Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
その知らせは一般回線からもたらされた。
「緊急通信です!」
「5番に回せ」
秘書官の緊迫した声に署長は仮眠室のベッドの上でタイムラグなく応答してみせた。眠気を叩き潰しながら受話器を取り上げる。ラスベガスへの強行軍からようやく本部へ帰ってきたばかりである。急な事態ではあったが、幸いにも寝付いたばかりで頭に霞がかかることはなかった。
身体の疲れは一向に取れてはいない。しかし若い頃に培った体力は、落ちたとはいえまだまだ現役を維持できるだけは残っていた。
時刻を見る。まだ日付が変わる前だ。最後に署長が確認した時点で特におかしな報告は見当たらなかった。
一般回線からの連絡。普段であれば署長に直接そんな回線のものが来るわけもない。
街の警邏から
詳細を尋ねたいが、緊急回線でそんなことをしている暇はない。
「私だ」
『ま、ますっ……いえ、失礼、しましたっ! クラブ、キング、ゼロ、ファイブ、ゼロ、スリー!』
一般回線ではその秘匿性に疑問が残る。秘書官に視線を配るが、まだ回線の安全性は確保できていない。他の陣営に対してもそうだが、できることなら“上”にこちらの動きを知らせるような真似はしたくない。
相当慌てているようだが、「マスター」と完全に呼ばなかっただけまだマシだろう。認識番号を名乗ったのもあまり褒められたことではないが、それだけ焦っている証左ともいえた。
“上”を警戒して携帯や無線も持たせなかったのが悔やまれる。
「何があった」
『緊急です。スノーフィールド……市街地で人が……次々と、倒――――す!』
途中、言葉の間にノイズリレーが入る。回線の安全が確保されたということだ。同時に逆探知でかけてきた電話ボックスも判明する。スノーフィールド中心部十四番地付近――病院の近くだ。
場所が場所だけに、署長の脳裏に昨日の電話が過ぎってくる。しかしその可能性はさすがにないだろう。もしあそこで何かあれば、緊急連絡などする余裕もなく消されている。
「もう何を喋っても大丈夫だ。正確に報告してくれ」
『はっ、分かりました』
少し安心したかのように晴れた声ではあるが、その息遣いはやけに荒い。屈強な肉体を持つ
『スノーフィールド……中央病院、付近で……人々が倒れて、います。……私の周囲だけでも数十人。……共に動いていた仲間も、倒れました』
「至急、スノーフィールド中央病院付近のカメラを確認しろ! “上”のことはどうでもいい。第五種緊急コードの使用も許可する!」
秘書官への指示に一気に辺りが騒がしくなる。同じく仮眠を取っていた数人も緊迫した空気に反応して目を覚まし、指示を受け取り自らの仕事に駆け足で移動する。
『……時間にして、わずか一分足らず、です。……急な脱力感に抗えませんでしたが、魔力回路に魔力を流せば、多少……抵抗はできるようです』
「わかった。すぐに救出に向かわせ」
『ダメです!』
署長の言葉を遮るように、受話器の向こうから強い否定の言葉が出てきた。同時に何かを吐瀉する音も聞こえてきた。
知らず、受話器を掴む手が強ばっていた。
『私見ですが、これは繰丘夫妻にみられた呪術と同じです。……この裏にはサーヴァントがいます……そして、この呪術は感染します』
「……装備を整えるまでもうしばらく持ち堪えろ」
苦し紛れの言葉であることも、隊員は理解していることだろう。
防護服は対繰丘邸用に用意されていた装備なのである。故に保管は、本部ではなく繰丘邸付近のベースキャンプにある。このような事態を想定していなかった署長のミスともいえるが、ないものは仕方がない。
防護服をベースキャンプに取りにいくにも、別個に用意するのにも最低でも一時間はかかる。一般用であれば警察や消防の保管庫にもあるだろうが、呪術に対応できる保証はない。
『空気感染か、接触感染かは……わかりません。けれど私の感染は恐らく病院……私で感染しているなら、病院内で……感染していない者は……いないでしょう』
その言葉に脳内で感染者数を計算する。隊員は周囲で十数名倒れたと言っていた。その言葉を考え病院周囲数百メートルは感染済みと想定、感染速度も考えると予想被害は最悪数万人に及ぶ。
ふと、事前に入ってきた情報の中に北部丘陵地帯の原住民が籠城の構えを見せているというものがあった。しかも妙なことに籠城にしては外部と内部の接触を極端に断っているとも。
「奴らは最初から知っていたのか……!」
迂闊に接触を断ってしまったのは早計であったか。
すでに電話の向こう側の声は聞き取れない。何とか聞き取れた「愛してる」「すまない」といった家族への言葉を最後に、隊員のうめき声もやがてなくなる。回線は繋がったままだが、向こう側の声を聞くことはもうないだろう。
状況は最悪だ。
情報から考えると早急に撤退するべきだろうが、市内中枢に入念に用意したこの本部はおいそれと撤退を選べる場所にない。それに何より、感染速度や規模を考えると今から脱出しようにも間に合わない可能性が高い。
必然的に選べる道は、亀のように殻に引きこもるだけ。逃げ場をなくせばただの棺桶となりかねないが、それでも時間稼ぎはできる。
「外の連中には待機を指示しておけ。ただしいつでも動けるようにな」
「かしこまりました。全隊武装待機、準臨戦態勢」
本部の外で動き出そうとしていた
呪術に関する知識には疎い。導師である自分がそうなのだから、弟子である
呪術というよりBC兵器と想定して動くより他はない。
主戦力が外にいたのは不幸中の幸いだった。少なくともこの本部よりかは安全だ。
「簡易の防護服とガスマスクの数を早急に確認、配布しろ」
できれば本格装備といきたいところだが、現状はこれで精一杯。
「空調を確認。窓に目張りをしてできる限り外の空気を中に入れるな。体調の変化に気付いた者は随時報告」
「結界の展開は三重に可能です」
「不許可だ。現状を維持。感染のリスクがあってもそれはできん」
本来であれば、この本部はこうした事態にも対応することができる。が、ここでひっかかるのは原住民の動きだ。
この感染が必ずしも原住民達の手によるものとは思わない。しかし先んじて対応していた原住民であれば、この状況を利用しようと網を巡らしている筈。
この状況で安易に結界を張り巡らすようなことをすれば、この場所をみすみす教えるようなもの。
冷たい汗が署長の背を伝っていった。
署長が今最も危惧すべきは部下の暴走。あまり考えたくはないが、命惜しさに結界を張る者がいないとも限らない。そんなことになれば、その部下を自分は速やかに葬り去ってしまわなければならない。
遅滞処置であろうが、電話での報告通り魔術回路に魔力を巡らせておけば、時間は稼げるのだ。病院との距離と感染力、そしてこの本部の施設からして、おそらく数時間から半日は時間を稼ぐことはできよう。それまでに何らかの状況変化がなければ、この本部の人間は全滅だ。
「まさか運を天に任せることになるとはな」
電話口で隊員が言った通り、この突然の感染がサーヴァントによるものなのは間違いない。だがさすがにこれは唐突すぎる。となれば、それを必要とするだけの理由ができた、ということにもなる。
誰かが藪をつついて蛇を出したのだろう。
「誰と誰が戦っているかは分からないが、それまでに決着が付けば、まだ我々にも勝機がある」
署長の眸に、諦め絶望する暗闇など一片もなかった。