Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
遠くで何か建物が崩れ去る音を聞き、無意識にアーチャーはその方向へと視線を向けた。鬱蒼と茂る森の中とはいえど、英霊たるアーチャーが音のした方向を間違える筈もない。
反響する音をなんとなく計算すれば、音がしたのはスノーフィールド市街地、その中央付近。
スノーフィールド中央部のビルはどれも高いものだ。あいにくとアーチャーの位置からどのビルが倒れたのかは判断は付かなかったが、それなりの大騒ぎになるであろうことは予想するのに難しくない。
頭の中の地図を思い返せば病院と警察署があった筈。となれば街中の不審な気配が何かをしたのかも知れない。
しばし何が起こったのか思考してみるが、英雄王たる彼はすぐに興味を失った。誰かが何かをしたのだろうが、そんなことは彼の知ったことではない。
彼の興味は、目前の老人にある。
「ふん。無様な格好ではないか」
「これは、英雄……王。このような……醜態を晒して……申しわけありません」
口から血の泡を吐き出しながら、それでもなお礼節を重んじ笑みを浮かべているのはティーネの相談役と称していた老人だった。
老人は深い傷を負っている。
英雄王の蔵には霊薬もあるが――それでももう遅い。延命こそ可能だろうが、この傷でその選択肢は酷でしかない。
それに何より、こんな老いぼれに使うにはもったいない。
「この周囲の者は、お前の部下か?」
「いえいえ……私と同じく族長に忠誠を誓うだけの……者達です」
そんなことを言いつつも、この周囲に散らばる肉の塊の中である。死にかけとはいえ、まだ生きている老人を見れば、上下関係は一目瞭然だろう。
森の中は死で満ちている。
木の枝に男の頭部が突き刺さり、木の幹に武器を持った手だけがそのまま食い込んでいる。腹から上下に別たれ壮絶な死に顔をした者もいる。むしろそうした者は救いがある方で、死に顔すら満足に見られない者の方が多い。
だがこの状況は敵が卑怯卑劣で残忍な手を用いてこうなったわけではない。この老人達が全力を賭して挑んだ結果、こうなっただけだ。
こんな刑場の如き様相を示してはいるが、だが最後に老人が一人生き残ったということは一矢報いたということだろう。
老人が先日も持っていた長年使われてきた棒は、その半ばが向かいの木にそのままめり込んでいる。棒の先端が釘の様に鋭いわけでもない。それを為し得たのは、老人の確かな技量の賜だった。
そして生涯最後にして最強最大の一撃だったに違いない。
「よくやったではないか」
「お褒めの言葉……ありがたく頂戴しますが……その言葉、皆に……かけてはいただけぬでしょうか」
滅多に褒めぬ英雄王の言葉に、老人はその言葉を死んでいった者にかけて欲しいと願った。
「……最期まで図々しい奴よ」
先日の件といい、一々忠告してくる者というのは何とも鬱陶しい。その上でこれが末期の言葉と思えばますます無視するわけにもいかなくなった。
物言わぬ骸となった老人の目を閉じさせる。労りがあったわけではないが、今にも目線が合えば五月蠅く口を開きそうだと思ったからに過ぎない。生者を殺すのは容易いが、記憶の中にいる者を殺すのは英雄王といえども面倒だった。
血で汚れることを気にすることもなく、森の中へと足を踏み入れる。
未だ乾くことなく滴り落ちる血が頬を汚すが、それにも構わずアーチャーは周囲の探索を開始する。敵の手がかりとなりそうなものを探すが、決定的なものは容易には見つからない。その代わりとばかりに、血の匂いを嗅ぎつけたのか周囲に獣の気配が現れ始めた。死骸をさっそく見つけ卵を産み付けようとする蠅が周囲を飛び交い始めるが、それにすら英雄王は頓着しない。
一人一人の死骸を英雄王自らが丹念に調べ、総計一〇名の死体を見聞し終わった頃には太陽が真上に昇っていた。
状況は推測できた。
どうやら彼ら一〇名は一人ないしは二人を追い、ここで全滅となった。この様子を見る限り全滅には違いないが、返り討ちにあったわけではないようである。
先の老人を除いた九名は、明らかに死ぬことを前提に動いた死兵。自らの犠牲を厭うことなく敵の注意を逸らし、疲労を誘い、隙ができる一瞬を作り出す。
ここまで実力差があるということは、相手はサーヴァント。となれば、彼らは生身の人間でサーヴァントを討ち果たすという偉業を成し遂げたということになる。一般兵一〇名とサーヴァント一体を比べるなら、それはもう大戦果というべきものだろう。だが残念ながら他のサーヴァントならいざ知らず、このアーチャーにあってはその評価はほとんどゼロに等しい。
バラバラになっていながらも全員を確認したが、どいつもこいつも皺だらけの爺共である。犠牲になるのは老兵で十分とでも言いたかったのだろうかと勘ぐってしまう。その気になれば若い者の中にもティーネに忠誠を誓う強く精強な戦士を少ないながらも用意できただろうに。
「無駄なことを」
そう、呟かずにはいられない。
結論として、アーチャーは肝心の敵の手がかりを得ることはできなかった。
ここにいた敵はマスターとサーヴァント一組のみ。そしてサーヴァントが時間を稼いでいる隙にマスターは逃げたのだろう。その気になれば逃げたマスターを追うことも可能だが、時間が経ちすぎている。
空を見上げれば遠くには曇り空がある。まだ数時間は保つだろうが、雨が降り始めたらもう追跡は不可能だ。
「ちっ」
舌打ちをして、散々血で汚れたジャケットを脱ぎ捨てる。同時に蔵を開いてビンを一つ取り出し、周囲へと中の液体を撒き散らす。
彼らの死は英雄王にとってそう意味のあることではなかった。だがけしかけたのがアーチャーである以上、彼らの死の責の一端は英雄王にある。
砦を閉ざさせた以上、彼らの死骸を原住民が回収することはできない。ここでただ腐らせるのはあまりに見苦しく、そして無責任過ぎる。
「手間をかけさせる」
末期の言葉ですら族長を頼むとついに言わなかった名も知らぬ老人に、ビンに残った最後の薬を振りかける。
この老人なら最期にそう言うだろうと予想したが外れてしまった。それがこの老人の英雄王への信頼だというのが、尚のこと腹立たしい。
程なくして蒼く燃え上がった死骸は、ものの数分で骨まで塵と化す。
「雨が降る前にもうしばらく見回るか……?」
こうした雑兵の仕事は英雄王らしくはないが、英雄王には他の誰にも邪魔されたくない理由がある。
朋友との再会。
それは誰にも邪魔されることなく静かに行いたいものだ。
決着を付けるのは別として、今一度話はせねばなるまい。それが友誼であるし、決着を付けるべきライバルとしての礼儀でもある。
アーチャーはこの辺りで人形めいた男を見た、という情報を聞きつけこの場へとやって来ていた。相談役達と見知らぬサーヴァントとの戦闘跡を見つけたのはほとんど偶然だ。ここに誰がいるのかは知らないが、誰かがいたことは確からしい。
さすがに倒されたサーヴァントが朋友だとは思わないが、朋友を狙ったサーヴァントである可能性は高い。だとすると、戦力は高くとも戦闘を忌避しかねないあの朋友なら逃走も十分にあり得る。
数分も歩いてみたが、それらしきものはなにも見当たらない。アーチャーのクラスらしく、雑に見渡しているようでその細部も実にハッキリ確認しながら歩んでいた。
「……ん?」
と、そろそろ諦めようとしたときに、目の前から何やら歩いてくるモノがいる。何しろ森の中なので雑草の背も高く、そこそこ身長がなければ見通しは利かない。逆に言えば、見通しが利かないところを通るモノは獣の証である。
だが、その獣はまっすぐにこちらに迷いなく歩いてくる。この近辺の動物は人間を忌避し向こうから回避するのが普通であるが、どう見ても獣の目標はアーチャーである。その上で獣は気配を隠そうともせず、獲物としてアーチャーを狩ろうという殺気すらもない。
そしてアーチャーから数メートルほど離れた草木も生えていない場所で、獣は姿を現した。その外見は狼に酷似しているが、その銀色の毛並みをはじめどこか違うようにも見える。
銀狼はそのまま腰を落としてアーチャーと視線を絡ませ合う。
肉食獣からその高貴さ、気高さ、崇高さを感じる者は多い。かくいうアーチャーもその一人であるが、しかし目前の銀狼にはそれとはまた別の何かを感じさせてならない。
「何者だ?」
問うてはみるものの、もちろん銀狼は何も応えない。わずかに感じる魔力の反応に使い魔の可能性を考えるが、それにしても堂々としすぎている。
さすがに訝しむアーチャーではあるが、すぐにその銀狼の前足にあるモノに気がつく。
その前足には、傍目にはただの傷にしか見えぬ魔力の塊が刻まれている。その数は一画だけではあるが、その塊は確かに令呪と呼ばれるものだった。
「貴様、マスターか」
言葉が通じるとは到底思えないが、それでも問わずにはいられない。
ここにランサーがいるという噂。老人達の戦闘。サーヴァントを傍に侍らせぬ獣のマスター。全てを総合して考えれば、この銀狼がランサーのマスターか。
となると、あの老人達の行動も明かだ。目的はアーチャーと同じ。だが先んじて動いていた敵と遭遇し相打ちということになる。結果的に、彼らはこのランサーのマスターを助けたことになる。
「この我に貸しを作るとは、なかなかできることではないぞ?」
逝ってしまった老人共の顔を思い出そうとするが、もう思い出せそうにない。となれば、貸しを返す先は一つしかなさそうである。
銀狼と見つめ合うこと数秒。そこで銀狼は腰を上げ、来た方向とは直角に移動する。数歩歩けば、再度アーチャーを見つめてくる。
「案内でもするつもりか?」
優雅さとはかけ離れたこの作業に嫌気がさしてきたところだが、こうしたイベントに出くわした以上、無視するわけにもいくまい。動物に好かれていた朋友である。これが迎えの使者ということもありえるだろう。
だがアーチャーの期待に反して、案内されたのは人ではなく場所であった。
「川……だと?」
思わず意図が分からず銀狼を見やる。銀狼は川にある大岩の一つに大人しく座っている。
川の水は冷たく、実体化し続けてわずかに汗ばんだ身体に水浴みはさぞ気持ちの良いことだろう。
アーチャーが近付いても、銀狼はその場から動こうとはしなかった。その柔らかな毛並みに触ってみても、嫌がりもしない。アーチャーが令呪に触れても、何の反応もしなかった。ここで剣を取り出し突きつけようとも、銀狼は身動き一つしないだろう。
「まさか、我に水浴みをさせようと案内しただけか?」
「わふん」
その通りですとばかりに銀狼は初めて声を出す。
銀狼はランサーがこの場にいないことを知っている。そしてランサーの記憶を垣間見ていた銀狼は、目前のアーチャーがランサーの朋友であることを知っていた。
だからというわけではないが、いずれこの場に帰って来るであろうランサーのために、ここで接待するのは自分の役目だと、銀狼は獣らしからぬ思考でアーチャーをこの場へと連れてきていた。
「成る程。お前の
アーチャーの言に銀狼は返事をすることなく周囲を見渡した。まるで、水浴びの最中での周辺警戒は任せろと言わんばかりである。
マスターを放置してあの朋友が一人で行動する理由は思いつかなかったが、いつまでもマスターを放置する朋友でもない。
「ふん、本気でお前は我がここで水浴びをするとでも思っているのか?」
常人であれば、ここで水浴びなどするまい。ただでさえそんな悠長なことをしている場合ではないし、むしろ罠と考え逆に周辺警戒を密にするべきところだ。これがランサーのマスターでなければアーチャーは即座にこの畜生を串刺しにしているところである。
だがここにいるのは万夫不当の英雄王ギルガメッシュ。常人の対極の対極の対極に位置する英霊の中の英霊、他の追随を許さぬ希有な価値観の持ち主である。
「丁度我の脚絆も血に汚れて気持ち悪かったところだ。奴のマスターだけあってなかなかに気が利くではないか」
呵々と笑いながら躊躇もなく全裸になると川の中へ足を入れるアーチャー。
これがアーチャー、英雄王ギルガメッシュと、ランサーのマスター、銀狼とのファーストコンタクトである。