Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
その戦闘の報告は事態が収束し、わずか数分の後にまとめられていた。
戦闘直前における詳細はほぼ不明。ただし、現場で
場所は東部湖沼地帯。両サーヴァントの実力は拮抗しており、剣劇の火花が
両者ともほぼ相打ち。ただ、霊核を抉られたサーヴァントは即刻その形が崩れ光と化したのに比べ、もう一方は膝を付くだけに留まっていた。
この絶好の機会を、
都合の良いことに両者の決闘は湖沼地帯の真ん中。この時点で付近の草むらに隠れるように隊員八名がツーマンセルで周囲を包囲していた。宝具の展開も完了し、あとはゴーサインを残すのみであった。
遠方観測で周辺状況のクリーニングが終了し、かなりの余裕を持ってゴーサインは出された。
この時使用されたのは英霊にも効くとされるバチカン直輸入の法儀礼済み水銀弾頭。用意された火器はM240機関銃。毎分900発近く発射される秒速900メートルの7.62ミリ弾が全方向から負傷したサーヴァントへ何の意外性もなく、ただ漫然と襲いかかる。
耐えたのは、1秒か2秒か。3秒を超える頃には既に原型はなく、5秒を超えたときには標的が何かすら分からない。事前に決められた合図によって射撃を止めたときには、既にサーヴァントだったものが粒子となって消えていく瞬間だった。
レベル2宝具の
戦っていた二体のサーヴァントの正体はクラスすら結局分からずじまい。だが反応からしてサーヴァントであることは間違いなく、そこに疑う余地はない。
が、
「これではサーヴァントの数が合わないではないか……!」
サーヴァント戦直後なだけに、ある程度の情報共有は必須である。会議というわけではないが、どういった顛末があり、どういった報告があったのかは自然と耳を傾けるようになっている。
そして、その署長の言葉には全ての作業を中断してでも傾聴する必要があると、その場にいた全員が判断した。
「あの場にいたサーヴァントは現在確認されているアーチャー、ランサー、キャスターのいずれでもありません。そして、我々が確認している正体不明のサーヴァントとも一致しておりません」
現場指揮官、そして戦域指揮官からの報告にも今なお信じられぬとばかりに、署長は提出された資料を何度も捲りながら確認する。
「残るクラスはライダーのみ……だとしてもこれでは英霊が七体になる……!」
この偽りの聖杯戦争において、七体目のサーヴァントは致命的だ。存在してしまった段階で計画は根底から覆ってしまう。
この聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは六体だけ。本来の七体よりも減らすことでイレギュラーを減らし、サーヴァントや令呪のシステムの安定を図る。
そういう計画であった筈なのだ。
「……いや、違うな」
最悪の事態を想定し、何か手を打とうと考えるが、その考えを改める。
署長の手にある令呪の輝きは今もって健在だ。キャスターとの繋がりは今も感じるし、魔力を突然に過剰供給する様子もない。少なくとも今すぐに暴走する危険性は低いだろう。
見かけの上では、システムそのものに問題はない。署長達が知らなかっただけで、サーヴァントは既に規定数を超えていたのだから、異常が発覚するとしたらもっと以前からでなければ理屈としておかしなことになる。
話が違うと“上”に掛け合うのも手だが、子供じゃあるまいし盤上の駒が何を言おうと取り合う筈がない。むしろ、“上”はその事実を知っていて放置していたと考えた方が打倒だ。
念のために、と受話器を外し外線ボタンを押す。スピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのあるデジタル秘匿回線の電子リレーのノイズ音だった。
『どーしたってんだ。こちとら特定のワードに入ったエロ動画を自動でダウンロードしてリネームしてタグを付けるクライアントを作るのに忙しいんだが』
挨拶もなしに乱暴な言葉で応対するのは、もちろん署長のサーヴァントである。
背後で流れる頭の痛くなるようなジャパニメーションのバックミュージックは我慢する。それでもこちらの予想以上の早さで電話に出たことは評価に値した。ものすごくくだらないところではあるが。
「お前の身体に変わった様子はあるか」
『ん? なんでお前が知っているんだ?』
「何かあるんだな?」
『最近ちょっと尿の切れが……ああ、いや、待て。冗談だ。冗談です。てか一体なんの連絡だ?』
受話器越しに署長の怒気を感じ取ったのか、慌ててキャスターがテレビのボリュームも落として取り繕う。そこは停止か電源を切れよと言いたいところだが暖簾に腕押し、糠に釘、キャスターに説教である。無駄な時間をわざわざ費やす必要はない。
既にキャスターはサーヴァントとしての役割はほとんど終わっている。そのため昇華作業よりも既存の宝具のメンテナンス作業を優先させている。もし何らかの異常がキャスターに起こっているのだとしたら、その作業を見直す必要が出てくる。
「一応、無理をさせていないかの確認だ。先ほど例の宝具を実戦に投入してみた。余裕があれば確認を頼む」
『あの宝具をか? 余裕があっても確認作業だけでどれくらいかかると思ってやがる? それにお前等があの玩具に触るなーっつって俺から取り上げたんだろうが』
「状況が動いたのはお前とて理解しているだろう。簡単でいい。制作者として確認作業だけしてくれ。後で資料は送らせておく」
強引に話を終わらせると、返事を待たずにそのまま受話器を置いて待機状態の
念のために走らせておいたキャスターのバイタルモニターは会話中も平常値をずっと示し続けていた。
機械計測も署長の考えを肯定している。
「……キャスターの様子におかしな点はない。が、奴に渡す資料には七体目のサーヴァントについては上手く伏せておけ。システムはA-01から再チェック、情報部は過去の資料を総浚いしろ」
了解しましたと、各々作業を開始すべくある者は机につき、ある者は会議室へと向かい、ある者は受話器を片手に作業を開始する。しかし、的確とはいえ署長の指示内容はあまりに簡潔で、そして作業は膨大だ。
「確か、予備部隊と手空きの人間が何人かいたな? 警邏に回している人間もこちらに回せ。全て、だ。この際不審に思われてもかまわん」
フェイズ5に入った以上、警邏活動の優先順位はかなり高くなっている。部隊を迅速に展開することを重視しているためだ。それを割くということはそうしたメリットを犠牲にするという意味だが、それを承知の上でも早急に手を打っておく必要がある。
「畏まりました、上級隊員を四名、下級隊員を七名大至急呼び戻します」
「……待て。七名だと?」
隣で指示を出す秘書官が確認のための報告を読み上げるのを、署長は遮った。
「私の記憶では十一名の筈だが、何があった」
単純に署長の記憶違いとも考えられるが、そんなわけがない。四名の欠員を署長は把握していない。署長の考えを先読みした秘書官から資料を受け取ると、確かに四名の欠員がそこに記されている。
理由は――病欠。
「申しわけありません。医師の診断もあり、魔術を使っての治癒も薦められなかったため私が受理いたしました」
秘書官の言葉に署長は黙る。
処置として、これは何の問題もない。上級隊員ならともかく下級隊員の欠員までいちいち確認してはトップとして忙しすぎる。秘書官の行動も越権行為をしているわけでもない。
「……この四人の名前にはつい最近見た記憶があるな。確か何らかの任務を言い渡していた筈だ」
「はい。繰丘夫妻の調査を担当しておりました。書類は以前に提出しております」
「その資料は見ている。が、担当した者全員が病気というのは偶然か?」
「儀式場を構築したのが病院ですし、今市内では風邪が流行っているようです。珍しくはありますが、有り得ないことではないかと」
確かに現在病院への患者数は急激に右肩上がりではあるが、ギリギリではあるが予測の範囲内であり、また状況からしてサーヴァントが介入しているにしては遠大過ぎる。
これらの見地から情報部はこれを放置していた。資料としても作成しているが、重要度が低く、秘書官は署長にこれらの資料を見せてはいなかった。
「健康診断でのワクチン接種は義務だった筈だが」
「全員クリアしています。免疫機能の低下、と症状にありますからハードワークであった可能性も否定しきれません」
秘書官の言い分はもっともではあるが、この状況でこれは偶然か疑わしく思えるのも確か。自らが疑心暗鬼に陥っているのを自覚しながらも……無視することはできなかった。
「呼び戻す下級隊員には全員市内の電気・病院・交通・経済、あらゆることを調べさせろ。軽微な変化も見逃すな」
「既に市役所を通して実施しておりますが、不十分でしょうか?」
「役人に任せるな。足で稼ぎ、目で確認し、肌で感じろ、と伝えておけ」
この聖杯戦争で一番忙しくなると想定される瞬間にそうした命令は異常とも言えたが、どうにも署長はその不安を払拭しきれない。
一気に噴出してくる課題に胃だけでなく頭も痛くなってくる。それでいて、これから更に頭の痛くなることをしなくてはならない……。
「署長、どちらへ?」
「ことがことだ。これから“上”へ直接出向いて報告に行ってくる」
上着を羽織り、出かける準備をしながら署長は自然と口が重たくなるのを感じていた。
現状出された報告書は簡易版ではあるが、詳細が煮詰まってから動き出したのでは遅すぎる。そして今後の対策を考え動くためにはやっかいなことに腰の重い“上”を説得しなければならない。
なるべくなら“上”の中でも全体を俯瞰できる幹部クラスの人間に会いたいところだが、それは無理だろう。署長が会うことができるのはせいぜいが中間管理職程度。目先の利益に飛びつかずにはいられない無能共である。
例の宝具に2ポイント使用分を上乗せするのでも相当ごねた連中だ。それをようやく呑ませた直後だというのに、それ以上の要望を結果も出していないこの状況で陳情するのだ。その後のことを考えると頭が痛い。
フェイズ5の判断を署長は間違っているとは思わない。だが計画の根幹が揺るいだ以上、彼等は責任転嫁をするべく署長の判断ミスとして責め、幹部連中に自らが有利となるよう報告することだろう。
既に計画の微調整で事が済むとは思えない。これが発覚すれば確実に横槍が入ってくる。しかも、その横槍は幹部連中が糸を引いている可能性がある。
このシナリオが“上”の想定通りである可能性が一番怖い。その場合、署長は何もできずにその席を退くことになる。後に残った
机の中から忘れぬようビンごと胃薬をカバンの中に突っ込んだ。念のため胃の中にも二錠ほど突っ込んでおく。魔術師らしく魔術に頼れとも言われるが署長は敢えてそれをしない。
薬漬けになる署長に秘書官の顔が厳しくなるが、そこは見ないふりをする。
「では私も同行させて――すみません、少々お待ちください」
共に動こうとする秘書官の手が耳のインカムへと動く。秘書官を通しての急な外線……秘書官の視線と動きから誰からかかってきたものか想像はつく。居留守――を使っても無駄だろう。出かけた後であれば多少は時間稼ぎができたかもしれないが。
まったく、ツキがない。
「署長、二番外線に」
「分かった」
秘書官の言葉を最後まで聞くことなく受話器を取る。胃薬を先に飲んでおいて良かったなとこの場で唯一の救いに感謝する。
「代わりま――」
『初めましてだな。署長?』
それは、署長の聞いたことのない声だった。