Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.05-01 お願い

 

 

 その違和感をランサーがハッキリと認識したのはこの場に立ち初めて三日目の朝だった。

 

 西部森林地帯にある見晴らしの良い丘は、朝陽を浴びるスノーフィールドの街並みを遠くながらも眺め見ることのできる場所である。見張るには丁度いいポジションであるが、同時にこの場で立っていれば遠くからでも目立つ場所でもある。

 

 それだけにランサーは自らを囮に敵の出方を常時窺っていた。

 相性が良かったのか最高位の気配感知スキルはその能力を森林地帯全域でいかんなく発揮し、遠くに見えるスノーフィールド市街の一端までまるで自分のことのように感じ取ることができる。

 

 違和感を感じ取ったのは、そのスノーフィールドの街の気配である。

 丸々二日間は瞬き一つせず眺め見ていたこともあってか、その違和感はこの時になってハッキリとしたものとなっていた。

 

 最初は人の気配が減っているのだと勘違いしていた。しかしそれは大いなる誤解だ。感知できないことで減ったと勘違いしていたが、これは減ったのではなく、気配を感じ取れないまでに人の命が弱まっている。

 

 一人二人といった人数ではない。おそらくは数万単位で気配が弱まっている。

 原因こそ分からないが、どこかのサーヴァントが吸精を行っている可能性もある。そうなるとこれだけの魔力、ランサーといえど決して馬鹿にできた量でもない。

 

 街に出かけ調査するのは簡単だ。だがランサーの能力は他者を圧倒するものの、街中での調査に適しているわけでもない。

 それにマスターたる銀狼を放置して街中に繰り出すわけにもいかないのだ。状況は気になるものの、現状を考えればこうして座して見守るより他はない。

 

 現状はすでに長期戦の構えをとっている。

 敵の手の内を晒させるためにわざとこうして身を晒してはいるが、感じ取れるのは遠方からの視線だけ。偵察かあるいは挑発か、二キロ程度まで何者かがこっそりと近付いたこともあるが、そのラインを踏み越えることはない。

 

 持久戦はこちらとしても望むところだが、銀狼がいるのでそうそう付き合い続ける訳にもいくまい。マスターの傷も既にかなり癒えている頃合い。あと一日待ってそれで何も釣れないようなら、改めて考える必要もあるかもしれない。

 

 と、ランサーの肩に留まっていた小鳥が四方に慌てたように飛び去った。

 

 小鳥が気付けたのだ。ランサーだってその存在に気付いていない筈がなかった。

 何のことはない。街の方から大鷲が旋回しながらこちらへと向かってくる。こうした猛禽は逆にランサーのような存在を嫌う傾向にあるが、そうしたことには意に介さないはぐれ者らしい。

 長時間指一本、瞼一つ閉じずにいたのだ。もしかしたら死骸と判断したのかもしれなかった。

 

 結局ランサーの視界から逸れることなく、大鷲は近場の大木の枝を掴みランサーを睨み付ける。

 ここまでくれば、ランサーもその大鷲の異常にも気付くというもの。

 

「あなたが、ランサーのサーヴァント、エルキドゥ殿かな?」

 

 大鷲の口から漏れたのは間違いなく人の言葉。そして微かに漏れる魔力の波動。使い魔の一種かとも思ったが、それにしては感じが異なる。

 確信こそ持てないが、これは――サーヴァントか。

 

「反応しなくて結構。あなたの口元は確実に見られている。余計なことを喋って情報を与えることもない」

 

 大鷲のランサーへの配慮に敵対心は感じられない。だが大鷲の心配は無用である。

 

「心配は無用です。私の身体は泥ですからね。声など身体のどこからでも出せますよ」

 

 視線すら動かさず、端からは大鷲など眼中にないという風体でありながら、ランサーは器用に大鷲と会話して見せた。

 

「こうも監視されているとお互い会釈も難しい。礼を失した行為を許しください。確かに私はランサーのサーヴァント、エルキドゥと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「これは失礼を。私のことはジャック、とお呼びください。我がマスターにもそう呼ばれておりますので」

 

 サーヴァントならばクラス名で事足りるというのに、敢えて名を名乗るとはどういう戦略なのだろうか。陣営を名乗らぬことで明確に敵対するのを防ぐ算段なのかもしれない。少なくとも親友の陣営でないらしいことで、少なからず落胆する。

 

「それで、ジャックさんは何用で来られたのですか? 脅すようで申しわけありませんが、場合によっては私はあなたをこの場で斬らねばならなくなります」

「いやはや、話し合いができるとは思わず、一方的に話しかけるつもりだったのですが、これは僥倖」

 

 大鷲の言葉が一度句切られ、その顔がニヤリと笑う。

 

「『お願い』というやつをしたいと思い参った次第です、ランサー」

「お願い、ですか」

 

 なんだ、と内心では嘆息する。別段交渉事に長けているわけではないが、無理難題をふっかけられることには慣れている。それでいて、今現在ランサーはこの場を動くつもりはない。

 

「僕にできることは限られていますが、内容を伺いましょうか」

「私からのお願いは二点です」

 

 大鷲は鳥ながら器用に姿勢を正す。

 

「まず一点目は、これ以上争いをしないで欲しい、ということです」

「これまたずいぶんなお願いですね」

 

 思った以上の無理難題に、さすがのランサーも無反応ではいられない。自然と漏れ出た言葉に、疑問を接がねば判断もできない。

 

「それは、聖杯戦争で争うな、ということですか?」

「そう受け取っていただいて構いませんな」

 

 ランサーの拡大解釈に大鷲は首肯する。

 それだけ大きなことを口にするのだから、その説明責任は当然あるだろう。ランサーの無言の催促に大鷲はコホンと一息入れる。

 

「この“偽りの聖杯戦争”が現在イレギュラーな事態に陥っているのを御存知ですか?」

「さて。多少いざこざはありましたが何とも言えませんね。具体的に言ってくださると助かります」

 

 街の違和感を始め、心当たりだけならなくもないが、何者かも分からぬ者に無駄にヒントを与える必要はあるまい。

 

「そうですな。具体的には、規定数以上のサーヴァントが数度に亘って召喚され、スノーフィールドのいたるところで激突している模様です。正規参加者以外の何者かがこの戦争に介入しているのは明か」

「正規か非正規かなどと、そんな区分など必要ありませんよ。己以外の全てのサーヴァントを蹴散らすことに変わりはありません」

 

 それが聖杯戦争というものでしょう、と大鷲の物言いにランサーは軽く返してみせる。

 

 自分で言うのも何だが、ランサーはかなり高位のサーヴァントである。これに匹敵するサーヴァントと言えば親友か、もしくは神に近しい英霊だけだろう。どんなサーヴァントが何人来ようとも、自分が負ける姿を想像などできはしなかった。

 

「無論、その通り。ですが、このイレギュラーな事態によってこの戦争には裏があることが確認されまして」

「裏、ですか」

 

 新たな新事実。信じる信じないは別にして、胡散臭いことには違いない。

 耳を傾けて良いものか悩むが、ここで追い返したところで状況は好転するまい。

 仕方なく、話の先を促してみる。

 

「それで、その裏とは何ですか?」

「それは……不明のままですな」

 

 大鷲の首が項垂れる。申しわけないというアクションにも取れるが、目を逸らし真実を隠しているという風にも取れる。

 

「私が気付いたきっかけは、そもそも極々単純な疑問からです。この“偽りの聖杯戦争”とは、“偽りの聖杯”の戦争なのか、それとも偽りである“聖杯戦争”なのか」

「それは意味のある問いかけなのですか?」

 

 こうして実際に召喚され、そして戦争についてのルールを得たサーヴァントである事実に変わりはない。

 ここで禅問答をして一体何だというのか。

 

「前者であるならば我々を召喚したのは聖杯ではない別物、ということになります。後者であるなら、元となった冬木の聖杯戦争の形だけを真似た紛い物、与えられたルールには人為的な意図が介入していると考えられませんか?」

「前者ならば勝利しても聖杯は手に入らず、後者ならば我々を裏で操り嘲う何者かがいる、と?」

 

 ならば我々はどうやって召喚されてどうして戦っているのか、そうしたことをあえて問いただすようなことはしない。

 ゲーム盤の駒であるのに違いはない。背後で誰が蠢こうと己の道を進むのみ。ランサーの目的が、その程度の事実で揺らぐことなど有り得ない。

 

「少なくとも一人のマスターはその裏側と交渉している形跡がありましてな。いや、直截に言えば、その裏側が送り込んだ駒らしいのですが」

 

 大鷲の言い方からすると、後者の可能性はほぼ確定なのだろう。そして前者も真である可能性も高い。となると、大鷲はそもそもサーヴァントが何によって喚ばれたのか、何のために喚ばれたのか、その理由を探っていることになる。

 

「……興味深くはありますね。が、にわかには信じられませんし、あなた自身も確証を得ていないようだ」

 

 ランサーの言っていることももっともだ。全ては状況証拠であるし、ランサーにとって大鷲が怪しい存在であることも確か。

 

「それに、僕には既に敵と定めた者がいる。あなたに何を言われようと、その者をおいそれと見過ごすわけにはいかない」

 

 ランサーが敵と定めた偽りの宝具を持つ集団。アーチャーは無論のこと、親友たるランサーも彼らを簡単に見逃してはプライドに拘わる。

 だが大鷲としても、そうした事態は織り込み済みだった。

 

「ですから、それらを補うために情報を提供しましょう」

「大盤振る舞いではないですか」

「それだけ私も本気だと言うことですよ」

 

 そういって大鷲は少しばかり後方を見やる。ランサーが感じる視線もそちらにあるが、大鷲の動きは枝葉に隠れて彼らの視界に入っていない。

 

「今、監視している集団の名は二十八人の怪物(クラン・カラティン)。キャスターを擁する陣営です」

「僕も一度は戦いましたからね。恐らく宝具を作る能力を持ったサーヴァントなのでしょう?」

 

 それが許せない、とその声には我知らず怒気があった。そんなランサーの質問に大鷲は敢えて答えない。

 

「マスターの居場所は分かりませんが、スノーフィールドの警察署長と聞いています。キャスター本人の戦闘能力は低く、また好戦的でもない。当のマスターとも没交渉ですらあります。

 ランサー、あなたが倒すべきは二十八人の怪物(クラン・カラティン)であり、キャスターではないと考えるのですが、如何でしょう?」

「……まるで、サーヴァントは倒すな、と聞こえますね」

「先ほどの戦わないで欲しい、というお願いは撤回しましょう。代わりに、サーヴァントを倒さないでいただきたい」

 

 わずかに変わったお願いのニュアンスに触れるようなことはしない。

 

「そのお願いの範囲にマスターを含めなくても良いのですか?」

 

 サーヴァントを倒さなくとも、マスターを倒せばほどなくサーヴァントは消滅する。いかにルールが怪しいと言っても、パスが繋がっている以上それは確実だ。

 

「そこまでは面倒見切れませんな。各自で対応をお願いするとしましょう。とはいえ、無抵抗の者を無闇に殺して欲しくはありません。降伏勧告くらいはしていただきたい」

「降りかかる火の粉は払いますよ?」

「それで結構」

 

 大鷲の顔では微笑んだかどうかわからないが、どうやら本人としては満足したようだとランサーは判断した。

 だがやっかいなのはこれが一つ目だということ。最初に高いハードルを掲げ、譲歩したところで二つ目の要求を呑ませるのは常套手段だ。

 無視するわけにもいくまい。ならば、この大鷲から切り出されるよりかはマシと考え、ランサーは先手を取ることにした。

 

「それで、二つ目の『お願い』とは何ですか?」

「しかるべき時が来たら、我々と同盟を結んでください」

「……それは、また判断に困る内容ですね」

 

 案の定……いや、それ以上の内容に辟易する。

 

 一つ目の不戦の約束。あれは一方的にランサーが他陣営に攻撃を仕掛けない、というだけの意味ではない。少なくとも大鷲が交渉を行った勢力は逆にランサーへ攻撃を仕掛けないということにもなる。

 随分曖昧で実効性に疑問の残る口約束ではあるが、ランサーにとっては決して損にはならぬ有利な内容である。二十八人の怪物(クラン・カラティン)とランサーをぶつけさせようという意図が見えなくもないが、このまま闇雲に長期戦をするよりもよっぽどマシな選択肢であろう。

 

 だが二つ目についてはそうした損益の考慮は無駄である。

 常に流れつつある趨勢を見定め、互いの距離を測りながら行うのが同盟だ。ましてや今現在の趨勢すら分からぬのに、いつの時点かも分からぬ将来同盟を結ぶというのもおかしな話。

 しかも同盟を組むのは『我々』らしい。真っ当に考えれば、この同盟に乗る者が他にいるとは思えない。

 

「それは、先に言っていたこの戦争の裏側と対決するためですか?」

「………」

 

 やや呆れながらもした質問に大鷲は答えない。答えられる答えがないのか、それとも答えあぐねているのか。大鷲の顔ではその顔色もよくわからない。

 しばし考えるような沈黙の後に、大鷲はその解答を遠回しに出してきた。

 

「……最終的には、六騎のサーヴァント全員で同盟を組みたいと考えているのですよ」

 

 それこそ聖杯に願うしかないような大願である。

 逆に言えば、六騎そろわねば敵わぬ者がいると大鷲は睨んでいる。一つ目の要望は二つ目に対する予防策というわけだ。一騎でも欠ければ、六騎のサーヴァント同盟は成立し得ない。

 しかし、極論ではあるが、ギルガメッシュとエルキドゥの二人だけでも十二分に強大すぎる力を有している。それこそ、ギルガメッシュ単体でも真祖を相手取ることができるし、二人が組めば世界を滅ぼすことも決して夢物語ではないだろう。

 それを、あろうことか六騎全員を集めるとバーサーカーは語った。子供が語る将来の夢の方が、まだ現実味があり、そして可愛げもある。もしそんなことを言うマスターがいたなら、即刻殺してやるべきだろう。

 

 親友ならば鼻で笑って相手にすまい。もしくは道化と詰り、笑い転げたところで殺すか褒美をくれてやるに違いない。そんな真似はできないなぁ、とランサーは親友の性格を羨んだ。

 

「その時になったら、考えましょう」

 

 実に無難な解答でお茶を濁す。いやしかし、それ以外どう言えばいいというのだろうか。

 そんなお役所的解答であっても、ランサーの予想とは裏腹に当の大鷲は満足のようであった。

 

「感謝しましょうランサー。その言葉を忘れぬことを切に願います」

 

 そして大鷲は枝から飛び降り、滑空してランサーの傍を通り過ぎると、風に乗って上空で旋回する。視界の隅を横切る大鷲を確認するが、まだここから離れる気配ではない。

 

「最後に、ひとつ情報を与えましょう!」

 

 高所故に叫ぶ大鷲の声が辺りに響き渡る。誰かに聞かれたらどうするのか。随分危険なことをする。もしくは、誰にも聞かれないと確信しているのか。

 

 陽が昇り、大鷲の影がランサーの顔と一瞬重なる。

 

「呪いは、もうすぐ解けます! 時が来たら動くといいでしょう!」

 

 ランサーの瞳孔がわずかに動いたのを、遠く監視していたカメラは確かに観測していた。しかしその理由は大鷲の影によるものだと観測主は判断した。そうした判断を怠慢などと指摘するには少々酷だ。

 

 遠く去って行く大鷲の背をランサーは眺め見る。

 ランサーには強制的に現界させる忠実なる七発の悪魔(ザミエル)と、位置情報を常に把握される捲き憑く緋弦(アリアドネ)の二種類の呪いがかけられている。その内のどちらと大鷲は言わなかったが、相手の意表をつけるとすれば、それは後者だけだ。

 

 今のところその呪いに変化はない。が、発動してから時間経過によって解除される呪いなど意味はない。と言うことは、この宝具の制作者は最初から宝具に小細工していたということになる。

 

「……大きな借りを作ってしまいましたね……」

 

 時が来れば、大鷲の言葉の真偽は判明することだろう。その時にこの大鷲の『お願い』は非常に大きな強制力を持つことになる。一方的な施しは英霊に対する侮辱でしかない。

 相手の思い通りになるのは癪ではあるが、考慮しておく必要はある。

 

 どこか遠くで雷音が響いた。湿気はまだ然程でもないが、ランサーは近く雨が降る気配をはっきりと感じ取った。

 

 嵐が、来る。

 

 

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