Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.07-06 囮

 

 

 並の弓兵であれば気付くことなく仕留められていただろう。

 腕が良ければ良いほど集中力は目標に注がれることになる。我と彼しか存在せぬような独特な世界がそこに構築される。構築さえしてしまえば、その世界は強固なルールとなって弓兵を更なる高みへと連れて行ってくれるだろう。

 反面、強固であれば脆いのも事実。世界を変える最速で最良の方法は、ルールの外からゲーム盤をひっくり返すことだ。

 

 しかし残念。クラスこそ弓兵であるが、アーチャーは弓兵などではない。

 兵ではなく、王なのだ。

 

 奇襲にアーチャーが気づけたのは、自身の慢心のおかげだった。

 弓兵として当たり前に持つ心構えを、アーチャーは持たない。極度な集中力をこんな場面で発揮するほど兵ではないのだ。

 

 慣れぬことをするものではない。

 余裕とまではいかずとも、半瞬早く気づけたおかげで相手の全力の一撃は一歩下がれば簡単に避けることができた。得物が短剣でなければそうもいかなかっただろうが、襲撃者の一撃はアーチャーのジャケットだけを切り裂いていく。

 

 襲撃の失敗。避けられたと判じた瞬間に襲撃者はその短剣を投擲し、やや遅くも次撃としてみせる。

 その一連の行動に、

 

「遅いわ痴れ者がッ!」

 

 アーチャーは一喝してあろうことか怒気を込めたその素手で短剣を払ってみせた。

 このアーチャーをして激怒せしめた理由は雑種が王たる命を狙ったから、などではない。一撃で仕留められなかったと判断するのに余りに時間がかかりすぎていたからだ。

 

 暗殺者としてこれではあまりに二流だ。

 王を狙うならば万全の計画と入念な装備、相応の練度と想定されるあらゆる事態への対策、そして何より王を討つ覚悟を持って挑むべき。だというのに、この襲撃者はよりにもよって一番必要である筈の覚悟が圧倒的に足りていない。

 襲撃者に覚悟があれば、投擲された短刀はきっとアーチャーの胸を貫いていた。この英雄王を暗殺するチャンスが二度あろうはずもない。

 

 アーチャーは目標を遠くの東洋人から近くの襲撃者へと変えて宝具を一斉射。怒りにまかせて思わず反撃したが、この威力を近距離で放てば襲撃者は原型も留めぬことに遅まきながら気がついた。どうせなら、この襲撃者を捕まえた方が手っ取り早いではないか。

 だがそんなアーチャーの思惑も早計である。

 

【……構想神殿……】

 

 襲撃者に向かって放たれた宝具が、その手に触れたとたんに消えてなくなる。

 全てを避けきるのはさすがに無理だったのだろうが、アーチャーの予想に反して襲撃者は軽傷。これで多少アーチャーからの評価は上がったが、次に取った行動によって帳消しどころかマイナスへと再度転ずる。

 あろうことかこの襲撃者は――

 

 アーチャーから、距離をとって対峙した。

 対峙。

 それはつまり、この英雄王と正面から戦うということに他ならない。

 

「――よくぞここまでの間抜けを臆面もなく晒させたものだな」

 

 襲撃者は黒いローブを纏った女だった。しかもあの宝具を消し去った業は明らかに宝具による奇跡。放った宝具を回収しようとするが、消された宝具は戻ってこない。

 その能力の真名とそれらしい外見、そして何より直前まで気配を完全に殺していたスキル。これでアサシンでないなら、誰だというのか。

 

「アサシンのサーヴァントは消滅したと聞いていたが、やはりこうした小細工は専売特許というわけか」

「……我等が業を愚弄するな」

 

 アーチャーの確認に、怒気を持ってアサシンは答える。常人なら卒倒しかねない殺気の刃であるが、避けるに値するモノではない。むしろそんな殺気に比例して、アーチャーは憤怒から憐憫に近い気持ちを抱きつつあった。

 

 あの奇襲は実に素晴らしいものだった。恐らくはあの東洋人は囮で、それを見つけ出すのにアーチャーがこの場所へ来ることを予想し、ずっとビルの陰に潜んでいたのだろう。そして予想通りアーチャーは現れ、しかもアサシンに気付くことなく宝具を放とうと隙まで晒している。

 

 天の時、地の利、更に雨という時の運にすら恵まれながら、このアサシンはアーチャーの暗殺に失敗した。

 本来であるなら、アサシンはこのまま撤退するべきなのである。

 

 最初の奇襲は一撃必殺の気迫があった。よくある一撃で殺す威力という意味ではなく、その一撃で必ず決着をつけるという意気込みがそこには込められていた。だが運悪くアーチャーに避けられたことで、迷いが生じてしまった。投擲のタイミングがこれでズレ、アーチャーに迎撃の暇をも与えてしまった。

 そして今尚このアサシンは迷い、それを誤魔化すかのように鬼気を撒き散らしている。

 しかもこのアサシン、わざわざ相手にすることのないアーチャーの問いかけにムキになって反応してくる。死んだと思わせておいた方が確実に有利になるというのに、その自身のクラスすらも露呈させる真似をしてくる。これがミスリードを誘った演技だとしたら、大したものである。

 

 最初の一撃の評価とその後の評価のちぐはぐさに、目の前のサーヴァントが何をしたいのかアーチャーには分からない。

 技量は確かにある。初撃に加えて殆どゼロ距離で放たれた宝具の群れを凌ぎきったのがその証左。だが戦術面における行動が素人同然。理詰めで考えればまだ分かりそうなものを、感情で否定して全ての面で足を引っ張っている。

 

 ひとつ、実験の意味をこめて再度アーチャーは後方に宝具の一群を展開させる。今度は先と違い距離が多少はある。だが番えた宝具は全部で二十三。簡単に捌ききれるものではない。

 助かるためには、再度あの奇跡の使用が必要だ。

 

「――っ!」

 

 歯を食いしばり覚悟を決めた顔。アーチャーの射出と同時にアサシンは地を蹴る。これで幾つかの宝具は確実に回避できるが、大半の宝具の射線上に躍り出ることになる。

 

【……構想神殿……】

 

 アーチャーの予想通り、再度繰り返される奇跡。アサシンの手に触れた瞬間に必殺の宝具は露と消えるが、やはり無傷とはいかない。脇腹が抉られ、肩口が大きく斬られる。タイミングが悪かったのか宝具を消しはしたものの、その手のひらは貫通していた。

 これだけの犠牲を払い、アサシンはアーチャーの三歩手前まで突進する。

 

 アーチャーは知らない。この距離であれば、アサシンはまさしく必殺の一撃を喰らわせることができる。

 自らのマスターを葬り去った一撃をアサシンは口に、

 

【……妄想――】

「くだらん」

 

 そうして、二十二の宝具を凌ぎきり、何か必殺の一撃を用意していたであろうアサシンをそう評して、アーチャーは残る最後の宝具を目前に『落下』させた。

 

 アーチャーが目の前に落としたのは、メソポタミア神話に登場する戦いの女神ザババが持つ翠の刃(イガリマ)という宝具の原典。斬山剣という異名を持ち、その名の通りその刀身は山を切り裂けるほどに大きい。そのためこうして垂直に落とせば大地をそのまま裂ける『重量』を持っている。

 ビルに突き刺せば、ビルはそのまま真っ二つに割れることになるだろう。

 

 というより、真っ二つになった。

 

 何せ翠の刃(イガリマ)の剣幅はビルよりも広い。剣の長さこそビルより短いが、自重で刻一刻と沈んでゆくのだから関係あるまい。ほぼ垂直に突き立てたのでビルの支柱強度が高ければ、ビルは倒壊せずに真っ二つになるだけで済むかも知れない。このビルの軋み具合からその可能性は低そうではあるが。

 

「これで引かざるを得まい?」

 

 斬山剣を迂回する道はなく、重装甲の盾よりもある厚みは突破を許さない。霊体化してアーチャーの傍へと現れることは可能だが、アサシンが実体化する瞬間はどうしても隙ができる。

 いかに頭に血が上ろうとも、この現実を前にアサシンに冷静さを取り戻させる時間を与えることだろう。

 

 撤退より他の選択肢をアーチャーはアサシンに与えない。

 その気になればアサシンをこの場で倒すことは簡単だ。あの調子だと奥の手がまだ幾つかありそうだが、今の実験でアサシンには決定的に実戦経験がないことが露呈している。

 修練に修練を重ねてはいるが、戦場には出たことはないのだろう。まるで貴族の愚息と一緒である。

 

 アーチャーが放った二十二の宝具の中には、明らかに殺傷力がないものも含まれている。装飾が華美なだけの短刀や、安全第一とでもいうような子供の練習用木剣。明かに武器ではない文房具もその中にはあった。

 だがアサシンはそれらについて冷静に対処をしてはいない。何を焦っているのかは知らないが、冷静さを失い襲い来る宝具が何なのかも理解せぬまま迎撃をし、無駄な魔力消費をしてしまっている。

 

 注意するべき存在には違いないが、アーチャーにとって脅威とはなり得ない。他の英霊だって同じだろう。

 だからこそ、今はこのアサシンを逃がす。

 奇襲をしかけたアサシン、囮となった東洋人、この二人だけでこんな計画を立てられる筈がない。

 

 このアサシンが周到な計画を立てられないのは確定的。そして東洋人はまず間違いなく旅行者であり、この街の地理には疎い筈なのに的確に動いている。だとすると第三の人物が彼らの背後に必ずいる。

 

 これで作戦が終わりというわけはあるまい。

 十中八九、アサシンと東洋人が撤退した先に必殺の罠を用意して待ち構えている。敵はアーチャーがどう動くのかさえ予測して動いている。

 アーチャーがこうしてアサシンを何とかして逃がそうとするのも術中の内。些か他人任せが過ぎるが、ここで乗らぬわけにはいくまい。

 

 これは英雄王への挑戦状だ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。さて英雄王、貴君に虎穴には入る度胸はあるのかな?

 

「――いいだろう。その挑発、受けて立とうではないか」

 

 ようやく撤退を決め、ビルを後にして東洋人の元へと宙を駆けるアサシンに視線をやる。

 一目散に逃げるのではなく、悔しげにアーチャーを振り返りながら駆けるアサシンは実に滑稽である。殺すのが些かもったいないくらいの道化である。

 

 距離は十二分に取らせた。弓とは手加減が難しい武器だが、殺さぬよう注意もしよう。街への被害も余り与えぬよう、ティーネに頼まれたことも思い出した。これもこのゲームの制約に加えよう。

 慢心せぬと誓っておきながら慢心していたことに気付かせてくれた、せめてもの礼である。

 だからせめて、

 

「この我を愉しませろよ、雑種」

 

 英雄王が、その全力をもって狩りに出る。

 

 

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