Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「すまないが、もう一度言ってくれないかね、ロード・エルメロイⅡ世」
「何度でも報告させて頂きますよ。援軍が送れません。もう一度言います。我々の手の者はアメリカ大陸に上陸することができません」
長い黒髪を伸ばし、いつにも増して不機嫌そうな時計塔の名物講師は、必要以上の怒気を込めて重要であることを強調してその老人に報告した。
召喚科学部長ロッコ・ベルフェバン。今回のスノーフィールドにおける偽りの聖杯戦争の事態収拾を任された彼は、自ら打った手が全く機能していないと告げられた。
今座っている時計塔の椅子は彼自身の成功によって積み上げられたものだ。勿論失敗を経験したことは幾度となくあるが、それがこうも露骨に失敗したということは初めてのことであった。
「……何故だね?」
「当のスノーフィールドが原因です。現地で連続して起こったテロに空港が過剰反応した……ということになってます」
指に挟んだ葉巻を口に咥えるが、怒りのせいか味が全く分からない。
「その程度で何故上陸できない?」
仮にも、送り込んだのは一線級の魔術師だ。イレギュラーな事態をクールに対応し、土壇場にあってもさも当然のように逆転してみせる。常に考え相手の裏をかき、十全な用意を怠らず、実力以上の実力を持って目標を達成してみせる。
そんな連中が、空港で足止め?
一体これは何の冗談だ?
「もちろん彼等だって然るべき手段は心得ています。偽造パスポートも用意しているし、魔術を使わずその場を凌ぐ心得も持っていますよ。けれど、」
葉巻の煙を部屋の中へと吐き出す。
「何故か送った魔術師の悉くが空港内でピンポイントで引っかかる。そしてその荷物一式全てが没収です。無理をして強行突破しようにも、装備を調え乗り込む頃には事態が終わっている頃でしょう」
そして装備を改めて調えることも難しいに違いない。
派遣した魔術師全員が全員とも、空港から一歩も出られない。こちらへの連絡はあの人数を送り込んだのにも関わらず、わずかに二回だけ。彼らの実力でこれくらいしかできないというのも腑に落ちぬ話。
「米国国内の魔術師が絡んでいるのは間違いなさそうだの」
「場合によっては国の機関が絡んでいると考えた方が良いでしょう」
ランガルをはじめとして歴史の浅い国と馬鹿にして侮る者も多いが、米国が世界最強の国である事実には揺るぎがない。
面子が大事なお国柄である。スノーフィールドのことももしかして既に掴んでいるかもしれない。
米国にはロサンゼルス支部、ニューヨーク支部を中心に派遣された数十名からの魔術師が事前に乗り込んでいる。
しかしほとんど戦争初日に壊滅状態に陥り、大半が行方不明。何とか生き残った者も傷を負い、ろくに現状を確認できぬまま安全圏に退避したので状況は分からぬまま。
各支部に残ったバックアップメンバーも陸路で移動しているが、スノーフィールドに直接乗り込ませるには戦力が不足している。彼らができるのは負傷した魔術師達の移送に徹することくらいだ。
だからこその援軍だったのに、これでは何もできていないのと同じである。
「なら現地のフリーランスを」
「雇おうとしましたよ。けれどこの戦争で役立ちそうなめぼしい魔術師は皆仕事に忙しいと断ってきました」
言葉を遮って結果を告げる。
当初は依頼料をつり上げるための方便かとかなり思い切った交渉もしたが、連絡した魔術師が悉く忙しいと断り、何とか子細を聞き出してみれば事情は変わってくる。
「何者かが裏で別件の依頼をしています。しかもこれ以上にない破格の報酬です。前金だけでも我々が用意した金額の三倍ですよ。一流二流どころか、十把一絡げの三流にまで先回りされてます。話にもなりません」
金が基準のフリーランスだ。協会に恩を売るべく先に舞い込んだ依頼をキャンセルする可能性もこれでは低い。
無理をすれば一人か二人は投入できそうだが、数を投入する必要があるのに連携も取れぬ少人数を送り込んでも意味はない。
「お主のことだ。金の流れは追っているのであろう?」
「しましたよ。まあかなり怪しく複雑ではありましたが、睨んだ通り追った先にスノーフィールドがありました」
そしてまた一度煙を宙に吐く。
「スノーフィールドの財政は市の規模を考えれば極々一般的です。数年前まで誘致を推し進めていましたがリターンも少なくプール金の類も見当たらない。これはどこかに金のなる木があるのは間違いないでしょう」
一応、そういった資料をベルフェバンの机の上に提出しておく。
空港の税関で魔術師を抑える費用から多方面での妨害工作、先のフリーランスへの依頼料、そしてランガルを倒した部隊等の運営費用。
門外漢ではあるがまかりなりにも部門長だ。内容を理解するだけの知識はある。
一枚二枚と資料を斜め読みし、結論となる数字で数秒止まる。
「……私はもう引退した方が良いかね?」
「大丈夫です。私も四度、計算し直し数字の桁も確認しました。裏取りもしたので確実ですよ」
目をこすって何度も桁数を確認するベルフェバンに、エルメロイⅡ世はそれが事実だと断言する。
資料には下手な国家予算すら遙かに超える金額が記されていた。しかも、これが最低限。実際に動いている金はその数倍に及ぶことだろう。
魔術というのは兎角金のかかるものだが、これだけの金額だと、大貴族三家合わせたって太刀打ちできるものではない。
当然、これほどの金額が動けば普通市場も大きく動くことになる。
「市場に目立った動きはありません。敵はよほど上手く動いていますね」
エルメロイⅡ世はこれを仕掛けた者を明確に『敵』と呼んだ。
これ程の金を広く浅く秘密裏にバラ撒かれたとなれば、それはもう明らかに敵対行為であろう。それでいていざとなれば言い訳ができるのだから質が悪い。
乾いた笑いが部屋に響く。それはもう、経済的優位さにおいて圧倒的大敗していることにようやく気づけた自虐的笑いである。もう、笑うしかできることがない。他に何ができるというのか。
「……ここで私が笑うことも、奴らの手のひらの上か」
「痕跡を消そうと思えば消せた筈です。だというのにわざわざ痕跡を残したのは我々に実力差を見せつけたかったからでしょう。経済的にも、情報的にも、戦力的にも」
「それでも、お主のことだ。今後を見越して既に動いているのだろう?」
戦争が始まる前の情報戦で敗れ、開戦にもろくな戦力を送れず、その後の援軍も無理となった。となると、後は事後処理部隊の派遣しかない。
「リストを作っておきましたので承認をお願いします。この中から選抜したメンバーを非正規ルートで投入する予定です。上手くすれば最終日くらいには間に合うかもしれません」
リストアップされたメンバーは明らかに第一次メンバーよりも質で落ちる。そんな連中を派遣してどうなるものか分からぬが、何もしないよりかは多少マシであろう。少なくとも牽制くらいには役立つ。
話すことは話したと、多忙な名物講師は時計を見る。次の講義には早足で行く必要がある。席を立ちながらそういえば、と残された話題をふってみる。
「……ああ、少し探りを入れてみましたが、教会も似たような反応です」
「敵は強大にして正体不明。そして援軍も後れず現地の情報も皆無に等しい。となると、我々が少しは有利、ということか」
「そこについては、何とも言えませんがね」
この場で教会と張り合うことにエルメロイⅡ世は意味を見いだせないが、組織として仮想敵の動向を気にしない訳にもいくまい。
最初からスタートラインに立とうともしていない者相手に競争してどうするというのか。それに、教会は「失わない」が、協会は「失う」かもしれないのだ。
協会最後の切り札にして、唯一の希望。
そして最大級の不安材料。
「フラット……せめて生きて帰ってきてくれよ」
小さく呟き、窓の外に広がる青空を見上げる。キラリと親指を立てて光るその顔は想像の中だというのに非常に鬱陶しい。エルメロイⅡ世は帰ってきたらその顔を全力で殴り飛ばすことを強く心に刻み込んだ。