Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「…………」
ティーネの問いにフラットは長い沈黙の末に目を逸らした。
そういえば市街地戦の調査を報告した際に英雄王と似たようなことがあったとティーネは思い出す。
隠している事実を知られたくない、そんな顔をフラットはしていた。あの時と立場は真逆となっているが、なるほど、英雄王の気持ちも分かるというものだ。
「まだ私には疑問があります。自発的に喋って頂けると助かります」
魔術の使えぬ今のティーネでは魔術の使えるフラットに勝てない。しかし、今のティーネでもこの疲れ切ったフラットであれば、十分に勝てる自信はある。
フラットが答えねば無理矢理にでも吐かせるつもりでティーネは脅しをかけた。不毛な争いなどしたくはないが、隠し事をされても困るのである。
フラットの元へ足を踏み出そうとするティーネに、ついにフラットも珍しく苦い顔をして根負けした。
「……誤魔化せない、かなぁ」
後頭部を掻きながらフラットは、自らのシャツを捲って腹部をさらけ出す。一瞬ティーネにはそれが汚れかと思ったが、よくよく見ればそれは黒い斑点。黒い斑点が、フラットの体内から浮き上がっていた。
その正体は分からない。だが、その部位についてはティーネには心当たりがあった。ライダーは当初、直接的な攻撃を仕掛けてきた。一撃目は銀狼によって避けられ、二撃目はフラットが自らを盾に阻止してみせた。
「私達を、庇った時の痕ですか」
「……いや、違うよ。庇った時の痕じゃない。これは庇った後の痕なんだよ」
やや怪訝な顔でティーネはその意味を反芻する。事実へ辿り着くには、そう時間がかかることではなかった。
フラットの黒い斑点は殴られたことによる内出血ではない。この斑点はフラットの内側から出てきた異常である。
「ライダーの正体がようやく掴めたよ。最初は赤死病の王子プロスペローや疫病王ジャニベク・ハンとかを想像していたけど、ライダーの正体はそんな小さなものじゃない。
あれは黒死病やスペイン風邪といった病気が形となった英霊なんだ。ヨハネ黙示録における第四の騎士“ペイルライダー”――いや、これは英雄王もびっくりの反則級の英霊だよね。
在り方としては英霊というよりも神やゴジラに近いんじゃないかな」
これはあくまでフラットの推測ではあったが、ティーネもそこに異論はなかった。ライダーが行った行為が“病気の感染”だとすると、免疫力の低い病人が多いのも頷けるし、女医の話とも符合する。
ペイルライダーと神とゴジラが同一分類かどうかはこの際置いておくことにする。本気なのか冗談なのか分かりづらい男であるが、この場にあってはただの強がりであろう。誤魔化すにしたって下手すぎる。
「……大丈夫なんですか?」
フラットが言わんとしていることを察し、ティーネは踏み出した足に力を込めることができずそれ以上近付かない。
ライダーの正体が病気そのものだとするならば、感染のリスクは非常に高いと言わざるを得ない。感染し、その浸蝕が一定値を超えればライダーの傀儡と化す仕組みだろう。
フラットがティーネとわざと距離をとっていたのは、接触して感染するリスクを少しでも減らすため。そして自分が動ける間にできるだけのことをしてギリギリまで時間を稼ぎ、最後の瞬間に令呪を使ってサーヴァントを召喚し、自らは窓から身を投げ動けないようにする算段だったに違いない。
この男にしては随分と計算高いような気もするが、頭の螺子が何本か多すぎる上に緩んでいるような男である。この危機的状況にあって螺子が締まることもあったのかもしれない。
「……椿ちゃんなら、きっとジャックがどうにかしてくれるよ。少しでも俺とパスが繋がれば、記憶も共有できると思うし」
「あなたのことです!」
「大丈夫。多分ライダーを倒せば元に戻るよ」
「そんな保証、どこにあるというのですか!」
いつも通りの笑顔で答えるフラットに、ティーネは珍しく怒鳴りつけた。そして、一度は立ち止まったその足を、再度動かし――フラットの至近距離まで近付き、おもむろに抱きついた。
「あ、えっと、ちょっと」
「よく見せてください。まだ手があるかもしれません。どうせあと数時間しかないんです。数分か一時間の差であれば、そんなの誤差の範囲内です」
何やら批難の声が上がったような気もするが、当のティーネの耳には入らない。声こそいつも通りの平坦であるよう努めたが、今のティーネは自らの顔を偽れる自信はなかった。
フラットの心配りにもっと早くに気付けなかったと後悔が湧く。こんな至近距離で大胆な行動をとったのも、フラットから顔を隠すために他ならない。
だがそのおかげで、ティーネはある疑問に辿り着くことができた。
「……感染から約半時間が経過してる筈……しかしそれにしてはこの程度で何故済んでいるのでしょう?」
間近で見るフラットの腹筋は意外に筋肉質だと思いながらも、黒い斑点をまじまじと見ているといつも通りの冷静な自分が戻ってくるのを感じ取れる。
試しに触れてみるのはさすがに駄目だろうが、それにしてもライダーが令呪の命令をもって本気で殺そうとしてこの程度の結果とは余りにおかしい。
浸蝕が少ないのである。
「ああ、それは僕が魔術回路を励起状態にしていたからじゃないかな」
あの時、フラットは暗示のために魔術回路を励起させ体内には魔力が満ちていた。実際、ライダーの攻撃を防いだ際にも魔力を奪われた感覚があったものの、衝撃は相当に和らいでいたのだ。
他人に自分の魔力を流し込み効果を発揮させるのは難しいと聞く。その理屈はライダーにだって通用するものらしい。
「なるほど。だからライダーは自らが追いかけることをせず、傀儡に私達を追いかけさせているワケですか」
ライダーのあのアンバランスなパラメーターを思い出す。
恐らくあの攻撃はライダーにとって最大級の攻撃だったのだろう。
ライダー自身に直接的な攻撃能力はほとんどなく、もっぱら感染による間接的な攻撃能力しかない。フラットへの攻撃が想定を遙かに下回る威力であったことから、ライダーは勝手にそれを無意味な行為と判断し、急遽別の策をたてたのだろう。
ここにきて、ようやくライダーへの対処策を見つけたわけだが、これは保険程度の意味でしかない。フラット、椿、銀狼は魔術回路を励起させて対処の幅を広げることはできるだろうが、ティーネは自らで魔力をほとんど精製できないため、魔術回路を起動することが未だにできない。
とすると、今のティーネの行動は軽率以外の何物でもない。触った瞬間即感染即傀儡となれば、計画どころの話ではない。
「感染……してないといいんですが」
苦い顔をしながら反省をするティーネである。
現状では大丈夫だろう。しかし、それは時間の問題でもある。感染経路には恐らく空気も含まれており、閉鎖空間で逃げ道がないこの状態では時間経過と共にその濃度は濃くなる筈だ。バリケードなど気休めにもなりはしない。
今ティーネが健全である理由は、体内の免疫力が一定レベルを維持しているからだ。それを上回るくらいに感染が進めば、多少の時間差はあるにしてもライダーに支配されるのも遠い話ではない。
それこそ、フラットよりも早くその時が来る可能性の方が遙かに高い。
早急に免疫力を高めるか、魔術回路を起動できるだけの魔力を集める必要がある。
しかし、病院とはいえ点滴などで栄養補給したところであまり意味はない。体力を多少回復させたところで、魔力の供給ができなければ無意味――
「……じゃない?」
そこでふと、ティーネはいまだにフラットに抱きついていることを思い出し、ある事実に気がついた。
ここにいる二人は魔術の心得があり、そしてティーネは女性で、フラットは男性だ。
魔術師同士の波長を合わせる方法なんて、それこそ数えるくらいしかない。
思いつくと同時に、何となくではあるが同じ結論をフラットも思いついたのだとティーネは確証もなく思った。
魔術師でなくとも、危機的状況に陥った男女は何故か共通の感覚に囚われるらしい。吊り橋の上で二人っきりになると別に嫌いじゃない相手でもつい突き落としたくなるとかなんとか。違うか。
「――ティーネちゃん」
「ひゃ、ひゃい!」
思わずティーネはどもるものの、頭の回転は速かった。これからどうすれば自らの魔術回路が起動できるのか、瞬時にしてその方法を思い出す。超えるべき技術的ハードルは皆無に等しく、メリットはデメリットより遙かに大きい。
「俺と霊脈を繋げば、時間稼ぎはもっと簡単にできると思うんだ」
「けれど、それはフラット自身の時間を削ることを意味します」
本当に言いたいのはそういうことじゃないだろう、と思いながらも一応の建前は確認しておく。
ティーネが危惧する通り、フラットの魔力をティーネに分け与えればその分フラットの魔力は減り、体内での浸食スピードは速まるだろう。浸食具合からすればフラットだってそう長く保つわけではない。
「それこそ、さっき君が言った言葉じゃないか。数分か一時間の差であればそんなの誤差の範囲内、だよ」
フラットの言うとおり、実際フラットの魔力量であれば大した問題ではない。
時間は確実に短くはなるだろうが、フラットにとって一番の問題なのは既に感染しているという事実のみ。フラットに必要とされるのは肉体そのものの堅強さであり、魔力の問題は二の次でしかない。
フラットが申し出た策は、この場の全員が最も長く現状を維持できる最善の方法だった。
「あ、……う、……」
だというのに、ティーネは即答できなかった。
頭では分かってる。理屈も理解できる。やり方も知識としては知っている。覚悟もある。ないのは心の準備だけ。
抱きついたまま、数秒が経ち、一分が経ち、更に数分が過ぎ去る。一度だけ銀狼が部屋に近寄ったが、空気を読んだのかそのまま通り過ぎていった。まるでこちらの状況に気がつきもしなかったとばかりに視線は常に明後日の方向へと固定されていた。その空気を読むスキルを是非フラットにも分け与えて欲しいものである。
「その……私は、先日初潮がきました」
長い沈黙の後の告白にフラットが唾を飲み込んだのがわかった。耳元に当てるフラットの体内は、終始心音が激しく聞こえる。ティーネの鼓動も同様だった。
こころなし、フラットの身体にはびっしり汗をかいているようにも思える。緊張しているのか、それとも何か慌てているようにも感じられる。もしかして何か誤解しているのかとも思ったが、こんな状況で何を誤解するというのか。
魔力を供給する方法など、ティーネはひとつしか知らない。
「そんなわけで、経験も、まだ、ありません」
そういえば、と自らの白いドレスを顧みる。あちこち駆けずり回り、バリケードを作るのにも相当な無茶をした。そして何より銀狼が服を咥えてライダーから回避したので、胸元が大胆に広がりかなり扇情的な格好になっていた。
胸は大きくないが、それでも女性らしい丸みはある。
顔が赤いのが自覚できる。しかし、こういう時こそティーネ・チェルクという存在は冷静に冷酷に、常に客観視点で動くべきと思う。
意を決し、フラットの顔を見ないよう、俯いたまま椿の寝ているベッドのカーテンを閉める。こうした個々のベッドのカーテンを閉めれば、ある程度のプライベートが守られる。
同室の対岸側も同様にカーテンを閉じ、ティーネはフラットの手を取り中に入った。これからのことを考えれば別室に行きたかったが、椿が目覚めたときにすぐ対応できるように動く必要もある。
折衷案ではあったが、カーテンを閉じればそこにあるのはベッドのみ。どこにでもある個人用の白いベッドの筈なのに、ティーネにはやけに大きく見えて仕方がなかった。
やり方だけなら書物から知っているし、教育係から生々しく教わったこともある。そして原住民の大婆からはそうした秘術も伝授された。しかしどうしてだろう、それら全ての知識がどうしても思い出せない。思い出したのは又従姉妹が話していたそういった場合のマナーだけ。
曰く、裸になって男に任せろ。
「よ、よろしくお願いします!」
普段のティーネからは到底考えられぬ顔と態度。頬を赤らめ視線を彷徨わせながら「優しく、お願いします」と小さな声で呟いた。粘膜感染の危険性については頭から完全に抜け落ちていた。
ドレスを脱ぎ下着となったティーネはベッドに横たわり、未だ繋がれたままのフラットの汗ばんだ手を強く握り締めた。