Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
暗い闇を抜けると、そこは地の底と忘れさせる場所だった。
果てのない天蓋と、黒い太陽。
広大な空間は洞窟などではなく、荒涼とした大地そのもの。
直径にして優に二キロ。
遥か遠方には壁のごとき一枚岩。
この戦いの始まりにして終着点。
崖を登れば、視界に広がるのは巨大なクレーター。
最中にいたる中心。
円冠回廊、心臓世界テンノサカズキ。
ここにあるのは、そんな冬木で完成されたシステムの、似て否なる紛い物――
「――なんてそんな都合良くクライマックスに辿りつける訳もありませんか」
「うん。まあそんな簡単にことが進めれば苦労はしないよね」
繰丘邸に構築された難攻不落のシステムを都合良く簡単に突破した男が最近溜息が多くなりつつある少女に慰めとも言えぬ声をかけた。
ティーネとフラットの二人は疲れた足取りでスノーフィールド中心部、十四番地に建設されたスノーフィールド中央病院の敷地内をとぼとぼと歩く。こうして歩けば、当然のようにその広さを実感した。
手がかりがある、としてスノーフィールド中央病院に舞い戻ってきたのがおよそ半日前。それから二人でこの周囲を調べ回っていたのだが、病院だけあって立ち入り禁止区画も多いし、単純に延べ床面積だけを見ても相当なものだ。
これでこの偽りの聖杯戦争の元凶の元へと行くためには相当な幸運が必要だろう。さすがのフラットの強運もここでは発揮できないらしい。
とはいえ、別に成果がなかったわけではない。
「無駄足でなかっただけが救いだね」
「これで聖杯戦争とまったくの無関係なら笑えませんが」
この調査で二人が出した結論は、限りなく黒に近いグレーであった。
病院の事務所から失敬した設計図を元に二人は歩き回ったわけだが、どうにも歩いた距離と図面の距離とに誤差が生じている。正確に測ったわけではないので何とも言えないが、これが単なる設計ミスとも思えない。
ちなみにバーサーカーは全くの無関係の調査をした結果キャスターにその存在を捕捉されたわけなのだが、当のマスターがそんなことを知るわけもない。
「何かあるとすれば地下だけど……そんな分かりやすい通路は見つからなかったし、人除けの魔術の痕跡も見当たらないね」
「何か仕掛けでもあるのでしょうか?」
「エレベーターのパネルでも調べてみる? カードリーダーが隠されてたりするかもよ?」
冗談ではあるが、可能性としてはなくはない。だが、あまりに広すぎる敷地には数多くのエレベーターがある。その全部を調べるのですら一日仕事だ。最悪、この真下に何かがあっても入り口は敷地外、ということだってあり得る。全てを調査し終えるには人手と時間が圧倒的になりないだろう。
再度溜息をつきたくなる。ここいらで方針転換が必要になってくるだろう。
「……それで、椿と銀狼はどこです?」
「ここの別館の二階だよ。そこが元々椿ちゃんが眠っていた場所らしいんだ」
「休めるなら、この際どこでもいいでしょうに」
動きやすい一般病棟の方が都合がいいのだが、椿がそれを望むのなら多少の不便さには目を瞑らざるをえまい。
この同盟の中でもっとも注意せざるをえないのが、何を置いても常にライダーが傍に付きまとっている椿である。
危険性は低いが、何がきっかけでライダーが暴走するか予想も着かない。そしてそれを御するために、椿にはできる限り冷静でいてもらう必要がある。
少なくとも、ティーネやフラットの言葉を理解できるだけの余裕は持っていてもらわねば困る。
「……人が増えてきましたね」
「時刻が午後の十一時だから、現実世界で就寝する人が増えてきたんだろうね」
窓の外を見やれば、人影が急速に増えつつあるのが一目で分かる。
遊びというよりスポーツめいたことをする者も見かけるようになってきた。かと思えば廊下を徘徊するだけだったり、ベッドに横になっているだけの者もいる。遊ぶ人間と遊ばない人間とに別れ始めているのだ。
一体どうやってライダーがこの世界に人を招き入れているのかは一向に分からないが、その目的は恐らく椿を楽しませることにあるのだろう。ということは、この事態はひとつの事実を浮かび上がらせる。
つまりは、ライダーの処理能力に限界がきている。
「このまま人が増え続けたらどうなると思いますか?」
「単純に遊ばない人が増える……ってだけでもないか。たぶん、朝になっても現実世界に戻れない人が増えて、その全員がライダーに魔力を吸い尽くされる」
この世界が椿の夢であることは、ほぼ間違いない。
仕組みとしては固有結界と同じだろう。違いがあるとすれば『心象風景で現実世界を塗りつぶす』のではなく『現実世界で心象風景を塗りつぶす』という逆ベクトルの作用だ。
内向きの力による異常であるので世界からの修正も働かないし、負荷が少ないので維持するだけならさほど魔力も必要ない。椿の脳内にある魔術回路の働きと椿自身の証言からもそれが事実であると裏付けられている。
物の修繕といった体外への魔術は発動しないのに、視力強化といった体内への魔術が発動するのもそう考えれば辻褄が合う。
そうすると、困ったことに椿の魔術とライダーの能力は一見相性がいいように見えて、実はまったくの正反対であったりする。
無機物はただそれだけでは動かず、状態を維持し続ける。しかし人間はそうもいかない。動いて物を動かし、時に壊し、時に創造する。それは椿の中の世界を改変するということだ。
静止画と動画ではその情報量に差が出るのも当然だろう。
端的に言えば、ライダーの能力は椿が作り出すこの世界に過度な負荷をかけ続けてしまっている。
その証拠に最近の椿の動きは、どこか精細さを欠いている。頻繁に休んでいるし、歩くことにも銀狼に乗って楽をする。車での移動中も寝てばかり。体力がないとかそういう話でもない。これは明らかに不調である。
「時間はあまりないようですね。この調子ですと、椿がこの世界を維持できるのはあと数日で限界……いえ、その前にスノーフィールドがライダーの手に落ちてしまう」
先日までこの世界の人口は、せいぜい数百人程度だった筈。しかし、今日は一気に数千人近くにまでその数を増やしている。
この調子で増え続けるならあと二、三日でライダーはスノーフィールドの全住民をこの世界に連れてくることとなる。
「お先真っ暗ですね」
「ジャックがうまく動いてくれるのを祈るしかないかな」
フラットは自らの手のひらを握り締める。
この世界においてはその手は宙を掴むだけだが、現実世界ではその手に携帯電話が握り締められている筈だ。
体外は無理でも体内への魔力干渉は可能なのである。意識のない自分の身体を強制的に操り、携帯電話を操作することは十分に可能である。イメージとしては巨大ロボットを操縦するパイロットに近いか。もっとも、視覚情報が得られているわけではないので、うまくメールを送れているのか確認は取れない。
携帯のバッテリーはとっくに切れている筈なので、外部と連絡を取る手段はもうなくなったとみていいだろう。
「ジャックさんにうまく動いてもらっても、助かる可能性は良くて四割といったところでしょう」
そして全滅する可能性が六割である。
極端な話ではあるが、椿一人を生け贄に捧げれば他三人はほぼ確実に助かる。
夢の世界とはいえ術者を殺せばその影響は現実世界の術者本人にも影響する。そうすると魔術は解け、マスターを失ったライダーも共に消滅する。椿を守るライダーを出し抜く方法だけなら、いくらでもある。
けれども、フラットがそれを選択することは性格的にあり得ない。そしてティーネもその選択肢を受け入れない。同盟を組んだ以上彼女は同胞であり、族長である彼女から裏切る真似は絶対にできない。
確実な犠牲で生き残るより、全員が助かる可能性を選択したい。それが、二人の共通の考えである。
「問題はライダーを弱体化させる方法が見つからないってことだよね」
「あなたのサーヴァントでは不向き、私のアーチャーでは火力が強すぎますね」
体内に対しての魔術の行使が可能であれば、令呪の機能に支障はない。
令呪でサーヴァントを召喚し、ライダーにぶつけるのが目下のプランであるが、肝心のライダーへの対抗手段が不明である。バーサーカーではライダーを相手にできないだろうし、アーチャーだって周囲一帯を焼き尽くして対処しそうだ。それではさすがに困る。
椿に令呪を使わせるのが一番現実的だが、椿を現実世界に戻すためにはライダーの協力が必要不可欠なのである。
そのライダーに言うことを聞かせるために、令呪が二画必要である。そして何かあったときの保険に、残り一画も可能な限り残しておきたい。ライダーをただ弱体化させるためだけに令呪は使えないのである。
「最後まで情報を集めるしかないね。もしかしたら他のマスターもこの世界に来ているかもしれないし」
「期待は薄いですが、それしかないでしょう」
それでも駄目なら、二人ともがサーヴァントを召喚し数に任せて追い込むしかない。
だがあの英雄王が果たして素直にこちらの要望を聞いてくれるかどうか。令呪を使うにしても、今後の関係を壊すような真似はしたくはない。
最低限、説得できるだけの材料は必要不可欠なのである。
「――あれ?」
今後の対応策を巡らせるティーネの隣で、フラットはふと何かに気づいたような声をあげる。
こういうことは時たまある。通常の感性を持たぬフラットのこと、「この通りの信号ほとんど赤なのにあそこだけ青だ!」とか「あのおじいさんの腕のタトゥー、漢字が間違ってる!」とか「あの人パット無茶苦茶入れてるよ!」など枚挙に暇がない。ちなみに最後のものはどうやって見抜いたのかは分からない。
「どうかしましたか?」
「声がする」
口に人差し指を当てて静かに答えるフラットに、ティーネの警戒レベルが一気に跳ね上がる。
周囲の警戒を怠っていたことに叱咤しつつ耳を澄ませる。
声は、確かに聞こえている。前方、十数メートル先の「TUBAKI KURUOKA」と刻まれたプレートがある除菌室の中。中には椿が休んでいる筈だが、聞こえてくるのは椿の舌足らずな英語とは明らかに違った流暢な英語。
これまでこの世界で声を出す存在は三人と一匹だけだ。ライダーがカタコトを喋ったことはあるらしいが、椿の話しぶりから流暢さとはほど遠いとも聞く。となると、必然的に声の主は見知らぬ誰か、ということになる。
ライダーが傍に居る以上滅多なことが起こるとは思えないが、何かがあってから動いても遅い。
除菌室はスライドドアで閉じられている。足音を立てずにドアまで接近し、中の様子を窺う。
声の様子からして女性が一人、しかし話の内容は断片的でわからない。
「フラット、確保します。突っ込みますよ」
「まず話し合わないの!?」
ティーネの即決即断にフラットは抗議の声を上げるが、それに取り合うことなくティーネは躊躇なく行動に移った。フラットに奇襲を仕掛けた際にはあっさりと返り討ちにあった彼女であるが、だからといって実力がないわけではない。
幼少時より族長となるべく育てられたティーネだ。
武芸だって幼少時から鍛えられている。まだ身体が成長しきっていないため大した力にはならないが、それでも積み重ねられた鍛錬は街中のチンピラ程度なら瞬殺できるレベルにまで到達している。
呼吸を整えると同時に、スライドドアを解放。目標を視認すれば後の行動は早い。
ドアから目標まで五メートル。途中にある空のベッドを踏み台に、ティーネは天井近くまで舞い上がり宙を駆ける。そのまま目標である女性の両肩に膝を突き刺すように勢いよく体当たり。女性が床に倒れ伏すまでのわずかな間にも、両手で女性の手を捻り上げ受け身を取らせることも許さない。
ティーネの体重は軽いとはいえ、その運動量による衝撃はかなりのもの。だというのに、女性の喉から呻き声の一つも聞こえない。
「ごめんなさいっ、すみませんでしたぁ!」
遅れて室内に入ってきたフラットが女性に対し謝罪の言葉を吐き出す。そのまま土下座でもしそうなフラットの低姿勢にティーネはため息をつきながら、女性の上からどいてスカートの汚れを叩いて落とす。
「謝罪は必要ありませんよ」
「そういうわけにもいかないよっ!」
「しても意味がない、ということです」
慌てるフラットに落ち着くよう声をかけ、フラットの顔に手を当てグキッと強制的に女性に向けさせる。
床から起き上がる女性は何やらぶつぶつと呟いているが、その焦点はフラットに合っているようで合っていない。攻撃されたことにも気付いていないよう。
「予測していた事態ですが、予想よりも早い展開でしたね」
したり顔で推察するティーネ。
しかしスカートで大胆なアクロバットを披露したティーネである。パンツが丸見えであった事実に彼女が気付くことは幸いにしてなかった。