Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.03-05 集合

 

 

 次に目が覚めたのは、満天の星空の下だった。

 

 確か木の洞で寝ていた筈だと銀狼は軽く混乱するが、周囲を見渡せばここはランサーに連れられて傷を癒やした河原である。となれば、近くにランサーがいる可能性は高いと銀狼は判断した。

 いきなりこの場で目覚めた理由をあっさりと放棄し、銀狼は周囲を見回し己が主人の姿を探し始める。

 

 身体が軽いことを不思議とは思わない。

 傷などまるでなかったかのように銀狼の身体は自由に、そして羽毛の如く軽く動かすことができた。

 

 周囲を小一時間も駆けてみるが、はて、おかしい。ランサーの匂いがどこにもなければ、それ以外の動植物をはじめとしたありとあらゆる匂いも感じ取れない。

 確かに河原の近くというのは匂いが流されやすいものではあるが、これだけ探して何もないということもあり得ない。

 

 銀狼は自らの鼓動がやけに大きく聞こえることに気付く。当然だ。周囲には臭いと同様に音を発する存在がないのだから。

 

 ほとんど本能的に下された結論に従って、銀狼は河原から離れ、森林地帯を移動し始める。

 銀狼が潜んでいた洞は覚えている。ランサーの匂いがした時の風向きも。その時のわずかな記憶を頼りに、銀狼は森林の中を風のように駆け抜けていく。

 

 幸運にも、銀狼のこの行動は彼自身の命を救うこととなる。洞の位置とランサーがいたと思われる位置の直線上にはスノーフィールドの街があり、それ以外の地域に行っていたのなら、彼が助かる見込みは誇張なくゼロであった。

 

 疲れ知らずの肉体を走らせること更に小一時間。既に森林地帯を抜けて、いつの間にか銀狼の足はアスファルトの上へと乗せていた。

 アスファルトについての知識を銀狼は持ち得ない。だがこれが道であり、そしてその先に何かがあるというのはすぐに理解できた。道の先にはスノーフィールドの街があり――何かが蠢いている。

 

 これが野生の獣であれば、警戒心というものを持ち得ただろうが、あいにくと彼は人工的に作り上げられた合成獣であり、そして生まれたばかりでもある。

 知識として知っている他の生命体は創造主たる魔術師とサーヴァントたるランサーのみ。痛みによる恐怖は心に刻み込まれているが、ランサーによる癒やしと安堵は銀狼に『好奇心』を植え付けていた。

 

 だから最初にそれを見つけた時も、その異常性に銀狼がすぐさま気がつくことはなかった。

 

 銀狼が見つけたもの。それは人間だ。

 その人間は地元の農夫らしき人である。農作物が詰まっているであろう布袋を必死でボロいトラックの荷台へと乗せていた。そしてその近くを若いビジネスマン風の男が携帯を片手に公園の周囲を歩いていた。公園内ではまだ年端もいかない男の子がよたよたと慣れぬ手つきで自転車の練習をしていた。

 

 そのいずれも、銀狼に何の興味も抱いていなかった。

 

 若いビジネスマンは銀狼にぶつかり転けたが、何事もなく立ち上がり銀狼に何をするわけでもなくそのまま立ち去った。自転車の練習中の男の子に至っては進路上に銀狼がいたにも拘わらずまるで避けようともしない。

 

 銀狼の観察眼ではそれだけであるが、これが人間の観察眼であればもっと別の面も見ることができたであろう。

 

 農夫は荷台に布袋を積み込み、そして次の瞬間には地面に下ろし始める。ビジネスマンは公園の周囲をひたすら歩き続け、男の子は延々と自転車の練習をし続けながら一向に上達する気配がない。これは明らかに異常であろう。

 ましてや、こんなろくに光のない真夜中にそんなことをするなど。

 

 街中を巡り歩き、そうした人間を百人も見た頃合いになると、そんな光景にも銀狼は慣れつつあった。銀狼を足止めしていた好奇心が消えてなくなると、本来の目的を思い出したように脇目もふらず街中を横断する。

 

 その最中に、銀狼はその身体を急に止めて、進路上の傍に建つ大きな建物へと首を向けてみた。

 

 相変わらず匂いはない。だが嗅覚が利かないことで研ぎ澄まされる感覚というものもある。そんな感覚に誘われるように――引きずられるように、銀狼はその建物の敷地内へと侵入した。

 

 スノーフィールド中心部にある一際大きな建造物。周囲の建物と異なり敷地面積は隣接するビルの倍以上で、植えられている木々の数も多く、それでいて開けた空間があちらこちらに見受けられる。

 赤十字のマークがあることから人はそれを病院と判断することができるが、そんな知識を銀狼は持っていない。

 

 心なしか人の数が他の場所よりも多いと思いながら、銀狼はやや躊躇しながらも病院の中へと足を進めていった。

 

 銀狼が病院へと入った理由――それはランサーに似た気配を感じ取ったからだ。

 

 匂いを感じぬこの世界。人間でいえば目隠しをされたに等しい制約を銀狼は受けているが、ただの人でもただの狼でもない彼には特異すぎる魔術回路が存在する。

 暗闇を見通す視力、周囲数キロの物音を聞き逃さぬ聴力、その毛並みは周囲の空気を余さずに読み取ってみせた。それだけのことを無意識に行いながら、銀狼は更にそこから魔力の波を感じ取る。

 

 ランサーの優しげな魔力とは違う、ただそこにあるというだけの無色にして無味乾燥とした莫大な魔力。

 それはサーヴァントという特殊な存在のみが持つ固有の魔力であるが、その違いは分かってもその違いが何を意味するのか銀狼は分からない。

 

 病院の敷地内に入れば、その気配はいよいよ濃くなっていく。

 ここでようやく、銀狼の本能が警戒を促した。

 

 人口密度は街中の比ではない。結構な広さの敷地があるというのに、その敷地全体で誰かが何かを常に行っている。病院着を着た患者が無表情にバレーボールを打ち上げ、皺だらけの老人が車椅子でゴーカートに興じ、敷地の片隅では物静かにギャンブルが行われ、そうした隙間を子供が走り回っている。

 

 いかに無害と認識しようとも、いくら何でも多すぎた。仮に今ここで全員が銀狼に襲いかかれば、これを回避する術などない。そうでなくとも、何かがあればすぐさま逃げられるような場所ではないのだ。

 

 銀狼に爪と牙はあるが、生まれてこの方それを利用したことは一度としてなかった。襲われたとしても、この爪牙を有効利用できる自信が銀狼にはなかった。

 

 銀狼の躊躇を弱さと受け取るか、優しさと受け取るかは意見の分かれるところであろうが、その境界線が、銀狼の生死を分けることとなった。

 

 銀狼が足を止めた時には既に遅かった。敷地半ばにあって気配は濃厚。どこへ逃げようとも必ず人の傍を通ることとなるし、そして何よりどこに逃げればいいのか銀狼には判断がつかなかった。

 

 これが経験を積んだ獣であれば警戒感からそもそも中に入らないし、逃げ場を確保しながら移動する。そして何より、敷地のど真ん中で立ち止まる愚は犯さない。

 

 故に――。

 魔の手は、あっさりと銀狼の背に伸びていた。

 

 一瞬の黒い影。

 いかに生まれたての銀狼といえど本能が身体の全てを支配しているわけではない。ありとあらゆる情報が銀狼の全身を錯綜し、緊張が全身を覆い尽くす。尻尾は自然と後ろ足の間に隠れ、己の牙も、爪も、筋肉が硬直して一ミリだって動かすことはできなかった。

 そして魔の手は、銀狼の背へとよじ登り――

 

「ワンちゃんだー!」

 

 歓声を上げた。

 

 ゆっくりと、銀狼は背後に目線を上げる。背にかかった重さは人の子供ぐらいであり、大きさも同じ程度。腕力は非力であり、跨がる足も覚束ない。人の顔など判別できぬ銀狼はあるが、これはそれほど悩まなかった。

 

 これは、子供だ。

 

 銀狼はとりたてて大きくはないものの、子供からしてみれば十二分な巨体である。子供がまたがるには都合が良く、それでいて銀狼の毛並みは掴むのに丁度良い。

 

 振り落とすには簡単だ。二度三度と揺らせば、子供はバランスを崩し転倒することだろう。もしくは銀狼が横に自ら転倒すれば子供は為す術もない。首をねじり、その口と牙でもって子供を突き落とすことだって可能だ。

 

 一瞬で思いつくいくつもの選択肢。しかしその一つだって銀狼は実行することはできない。

 現状を把握したにもかかわらず、相変わらず銀狼は一ミリも動けないし、尻尾は後ろ足に挟んだまま。失禁しなかったことを褒めるべきか。

 恐怖という名の魔の手は今も銀狼の身体を掴んで離さない。

 

「ライダー! ワンちゃん動かないよ!」

 

 子供の声に、ようやく銀狼は身体が自由になったことを自覚する。

 呼吸すら忘れていたのを思い出し、ゆっくりと肺の中に酸素を取り込んでみる。心の臓は相変わらず早鐘のように動いていたが、銀狼の身体はあらゆる束縛から解き放たれている。

 

 だが、銀狼には分かる。今逃げれば、自分は殺される。そして、銀狼がライダーと似た気配と思った存在は、この子供の傍らに確かに存在しているのだ。

 

 おそるおそる銀狼は足を動かしてみる。バランスが上手く取れなかったのか子供の手が銀狼の毛皮を掴み痛むが、そんなものは全て無視した。

 

 どこに行けばいいのかわからず、まずはひたすら前へ前へと歩み始める。幽鬼の如く纏わり付く気配を振り切ろうなどとは思わない。ほんのわずかな接触ではあるが、あの存在は明らかに銀狼よりも素早く動き、束縛することが可能であろう。

 

 ようやく分かった元凶。この周囲一帯にいる人間は全員この正体不明の何者かに支配されている。その証拠に、銀狼の歩む先々で、遊びに興じる大人達がモーセの如く道を開けてみせるではないか

「ねー、ワンちゃんはお名前なんていうのー?」

 

 間延びした子供の質問に、人間の言葉をそもそも解さない銀狼は当然答えられない。それでも話しかけられたことを理解した銀狼は、首を後ろに向けて子供の顔を仰ぎ見た。

 

「私はねー、繰丘椿っていうの。ツバキ、わかる?」

 

 繰り返される名前に、恐怖と戦いながらも銀狼はそれが子供の名前であると認識する。

 生き残るために最大限に回転させている銀狼の脳細胞は、ここでの一言一句を漏らさず記憶し糧とする。

 ここで恐怖が限界となっていれば、その前足に宿った令呪が反応していただろうが、幸運にもそこに至るまでには猶予があった。

 

「それでねー、」

 

 と、椿は銀狼の右耳を引っ張り上げる。

 右に行けばいいのかと銀狼はその足を右へと向けた。その先に病院の入り口がある。そこにもスリッパで卓球をするナースや、赤ん坊のごとく背に少女を縛って何かを捜している青年の姿があった。

 

 不思議な光景であるが、銀狼にそこまで高度な判断能力はない。判断能力はないが、ふと銀狼は入り口に佇む人間の中に異質な者を見つけた。何せ、これまで会ってきた人間は悉く銀狼を無視してきたのだ。

 銀狼と視線を合わせる者など、異質以外の何者でもあるまい。

 

 少女を背負った青年と、銀狼の視線が絡み合う。

 今まで出遭ってきた全ての人間にはなかった理性の灯火が、そこにはっきりとあった。

 青年の視線が銀狼の周囲を確認するように動き、椿が連れている不確かな存在も認識している。だというのにその顔には銀狼のような恐怖は微塵も感じられない。

 

「あのお兄ちゃんが、フラットお兄ちゃんだよ」

「どうやら椿ちゃんも友達を見つけたようだねー」

 

 実にフランクに話しかけてくるフラットと呼ばれた青年が、遠慮もなければ警戒すらなく近付いて徐に銀狼の前足を掴んでくる。人間で言うところの握手であるが、銀狼にとってそれは不可解な行動でしかない。不快感もあったが、それを我慢しされるがままにその身を任せる。

 

「あれ? お兄ちゃんも?」

「そうそう。ほら、僕の背にいる女の子。ティーネちゃんって名乗ってたかな」

 

 言って、腰を屈め背中を椿に見せる青年の背には、確かに少女の姿があった。一体何があったのか、その身体に意識はなく力なく腕が垂れ下がっている。

 

「うん? あれ?」

「どうしたのお兄ちゃん?」

「この犬なんだけどさ、ほら、ここ」

 

 フラットが銀狼の前足を掴み、それを見ようと椿が身を乗り出した。バランスをとるのに窮屈ではあったが、未だ拭えぬ恐怖心から銀狼は椿を守らんとする意志を持ちつつある。

 

「なんか変な痣があるね」

 

 椿の言葉に、フラットが同意する。

 銀狼はそれが何なのか理解できないながらも、遅まきながら、青年の手にも何かを感じる痣があることに気付いた。そして身を乗り出した椿の手にも、同種の痣が刻まれていた。

 

「あ、このお姉ちゃんにも同じ痣があるよ」

 

 椿もフラットが背負い力なく垂れ下がった少女の腕に痣を見つけてみる。銀狼はその毛並みから見つけにくいが、他の三人は隠すこともしていないので見つけるのは容易い。

 

「こんな偶然って、あるんだねぇ」

「まったくだね!」

 

 二人で笑いあう様を銀狼は内心冷めた目で見つめていた。

 銀狼が感じていたのは、椿という少女の背後にいる存在。そして、指し示されれば理解できる、銀狼と同様の魔力を持つ奇妙な痣。獣としての第六感がこれは異常であると、これまで以上に警告している。

 今すぐにでも逃げ出したい銀狼をよそに、事態はまた一歩前進した。

 

 ここに、聖杯戦争参加者の三分の二を占めるマスターが集合した。

 

 そもそも聖杯戦争を知る由もないライダーのマスターである繰丘椿。

 そもそも聖杯戦争が何なのかを知らないランサーのマスターである銀狼。

 そもそも聖杯戦争の根本を理解できていないバーサーカーのマスターであるフラット・エスカルドス 。

 唯一聖杯戦争を理解していながら気絶しているアーチャーのマスターであるティーネ・チェルク。

 

 前代未聞にして空前絶後になるであろうこの四者の会合は、ティーネが目覚める三時間後に、開始されることになる。

 

 

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