Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
その戦闘は何の打ち合わせもなく行われた。
これが騎士同士の戦いであれば、互いに名乗りあったことだろう。街中のチンピラであっても、陳腐ながらも口頭による礼儀作法に則って殴り合いへと発展するだろう。獣ですら、互いに威嚇し合い相手の力量を探ったに違いない。
ここに互いに礼儀礼節を必要としない自然現象としての戦闘があった。
磁石のS極とN極が近付けば互いに引きつけ合うように、その場に顕現した瞬間から一切合切の事情を抜きに、両者は全力の一撃をお互いに叩きつけ合った。
スノーフィールド中央病院、その隔離病棟の屋上。
周囲には同じ高さの建物もある。軽く跳躍すれば隣に移れるこの場所は、狭い屋上であっても両者にとっては広いグラウンドと変わりない。むしろこの場所より高い場所が少ないので大技を放ちやすく、また正面衝突以外の選択肢を取らせない、実に互いの理に適った環境であった。
両者は互いに力任せの一撃を放つ。そこに技量は関係なく、込められた魔力は絶大。一方の斬撃はその余波で敵どころか、遙か後方にあるビルをも左右に両断してみせる。もう一方が放った魔力は濁流の如く敵を呑み込みながら、その飛び散った魔力の飛沫は周囲一帯に小さなクレーターを幾つも穿ってみせる。
片や身体が左右に別たれ、片や魔力弾で身体はズタズタ。見る限り両者の一撃は致命傷で、相打ちのようにしか見えない。
互いに知性を感じさせぬ戦闘であるならば、相打ちの結末など珍しくもない。自らの勝利や敗北よりも敵の殲滅を第一義とするなら、むしろこれは自然な流れともいえよう。
だがそんな自然など、ここには存在しない。
両者とも原型留めぬ身体でありながら、方や横に敵を薙ぎ払い、方や先と同様濁流の如き魔力の放流を再開する。先と違ったことといえば、遠方のビルが倒壊したことくらい。
このままでは千日手だ。同じことを同じように繰り返し、どちらが先に力尽きるかの根比べ。互いに追い詰められるところまでこない限り、この勝負に変化はない。
もしくは、
「お願い、止めてライダー!」
「矛を収めてください、ランサー!」
第三者の介入でも、ない限り。
「ツバキ」
再度放とうとした魔力をライダーはキャンセルさせ、十字に斬られた身体を再び集結させる。一瞬歩み寄ろうと戸惑いが見られたが、ライダーが椿の元へ行くことはなかった。
「――愚かなことを。これで僕が引かなければ、あなた達の命はありませんでしたよ?」
このわずかな時間に元の端麗な顔立ちへと復元されたランサーは、手を広げ立ち塞がったティーネに苦言を呈する。事実、ランサーはライダーが止まっていなければ、容赦なく創生槍を振るうつもりであった。
「ああ、もしかしてあなたがジャックさんのマスターですか?」
「その根性なしは今頃この下で、あなたのマスターを介抱中です」
何故かフラットについて怒気を込めながら、ティーネは説明する。
「私はアーチャー、英雄王ギルガメッシュのマスターです。スノーフィールドの原住民の族長をしております、ティーネ・チェルクと申します」
ランサーに対しティーネはボロボロになったスカートを両手に摘んで一礼する。アーチャーから多少ながら聞いてはいたが、その顔立ちと手持ちの武器からランサーのサーヴァント、エンキドゥに間違いないと判断してのことだ。そうであれば今後のことを考慮して名乗らぬわけにもいくまい。
「それは危ないところでした。では、あなたを殺すわけにはいきませんね」
「ありがとうございます」
予想通りの解答を得て、ひとまずティーネは安堵する。
ランサーが一体どこまでティーネの価値を高く見積もっているのかは不明だが、意識に留められたということはそれだけランサーの行動を鈍らせることも可能ということ。全員の身の安全を約束されなかった以上、この身を呈せば躊躇するだけの時間は望めるかもしれない。
そんな事態になるのは御免だが、しかしそれとは別に確認すべきことはある。
「ジャックさんから話は聞いていただけましたか? 彼を通じて不戦協定を提案された筈です」
それはフラットが予め用意していた保険の一つ。
携帯電話でフラットはバーサーカーに現状を伝えている。この夢世界から全員が現実世界に戻れるよう、可能な限り他サーヴァントに不戦協定を結んでもらうよう依頼していたのである。
特に事情を知らぬアーチャーが召喚された場合、ティーネがいるとはいえ問答無用でライダーを殲滅しそうである。万が一にも銀狼のサーヴァントを召喚する状況になった場合、一体どのサーヴァントが召喚されるか分からなかったからである。
「ああ、あれは君達の策ですか。条件付きで承諾はしましたよ。無抵抗の者であればマスターやサーヴァントでも、僕に傷つけるつもりはありません」
ライダーを横目で確認しながら、こういう事情だったか、とランサーは頷いた。事情は知らぬようではあったが、何にせよこれでここからの脱出計画はまた一歩前進したことになる。
「ただし――」
ティーネが安堵したのもつかの間。ランサーの整った容貌に切り刻まれるような殺気が生まれる。
「このサーヴァントだけは例外、かな」
創生槍を宙で回転させ、ランサーは明かに戦闘スタイルで槍を構える。
確かに、明かな戦闘意志を見せつけるライダーに対して、バーサーカーと約束した不戦の条件はクリアしていない。
しかし、例えそれをクリアしたとしても例外であるとランサーは告げてみせた。
「待ってください! この状況で喚ばれておいて申し訳ありませんが、あなたが喚ばれた目的はライダーを殺すためではないのです!」
「それにライダーはもう大丈夫なんです! 私のライダーはもう人を傷つけません! そう命令しました!」
ライダーの前でティーネと同じくランサーへと手を広げ立ち塞がる姿は、椿にとって実に勇気が必要な行動だったに違いない。先ほどまで自分を殺そうとしていた者の前で背後を見せるのもそうだし、殺気全開で構えるサーヴァントを前に意見すらしようとするのだ。
椿の手に令呪はもはや一画しか残っていない。
椿が助かるために令呪は使ってはならないと約束させられてはいたが、椿は自らの意志でその約束を破った。これ以上仲間が傷つく姿を見たくなかったし、それよりもライダーの意志を尊重したかったのがその理由だ。
そのために、椿は自身にかかるありとあらゆるリスクを許容している。己の死はもちろんのこと、また一人でこの世界に取り残される覚悟すら椿はしていた。それは他人を知ってしまった今の椿には死よりも恐ろしいことの筈だったが、そんなことが些事だと椿は令呪を使ってみせた。
その覚悟は椿とパスで繋がっているライダーも感じ取っていた。だからこそ椿を助けたいとライダーは必死になって解答を模索し、そして結論を出していた。
「幼子ながら賞賛に値する覚悟です。しかし、だからといって槍を振るわない理由にはなりませんよ。僕も、そしてライダーも」
ランサーの軽口に応じるかのように、ライダーはその暗闇のような身体を徐々に大きく、そして濃くしていく。それが臨戦態勢であることは明確だった。
ライダーには『人を傷つけるな』という令呪の強制力が効いている。だがその範疇にサーヴァントは含まれない。
第一の令呪『繰丘椿が構築している夢世界の消失』。
第二の令呪『人間を傷つけてはならない』。
両方の命令に逆らわず椿を助ける手段は、もはや目前のサーヴァントに頼るしかないと、ライダーは判断していた。
もはやライダーは自分で自分を縛り律することはできない。
ここで止まることができたとしても、ライダーは椿が作り出したこの夢世界を数時間の内に食いつぶしてしまうだろう。
椿を食いつぶさないためには、負担となる自分自身を消滅させるか、もしくは他のサーヴァントを取り込み椿への負担を減らすしかない。
令呪を用いてまで止めてくれた椿には申し訳ないが、ライダーにとってランサーとの戦闘は互いの存在意義を抜きにしても必要不可欠だった。
もちろん、ライダーに負けるつもりはなかった。
「――――――――――!!!!!」
それは先にも聞いた咆哮。だが先と違うのは叩きつける相手が自らの意志で選べたことだろう。それは相手となったランサーも十分承知のこと。
「わざわざ令呪二画分も使ってこんなところへ喚ばれたんです。できる限りマスターの意に沿うよう動きたいところですが――」
涼しい笑顔の中に座る瞳は、他の何より冷たかった。
「僕は親友以上にこういった手合いが嫌いなんですよ。一ついれば際限なく増える存在なんて、さ」
そう言って、ランサーは立ち塞がる椿とティーネを軽く飛び越え、ライダーへと立ち向かう。ライダーもその身体を一層濃くさせ応戦の構えをとった。
実を言えば、このライダーに対して勝利できる可能性のある英霊は非常に少ない。そしてその少ない英霊の中で、この聖杯戦争でそのまま立ち向かい斬り結ぶことのできるサーヴァントはこのランサーだけである。
あの英雄王でさえ実際に戦うとなれば絨毯爆撃による全面火力制圧するしかなくなるだろう。もしくは対界宝具によって空間毎消失させるかの二択くらいだ。それくらいやってもなお確実に殺しきれる自信は持てないだろう。
しかし、ランサーは違う。
ランサーが保持する宝具、創生槍ティアマトはこの世のあらゆる生命の『原典』であり『原点』である。
あらゆる物理攻撃を無効化し魔力攻撃をも耐え凌ぐライダーではあるが、その本性は『死』を振りまくペイルライダーである。いかにライダーが古の城塞以上の強度を持っていようと、『生』の象徴たる創生鎗ティアマトの前では紙切れほどの意味もない。
生前の因縁があるとすれば英雄王だけではあるが、その在り方についてはランサーとライダーは『生』と『死』の対極関係にある。それこそ、互いの存在意義を考えればぶつかり合うのも道理だった。
水と油が交じり合うことはあり得ない。
「――――――――――!!!!!」
そして三度、ライダーは咆えた。