Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
アーチャーが多少の距離がありながらその召喚に気付いたのは特別に注意を払っていたから、などではない。
単純に言えば、呼ばれた英霊は悪目立ちしすぎていた。その隠しようもない強力で独特な魔力の波動は、サーヴァントならば馴染み深いものであり、これを見逃すなどということは有り得ない。
タイミングとしてもそろそろだろうと予測もしていた。アーチャーの攻撃の余波で近くの建物が一棟倒壊したこともあり、わざと攻撃を一区切りつかせたところだ。
雨が降っているとはいえ、倒壊時の土煙は周囲一帯を覆い尽くしている。逃走する東洋人とアサシンの姿も覆い隠され、一時的にその姿を見失う。故意に狙ったわけではないが、何かを仕掛けるとするならばこのタイミングしかあるまい。
アーチャーの意図と予測は別として、この瞬間に召喚が行われたのは偶然に近いものだった。
二人にタイミングを測る余裕はなかったし、最悪これ以上の体力の消耗は召喚の判断能力すら奪い、令呪という起死回生の一手を無駄にする可能性すらあった。
だがこれにより召喚直後のもっとも隙のあるタイミングは、アーチャーに見逃されることになる。
東洋人の令呪による召喚は、聖杯戦争正規の召喚方法と異なっている。
そのひとつが、召喚前の先行契約である。召喚される英霊は、何故、どうして、どういった理由で、何を目的に喚ばれているのか予め知っているのである。宮本武蔵が召喚直後から能動的に動けたのはそうした理由によるものである。もっとも、召喚者の目的に沿ったことをするかどうかは召喚された英霊個々人による。
要するに、召喚後の口頭での契約は彼らにとってあまり必要ないのである。
今回の場合も口頭での契約はなかった。
状況が切羽詰まっていたという理由もある。一分一秒を争うこの状況である。召喚された英霊に求められるのは、二人の脱出を支援する能力を持っていることのみ。悠長な挨拶などしている暇がないことなど、先刻承知である。
しかしその英霊はそんなことを理由に口頭での契約をしなかったわけではない。
彼は――憎悪を持ってアーチャーを睨み付ける。土煙の中からの視線にアーチャーは気付いてはいようが、その姿をまだ見られていない。
「邪魔だ」
英霊のその一言に、アサシンと東洋人はすぐさま理解する。
この英霊は、こちらの都合を斟酌しているわけではない。ただ己にとって都合が悪いというだけで、時間を惜しんでいるに過ぎない。元よりこの英霊は、時間稼ぎなど欠片もするつもりがなかった。
この傲慢なる英雄王を倒す、ただそれだけの理由で彼は召喚に応じていた。
幸いにも召喚者をないがしろにするつもりは彼にはなかった。
邪魔だからといって殺すような暴虐さをこの英霊は持たない。それに召喚者が殺されてしまえば、ただでさえ短い時間が更に短くなってしまう。
「――ふんっ」
英霊の豪腕が振るわれる。
その途端、周囲を振るわせる轟音と振動が巻き起こる。アーチャーの攻撃に耐えきれなくなった建物に振動が伝播し、その耐用年数に止めを刺した。更なる倒壊が連鎖的に起こされるが、英霊は別に建物を倒壊させたかったわけではない。
英霊は、ただ自らの宝具を取り出しただけだった。
豪腕が奏でる衝撃の正体は、空間に入った亀裂によるもの。より正確に言えば、その亀裂から現れ出でるモノ。見る者が見れば目を剥いて腰を抜かし、喩えそれが分からずとも人の理から完全に逸している気配は隠そうと思って隠せるものではない。
疲れ果てたアサシンと完全に腰を抜かしている東洋人を、英霊は無造作に現れ出でた宝具に乗せ、その宝具の尻を叩いた。
脱出しようとする二人の姿は土埃の結界から出れば、当然アーチャーの視界に入る。英霊が召喚されたことで多少距離はとったが、十分に射程圏内である。むしろ的が大きく、走り始めたばかりということもあって、その宝具を墜とすのに何の苦労もない。
だが英雄王は歯を噛みしめ、寸でのところで解き放とうとしていた宝具の発射を撃ち止める。
その宝具には見覚えがあった。
かつての第四次聖杯戦争、そこで相対したサーヴァントが好んで使っていた宝具。本来なら軍馬が率いるべきところを荘厳な牝牛が代わりと務める、稲妻を蹴り上げ空を駆ける古風な二頭立ての
「――
アーチャーの驚きはいかばかりか。
なまじその宝具を知っているだけに、召喚された英霊を無視するわけにはいかなかった。
征服王イスカンダル。
第四次聖杯戦争で決着をつけたあのサーヴァントだけは、それがなんであれ誰を差し置いても相手をせねばならない。それが勝者たる英雄王の義務と敗者たる征服王の権利――否、そんな無粋なものではない。二人の王が交わした、未来永劫違えることのない約束である。
ちっ、とアーチャーは舌打ちする。これで当初の目的は確実に遂行できなくなる。
「――はぁっ!」
気迫と共に放たれる豪腕。そのことに違和感を覚えながら、余裕を持ってアーチャーは躱してみせる。
既にアーチャーの格好は全身をくまなく輝く甲冑で覆った重装。この鎧の対魔力と防御力はそんじょそこらのモノではない。本来であればどのような攻撃であろうと軽く受け流してみせる――筈だった。
土煙はまだ収まらない。敵の姿はこの至近距離でもまだその腕しか見ていない。だが、この一撃でアーチャーは確信した。
剛胆なる一撃は認めよう。しかしその振り上げた拳は無粋の一言に尽き、また姿を見せぬまま攻撃をしようという無恥はただの無頼漢に過ぎない。
そしてそれらはアーチャーの心当たりにあった征服王イスカンダルとは対極に位置する者だ。
「――貴様、何者だ?」
そして何より、征服王にこのような
黄金に輝く甲冑を、アーチャーは素早く脱ぎ捨てる。見た目こそ変化は見えないが、その中身はすでに別物。先の一撃を少し掠っただけで、アーチャーはその甲冑を『穢された』と判じた。
英霊の拳が掠ったのはせいぜい数ミリであり、本来ならダメージとしてカウントされるものですらない。だというのに一瞬で甲冑を脱ぎ捨てざるをえなくなった『穢れ』は、明らかに現代では存在しえぬ神代のモノ。
防具がまるで意味を成さない。
珍しくもアーチャーは大きく距離を取った。逃げると見られかねないような後退は英雄王の好むところではないが、戦闘で自らに有利な距離を取るのは当然のことである。
アーチャーの背後に夥しい数の宝具が、その荘厳な顔を覗かせた。
この距離はもはや英雄王の領域。この距離を踏破することのできる英霊が一体どれほどいるというのか。
アーチャーがその気になれば、この距離を詰める間に宝具を三桁は打ち込むことができる。それでも、英雄王の脳内で鳴り響く警鐘は止むことがない。
雨に直接打たれる不快感をも呑み込んで、アーチャーは土煙の中の英霊を睨み付ける。紅い双眸の中で仁王立ちをしているのは、紅い頭巾を被る偉丈夫である。
「お初にお目にかかるな、英雄王」
遅まきながら、英雄王の誰何にその英霊は応え、互いに初対面であることを認めた。
一見して理知的で聡明な顔付きであるが、その眸の中にあるものは不釣り合いな憎悪の炎に憤怒の嵐。決して許してはならぬとその英霊の全身が、怨念めいた呪いを纏っている。
「私の名は黄金王ミダス――」
英雄王を前に『王』と名乗りをあげる英霊。だが自らの名ですらこの英霊は憎々しげに吐き出してみせる。
「――貴様のような、富と贅沢を憎む者だ」
それこそが自らの義務であり役割だと告げるミダスに、対峙するアーチャーはそれについては何も語るべきものはないと無言。
王の狩りを邪魔した無粋者。これで二人の追跡は不可能となったし、自らの宝具をこうもあっさりと穢し、あまつさえその不快極まる視線と言動にあっては言葉など語ることすらもったいない。
だから口にするべき言葉はただの一つ。
王の裁定のみ。
「楽には殺さんぞ、雑種」
そのまま、アーチャーは展開させたままの全ての宝具を射出してみせた。