Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.06-01 葛藤

 

 

 ライダーの正体は、疫病そのものだ。

 物体や霊体ですらない、自然現象。それ以上の超自然現象でもなく、それ以下の形而上的事象ですらない。無秩序に拡散し続け、果てしなく希釈され続ける存在。世界と同化し、無に等しい。

 

 そんな存在に、本来なら人格があろう筈もなかった。

 それでも、拙いながらも人格を持っている理由は、『ペイルライダー』という形を与えられたからである。無限の存在を有限の匣の中に押し込め、収束し圧縮させてしまったからである。

 

 この事実がどんな結果を起こし生み出すのか、この戦争を仕掛けた者達にだって予測できる筈がない。唯一確かであることは、これが化学変化などという生易しい結果になることはない、ということだ。核分裂、あるいは核融合の如き新次元が訪れるのは間違いなかった。

 

 そんな破天荒な問題に、繰丘椿は挑まされていた。

 生まれたての赤ん坊同然のライダーにとって幸いであったのは、育ての親たるマスターが善悪の判断もろくにできぬ子供であったことだろう。無邪気であり無垢な彼女の手によって、ライダーは椿に忠実この上ないサーヴァントへと成長した。

 結果的に繰丘夫妻の末路は悲惨としかいいようのないものになったが、それでも数あるライダーの成長の中でも最良の部類に入る。

 

 滅私奉公のサーヴァント。

 おおよそ元になったペイルライダーらしからぬ成長を遂げたライダーではあったが、それ故に今まさに彼は当惑していた。

 どうして良いか分からず判断に「困った」ことは多々あれど、「当惑」という意味では今回が初めてのことである。

 何故なら自分が一体何をしているのか、全く分からないからだ。

 

 ライダーの身体は、ライダーの意志によってのみ動かされている。

 人間で例えるなら、ライダーは自らの意志で手足を動かし、そして同じ意識レベルで心臓を動かしているということだ。ライダーの身体でライダーの意志に従わぬものは、ない。

 

 しかし今回に関してはそれは違う。

 ライダーは確かに椿の要望を聞いたが、あのような行動をとるつもりは欠片もなかった。いや、そもそもライダーはこれまで同様、椿の要望を理解することができず「困った」ので、何のアクションもするつもりはなかった。アクションなど、できよう筈もなかったのだ。

 

 けれども、実際にライダーは椿を攻撃しようとした。一度は合成獣によって回避され、二度目は男に邪魔された。

 この反省を踏まえ、ライダーは魔力による干渉手段を止めて、もっと物理的な手段を用いるべく、身近な人間を操り追い詰めるという行為まで行っている。

 

 ここで再度ライダーは自らの行為に当惑する。

 ライダーは自らを自らの意志でコントロールしている。しかしその発想は実に機械的であり、試行錯誤とは縁遠い代物である。

 だというのに人間を大人数コントロールするという発想は本来ならライダーの中にはなかったもの。椿からの入力によって対象の脳内物質を操り、人間を椿の意に沿うよう仕向けることは覚えたが、これはそれよりも遙かに高度な内容である。

 

 令呪の持つサーヴァントへの絶対強制力である事実に、ライダーは気がつかない。辞書の引き方を知らなければ辞書は無用の長物となる。自らにインストールされている膨大な知識を検索し参照することを知らぬライダーは、ただただ当惑するしかないのだ。

 

 そしてもっと酷いことに、その当惑は時間が経てば経つほど拡大し複雑化し、ライダーの身体に影響を及ぼしていく。

 最初は、攻撃の手段。次に、人を操るという戦法。更に次は操る人数を増やす人海戦術。そしてここで自らの魔力供給に問題が生じ、ライダーは『魔力を補う』ために感染者を増やすという、兵站の確立までしてしまった。

 

 意図して拡散したわけではないが、既にライダーに感染させられた人間は八万人を超えていた。実にスノーフィールド全体の一割にあたる人口を、魔力源としてライダーはこの手にしているのである。

 もうここまでくると、ライダーも薄々感づいてくる。

 

「ワタシハシンカシテイル」

 

 元々疫病の発生は細菌やウイルスの突然変異によるところが多い。たった一画の令呪によって、ライダーは以前の数十倍の知能と応用力をたった数時間で身につけていた。そして自覚し声に出すことで、ますますそのスピードは上がっていく。

 

 操られる人間にも適正というものがある。単純に魔力を注ぎ込めばいいというわけではない。個々人に見合った魔力量を込めなければ上手く動いてくれないのである。

 サンプル数を増やしデータを抽出、それらの共通項目も探り当て、優先順位を突き止める。漫然と数で押すのではなく、動きやすさを考慮した数を選択する。役割を分担し、個々の能力に合わせた利用をすることで効率化を図る――

 

「シコウサクゴ。テキザイテキショ。コウリョ。ヤクワリ。コウリツカ」

 

 それは一体なんだとライダーは思う。

 

 ライダーは、ただ椿から呼びかけられ、それに応じただけの存在だ。そこに目的などはなく、自らが悪魔か天使かも分からぬまま、ただ用意されていた契約を内容も確認せぬままに契約した。後は己の存在を打ち付ける契約の楔に付き従っていたに過ぎない。

 椿に付きまとい要望を聞いていたのは、ただそれだけの理由である。感覚としては雛鳥が最初に見た者を親と認識するのと何ら変わりない。

 

「ツバキ。ワガマスターヨ」

 

 私は、こんなことをしたくはない。

 それはおそらく、召喚されて初めてライダーが抱いた『想い』なのだろう。

 けれどもこの身体は、もはやライダーの思い通りにはならない。

 

 スノーフィールド中央病院の中庭から、ライダーは隔離病棟の五階を見上げる。この黒い影がライダーの本体というわけではなかったが、視界を得るためにはある程度の魔力を集中させる必要があった。それが結果として黒い影となって顕現している。

 

 パリ、とライダーの黒い影に魔力の紫電が一瞬表れる。肉体を持たぬライダーにそれは痛みとして認識しえぬものだが、ライダーの身体の中にコントロールできぬ部位が一瞬だけ表れたことを確認する。

 少しでも無意味な行動をとってみただけで、これだった。全力で抗えば抗った分だけ、ライダーは自らのコントロールを失うことになる。

 

 ――もう嫌だ! こんな世界、なくなっちゃえばいいんだ!

 

 あの時の椿の言葉を、ライダーは思い返す。

 あの椿の言葉がこの事態の発端であることに疑いはなかった。そしてライダーは、その言葉によって自らの力が強制されていることにも気付けるようになっていた。そしてそれが一体何を意味するのかも。

 

 見上げた視線の先では、青年と少女と合成獣が多勢に無勢で懸命に抵抗をしている。もはや障害となるべきバリケードはなく、波状に攻撃を仕掛けることによって彼等の疲労は限界に近付きつつあった。

 

 もう、どうしようもない程に椿達は追い込まれている。あと十分もすれば、彼等も現実へと帰り、ライダーの糧となる。最後に残った椿にできることは何もない。最後になった椿を――

 

「……ワタシハ、コレカラツバキニナニヲスル?」

 

 今まで理解できない問題は全てスルーしてきた。しかし、ここに至って進化はライダーに疑問を解消するための思慮を身につけさせようとしていた。

 

 先ほどからライダーは己の行動が椿の確保、もしくは椿の元への到達にあることを認識していた。そのためにライダーは彼等の行動を読み取り効率的効果的排除方法を繰り返し計算し続けている。しかし計算し続けた結果、彼に残されたのは疑問のみ。

 

 彼等を排除し椿を追い詰めた先に、一体何があるのか。

 一体何を、させようというのか。

 

 死をふりまくことが存在意義であるが故に、ライダーは殺人とは何を指すのか理解できない。人を殺すということが一体どういう行為であり、どんな意味を持つのか想像すらもできないのだ。

 

 殺すことへの拒否感を仮に人間と同様にライダーが持てば、それは自らの存在を否定することに繋がる。故にいくら進化しようとも、ライダーは人を殺すことへの拒否感を抱くことはできないような基本構造を抱えている。

 

 更に拙いことに、根本的にライダーと人との間には、埋めがたい認識の溝があった。

 脳死状態の人間の生死を人は討論するが、ライダーはそんな討論をするまでもなく『生きている』と判断を下す。何故なら彼の判断基準は細胞の活動状態に左右されるからだ。例え繰丘夫妻のように細切れ状態になったとしても、細胞の一部だけでも活動していれば、それは生きているのである。

 

 これから一体椿に何をするのか。世界を消滅させたいというのなら、今この世界を構築している椿の脳をいじるのだろうか、それとも脳を壊すのだろうか。あるいは、マスターがこの世界を維持できぬまで魔力を吸い取ればいいのか、マスターそのものを取り込んでしまえばいいのか。

 

 その手段の殆どが人として椿を殺す手段ではあるが、マスターたる椿にそもそも何らかの干渉をしてしまうことにライダーは否定的であり、恐れていると言い換えることもできる。

 その理由は……

 

「ワタシハ、ワタシガワカラナイ」

 

 何故かと問い続けながらも、答えがでる気がまったくしない。

 それがいわゆる『心』に近いものである以上、ライダーが気付くのはまだまだ時間を要するだろう。それは効率とか理屈とか最適化とか、そんな四則演算で理解などできる筈がない領域だ。

 

 けれども。

 遅まきながらもライダーは自ら予測したあらゆる結果を、確かにイヤだと感じた。なんとかしたいと思った。また椿と共に歩みたいと願った。

 

 ライダーの『心』の萌芽は奇跡と呼べる事態であるが、全体に対して与えた結果はもはや変えようもない段階に来ていた。

 定められた方針によって動き、最短最速の手段を選びそれがもうすぐ成就するともなれば、令呪の強制力に逆らうことなく平和的かつ安全な方法を選ぶことなどできる筈がない。

 

 ただ(こいねが)うことだけが、彼にできる唯一のこと。

 だがそれもすぐに諦めへと相転移する。

 

 先ほどから獅子奮迅の活躍をする少女の動きを、大男が数人がかりで封じこめる。

 のらりくらりと一撃離脱を繰り返す青年の逃げ場を、陣取りゲームのように徐々に奪い取る。こちらも少女同様に数人がかりで封じ込めるが、男達に供給する魔力は他の者の数倍。例え骨が砕け腕が千切れようとも、彼らはライダーの指示に従い少女と青年を絶対に離しはしない。

 残った合成獣は椿がこれを抱きしめ離さず、唸り声で威嚇はするがそれだけだ。椿と共に何の抵抗もなく複数人の手によって押さえ込まれる。

 これで、ライダーにとって障害となるものは全てなくなった。

 

 希望は、無残にも打ち砕かれた。

 

 ライダーはその歩みを停めることができない。

 椿を殺すだけなら操っている男達だけでも可能だが、脳内の細菌までどうにかするとなると彼らには難しい。令呪の命令を忠実に実行しようとするなら、最後の一手はライダーが直接行わなくてはならなかった。

 

 ゆっくりと宙に浮かび、五階まで上昇する。閉じられた窓があっても問題はない。物理的障害などライダーには無意味。

 

 そして、ライダーの登場を出迎えたのは、

 

「フラット!」

「ティーネちゃん!」

 

 数人の男達に覆い被され、もはや何の抵抗もできぬ二人の掛け声だった。

 

 その声を合図にしたかのように、拘束している男達に隠れるように身体を縮ませ眼を閉じ銀狼を抱きしめる椿の姿。

 ライダーと同じく言葉を解さぬ銀狼も何かが来る予感を抱いたようだった。動けぬ中でも必死に椿を守ろうと、防御態勢を取ろうとしていた。ライダーはそうした状況に対して何をすることもなかった

 そして。

 

「3、2、1!」

 

 叫ばれるカウントダウン。そして遅まきながら、ライダーは廊下に描かれた魔法陣の存在にようやく気付く。

 

 この世界は体外への魔術行使は不可能ではあるが、体内に対しては有効である。そして、体外に出した血で魔術行使ができるかは既に実験済み。フラットの血液で描かれた簡易魔法陣によってライダーはその一部を吹き飛ばされたこともある。

 

 だがこの場に描かれた魔法陣はあの時とは全く異なるもの。

 魔法陣は巨大で緻密に描かれ、淀みなく流れる魔力も臨界状態。更に言えばそれは床だけでなく天井や壁にすら掻かれた立体複合型連鎖術式。

 爆心地に威力を集中させ、少ない魔力でありながら相乗効果で威力を何十倍にも跳ね上げる芸術品である。

 光り輝く魔法陣。こうなってしまえばもはや止めようもなく、そして避けようもない。

 ゼロ、のカウントダウンはなかった。

 

 

 

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