Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
武蔵の勝利、となる筈だった。
少なくとも黒い少女――バーサーカーはこの勝負、最初から負けるつもりであった。
戦闘的職種である騎士や武士などと違い、殺人鬼というものは職種ではなく生来の志向である。故にバーサーカーが戦闘を目的とし勝敗に拘泥することはない。戦闘は手段であって目的ではあり得ない。
この戦場でのバーサーカーの目的は、己が主であるフラットに危機感を植え付けることにあった。
前線に出張ってくるような魔術師達の殺意を浴びれば、いかなフラットといえど現状を認識せざるをえない。仮に、これで何の変化もないとしても、戦場での彼の動きを把握することで今後の戦闘方針を練ることができる。
状況を鑑みれば他のサーヴァントが出てくる心配も少なく、地形からしてバーサーカーはその能力を最大限利用することもできる。保険も三重に用意しており、これだけあれば命の保証だけはできる。
初陣としては格好の戦場と言えよう。
奇しくもその思考はキャスターのマスターと同じモノであるが、そのようなことをバーサーカーが知るわけもない。知っていたとしても、同じ結論を出すとも限らない。この戦場の異常性に気付くだけならばともかく、その核心に迫れる者などどこにもいはしないのだから。
遅まきながらこの戦場が不自然に作られたものと気付いたバーサーカーであるが、その遅さが必ずしも損失であるとは限らなかった。
衝突の半瞬前に、爆発があった。
威力は小規模。まだわずかに距離があったため、咄嗟に反転したバーサーカーにとってその衝撃は大したものではない。問題は爆心地にいた武蔵の方。
すでに武蔵の身体から勢いは殺されている。
稲妻のごとき落雷を彷彿とさせる突進は今や影も形もない。宙に漂うその姿は重力に縛られ、ただ凡庸に地へと落ちていく最中にあった。
「ジャック! 受け止めて!」
一体どうして、あのマスターにしては機敏な命令だと感心しながら、バーサーカーは武蔵と路面との間に割り込みその衝撃を相殺させる。
華奢な少女の身体に戦士の肉体は相当な負担となる筈であったが――その戦士の肉体が元の半分以下になっていれば、そう難しいものでもない。
宮本武蔵の右半身は、頭部も含めて欠損していた。
右手は完全に喪失し、右足も千切れて足首から先が傍らに落ちているのみ。むき出しの肌は裂傷と火傷で赤く爛れている。体幹も半分近くがなくなり、鮮やかな色を放つ臓物が零れ落ち、辺りに死と血の匂いが撒き散らされていく。
爆発の中心地はおそらく武蔵が右手に持っていた急拵えの短鎗。
錆びた破片が残った武蔵の左半身のあちこちに突き刺さっていた。たとえ手足を失おうともそれだけで安心できぬのが英霊という存在であるが、武蔵の損傷はその域を軽く超えている。
どうしようもなく、致命傷。
流れ落ちる血は地に落ちるより早く散っていくが、それはまだ存命の証。動くことすら儘ならぬその身体ではあるが、末期の言葉を残すくらいの時間はある。
ならば、と。
少しでも有効な情報を引き出すべく、バーサーカーは頭を回転させる。
実を言えば、バーサーカーには何が起こったのかさっぱり分かっていない。
一見して武蔵の短鎗が爆発したように見えたが、元が鉄パイプなだけに爆発するようなものでもない。武蔵が鉄パイプを爆発させる能力を持っていれば話は別だろうが、寡聞にしてそんな能力は聞いたことがない上に、そんなミスを武蔵がする筈もない。
元凶は武蔵ではない。当然、バーサーカー自身でもない。
ならば、この一騎打ちに水をさした者がいるということ。
思考と同速にバーサーカーは戦闘行動のため抑えていた自らの宝具を周囲へと急速展開させる。
本来の用途とは別に使われた宝具であるが、この場においての効果は絶大。気配遮断スキルでも持っていない限り、バーサーカーの目から逃れることは不可能である。
「やはり、反応がないか」
攻撃を受けてからまだ数秒。この絶好のタイミングに追撃もないことから、敵は近くにいない可能性が高かった。そしてバーサーカーの宝具はその推測を裏付けている。
しかしそうすると、敵はどうやって狙いをつけたのか疑問が残る。
この場は狭い路地裏である。陽もろくに差さない曲がりくねった裏通りは当然、遠方からの観測には適さない。千里眼や使い魔と視界を共有するなど、遠見の法はいくらでもあるが、いずれもこの場に相応しくないし、その反応もない。
名探偵や警察としての可能性を持つバーサーカーではあるが、現状のままではその解答に辿り着くことはかなわない。有力な仮説すら導き出せていない。
頼みの綱は武蔵の証言のみ――その口をどう割らし何を聞き出せばいいのか、バーサーカーが悩むのも無理からぬことだった。
「武蔵ッ!」
武蔵を受け止め思考を巡らしたのはわずかに二呼吸。バーサーカーより先んじて武蔵に声を掛けたのは、マスターであるフラットだった。
武蔵の左手にはまだ刀が握られたまま。瀕死の身であっても決して近づいてはならぬということをこのマスターは知らないらしい。
苦い顔をしながらバーサーカーは、武蔵の顔をフラットに寄せることでさりげなく武蔵の刀を封殺する位置取りをする。話を遮ることもできるが、邪念のある自分より無垢で真摯なフラットの方が武蔵も口が滑りやすいだろうとバーサーカーは試算した。
ただ、フラットの一言はバーサーカーの思惑を遙かに超えた結果を生み出す。
「――後は、俺に任せて」
フラットのその一言に、武蔵の身体は動かなくなった。
武蔵は重傷だ。ただの一時でも意識を繋ぎ止める努力を怠ればそれだけであっさりと死ぬ。大きく呼吸をし、全力で生気を身体中に漲らせる必要があった。
それを、武蔵は止めた。
それだけの衝撃を、武蔵は受けた。
この状況であっても武蔵は残った半身をどう使うかを考えるのをやめていない。残存する選択肢はバーサーカーからみてもろくなものが残っていなかったが、可能性だけはそこにあった。
バーサーカーが武蔵の顔を盗み見る。
残った武蔵の左目はまっすぐにフラットへ突き刺さっていた。地獄の淵にあってなお諦めぬというその眼光が、そこにはもうない。
武蔵の義務を、フラットが受け継いだ。
宮本武蔵は、フラットの一言を疑いなどしなかった。それ程までに真摯な言葉を、フラットは紡いでいた。
こうして、フラットはバーサーカーにできないことを平然とやってのけてみせる。
「――気をつけられよ。あれは種子島に相違ない」
礼をする時間も惜しみ、フラットに、この聖杯戦争を勝ち残る値千金の情報を武蔵はもたらす。
「しかもあの種子島、頭上より降るように拙者の短鎗に着弾してきた」
「頭上――」
フラットが上を見上げるが、そこには切り取ったような空が広がっている。
武蔵の言葉をそのままに取れば屋上に射手がいることになるが、その可能性はバーサーカーの索敵によって潰している。武蔵にしても、頭上に何者かがいれば気付いていた筈である。
それよりも、武蔵の言葉は銃弾という正体のみならず、その運用が跳弾でも曲射でもないことを示している。
しかも、命中したのは武蔵が急遽拵えた短鎗――
「標的に対して自動で軌道修正する弾丸……!」
「おそらく」
バーサーカーの呟きに武蔵は同意した。
そしてそれだけでもない。
「拙者の宝具は拙者が利用したものを望んだ時だけ宝具化する“二天一流”というもの。あの着弾する瞬間、あの短鎗はただの錆び付いた鉄筒などでなく、立派な宝具で御座った」
武蔵のあり得ない三次元機動や、英霊相手の効果の薄い武器の選択はこの宝具の恩恵によるもの。
武器を握ればその強度が上がり、足場であれば強固な土台と化す。
本来であれば使い勝手の良い、敵からは脅威となり得る宝具であるが……今回の場合、それが仇となった。
そこそこの強度があれば弾き返すこともできただろうに、やはりパイプを宝具化してもその強度には限界がある。
ここまでくると攻撃手段は魔術ではなく宝具の域にあるもの。
敵は在野の魔術師でなく、サーヴァントと確定した。
「宝具を狙う宝具、ということか」
これなら狙撃手はそもそもの標的を見つける必要もない。どんなに入り組んだ場所であろうとも、銃弾が通る隙間さえあれば必中の呪いは成就する。
「あれが確実に宝具を狙うとも判断はつきかねる。それこそ、サーヴァントそのものや――令呪も対象になる可能性も高かろう」
対サーヴァント用とも言うべき弾丸であるが、これを少し拡大解釈すると対聖杯戦争用とも読み取れる。とするとますます安心できぬ状況と言えよう、この場にはサーヴァントと宝具のみならず、令呪を宿したマスターが『二人』もいるのだから。
いよいよ時間が迫ってきたのか、武蔵の身体からは流れ出る血もなくなり健在だった足も消えつつある。
「しからば――後はお頼み申す」
御免、とその頭を垂らし、極東の剣聖は静かに何処かへと消え去っていった。最後までその手から離さなかった武蔵拵と有名な彼の刀も、主人の後を追うように消えていく。
後に残ったのは、彼が背負っていた荷物だけ。
否。その背にあったのは武蔵がマスターとしていた東洋人の姿。
武蔵が一体如何にして己がマスターを守っていたのか。その謎の正体がこれである。
サーヴァントの傍らがこの戦場で最も安全な場所であるし、二天一流の効果もあればただの衣服も鎧同然の防御力を誇る。とはいえ、あの機動を行う武蔵についていけるわけもなく、完全に気を失っている。
「フラット――」
「ああ、わかってるよ。急いで手当てしないとね」
「……そう言うと思ったさ」
東洋人の手の甲には令呪を使用した痕跡がある。そして令呪はまだ残っている。それが何を意味しているのかフラットは理解しているようで――まるで理解していないのだろう。
溜息をついて、フラットに見えないよう握ったナイフをバーサーカーはそのまま懐にしまい込んだ。
最初から予想していたとはいえ、万に一つもフラットが「殺せ」と命じる筈がないのである。
「さすがにここでの治療は後回しだ。急いでこの場から離れる必要がある」
この場を巡る危機的状況に変化はない。むしろ気絶した人間という荷物がある分、悪化したともいえる。
それぐらいは理解しているのか、フラットは進んで気絶している東洋人に軽量化の魔術を掛けて背に負ぶる。別にバーサーカーが負ぶっても良かったのだが、見た目少女のバーサーカーに背負わせるのはフラットも嫌だったらしい。
それくらいはいいか、とバーサーカーは判断した。
そしてそれは間違いだった。
「では、私が先導しよう。幸いにも宝具を狙う宝具とやらば私の宝具には無意味だ。安全快適なルートを提供――」
その時のバーサーカーとフラットの彼我の差はほんの二メートル足らず。
しかし、フラットのすぐ後ろには黒いローブを纏った女がいた。それこそ、手を伸ばせば触れられる距離に。
瞬間的にバーサーカーは思考する。先の索敵でこの周囲に敵影がいないことは確認している。
もし、ここに敵がいるとするならば、それは――
「アサシン!?」
気配遮断スキルを持った
思わず先ほど懐にしまい込んだナイフを取り出してみるが、投擲するにはフラットとの距離があまりに近すぎる。
踵を返し、ならばと腰を屈め上体を低くしてアサシンへ突貫しようとするが、既に有効な選択肢は悉く塗りつぶされた後。
バーサーカーが一歩踏み出すよりも先に、
【……回想回廊……】
女の唇が、そう動いた。
女の中の魔力が周囲の空間に解き放たれる。
紡がれたのは、力在る言葉。
善意も悪意もない無色の魔力。
ただ消費されるだけの純粋な願い。
魔術ではなく、それは宝具による奇跡の行使。
「ぐッ――」
突如として発生した突風に、バーサーカーの身体が押し戻される。大した風ではないが、この一瞬においては命取りともなりかねない。
果たして宝具はいかなる奇跡を成就させたのか――
「……消えた?」
宝具の効果を確かめんと、バーサーカーは一瞬たりとも目を離しはしなかった。だというのに、女の姿はどこにもない。
ただの見間違えかとも思いたくなるが、まさかそんなことがある筈もない。
「まさか。いや、しかし……!」
自問自答してみるが、確かにあのサーヴァントは消えていた。
油断無く辺りを見渡し、自らの宝具を使って今度こそ徹底的に周囲一帯を捜索する。それでも、バーサーカーはアサシンの気配を発見することができずにいた。
アサシンの姿は影も形もなく、霊体化したわけでもない。
存在そのものがその場から綺麗に消え去っている。
彼女だけでなく。
フラットと東洋人、二人のマスターと共に。