Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.05-02 呉越同舟

 

 

 繰丘邸は魔術城塞である。

 別にこれは大袈裟に表現したものではない。繰丘邸はれっきとした城であり、広大な敷地内にも砦とも称してもよい建物が二重三重に築かれようとしている。実際に一年後には城から要塞へとクラスチェンジすることになる。

 ただこの規模の建築群でありながら、ここに暮らしていたのは繰丘一家だけ。これだけ広大になると、暮らすにはあまりに不便である。

 

 人の動線を無視した建築設計。

 工房と住居は分厚い壁で隔離され、壁材もただのコンクリートかと思いきや、触れればそれと分かる対魔障壁が神経質に張り巡らされている。その結界一つみても頑丈かつ入念な手入れ。それが全部で五層。

 聖杯戦争が始まる一年前でこの堅強さは些か以上に異常だろう。平時からこれでは明らかにコストが高すぎて見合っていない。

 

 と、繰丘邸に入るまでは疑問で仕方なかったが、それもこうして入ってしまえば思わず手を打ち納得する答えである。

 

「なるほど! 細菌研究をしてるなら当然の処置だね!」

 

 素人であれば一体何かもわからぬ機材群を一目で見て取り、フラットは一目で答えを導き得心した。

 フラットの後ろからついてきたティーネにはせいぜい顕微鏡ぐらいしか判別つくものはないが、見る者が見ればわかる施設らしい。

 

「ほら、扉を開けると冷蔵庫を開けるみたいな空気の抵抗があったでしょ?」

「ええ、まぁ」

 

 曖昧に応えるティーネではあるが、確かに扉の向こうに吸い込まれるような妙な感覚はあった。

 

「つまり、ここの気圧が外より低いってことだよね。だから中の空気が外に出られないんだ。ここは典型的な細菌研究所ってことさ!」

「はぁ」

 

 興味がないことをアピールするべく曖昧な返事をしてみるが、子供よりも子供らしくはしゃぐ青年はそのことに気付くこともない。

 

 よくよく天井を見ればスプリンクラーと似てはいるが、それとは異なるガスを送り込むような装置も確認できる。後ろのドアも三重で、間にはエアシャワーがあった。

 ここが敵地だったかと思うと、気分は収容所のガス室に近いものがある。その感想はあながち間違いではないだろう。

 

「けどここには資料はないっぽいなぁ……奥の部屋が資料室かな?」

 

 この短時間によくもそこまで調べられたなあ、とティーネが感心するほどフラットはテキパキとプロの泥棒よろしく効率よく資料を漁っていた。

 資料をパラパラと捲り始めて五分も経っていないが、資料内容の傾向から目的のものはないと判断したらしい。それでも結構な量であるのだが。

 

「奥、ということはこちらでしょうか」

 

 この部屋の奥には明らかに重要機密と思しきドアがある。

 先ほど調べた別棟は異様に清浄な手術室と検査室があっただけで、それらしい部屋はなかった。

 ここにあるドアは実験室用の重厚さと違って薄くはあるが、床の開閉痕から使用頻度が高いと分かる。

 

 ティーネがドアノブを回してみるもやはり鍵がかかって開くことはない。

 つまりはそう、フラットでなければ開かない扉である。

 

「今度も認証コードですか」

 

 ドアの脇に備え付けられているテンキーの電源が入り、わずかに光がともる。

 部屋の本来の持ち主しか知らない数字の羅列をここに入力しなければ、このドアが開かれることはない。指紋や虹彩認証でないのは実験に手袋やゴーグルが必要だからだろうか。

 

 ティーネの言葉に個人的な興味で眺め見ている資料から目を離すこともなく、フラットは躊躇することなくテンキーに指を走らせる。

 よくある四桁の番号を入力すれば開く、というものではない。それであれば非効率ではあるが時間を掛けて総当たりすれば、開閉させることは可能だろう。

 

「……これ数回くらい入力しないと駄目っぽいね」

 

 一度入力するとパネルに「NEXT」と表示される。その事実に時間を掛けて総当たりという選択肢は不可能と同じ意味のものとなった。

 仮に三回入力するとなると単純計算で一万パターンの三乗で一兆パターンあることになる。これはもう力任せに扉を壊した方が早いだろう。ただしその場合、中の資料も焼却処理されるパターンもある。迂闊には手を出せない。

 

 しかもこの部屋は使用者と管理者が同一人物だ。これが別人ならアプローチの方法に幅も出るというものだが、それもこれでは難しい。

 

「仕方ないなぁ」

 

 資料をテーブルの上に放り投げてから、フラットはじっとテンキーを睨み付けながら数字を入力してみる。

 案の定試しに打ってみた数字ではブーという音と共にパネルには「ERROR」と表示された。

 

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ピー。

 

「……ピー?」

「あっ、開いた」

 

 パネルには「OPEN」の文字。トライし始めて一分も経っていない。

 

「……一体どんな魔法を使ったんですか?」

「え? 別に何もしてないよ?」

 

 こうしたことが二度三度と続けばもはや感心するよりも呆れもする。ティーネの言葉に何が不思議か分かっていないフラットは首をかしげるばかりである。

 

 この魔術城塞においてフラットは遺憾なくその天才性?を発揮している。

 この城塞の住人である椿が同行しているとはいえ、自動解除された結界は三層まで。残り二層の結界はフラットがものの数秒で解除して見せた。解除に失敗すれば相当なペナルティもあるというのに、実にあっさりと。「ちょっと特殊だけどアトラス院ほどじゃないねー」とまるでアトラス院の術式を解析したことがあるようなことも呟いていたが、本当だろうか?

 

 同じ魔術を扱う者として同じことをしろと言われたらティーネとてできなくもないが、ああもあっさりと躊躇いなくできる自信はない。

 それどころか、このフラットの異常なまでの解析能力は魔術だけに及ばず、先のように電子機器すらも同様に突破してみせる。これはもう十分に魔法と呼ぶに値するものではなかろうか。

 

 ちなみに魔術工房に椿を連れて行くことは危ない、という表向きの理由から椿と銀狼は住居施設で大人しく休ませている。

 そして裏向きの理由はここで何をされたのか椿に感づかれないように、である。

 

 先の手術室の様子から、椿の両親は椿に『丁寧』な処置を繰り返し椿にしていたことが伺える。この事実を告げるのは簡単だが、それを受け止めることは今の彼女にはできないだろう。

 

「うーん、やっぱり椿ちゃんの魔術回路はご両親の手によるものらしいね」

 

 扉の向こうはやはり資料室を兼ねた仕事場だったらしく、質素ではあるが使い古された机が置かれている。壁の棚にはご丁寧に「TSUBAKI」とラベリングされたファイルが十冊以上並べられていた。

 

 ティーネもフラット同様にその中の一冊を手に取る。

 記述言語は日本語なのでティーネにその内容はさっぱり分からないが、図や写真を追っていけばそれが一体何をしているのか想像はできる。これが一般的な成長記録であればどれだけ気が楽なことか。

 

 ティーネが横を見れば、さすがのフラットも眉を寄せながらも凄い勢いで資料を読んでいた。これ以上の内容はティーネには荷が重いし、二人いるのだから役割分担をするべきだろう。

 

 他に手がかりはないかと部屋の中を眺め見る。

 壁には恐らく魔術によって生み出されたと思しき異形の虫の標本が数点。そして細菌の写真も数点。ロッカーの中には私服と白衣の他に細菌用の防護服。机の中も開けてみるが、どれもよく分からぬ覚え書きのようで、本人以外には整理もできぬ代物。拳銃と実弾も見つけたが、これはそのままにしておく。机の上にあるパソコンは備え付けではなくノート型。必要であれば後で持って帰ればいいだろう。パスワードはきっとそこの天才が何とかすることだろう。

 

 そうすると残るは、壁に埋め込まれた明らかに怪しい金庫だけ。ためしに金庫に手を掛けてみるが、ダイヤルを合わせるだけでなく鍵も必要なタイプ。マジックにハイテクときて最後にアナログ。この繰丘という人物は実に徹底的である。

 

 さすがのフラットもこれにはどうにもならないだろうと思いきや、

 

「ちょっと借りるよ」

 

 この短時間に資料を全て読破したであろうフラットはティーネの髪からヘアピンを抜き取り、約十秒。カチリと音が鳴って金庫の扉はゆっくりと開いた。

 

「もう何でもありですね……」

 

 ヘアピン一つで解錠される金庫とは一体いつの時代の代物だったのだろうか。テレビで見る聴診器で音を聞いていた様子すらない。

 そして自分は実に役立たずである。

 

「土地の権利書に、株、ドル・ユーロ・円の現金、魔術協会の特許登録証明書……あまり関係なさそうだね」

 

 金庫の奥から無造作に床にぶちまけると、一個人の財産としてはなかなかのものが現れる。だがこの夢世界においては何の価値もないし、目的とする椿に関する資料はこの傾向を見る限りなさそうである。

 

「そのようです――いえ、これは……」

 

 ティーネの同意は、途中で区切られた。

 フラットが無闇に落としたせいで古いものが上に、新しく置いたものが一番下へと順番が逆になる。早々に見切りをつけていればこの存在に気付くことはなかっただろう。

 

「手紙……?」

 

 多くの重要な紙切れに封書が混じっているのを発見し、ティーネは手に取ってみた。消印からして今から十数年前。差出人の名前が見えてなければ手に取ることはなかっただろう。

 ティーネの無表情な顔が、知らず険しくなった。

 

「知っている人?」

「市議の一人です。このスノーフィールドの大地主でもあります」

 

 そして、ティーネ達原住民の明確な敵の一人。

 切られた封から中身を出せば、それは誓約書だ。とある重大事業へのアドバイザーとして参入してもらいたい、といった内容である。他にも目を通せば秘密保持契約も同封してある。

 

 他にも探せば似たような封書があと二通。

 一人は確か州議会議員に名を連ねている大物だ。内容はどうということもない挨拶であるが、「例の件をよろしく頼む」という意味深なことが書かれている。

 そして最後の一通は――名前ではなく組織名が書かれていた。このスノーフィールドの近くにあり、怪しさでいうなればアメリカ最大級の組織の名前が。

 

「グレーム・レイク空軍基地――」

 

 声に出して読んでも現実感に乏しいのは何故だろうか。

 

 グレーム・レイク空軍基地。

 俗にエリア51と呼ばれるアメリカで最も有名な立ち入り禁止区域である。ロズウェル事件に関与しているとか宇宙人がいるとかそういったゴシップにことかかぬ色物基地である。

 

 内容は先と同じような重大事業へのアドバイザー。秘密保持契約も同様である。しかし同盟国とはいえ外人の、しかも魔術師をアドバイザーとするのは少々ピンポイント過ぎる。

 

 これら三通の手紙が別々の案件であるわけがない。

 空軍はともかく、他二人は言わばこのスノーフィールドの開発推進派である。恐らく末端であろうが、政治的派閥を考えれば一体誰が糸を引いているのか推測するのも容易い。

 そして手紙の時期を考え、その頃に行われた公共事業を考えると、怪しい建物も自然と思い浮かんでくる。

 

「フラット、椿の情報は掴めましたか?」

「どんな経緯でどうなったのかは把握したよ。解決策は思いついたけど、ハードルは高い、いや、大きいかな?」

 

 些細な言葉のニュアンスから思うところがあるのだろう。しかし今ここで訪ねるべきことではない。

 これは聖杯戦争。優先順位は、椿やライダーだけではない。

 

「それはここでないとできないことですか?」

「鍵はライダーだ。ここである必要はないよ」

「わかりました。では、移動しましょう」

 

 一方的に宣言し、持ち出そうと思っていたノートパソコンもそのままに外へと出る。

 今後の趨勢を考えれば、一人で行動するべきだろう。一人で動き、調べ、確証を得るべきだ。この情報は他勢力に対して圧倒的なアドバンテージとなる。

 

 ティーネはそのまま足早に研究所の外へと出た。今すぐ建物の影に隠れれば、フラットを撒くことは簡単だろう。あとはフラットに椿を任せれば、きっと何とかしてくれるに違いない。無力なティーネの助けが必要とも思えない。

 

 元来聡明である彼女の理性は、実に簡単に答えを出す。だがメリットとデメリットの差は小さく、天秤は少し何かあるだけであっさりと逆の答えを導き出すことだろう。

 

「……ああ、もぅ!」

 

 恐らくここ数年叫んだことのない同世代の少女らしい叫びは、幸いにも誰の耳にも届いていない。

 

 もっとフラットが魔術師らしくあれば!

 もっと椿がライダーを扱っていれば!

 もっと銀狼が獰猛であったのなら!

 組みし難しと判断することもできたというのに!

 

「フラット! 椿! 銀狼! 街に戻りますよ!」

 

 居住施設に大声で叫べば、中からドタドタと動く音が聞こえてくる。後ろからもフラットがいくつかの資料を脇に抱えて追いかけてくる。それらを待つことなく、ティーネは表に駐車してあった車の助手席に乗り込んだ。

 

「ティーネちゃん、どうしたの!?」

「お姉ちゃん! どこいくの!?」

「わふん」

 

 フラットと椿が車に乗り込みながら問いかけ、場の雰囲気を察して銀狼までもがおずおずと吠えてみせる。反応はないが、車の周囲にライダーも纏わり付いていた。

 だがそんなことは関係ない。すでにティーネの心は決まっていた。

 

「いいですか、我々は同盟です。仲間です。一心同体です。死なば諸共です」

「どーめい?」

「ええと、我ら三人と一匹は生まれし時は違えども、ってやつかな?」

「そうです」

 

 桃園の誓いをティーネは知らなかったが、勢いに任せてとりあえず頷いてみせる。フラットと椿が目を合わし首を傾げ、こころなし銀狼までも不安そうにしているが、そんなことは関係ない。

 

 そう、何度も言うが、関係ないのだ。

 

「フラット、あなたの目的は何ですか?」

「え?」

 

 唐突なティーネの質問に戸惑わずにはいられないが、それでもフラットはこの地に降り立った理由を忘れたわけではない。

 

「僕は、英霊と友達になりたくてこの地に来たんだよ」

 

 魔術師であれば正気を疑うような――というか信じることすらできぬ戯れ言を、しかしティーネは疑うことはなかった。

 

「分かりました。では、元の世界に戻ったら我が主であるアーチャーのサーヴァント、英雄王ギルガメッシュと会う機会を設けます。ついでに殺されぬよう配慮は致しましょう。それで良いですか」

「え? ……ええぇぇっ!?」

 

 驚くフラットではあるが、英霊の真名を聞いて驚いているだけではないだろう。フラットに異論はないと判断して、ティーネは次に椿へと向き直る。

 

「椿、あなたは何か望みがある?」

「え、え、え?」

 

 フラット以上に聖杯戦争が分からぬ椿のこと。勝ち残れば望みが叶うなどと言われても、そんな大それた望みを持ったことがない。そして即答できるだけの知力も判断能力も今の彼女にはない。

 

「では、ひとまずはこの世界からの脱出、いえ、解放に手を貸します。望みについてはできる限り譲歩しましょう。それで構わないわね?」

「あ、はい。わかりました」

「銀狼、……は、別にいいですね。あなたの安全とあなたのサーヴァントにできる限り協調することにします。証人はそこの二人。構いませんね」

「わふん」

 

 ティーネの剣幕にこくこくと思わず首を縦に振る二人。内容は分かっていないが、何かしら言い聞かされているのが分かるのか、銀狼も大人しい。

 

「私は一人では戦えない。フラットはこのままではいずれ殺される。椿はこのままでは変われない。銀狼はいずれ狩られてしまう。

 利用しようではありませんか。何よりも自分自身のために、我々は力を合わせましょう」

 

 柄にもなく、車内の中心にティーネは利き手をさしのべる。この男にしては素早くことを察知してフラットはティーネの手の上に自らの手を乗せた。どうすればいいのか分かったのか椿もその上に手を乗せる。もはや一番空気の読める銀狼が最後に椿の手の上に前足を置いてきた。

 

「私達はこの世界を脱出する! 私達は生き残る! えい! えい!」

「おー!」「お、おー」「お?」「わふん」

 

 ややしまりとしては悪いが、音頭としては決して悪くなかった。

 警戒心のないフラットやまだ子供で世間知らずすぎる椿にとってティーネはすでに仲間であるが、これはちゃんと宣言をしておかなければならないことだ。

 

 殺し合いであることを、戦争であることを、意識していないと、ティーネはこの二人と一匹と今後付き合っていくことはできそうにない。

 

「それで、どこに行けばいいのかな?」

 

 エンジンをかけながらフラットは目的地を聞いてくる。他の二人と一匹では運転はできないので、必然的にドライバーはフラット、ナビゲーターは地形を熟知しているティーネである。

 

「目的地は、スノーフィールド中心部、十四番地」

 

 すっ、と指先をスノーフィールドの中心へと指し示す。ここからだと遠いが、その印はなんとか目にすることができた。

 

「スノーフィールド中央病院、そこに、この戦争の手がかりがあります」

 

 

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