Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.06-09 スノーフィールド警察署

 

 

 ランサーが現実へと戻れば、そこはスノーフィールド中央病院隔離病棟の五階だった。

 

 ここはランサーが傷ついたフラットと銀狼を介抱していた場所である。元より人数の少ない病棟であったのが幸いした。できとしてこの場に現れたランサーの姿は屋内と言うこともあって、誰に気付かれることもなかった。

 

 だが聖杯戦争のルールにあまり頓着しないランサーにとって、それはどうでも良いことだ。

 そんなことより現実に戻ったというのに同じ場所にいた筈のフラットと銀狼の存在がどこにもいないことの方が気にかかる。

 ランサーと違って両者は本体ではなく精神体を夢に取り込まれたのだから、戻る先は精神体がいた場所ではなく自分の身体がある場所なのだろう。

 

「となると、我がマスターは森の中、か」

 

 傷はもう完全に癒えている状態。数日の間食事を取っていないので体力面が気にかかるところだ。流れ込むマスターからの魔力で無事は確認できるが、やはり距離があるせいか詳細が分からない。

 せめてその気配を感じ取れるところまで戻ろうとランサーはその場から足を数歩動かすが、

 

「……呪いが、消えている?」

 

 あれほどランサーを悩ませた位置情報を発信する呪いが、今はどこにも感じられない。そういえば、ジャックがもうすぐ呪いが解けると確かに言っていた。

 それと同時にジャックの不戦協定も思い出す。

 

 戦況は大きく動いた。動いてしまった。

 親友との対決はまた遠のきそうだが、それよりも前にサーヴァントとして、そしてそれ以上に英霊として、成さねばならぬことができてしまった。あの“偽りの聖杯”を見てしまった以上、このまま放置しておくわけにもいくまい。

 ライダーを倒しておきながら今更感があるが、夢物語と笑ったジャックの同盟にも参画せざるを得まい。

 

 窓の外を見れば、東の空に陽が昇りつつある。

 突き刺すような朝日に何気なく視線を逸らせば――決して無視することのできぬ建物がランサーの目に付いた。ライダーとの戦闘にあっては周囲をじっくり観察する暇などないが、こんな近くにあるとは思いもしなかった。

 

 ランサーは現状を確認する。

 宝具を使ったせいでランサーの魔力を大幅に消耗してはいるが、ダメージとしては然程でもない。もう一度ライダーと正面切って戦うには厳しいが、逆に言えばそれくらいのサーヴァントが相手でなければ軽くあしらえるだけの余力はある。

 マスターも現実に戻ってはいるが、恐らくあの周辺は念入りに監視されている筈。マスターの体調を確認しに戻るのは得策ではない。

 そして呪いが解除されたことで今ランサーの位置情報は敵に知られていない。むしろ、今までいた筈の森からランサーが突然にいなくなったことで大いに混乱している筈である。

 都合の良いことに今は早朝であり、場所的にも討ち入る場所にほど近い。

 

 奇襲するには今しかない、最高の好機であった。人目を忍ぶというサーヴァントの大原則には反しているが、それを考慮するランサーではない。繰り返すが、それはランサーにとって大した問題ではないのである。むしろ現状を確認するなどと悠長なことをしただけまだマシだった。

 

 考えたのは一瞬に過ぎない。

 ランサーは窓ガラスを開け放ち、窓枠に足を掛けて、力を込める。

 ここから目標の建物までわずかに一〇〇メートル足らず。これなら一足で跳べる距離である。

 

 時間的に民間人は少なく、そして標的がいる可能性は非常に高い。だとしたら、と考えてやや突入場所を変更する。

 ボスがいるとするならそれは入り口付近ではなく、建物の上部に決まっている。

 

 自らの勝手な推測を疑うことなくランサーは決断した。最短距離を駆け抜けるべくランサーは飛び出していく。

 ランサーの脚力に耐えられず窓枠が爆散する音が辺りに響いた。

 

 

 

 

「緊急連絡! 襲撃想定施設Aにて襲撃者あり!」

「あんだとっ?」

 

 ドアを開け放ち大声で報告する部下に、目の下に隈を作った署長は窓枠に貼ったガムテープを部下と共に剥がしながら珍奇な声を発した。

 

 病院周辺の近隣住民らが倒れ始め、そしてようやく事態が収まったのを確認したのがほんの数分前。

 本来であれば安全を期して今少し警戒待機しておきたいところだが、現状装備での対処も限界である。念のため他の部隊員との接触を禁止することで警戒態勢を解いた直後の事だった。

 

「襲撃想定施設A……といえば、スノーフィールド警察署か」

 

 スノーフィールド全域の情報が集中する巨大組織。となれば当然警察署の規模はでかくなり、有事の際の立てこもり避難場所としても機能するよう公然と半要塞化している市内有数の建物である。そのため戦争中盤に襲撃が想定される施設として最初にナンバリングされた施設でもある。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の存在は戦争中盤以降において確実に露呈することになる。いかに秘密裏に動こうとも組織だって動けば露見するリスクは飛躍的に高まるだろうし、いつまでもサーヴァントの目を欺けるなどとも思ってなどいない。それにそこまで他陣営が阿呆揃いとも考えにくい。

 だからこそ二十八人の怪物(クラン・カラティン)は途中から敢えてその気配を消すことをしていない。むしろわざと情報を流すことで敵を誘導するべく動く予定ですらあった。二十八人の怪物(クラン・カラティン)が内外構わず公然と「署長」と呼んでいるのもそうした理由があるからだ。

 

「ちっ、この忙しい時に」

 

 舌打ちをしながら署長は現状を鑑みる。

 忙しいとは言いながらも既に山は越えている。休息が取れないのは痛手であるが、その程度。むしろ緊張感が続いているだけ良かったとも言えた。それにあそこなら、わざわざ二十八人の怪物(クラン・カラティン)を慌てて動かす必要はない。よほど手を誤らない限り襲撃者を仕留めるのは簡単だった。

 

 提出されたたった数枚の資料を奪うようにして中身を確かめる。打刻されたタイムスタンプを見てみればつい今し方。そして添付されている襲撃者の画像を見れば、見覚えのある顔立ち。

 

「これはなんだ!」

 

 画像を見たとたんに怒鳴りつける署長ではあるが、担当部署の違う報告者は一体何を署長が怒っているのか分からない。

 

「何故、ランサーが警察署にいる!?」

 

 その一言にランサーの監視作業を担っていたスタッフが慌てて状況を室内のメインモニターへ映し出す。

 

「ランサー、森に健在です!」

 

 映し出されたモニターには今も立ったまま朝日を浴びるランサーの姿が映し出されている。

 最大望遠で映し出されるランサーの姿は観察し始めてからまったく変化はなく、時折鳥が肩に乗り野生動物が周囲に集まるだけ。その姿は仏涅槃図を彷彿とさせる神々しさすら感じる。

 

「……いや、まて。光量が少しおかしくないか?」

 

 スタッフの一人が呟いた言葉に、署長の視線が目張りを外され開放された窓の外へと向けられる。

 今日は――曇り空だ。

 対してモニター内の森は場所が多少離れているとしてもやや明るいように感じられた。雲の隙間を考えれば有り得ないことではないが、取っかかりとしては充分だった。

 

「現場の観測班は!?」

「観測機材をそのままに退避中です。現地まで一〇分はかかります」

「昨夜の緊急措置が仇となったか……念のため二十八人の怪物(クラン・カラティン)突撃班を三種装備で現場に急行、包囲させろ! 通信網は大丈夫だな、分析官! 警察署の動画データをこっちに寄越して解析しろ!」

「解析、もうしてます! ……出ました! 襲撃者がランサーである確率は、人相や体格から……37パーセント!」

 

 分析官の言葉に周囲を含めて疑問符が浮かぶ。複数人が写真を見ただけですぐに分かるほど明確な正体だというのに、37パーセントという数字はいかにも低すぎる。だがそう問いかける前に分析官は先読みしてみせる。

 

「人相だけなら96パーセントとほぼ一致していますが、体格に著しい誤差が生じています。以前遭遇した時より明らかに小さくなっています」

「つまり偽物か……あるいは、本人が敢えてそう見せている可能性もあり得ます。ランサーの宝具なら、顔の形なんで無意味でしょう」

「現状では何とも言えん。機械の目は誤魔化せるかもしれんが、人の目で誤魔化せなければその行為に意味はない。……捲き憑く緋弦(アリアドネ)の反応は?」

 

 分析官と秘書官の言葉に耳を傾けながら、署長は肝心の情報を聞いてみる。

 位置情報を知らせる捲き憑く緋弦(アリアドネ)は常に発信し続けるとそのパターンを分析され解呪される危険性がある。そのためこちらからの暗号処理した呼びかけに応じさせて位置情報を発信させる、という面倒な制約があった。

 

「……反応、来ました。位置情報、やはり昨夜と変わりありません」

「となると、やはり偽物の可能性が高いか」

 

 ふむ、と細かな情報にまで目を通すが、行動パターンは事前情報と似通っているように思える。署長の勘は本人だと告げていたが、しかし分析すればするほど本人でない可能性が高まってくる。

 第一、これまでの行動パターンからランサーが警察署を襲撃する意図が分からない。敢えて情報を流していたとはいえ、当のランサーはずっと森の中にいたのだから情報を入手しようもない。

 

「仕方ない。なるべくではあるが、一般職員を逃がしつつ、目標を逃がすな。逃げるそぶりを見せたら、仕掛けを使ってしまってかまわん」

 

 それでも万が一の事態を署長は考え、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の突入は断念する。

 こうした事態を踏まえて襲撃予想の高い警察署には予め繰丘邸以上の極悪なトラップを用意してある。本来なら針を飲み込むまで十分泳がしたいところだがこのチャンスを逃す手はあるまい。

 逃げ遅れた職員や牢獄の犯罪者には申しわけないが、貴い犠牲になってもらうより仕方ない。

 

「ふん、しかしそうすると、五月蠅いのが一人いたな」

 

 署長がそうして嘆息すると同時に、普段使っている電話とは別の専用回線が鳴り響く。噂をすれば影というが、これはいくらなんでも早すぎだろと署長は再度嘆息した。トラップを発動させればつまらない結果になるのは目に見えている。抗議の電話は当然のことだろう。

 

『ちょ、なんで襲われてるってのに何もしてこねぇんだよ!』

「なんだ、キャスター。もう知っていたのか」

 

 相変わらず耳が早いと一応胃薬を飲む。水がなかったのでコーヒーで飲んでみたが、これは薬的に大丈夫だろうか。

 

『知らないわけないだろうが!』

「想定内の事態だ。慌てるな。今一般職員の脱出を待っているところだ』

『一般職員の脱出!?』

 

 つんざくようなキャスターの悲鳴に思わず受話器から耳を離す。今の会話に何か驚くことを言ったであろうか。

 

「何か問題でもあるのか?」

『問題大ありだろ! 何だってそんな悠長なことをしてんだよ!?』

「時間はまだある。襲撃者をなるべく奥深くに侵入させればそれだけ時間が稼げる。被害は最小限だ」

『被害!? 最小限!?』

 

 またも怒鳴り散らすキャスターにいい加減電話を切りたくなるが、武蔵の時の借りもあるのでそこは堪える。その代わり署長は順次入ってくる報告書に目を通しながらキャスターの声を聞き流した。

 

 状況に変化なし。襲撃者は屋上から侵入したらしく、脱出経路の確保に問題はない。時間帯も相まって署内に残っていた職員の人数は夜間勤務についていた数人程度。これなら被害はかなり少なくて済む。

 

『俺がこないだ嘘ついたことを気にしてるのか!?』

「今更お前が嘘を幾つついたところで気にしないが」

 

 そこを一々気にしていてはキャスターと付き合っていくことはできない。特にマスターとサーヴァントの関係であるならば避けては通れぬ道である。気にしないのがこの場合唯一にして最良の選択肢だ。

 

「とりあえず、落ち着け。何を焦ってるか知らないが、こんなこともあろうかと宝具は既に回収済みだ」

『てめぇ! 道理で最近宝具のチェックが回ってこないと思ったらそういうことか! お前なんてもう兄弟でもなんでもねぇぞ!』

「最初から私に兄弟などいないと言っているだろう」

 

 などといいつつ、これは眠気に負けて口を滑らしたかと内心焦る。

 キャスターによる昇華作業はほとんど終了し、新たな宝具を作る必要は殆どなかった。

 どちらかというと宝具の性能確認を優先し、その性能維持と拡張に力を入れてもらいたい。つい先日も《スノーホワイト》のチェックをお願いしたばかりだ。だがそれはキャスターの視線を逸らすための作業であり、昇華を終えた他の宝具を隠すことも目的の一つだった。

 

 理由は多々あるが、少なくともキャスターは自ら手がけた宝具が別の者の手によって更に改良されることを良しとはしないだろう。

 

『いや、すまねぇ。俺が悪かったよ兄弟! けどよ、もっと退避するには重要な誰かがいると思うんだよ! 勤労誠実清廉潔白滅私奉公の権化ともいえる掛け替えのない人物がさっ!』

「お前は一体何を言っているんだ?」

 

 巫山戯たサーヴァントには違いないが、精神汚染の兆候はなかった筈だ。しかし署長が気付かなかっただけで実は知らないうちに汚染されていたのかもしれない。

 そういえば、キャスターは召喚されてから暇さえあればジャパニメーションを見ていたか。むしろ昇華作業そっちのけで見ていたことすらあった。

 昨今の日本のマスコミはそうしたヲタクを犯罪者予備軍と称す傾向にあるとかないとか。根も葉もない噂だと一笑に付していたが、このキャスターの狂乱ぶりをみるとそんな噂も馬鹿にできないのかも知れない。

 と、そこで新たな資料が渡される。思ったよりも素早い対応と内心感心せざるを得ない。

 

「いい報告だキャスター。二十八人の怪物(クラン・カラティン)が現場に到着した。決着は時間の問題だろう」

『そうか! なら早く突入して駆逐してくれ!』

「いや、ただ包囲して逃がさぬようにするだけだ。あとは施設に仕掛けられたトラップで片を付ける」

『はぁっ!? いや、サーヴァントが自陣に飛び込んできてるんだから地の利を活かして殲滅すればいいだけだろうがっ!?』

 

 ――その言葉に、署長は違和感を覚える。

 

 襲撃者は、確かにランサーの姿をしている。それ故にサーヴァントの可能性が高いと踏んではいるが、そのことを署長はキャスターに話していない。よしんばそんな不確定な情報をキャスターが得ていたとしても、サーヴァントである確証は二十八人の怪物(クラン・カラティン)を含めどこも得ていない筈の情報だ。

 

 それに、キャスターは襲撃者が襲った場所を自陣と言った。

 だが残念ながら、二十八人の怪物(クラン・カラティン)はスノーフィールド警察署が自陣であるという認識はない。

 

「まて、キャスター。お前は一体何の話をしている?」

『だから! 今襲撃されている最中だと言ってるだろうが! 俺がいなくてもいいかもしれないが、色々とまだ利用価値はあるだろうが!』

 

 そして受話器の向こう側から何やらとてつもなく重い音がする。

 

『ああ、もう時間がねえよ! この防護壁って対物理対魔術障壁として本当に機能してるんだよな!? なんかへし折れつつあるんだが!?』

「……なんだと?」

 

 我ながら間抜けな声だと思いながら、漏れ出す声を止めることはできなかった。

 ここでようやく、署長はキャスターとの間に交わされた会話の齟齬に気がついた。

 

 襲撃を受けているのは、一つだけでは、ない。

 メインモニターには、スノーフィールド警察署の襲撃者と森の中のランサーの姿。そして電話口からキャスターを閉じ込めている牢獄『籠の鳥』の情報が漏れ出ている。これらが全て繋がった。

 

 襲撃は、警察署だけではない。

 籠の鳥にも仕掛けられている。

 いや、それだけならまだ良かった。

 

「まずい……まずいぞ!」

 

 そしてここの本部システムにも、何者かが仕掛けている。

 

 

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