Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
スノーフィールドの夜に雨が降る。
ただでさえこんな天気で街に出る者が少ないというのに、最近の立て続けに起こった事件のせいで更に街を出歩く者が少なくなった。
警察官や一般の青年団が自発的に組織した自警団が街を巡回し、目を光らせている。
スノーフィールド市長は非常事態宣言を発令し、州知事が軍の派遣を要請、速やかな治安の回復を市民に約束した。だがこの発表によってかつてない危機にスノーフィールドが直面しているという露骨な示唆となり、少し前まで平和な筈であった街はもはや完全にその機能を停止させていた。
だから、というわけではないのだが。
一人急ぎ足で通路を進む東洋人の旅行者は、酷く目立っていた。
警察官や自警団の巡回ルートをうまくすり抜け、街の北側へと移動しようとしている。 上手く人目を凌いでいるつもりだろうが、この辺りで最も高いビルの上から眺め見れば、その姿はアーチャーに丸見えであった。
アーチャーが自らのクラスについて単独行動スキル以外意識したことはないが、こうした鷹の目の如き視界は存外に悪くない。単に視力が良くなるというだけではなく、この暗がりであっても子細に観察することができる。
長袖シャツで上半身を隠してはいるが、わずかに見えた首とシャツの隙間から怪しげな入れ墨のようなものが見て取れた。この距離であっても見間違いはあり得ない。
「令呪とは手だけに宿るものだと思っていたが……しまったな。こんなことなら綺礼の奴にもっと聞いておくべきだったか」
過ぎてしまったことはしょうがない。だがそうだとしても基本知識として腕に宿るという大前提がある以上、これはイレギュラーであることに間違いはあるまい。些細ではあるが、手がかりには違いなかった。
この聖杯戦争の裏で何かが起こっていることに、アーチャーはかなり以前から薄々感づいていた。
土地には土地のあるべき姿があるが、このスノーフィールドはその特色がいささか濃すぎるように感じられる。
地脈を利用した都市計画は世界中にあるが、四方の自然が独立した姿を見せているのは珍しいだろう。何者かが意図して作ったことに間違いなく、まるで舞台を整えているかのような印象を抱いてしまう。
スノーフィールドの地で聖杯戦争が始まってしまったのではない。
聖杯戦争を始めるために、スノーフィールドの地が作られたのだ。
アーチャーの推測が確信へと変わったのが、先日のヒュドラ退治である。例によってあのヒュドラは人間如きが多少の小細工をしたところで制御できるものではない。聞き及ぶ聖杯とやらが招いて良い存在でもない。
あそこでティーネが事態の異常性に気付くようであればアーチャーもティーネを認めざるを得ないと考えていた。マスターと認め、胸襟を開いて今後の対策を練るのにも吝かではなかった。
だがその結果は苦いものだ。ティーネは異常に気付くことなく不用意に行動をしてしまった。それは些細なことではあったが、決定的なことだ。だからアーチャーはティーネが安易にヒュドラに触れるのを止めず、また毒が全身に回ってから死なぬよう回復薬を与えた。アーチャーにとってティーネは足手まといと判断したからである。
身軽になったことでアーチャーは己で全て調べる、という最も忌避すべき面倒事を引き受けることになったわけだが、その分の収穫はあった。
このスノーフィールドの地はおかしい。それがアーチャーの出した結論である。
相談役の老人へ意地悪く問いかけをしたアーチャーであるが、あの解答に満足したわけではない。老人の解答は半分は正しいがそれだけだ。長年住み続けている老人と新参者であるアーチャーの視点が異なるのも無理からぬ話。
都市部で何かが蠢いていたのは確かであるが、どうしてかそれはもう収まっている。大勢の人間が倒れたと小耳に挟んだが、それはどこかのサーヴァントがぶつかり合ったのだろう。結果として都市部で蠢いていたサーヴァントは負けたらしい。
だが一度怪しいと睨んだアーチャーの勘は誤魔化されない。
負けたサーヴァント以外にも、何かが息を潜めるような気配がヒシヒシと伝わってくる。微弱であるが、露骨でもある。あまりにその気配が日常に溶け込んでいるため、そうと認識しなければ気付けるものではない。
そしてそれは、随分と前からこの地に巣くっている。
あの老人の気付かぬ様子から数十年は前から存在しているのだろう。おまけにその胎動は日に日に大きくなっている……ようにも思える。この曖昧模糊とした違和感はアーチャーの知覚と知識をもってしても、はっきりとさせることができなかった。
この英雄王をして推し量れぬ代物。これが聖杯であるのなら納得であるが、ただの聖杯だとは到底思えない。
だからこそ、英雄王らしからぬ虱潰しを保険の『設置』も兼ねて行っている。
ティーネと別れるふりをして一度はヒュドラを召喚したマスターを探したものの見つからず、二度目は見つけたはいいものの慣れぬ追跡で見失ってしまった。こうして三度目の機会を得たのだから、何らかの成果は上げたいものである。
何より追跡や調査といった面倒事をこれ以上続けたくない。
「ふむ。面倒だな」
設置した保険を使えば容易いだろうが、ここで早々に使っては何のための保険か分からない。我慢など性に合わないが、結局は自身で何とかするしかない。
アーチャーはその性格上大雑把に攻撃するのは得意ではあるが、生け捕りなどという繊細さを要求する手加減は苦手である。
いくつか考えてみるものの、やはり選択された手段は大雑把なものだった。
目標となる東洋人を宝具の群れで囲い、封じ込める。やることは簡単だが動く目標を封じ込めるにはしっかりと狙いをつける必要がある。隙間があれば逃げられてしまうだろうし、着弾の衝撃も考慮する必要がある。あまり騒ぎを大きくするのもよろしくない。
これはなかなかに難易度が高い。
「まあ、手足の一本くらいは勘弁してもらおう――」
アーチャーの後方にて、光り輝く十二もの宝具が蔵から顔を見せる。
手加減を意識したので、宝具の選定にも苦労した。この距離であっても射出されれば一秒とかからず東洋人は宝具の檻に閉じ込められることだろう。
あとは射出するだけ。
……弓兵という存在は、この狙いをつけている瞬間が最も無防備になる。
近・中距離を想定する剣士や槍兵であれば集中しているこの瞬間、自身の真後ろであっても対処することは可能であろう。それは己が置く戦場が近場に限定されているため、付近の敵を想定しなくてはならないからだ。
だが弓兵の領分は遠距離にある。遠方の敵を仕留めるのだから、己の視界は限りなく限定される。主戦場から距離を置き、安全圏を確保してなければ、その役割を十全に果たすことができないのだ。
だから。
この瞬間を狙うのは定石と言えた。
雨の中。想定外の真下から放たれた白銀は、雷光の輝きに似ていた。