Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.07-10 甘言

 

 

 この英雄王対黄金王の戦いを注視していたのは何もキャスター達だけ、というわけではなかった。

 

 市内中央の巨大ビルの倒壊に引き続き、市内建物が連鎖的に倒壊したのである。発端であるアサシンとの対決こそリアルタイムで把握してはいなかったものの、騒ぎが大きくなれば気付かぬ方が難しい。

 市民からの問い合わせで回線はパンク寸前の状態であるが、こうした混乱は想定の内。雨の勢いも増しているせいか、慌てる市民を誘導する方が面倒であった。

 混乱する現場の警察官は上に確認を取ろうとするが、その指揮所となる警察署は先日ランサーが突入した際に崩壊していた。

 

 代わりとなったのは市役所であるが、指揮系統が上手く機能せず十全に対応できているとは言い難かった。

 対応に当たった市の上層部は以前に策定したテロ対策マニュアルを実行しようとしていたが、避難所が更地になっていたり、以前のテロにより道路が塞がっていたりと、その無能さを露呈することとなる。

 彼らは彼らで頭を悩ましているのだが、その必死さには温度差があり、それがこの混乱に拍車をかけていた。

 

 そうした温度差は別のところでもある。この事件を注視している当の二十八人の怪物(クラン・カラティン)でさえも、外に出て雨に濡れながら状況を監視する者とオフィスで快適な空調のもと足を組みながらモニターを眺め見る者とでは、その緊張感には雲泥の差があった。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)本部に設置されているいくつものモニター画面にこの戦闘の様子が流される。市内各地に大量に配置されたカメラのおかげであるが、平行して行われる画像処理によってまるで野球観戦のような暢気な空気が醸成されていた。土煙や雨といったノイズが除去されると、この手の映像は緊迫感を削がれるものである。

 

『ふむ……やはりアーチャー相手にこういった作戦は有効なようだねぇ』

「はい、想定作戦事案の参考にはなりそうです」

 

 わざわざノートパソコンのカメラを通して本部のモニターを見ているのは安全地帯から戦場を見ている“上”の人間であり、それに生真面目に対応しているのはその“上”に従順な副官であった。

 

 現在、二十八人の怪物(クラン・カラティン)は隊の再編成に全力で当たっていた。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の要である署長が誘拐されてしまった以上、それはある意味では仕方のないことだった。本来であればそのまま副官が署長代行として二十八人の怪物(クラン・カラティン)を率いればいいだけの話なのだが、あいにくと政治的な意図を持って据えられた副官では難敵であることが確実なアーチャーとランサーが生き残っているこの局面を打開するだけの能力はない。わざわざ別任務に従事していたファルデウスが急遽呼ばれたのもそうしたところが理由である。

 

 その様子を後ろから冷めた目で秘書官は眺め見ていた。

 署長の腹心である彼女はあっさりと署長を見限った“上”に対して、はっきりと怒りを覚えていた。もちろんそれを表に出すことはしないが、彼女はもう二十八人の怪物(クラン・カラティン)に貢献することをやめている。だからこそ、“上”も副官も未だ気付いていない事実を耳打ちする真似はしない。

 

 これから一体何が起こるのか、秘書官は薄々感づいていた。この英霊が一体何者であるのか、アーチャーがどうせ勝つだろうと安易な推測をしている二人は興味を抱こうともしていない。これだけのカメラが捉えていることで分析をするなら後々で十分だと愚かしくも思っているのだ。

 

 ちらり、と周囲を見渡すと自分と同じく口を開くまいとしている者が何人か見られる。そのいずれも署長に心酔し、魔術師としても兵士としても忠実であろうとする者達だ。そして更に他の者の様子を見れば、言おうか言うまいか厳つい顔をしながら悩む者が一人。これは何かアクションをしようとするなら何としても止める必要があるだろう。

 

 現在この情報部に与えられた任務はこの戦闘を細大漏らさず記録し、作戦本部が立てる作戦のための参考データを収集することである。

 そして秘書官に与えられた任務は一時的な代行である副官の追従で、その副官はモニター越しの“上”へ対応することに忙しい。

 

 何か資料を確認するふりをしてペンを数回ノックする。やや不自然な行動ともいえたが、そこを目ざとく見つけ出す副官ではない。ペンのノックに反応して同じく情報部の人間の一人が軽く咳払いをし、また他の一人は椅子の軋ませる音で反応を返す。魔術などに頼らぬ酷く原始的な意思疎通。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)全体から見れば少数派ではあるが、署長を見捨てるのではなく救出するために動こうという者達がいる。その先鋒が何を隠そう秘書官本人であるが、それを真っ当に上申したところで却下されるのは目に見えていた。

 だとすれば、残された手段はクーデターを始めとするやや乱暴なものばかり。実際、それをしようと相談に来た者すらいた。

 クーデターを起こすなら明確なトップの不在である今が一番のチャンス……ではあるが、今の秘書官の合図はクーデターの順延を意味している。

 

 署長の誘拐を受けて再計算された二十八人の怪物(クラン・カラティン)の勝率は五割を切っている。だがその数字があったが故に“上”は条件付きではあるが、いくつかの宝具の使用制限を解除してきた。

 その筆頭である《スノーホワイト》ですら今は使用限界まで全開放されている。1ポイント使用率を上げるためにどれだけ署長が骨を折ったのか分からぬほどの大盤振る舞いである。これで勝率は再び九割を超え、“上”も文句を言いながらも余裕を滲ませてもいる。

 それだけに、秘書官は署長の苦労を踏みにじる者を許せそうにない。

 最初からあらゆる制約を取り除き全てを署長に任せておけば、最小限の犠牲で最大限の戦果を上げていたというのに。

 

 時計を見る。概算ではあるが、戦闘開始から一〇分が過ぎ、ミダス王は優位ながらも膠着状態が続いている。

 薔薇に隠れながら近付いての奇襲。アーチャーは宝具を盾にその一撃一撃を防いではいるが、その度に宝具は黄金に冒されその固有の能力を失ってしまう。

 

 アーチャーは面制圧を得意とするサーヴァントではあるが、そのためには視界が開けている必要がある。その視界を奪われたことで効果的な宝具の射出が行えず、後手に回り続けるはめに陥っている。

 

『アーチャーは何故距離を取らないのだ?』

 

 軍人ですらない“上”からもアーチャーの戦い方に疑問が出た。

 アーチャーは戦士である。自ら剣を取り戦場を駆け抜け敵の首を刎ねる者。対してミダス王は戦士ではない。基盤を築いた父の後を継いだ二代目であり、刃物の扱いも庭師程度のものでしかない。

 つまりは、素人に指摘されるくらいに戦い方はあまりに雑だった。

 動きも読みやすく、消耗される魔力にも無駄が多い。手数こそ多くはあるが、決定打にはまるでなっていない。せいぜいが最初の一撃で英雄王のあの重厚な鎧を失わせたくらいである。

 

 ミダス王の戦法は自らの呪いを活かした優れたものではあった。敵の視界を塞ぎ間隙を突いて確実にダメージを与えていく。これは対アーチャー戦用に作戦部も立案したものでもある。しかしこの作戦は単純に距離を取ることで解決できる。ミダス王のあの動きなら隙を突くのに苦労はしない。

 

「戦っているのはあの英雄王ですよ。格下を相手に距離を取るなど彼のプライドが許さないのでしょう」

 

 安易な答えを語ってみせる副官は、やはり状況を読めてはいなかった。

 彼はこの映像の何を見ていたのだろうと秘書官は思う。

 

 初期段階で既にアーチャーはこのミダス王からプライドを捨ててわずかながらも距離を取っている。そこからアーチャーがミダス王を危険視しているのは間違いなく、敵と認識して戦っているのも間違いなかった。

 

 防戦一辺倒でありながらアーチャーへのダメージは少ない。それでいて豪腕での空振りの多いミダス王の体力は圧倒的に消耗している。堅実な戦法を取るならばむしろ現状のままの方が具合が良い――

 

 いや、それもまだ違うか。

 英雄王がプライドをかなぐり捨てて戦っているのは間違いない。

 敵からの一方的な攻撃にあのアーチャーが我慢しているのがその証拠。素人である“上”が言ったように、距離を取った方がアーチャーとしてもその能力を発揮できるのも間違いないのだ。

 だとすればアーチャーは意図してあの距離を保っていることとなる。迂闊に距離を取ることを忌避している。

 

 双方が距離を取ったその時が戦局が大きく動く時と考えても良い。

 瞬間、秘書官の脳裏を駆け巡る幾通りもの作戦プラン。いつ爆発するか分からぬ爆弾であれば、その爆発タイミングをコントロールすることで最小限の犠牲で済ませることができるだろう。

 

「代行」

「……なんだ?」

 

 秘書官の声に不機嫌そうに副官は応じる。

 大したものではないとはいえ、“上”との直接の会話中だ。秘書官に割り込まれることは遠慮願いたいのだろう。そうでなくとも、署長に心酔している秘書官と副官の仲は余り良くない。

 

「御覧の通り、状況は拮抗しています。これを機会に、現場部隊の包囲網を縮めてはいかがでしょうか?」

 

 秘書官からの提案に不機嫌そうな顔ながらも、副官は眉根を寄せて思案する。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)は部隊編成の最中にあり、迂闊に動かせぬ状況ではあるが、全く動かせぬというわけではない。現に偵察任務としてではあるが、フル装備の二十八人の怪物(クラン・カラティン)が現場を包囲している。任務内容が変わればすぐにでも戦闘することは可能だろう。それができぬ理由は単純に指揮系統の問題だけ。現場指揮官に権限を委譲すれば、何の問題もない。

 

「……彼らの任務は偵察であり、カメラで補えぬ場所を補うのが役割だ。これ以上縮めて危険な行動を取る必要はない」

「失礼しました。しかし、これはアーチャーを葬るチャンスではありませんか?」

 

 他に聞こえぬように小声ではあるが率直な意見に副官は何か言わんと口を開くが、秘書官から目線を外して戦闘を観戦している“上”の様子を覗いてみる。

 副官としても、秘書官がわざわざ言わずとも最初の一言でそのことには気がついている。だが彼の役割は署長の首輪であってそれ以上ではない。あらゆることをそつなくこなす器用貧乏な彼の能力ではここまでが限界なのだ。

 

 そこに、秘書官はつけ込んだ。

 

 現場の二十八人の怪物(クラン・カラティン)がフル装備でいるのは偶然でも何でもない。こういう時のためのお膳立てとしてこっそりと秘書官が準備していたからに過ぎない。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)が偵察以外の任務につくというのなら、その全責任は現責任者である副官が被ることになる。そしてもちろん、作戦によって得られた功績も、彼の物になる。

 

 副官は自らが小物であることを十分に理解している。だからこそ危険と感じれば即座に逃げ隠れ、攻めることには消極的で、守ることには積極的。チャンスがあったとしてもリスクと見れば殻から出てこぬヤドカリと同じである。

 

「……そんな馬鹿なことを」

「するでしょう。少なくとも、署長であるならば」

 

 なおも動こうとしない副官に秘書官は「署長」の一言を付け加える。

 副官は確かに小物ではあるが、署長の功績を認めていないわけではない。むしろ首輪として身近で見続けた分、署長の実力を誰よりも見続けてきたのが副官である。今更署長の存在に張り合うつもりはないとはいえ、崇敬の念がないわけではないのだ。

 

 署長なら、動く。それが秘書官からの言葉であるとはいえ、これが大チャンスであると暗に告げられた。リスクばかりに目を向けがちな副官であるが、無碍にはできまい。少し目線を移せばチャンスの芽はあちらこちらに転がっている。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の現場部隊長はいずれも優秀だ。しかも現状で彼等に任せる仕事はミダス王への援護であり、直接戦闘ではない。雨は彼等の気配を消してくれるし、指示さえ出せば一分も経たずに攻撃は開始できる。

 

「……これが、彼らの装備です」

 

 端末に表示された内容を最後の一押しとして、無理矢理副官に差し出す。迷いのある副官はそんな秘書官の口車に情報を一つでも得ようと装備一覧に目を通すべく受け取った。

 急場のことで装備の選定は現場に一任してある。副官が現場に口出ししないことを見越し、あらかじめ秘書官が指示を出していた。

 装備一式は対サーヴァント戦に用意されたものばかり。勝率が上がりこそすれ下がる可能性がある筈がない。

 

 これが署長であれば、喩え秘書官や周囲の者が何と言ったとしても端末を受け取ることすらせず二十八人の怪物(クラン・カラティン)を動かしはしないだろう。

 リスクとリターンを考え、そうした状況判断を自ら行い決断できるからこそ署長はマスターたり得るのだ。甘言などに耳を貸した時点で副官にその資格などあろう筈もない。

 もっとも、署長であれば現状を正しく認識する筈なのでこの場に暢気に立っている筈もないだろうが。

 

「……いい、だろう」

 

 観念したように呟きつつ、目の奥に欲という名の暗い炎が宿ったことを秘書官は確認した。確認して、副官に見えぬよううっすらと笑った。

 

「了解しました。全二十八人の怪物(クラン・カラティン)に告ぐ。これよりアーチャー殲滅のため相対しているサーヴァントの援護を開始する!」

 

 副官の考えが変わらぬうちに秘書官は行動を開始する。

 これからは時間との勝負となる。作戦本部は大まかに指示を出すだけで、現場は臨機応変に動くことになるだろう。そこで今後クーデターに荷担してくれそうな部隊とそうでない部隊との選別を行う。

 目先の餌に目を眩ませた副官は、秘書官に具体的な指示を任せたのは失態だった。秘書官はそうした副官の行動を見越した上で、可能な限り自身に有利な状況を作り出す。後で見返せばその不自然さは指摘されることだろうが、気付いた頃にはもう遅い。

 

『ん? 二十八人の怪物(クラン・カラティン)を出すのかね?』

「これはチャンスですよ。アーチャーをここで倒せばその分我々は切り札を温存できます」

 

 これは私の手柄、とは言わないところが副官の副官たるところ。だが“上”はその言葉には満足したようだ。特に切り札の温存というのが心地よい。切り札ひとつで数億ドル節約ができるのだ。使わぬにこしたことはない。

 

『なら、指揮権を預かる君の判断に委ねることにしよう。門外漢の私では観戦はできても何のアドバイスもできないのだからねぇ』

 

 言外に失敗したら責任を取れ、という含みを持たせた“上”の意図にどれほど副官が理解していたのか。

 “上”が彼に何を期待していたのか忘れたわけではないだろうが、その気になってしまった副官にそれ以上何も言わなかった。普段なら気付いたであろう微妙なその顔にも、副官は気付けない。

 

 既に彼の視線の矛先は現場へと向いていた。

 

 

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