをやめた。
目の前に迫るアーチャーの巨大な足が、全身粉砕骨折の上内臓破裂で動けぬ署長に振り下ろされからである。
署長が最期に見た光景は、遠く離れた場所から必死に手を伸ばそうとするアント1の姿であった。