Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
互いに都合の良かった筈の屋上は、椿とティーネの登場により御破算となった。
仕方なく新たな戦場に移ろうかというランサーが跳躍する最中、地に足を付ける必要のないライダーは空中をもって新たな戦場に選んだ。
桁違いの魔力を持ってはいるが、ライダーは魔術そのものを習得してはいない。そして必殺宝具たるものもない。
ライダーが現在実行可能でランサーに有効な手段は、魔力を材料に適切な形に加工し投げつけることのみ。初歩魔術としての魔力弾と原理は同じであるが、しかしその威力は桁どころか位すら異なる。
空気を圧縮すると熱を持つ。それは物理学の基本のひとつではあるが、これを同じような要領で魔力を圧縮するとどうなるのか。空気を極限まで圧縮すれば数千万度の温度を内包するプラズマと化す。では、魔力では?
ライダーが打ち出した魔力弾は野球ボール程の大きさが四つ。速度もそこまで大したものではなかったが、空中という身動きできぬ位置取りが、ランサーをして全弾回避の選択肢を与えなかった。
四つの魔力弾のうち二つは創生槍によって弾かれ、防がれる。残り二つのうち一つは身を捻ってなんとか回避はできたが、それがランサーの限界だった。
あの
左肘から当たった魔力弾はそのままのスピードで左脇腹からランサーの体内を経由して右肩付近から出て行った。泥人形である彼は衝撃を受け流すことでダメージをなくすことができるが、今受けた魔力弾はその泥人形の泥そのものを削り取っていく。
ランサーの身体である
「――なかなか、やるではないですか」
泥が破壊されたのならその破片を回収すれば元通りとなるが、削られ消失された以上は元に戻すことは不可能。それだけランサーの戦闘能力が低下したこととなる。もっとも、ダメージはランサーの全質量の3パーセント程度。この程度であればまだ許容範囲内。同じ愚を犯すつもりはない。
「いいでしょう。その挑発、受けて立ちます!」
本体の質量が更に減ることを承知でランサーは背中から大きな翼を生やし、一気に上空へと飛翔していく。その速度は遠にいるティーネや椿の視界であっても追いつかないほど。そしてライダーにしても、その緩慢な動きではうまくランサーを捉えることができない。
「お返しですよ」
その速度のままに創生槍を振るうランサーに、ライダーは碌な抵抗もできずに再度真っ二つとなり、返す槍で四等分に分割される。すぐに再生を果たすが、しかし創生槍での一撃はただ受けるだけでかなりの魔力を消費していた。
結局は互いの身体を削りあうだけの戦闘が、ここでも繰り広げられる。だが先みたいな無様な攻撃の応酬ではなく、そこには簡単ながらも戦術が練られはじめていた。
元来、『生』と『死』の強弱は『生』の方が圧倒的に強い。
増えると言うことは、プラスである『生』がマイナスとなる『死』の数を上回るからだ。そういった意味で『生』のランサーは『死』のライダーよりアドバンテージがある。
周囲をランダムに旋回しながら、ランサーはゆっくりと削ぎ落とすようにライダーの身体を確実に削りとっていく。そのたびにライダーは身体を修復し反撃しようとするが、素早く動くランサーにライダーの攻撃は悉く当たらない。
「コレハ……ヨクナイ」
その光景を誰よりも冷静に見ていたのは、何を隠そうライダー本人である。
肉体を持たず、ただ疫病という概念を得た魔力の塊は機敏に動くことは不向きであり、収束させることにも効率的ではない。ペイルライダーとして一番正しい戦い方はランサーに反撃もせず、ただ薄く広く潜伏することである。
疫病においてもっとも恐ろしいのはパンデミックに違いなく、いかにランサーといえどライダーを消滅させることは不可能になる。ただし、その場合英霊とは名ばかりの、悪霊にすら劣る雑霊となることは避けられない。復活には相当な時間が必要となるだろう。
せっかく手に入れた『心』も、失うことになる。
それではだめだ。敗北から逃れることと勝利を得ることは似ているようで決定的に違うのだから。
なりふり構わぬ災厄としてではなく、椿のサーヴァントとしてライダーはあり続けねばならない。
では、勝利のために何をすれば良いのか。
魔力弾の威力は高いが、その分魔力消費も莫大、高速で動くランサー相手では命中率も期待できない。それでいてライダーの処理能力で一度に放てるのは無理をして五つか六つまで。再生をしながらだと三つ作るのが精一杯。最初のように不意を突かねば当てることは難しいだろう。
唯一の救いは、未だもってライダーの魔力は潤沢であること。
人を傷つけることを禁止はされているため、吸収し尽くして殺すことはもはやできない。だが、傷つけないと判断できるところまでなら魔力吸収をすることは可能だ。事実上八万人分の魔力を得ているライダーをこの調子でランサーが削るには、あと数時間以上かかることだろう。
ライダーはランサーとの戦いながら冷静に分析を続け、思考し続ける。
ライダーは己の最適化をミリ秒単位で行い、今も着実に増えつつある魔力を選別し圧縮し拡張し再定義、再検証。一秒後のライダーは一秒前のライダーよりも確実に強くなる。
情報の書き換えに自己同一性を失うリスクを常に孕み続けるが、その度にサーヴァントとしての器と令呪によって最後の一歩を踏みとどまる。椿との絆が、ライダーがかくあるべき姿を思い出さてくれる。
ただそこにあるだけの『死』だったライダーが、同等以上の敵と守るべき者の登場によって、あろうことか積極的に生きるべく加速度的に進化を開始した。
自己を確立したライダーは、レイ・カーツワイルが提唱した収穫加速の法則によって加速度的に変貌していくのは明らかだった。
ここまでしておきながら、それでもまだライダーに明確な勝機は見えない。
この進化がこのまま進めばあるいは希望も見えるのだろうが、ライダーはそこで頭を振る。
椿にかかる負担を考えれば、悠長にランサーと戦っている場合ではない。そうでなくとも、相性の問題からライダーがランサーを簡単に上回ることはない。
時間はライダーにとって敵でしかなかった。
だからこそライダーは己の中に勝利を求め、そしてようやくその存在に気付いた。
「マダ、リヨウデキルモノガアッタ」
ライダーの声に喜色が彩った。
ライダーが見つけ出した選択肢は、決して褒められたものではない。概念としてはあり得ても実験する者などまずいない禁忌の御業。大戦末期に特攻兵器を生み出した者達と発想に違いはあるまい。もっとも、それを躊躇するような倫理観をライダーはまだ持ち合わせていない。
作り上げた魔力弾をランサーではなく創生槍の斬撃にぶつけて相殺させ、軌道を逸らす。明確な防御行動にランサーから一瞬戸惑ったような気配を感じるが、それであっても攻撃が止むことはない。
この場面での防御は悪手の部類だ。
何故ならライダーの長所は物量にある。強大で強固であり、莫大である。これだけあればマスターの楔も必要なく、その体に弱点らしい弱点が存在しない。防御などそもそも必要としないのである。
ランサーの攻撃を凌ぐ意味はあるのだろうが、ライダーが攻撃しないことでランサーの回避行動が減った分、繰り出される斬撃が目に見えて増える。ライダーの消耗は確かに減ったが、ランサーの消耗がほとんどゼロとなれば、どちらに利する行為かは明白であろう。
もちろん、そんなことはライダーとて承知している。
この悪手を延々と続けるつもりはもちろんない。
ただ、ライダーは外よりも内に対してその手を伸ばしたかっただけなのだ。
――現代知識を参考に可能性を検証。
――理論上不可能ではないと判断。
――魔力パスによる仮想モデルを構築。
――ローカルエリアネットワークの存在を認識。
より密度を増した斬撃に生成した魔力弾があっさりと砕け散る。防御となれば多少質を落としたところで問題ないが、質を落として生成速度を多少上げたところで繰り出される斬撃はそれよりも更に多い。
――実験素体をランダム抽出、実験開始。
――無意識領域の部分的確保に成功。
――集合的無意識を断片的に確認。
――
乱打する創生槍に案の定魔力弾の生成が追いつかなくなった。相性が悪いため密度を増して防御力を上げることはしない。むしろ密度を減じて広く拡散、的が大きくなれば被弾率も高くなるが、ダメージ量は減少する。
――リスク許容値を再定義。
――容量、メモリ、ハードの安全を確認。
――素体の物理セキュリティを強制解除。
――許容値内で疑似回路を1543パターン作成、書き込み開始。
もはや虫食いだらけの体ではあるが、ライダーは損害を厭わない。むしろ積極的に薄く広範囲に広がりランサーから距離を取るべく拡散と集合を繰り返す。囮となるよう密度が高い場所を同時に幾つも作り上げ、目眩ましを敢行。
――成功事例を確認、実験終了。
――他素体による検証開始。
――自壊抑止のため制御システムを構築開始……構築終了。
――創生成功。
これが賭である自覚はある。
このまま戦い続けても負けは必至。いつか出なければならない賭ならば、早くに実行した方が良いとライダーは判じた。
囮の尽くはランサーによって数瞬で消滅させられる。この程度で攪乱になるとも思えないが、本命を誤魔化すことには成功した。
――命名、固有宝具
――
夢の中にて、その宝具は産声を上げた。