Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
宝具、というものはなにも英霊一人につき一つだけ、などという制約はない。そして、逆に宝具一つにつき英霊一人だけという制約もない。
例えばギリシャ神話最大の英雄ヘラクレスが持つ宝具
この宝具はヘラクレスの死後に共にアルゴー船探検隊に並んで参加したピロクテテスに受け継がれ、トロイア戦争の終結に一役買っている。
こうした一つの宝具が複数人に受け継がれることは決して珍しいことではない。そして
一人はゼウス神に
それが
その名を、黄金王ミダスと言う。
「なんつーもんを喚び出しやがる!」
戦闘を開始しようというアーチャーとミダスをライフルの光学照準器で確認しながらキャスターは叫んだ。すぐ傍らで同じくそのことを確認した署長も叫ぶことこそしなかったものの、同じ感想を抱いていた。
伝説通りの特徴的な紅い頭巾を被っているのだから、知識さえあればかの英霊の正体を推し量るのも難しくない。それだけに、あの英霊が聖杯戦争そのものにとって最大級の危険性を持つ英霊であることも違いなかった。
両者の間には随分と距離があるが、これだけで弓兵が有利と判断はできない。事実、アーチャーは無闇矢鱈と宝具を放ち続けているが、ミダス王はそうした圧倒的物量に頓着することはなかった。
ミダス王がしたのは周囲の壁を殴りつけ土煙を撒き散らしたのみ。ただそれだけでアーチャーの宝具は土煙に入ると同時に、その軌道を曲げられてしまう。それどころか、逆にバラ撒かれた土煙をアーチャーは忌避するような行動もみせていた。
「噂通りの絶大な威力の呪いじゃねぇか」
ミダス王が持つ宝具の中で攻撃能力があるのは、実のところ
その一つが、黄金王の名をミダスに与える所以となった酒神バッコスの
触れたモノ全てを黄金へと変える呪い――それも神罰そのもの。
その呪いはありとあらゆるものに及び、木の枝や石は無論のこと、娘に触れば黄金の彫像と化し、果てには葡萄酒すらも黄金の氷と化す程。それ故に彼は飢えと渇きに苦しむこととなり、呪いが解けた後は黄金を強く嫌悪し、富と贅沢を憎むこととなった。
そんな彼だからこそ、無限の富を持つ英雄王は無視できぬ存在なのである。
今ミダス王が仕掛けているのは土煙の黄金化だ。それもただの黄金ではなく、自身すらコントロールできぬ絶大な魔力に冒された忌むべき黄金である。ただそれだけが無敵の盾と矛となり、アーチャーの攻撃を凌ぎきり、その上で強力なプレッシャーをアーチャーに与え続けている。
降りしきる雨もミダス王に触れれば、跳ねた滴は即座に黄金へと変化し無敵の鎧へと姿を変える。
ただの土煙ですら容易に突破できぬのである。この無敵の盾と鎧を突破するほどの宝具となれば、いかに英雄王の蔵といえども相当に数は限られる。だがその選ぶ、という行為がアーチャーをして射出までの時間を数瞬遅らせることになる。
その瞬間を、ミダス王は見逃さない。
ニタリと笑うミダス王は自らが持つもう一つの宝具を展開させる。その名は、
優れた庭師としての側面を持つミダス王のこの宝具は大したものではなく、周囲一体に薔薇を生え茂らすそれだけの宝具。薔薇が目標を捉え拘束したり、薔薇の蔦が鞭と化すようなこともない。本来ならば戦闘などに用いられる宝具ですらない。
ただこの状況でそんな宝具を使えばどうなるか。咲き乱れる薔薇は雨も相まってもはや完全にミダス王の姿を隠し通す。アーチャーが狙いを定めようにもこれではどうしようもない。
事態は分かり易いくらいにミダス王優位にことが進んでいる。
「まずいな。いくらチャンスとはいえこれを続けるのは得策ではないぞ」
「ああ、やばい。こりゃ作戦どころの騒ぎじゃないぞ」
ミダス王召喚の事情を知らぬキャスターは、署長の言葉に一刻の猶予もないと作戦の中止を決断した。
ミダス王の危険性は彼が生きている限り払拭できぬ最悪のものだ。そのタイミングはいつか分からないが、アーチャーがミダス王を瞬殺でもしない限り安心できるものではない。
いつ爆発するか分からぬ爆弾を抱え、今か今かとびくびく怯えていていいのは愚者だけだ。
傍らの署長も同時にその可能性へと至り、二人はなんの打ち合わせをすることもなくそれぞれ同時に携帯端末で連絡を取る。
なるべくこうした連絡を控えたかったが、こうなってしまっては仕方ない。
「――ってジャックでねーし! 何があったんだこんちくしょうめ!」
ジャックへと連絡してもまったく出る気配がない。
あのサーヴァントがこの状況に気付いていない筈もなく、故意にボイコットするわけもない。何らかのアクシデントがあったのは間違いない。
「アサシンには作戦中止を伝えたぞ。念のため二人にはそのまま
署長の指示にキャスターは何の異論もない。それ故にキャスターは今後のことを考える。
作戦遂行は最早不可能である以上、諦めるしかない。が、黄金王と英雄王との戦いの行方は何としてでも見届けたい。そんなことは許される状況ではないが、こうなってしまっては仕方があるまい。
「……なぁ、マスター」
「言うなキャスター」
さすがはマスターとサーヴァントというべきか、先ほどから考えることが被ってしょうがない。リスクとリターンを合わせて考えれば同じ答えが出るのも当たり前だが、ここで一番リスクを被るのはマスターである署長の方である。
「アレの影響範囲がどれ程のものか、そもそも防げるかどうかすらわかんねぇぞ」
「他に選択肢がない以上、仕方あるまい」
言って、署長が見つめるのは己の腕。そこに描かれた文様はもはや一画のみ。これを使えば、もう署長にはキャスターを統べる手段はない。
署長が負うリスクとは、そういうことだ。
「私はなるべく遠くへと逃げる。その時が来たら連絡してこい。令呪を使ってやる」
どこまで効果があるか分からないが、もし
無駄に令呪を消費させ
自らの行動に呆れたくもなるが、できる限り貸し借りは作りたくない。それが対等なパートナーとしての正しい関係だろう。令呪という縛りがこれからなくなる以上、尚更である。
「……おい、兄弟」
「私はお前の兄弟では……っと、おい、これはなんのつもりだ?」
この場を後にして逃げようという署長をキャスターは呼び止め、懐から金貨を一枚署長に放り投げる。突然に投げられた金貨を慌てて受け取る署長だが、その金貨を一目見ただけでこれが何を意味するのか悟る。
この金貨は、年代物でそれなりの価値もあるが、そこに魔術的な価値はない。ごく普通に市場に出回っている、珍しくもただそれだけの金貨である。
だが、それは世間一般でのこと。キャスターにとってこの金貨は何物にも代えることのできない価値を持つ。キャスターの人生はこの金貨と共に有り、それ故に召喚の触媒にもなった縁の深い硬貨である。
「俺は金を湯水以上に使ってきた浪費家として有名だが、同時に吝嗇家であることも知っているよな?」
キャスターは家を出てから大金持ちへとなり、そして最後には無一文となって死んでいった英霊だ。だが家を出る際に母から渡されたこの金貨にだけには決して手をつけようとはしなかった。
「……後で返せってことか?」
「特別に無利息にしといてやる」
あえて期限を言わなかったのはキャスターなりの誠意であるが、元々これを手に入れたのは署長である。その意味では恩着せがましい行為ではあるが、署長は「わかった」と懐へと金貨を大事にしまった。
令呪の代価としては安すぎるが、やはり恩というのは金銭に換算できぬ価値がある。
互いにそうした打算を抱きながら、キャスターと署長はそれ以上の会話をすることもない。それが被害を食い止めるための最小限の犠牲だと信じて、行動を別にする。
爆弾が爆発する瞬間は、刻一刻と近付きつつあった。