Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「確かに、これはちょっと展開が早すぎるね」
苦い顔をしながら、フラットはティーネの意見に同意した。
先にも二人はライダーの支配が二極化してきたという話をしていた。ティーネがフラットに言った予測とは、この世界に喚び出された人間が三極化していくことを意味している。
ティーネ達マスターはイレギュラーであるが故に例外であるが、この世界に喚び出された者達はそろってライダーに支配され、その自由意志を奪われている。
当初こそ支配した全員を操っていたわけだが、調査の傍らに町中を少し見回っただけで操られずにそのまま放置している者を多く見かけるようになった。夢の中に喚び出し、支配し、操る、という段階を経ているのであれば、次に現れる第三極はライダーに喚び出されながら、支配されていない者である。
最初は恐らく夢遊病のように、そうした人数が次第に増えていけば意識をはっきりと持つ者も出てくる筈だ。
これは僥倖。こうした第三極の人間を早い段階で確保することには意味がある。
ふむ、とティーネは女性を上から下に眺め見る。
聴診器と白衣という見かけと理知的な顔つきからして、職業は医者。そして椿が今現在眠っているベッドの傍にいたところから、もしかしすると椿の担当医かと当たりを付ける。
「強い衝撃を与えても覚醒しないということは、操るまではいかずともまだライダーの支配力が強いようですね。話を聞き出すには好都合です」
「計算通りみたいに言われても君がやったことは許されることじゃない――って、好都合?」
鸚鵡返しに問うてくるフラットにティーネは頷いてみせる。
「この世界そのものは一年前の記録に基づいた一年前の投影であっても、この人物は今を生きる現在の人間です。つまりは情報源として有効と言うことです。
――さて、あなたはこの病院のお医者様でしょうか?」
「……ええ、そうです」
やや焦点があっていないながらも女医はふらふらと起き上がる。いざという時には動けるよう見守る二人の前で、女医はベッドで眠っている椿の脈をとり、簡単な検査を始めた。
今の彼女はいわば催眠状態に陥ったようなものだ。感覚刺激を受け取りにくくなり、思考が鈍麻してくる。習慣的に行っている行動をなぞっているだけなのだ。この行動を見ている限り、女医が真摯に椿を思っていることが良く分かった。
眠りについている椿は現実と違い起きることはある筈だが、よほど消耗しているのか目を覚ます気配はない。
「最近、何か変わった事はありましたか?」
「……事件が、最近多いようですね。……私の元にも数人怪我人が運ばれてきました」
「この二、三日ではどうでしょう?」
ティーネの言葉に女医はしばし考え込むように宙を見上げる。目線の先にライダーがいるが、女医もライダーも特に変化は見当たらない。
「確か……昨日どこかでまた事件があったとか……。警察が山狩りをしたとか聞いたような気がするわ」
女医の言葉にティーネは落胆した。もちろんそこまで期待したわけじゃないが、一般市民レベルであれば、その程度の情報であろう。
だがこれではっきりした。まだ聖杯戦争は現実世界で続いている。ここに四人のマスターとサーヴァントが一体いるが、他のマスターとサーヴァントは現実世界で健在なのだ。いつ自陣に攻勢をしかけてくるか分からない。
ここで悠長にしている暇はますますなくなった。
「他に変化はありますか、身の回りのこととかで」
「そう……ね……忙しく、なったわ」
「忙しく?」
ティーネはガソリン価格の高騰や消耗品の確保といったところでスノーフィールドの流通を探ろうと思っていたのだが、思いもよらぬ方向の情報が入ってきた。
医者が忙しいのは当たり前ではあるが、あまり大っぴらに動けぬ聖杯戦争で大勢の死傷者が出ることはあまりない筈……いや、そういえばここに一体、そういうことを考えないサーヴァントがいた。
「風邪が流行ってるのかしら。抵抗力が落ちている患者が大勢いるの。もう病室は満杯で、私も風邪気味だから椿ちゃんの診察にいけないの……」
病室が満杯、ということは既にこの地方医療のキャパシティを超える程、ライダーの影響力が広がっているということになる。
保険制度が整っていないアメリカ社会でこんなことがそうそうあるわけもない。ライダーの影響下にある人数は数千人と考えたが、もしかしたら数万単位で広がっているのかも知れない。
いけない。そう考えるとタイムリミットは数日などではなく明日にでも来てしまう可能性が出てくる。
ティーネがそんな戦慄に沈黙をしていると、ティーネの後ろからフラットも女医に質問してくる。
「随分と椿ちゃんに親身になってるんですね」
もう椿に関する情報はあらかた収集し終わり、これ以上役に立つ情報を得られる可能性もない。しかしわざわざ診察に行けないことを悲しそうに語る女医の姿に打たれたのか、聞かずにはいられなかったのかも知れない。
「もう一年のつきあいだし……ご両親もああなってしまったから特に、ねぇ」
そして女医は髪を掻き分け椿の顔を慈しむような目をしながら「いつもより顔色が良さそうね」などと呟く。現実の椿より少し違っている筈だが、そうした細かな差異には気付いてはいない。
うぅん、とようやく椿が女医の行動に反応した。できればこのまま寝ていてもらいたいところだが、こうした第三極の人間に物理的ではなく精神的なショックを与えた場合の反応も見てみたい、とティーネは判断した。
それが、大きなミスに繋がるとは気づきもしないで。
「ご両親もああなったって、何かあったんですか?」
椿が起きかけていることに気づかずに、フラットは再度問いかける。それは自らの好奇心や聖杯戦争の情報という以上に、椿個人の身を案じるための質問だった。
だが、それは決して聞くべき質問ではなかった。
特に、この場においては。
「ああ、殺されたのよ。この病院で司法解剖されたって聞いたし」
あっさりと、女医の口から残酷な事実が告げられた。
「椿ちゃんの身体から虐待の痕があったし、死んで本当に良かったわ」
女医の言葉は全てが本音である。この催眠状態では嘘をつくということはできない。心にあったそのままの言葉を、強制的に紡がせる。
女医が持つ椿に対しての愛情も、繰丘夫妻に対しての憎しみも、全て、本物。
ピ、と音がした。女医が椿の耳に当てた体温計が結果を出したのだ。結果を見るために振り向いた女医の視界に、目を覚ました椿の顔が合った。
「あら椿ちゃん、おはよう。良かったわね、ご両親殺されたようよ。これで大きな病院に移れば目覚めることもできるかも……あら? 目覚める?」
椿が起きた、という事態に女医は軽い混乱状態に陥る。椿は目覚めないという今までの認識と椿が目覚めているという現在の認識に齟齬が生まれるが、今の女医の処理能力は著しく低い状態にある。理解するには時間が必要であろう。
だがこの場で最も混乱したのは女医ではなく、椿。
そして最も慌てたのがティーネである。
女医の発言は今最も注視しなければならない椿の精神を揺るがして当然の告白だった。まだ短い付き合いではあるが、椿が両親に対しどういう思いであったのかティーネは知っている。
そして、実際に両親がどう椿に接したのかも、おおよそ検討がついている。
「椿!」
ティーネが叫ぶよりも早く、マスターの動揺にライダーが敏感に反応していた。
実際にライダーが何をしたのかは分からない。傍目からはただ女医に触れただけにしか見えないが、その瞬間、女医は瞬時にしてこの場から消滅する。現実世界に強制的に戻されただけなのだろうが、そんなことはどうでも良かった。
「――嘘」
急な出来事に椿は混乱する。これではまるでライダーが女医を殺したようにも見える。だがそんなことを後回しにする程椿の心に占めていた疑問があった。
「ね、ねぇライダー? パパとママを、出して……出してぇ!」
「椿! 止めなさい!」
ベッドの上の椿にのしかかり、抱きしめるティーネではあるが、それよりも先にライダーは椿の目の前に両親を出現させる。
否。両親だったモノを、並べて揃えて、晒して見せた。
そこには手があった。足があった。皮膚があり、筋肉があり、爪がある。乳房もあり、性器もあり、舌もある。五臓があり、脳があり、眼球が転がった。
解体された人体はこれが一体誰なのか分かる筈もないが、これら全てを合わせれば繰丘夫妻の形をなすに違いなかった。
繰丘夫妻は魔術師だ。そして、おそらくライダーに最初に捉えられ、そして敵方に最初に捕らわれた人間でもあるのだろう。原因究明のためならば、これくらいのことは想定してしかるべき。
だがそんなこと、まだ十歳の子供に理解できるわけもない。
「あ……あ……ああっ――!」
すぐにティーネが椿の顔を隠すも、もう遅い。
現実を突きつけられ、椿の心は、完全に拠り所を失った。
「い、いやだ。ねぇ、いやだよ、ねぇ!」
「椿、お願い、黙って! 落ち着いて!」
ティーネの言葉も椿には通じない。フラットもこの状況がまずいことをさすがに察していた。
「椿ちゃん、僕を見て!」
フラットが椿に暗示の魔術をかけようとするが、生体を対象としていても体外への魔術行使は無効化されてしまう。
これまでの実験で散々証明されたことだが、なら出力を高めれば暗示は利くかもしれないと、フラットは自らの魔術回路を励起させ、更にそれに応じて魔術刻印もフラットを補佐するべく働き始める。いつも使用している魔力の数百倍の出力であれば、この現象に打ち勝つ可能性は少ないながらもあるかもしれない。
だが、結果としてフラットが暗示を使うことはなかった。
これがあと一秒でも早ければ、結果は違ったものになったであろう。
椿の言葉を、意志を、早急に封じ込めることに、ティーネとフラットは失敗した。
「もう嫌だ! 嫌だよっ!」
涙を流しながら、椿はその言葉を口にした。口にしてしまった。
まだ多少なりとも余裕のあった椿の心が、一気に限界点を超えてしまう。
「こんな世界、なくなっちゃえばいいんだ!」
瞬間、椿の手に輝きが生まれ、そして弾けた。
マスターであれば誰もが持つ絶対命令権、その一画が、今ここで永遠に失われた。
「――――――――――――!!!!!!!!」
声なき絶叫が、辺りに響き渡る。
それはマスターの命令を受諾したライダーの咆哮だった。