Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.07-12 津波

 

 

「パクトロスの川を喚びましたか!」

 

 ファルデウスの叫びは半分正解で半分不正解である。

 黄金王ミダスは黄金呪詛(ミダス・タッチ)を解呪するためパクトロスの川へ入り、その呪いを川へと移し難を逃れた、と言われている。かの川が未だに黄金溢れる理由となった伝説でもある。

 

 しかし川に呪いを移したということは、逆に黄金呪詛(ミダス・タッチ)そのものが川へと変換されたという解釈もできる。ミダス王は川を喚んだのではなく、黄金呪詛(ミダス・タッチ)を川へと強制的に変換させ、アーチャーに押し寄せる津波としたのである。

 

 津波の高さは周囲の建物よりも尚高い。押し寄せる圧力に鉄筋の建物ですら紙屑のように耐えきれず崩れゆく。その威力に二十八人の怪物(クラン・カラティン)は一人また一人と為す術もなく津波に呑み込まれ消えてゆく。

 助かる見込みなど、あろう筈もない。

 

 どんな英雄であろうと自然現象に勝つことはできない。

 時にこの自然現象を指して『神』などと称される理由は、そうした無慈悲かつ平等で絶対的力故である。そうした意味では元々黄金化の呪いは制御不能であって当然の力であった。

 

 遠く眺めるファルデウスと直近で見上げるアーチャーも、考えることはこの時まったく同じであった。

 逃走。横幅も広く、横は勿論空へと逃げるだけの時間もない。

 防御。水を防ぐには全方位に展開できるシェルター型防御宝具が必要となる。ないこともないだろうが、あの浸食に特化した神罰に対抗しうる宝具がどれほどあるのか。

 

 ならば、残る手段は一つしか残されていない。

 いや、最初から分かっていたのだ。この大津波がミダス王の最後の一撃。終局の一手に対して興醒めするような真似ができよう筈がない。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)からの集中砲撃によってアーチャーの身体は血だらけと成り果て、積もり積もったダメージは馬鹿にはできない。そんな状態にあっても、かの英雄王は一歩も引くことはしなかった。

 口内に溜まった血反吐を吐き出し、背筋を正し、怯むこともなく、視線を逸らすこともなく、迷うことすらなく、宝物蔵から歪な形の剣を取り出した。

 

 それは無名の剣だった。

 

 ファルデウスの目にその宝具に一体どういう効果がありどんな威力があるのかは分からない。しかし事前資料に英雄王が危険であると記された理由は二つ。一つがかの無限の財であるならば、もう一つがその剣に違いなかった。

 

 名剣、霊剣、魔剣、聖剣、ありとあらゆる剣を持ちながらも財の一つとして宝具にあるまじき仕打ちをしてきたアーチャーが、その剣にだけははっきりとした礼節を持って扱っている。

 対城宝具、聖剣エクスカリバーの威力は魔術協会の資料で閲覧したことがある。あの英雄王が真に世界中の宝具の原典を持ち得るのならば、聖剣の原典をも上回る威力の宝具だってあってしかるべきだ。

 

 あのプライドの高いアーチャーがこの場で無名の剣を出す可能性は低いと考えていた。伝説の聖剣で魚を捌く真似はしない。呪いの魔鎗を物干し竿に使う者はいない。

 無粋な力押しに対して果たしてどの程度までアーチャーが許容するのか、それはアーチャー本人にしか分かる筈もない。

 ファルデウスの予想に反して、それでもアーチャーは敢えてこの剣を選んでいた。

 この場に必要なのは対城宝具以上の威力を持つ広域殲滅宝具であるが、それ以上に必要なのはアーチャーからの信頼に応えられる宝具である。

 その宝具を、アーチャーは黄金の津波へと構えた。

 

 唸り狂う空間。遠くこの場にいても鳥肌が立つような魔力の渦。

 ふと、ファルデウスは世界が螺旋の渦であることを思い出す。ミクロならばDNAの二重螺旋、マクロならば恒星の公転軌道。そうした世界の原点を思い起こさせるあの宝具が一体何か、直感的に理解する。

 理解できてしまうものが、そこにあった。

 瞬間、

 

「総員、対ショック防――」

 

 ファルデウスの指示が最後まで言い終えることはなかった。

 陽は既に西へと落ち、主役の交代とばかりに現れ出る月も、厚い雨雲に隠れてどこにもない。

 だというのに、その光の奔流は真夏の太陽を思わせる強烈な圧を伴って、スノーフィールドの夜を文字通り切り裂いた。もし射線上に月があれば新たなクレーターすらできていたことだろう。

 厚い雨雲に大穴が空き、その隙間からヒヤリとさせられたと月が顔を覗かせていた。

 

 月が綺麗だ、などと風流なことは言っていられない。遅れてやってきた衝撃波はファルデウス達が乗っているワゴン車を数回転がす程度の威力はあった。

 ファルデウスがあと数瞬その威力に気がつくのが遅ければ、首の骨を折って間抜けな死に様を晒していた可能性もある。

 

「――状況、報告してください!」

「全員、無事です! 現在機材のチェック中!」

 

 ファルデウスが確認の声と同時に、後ろの席で情報収集を行っているスタッフが声を上げる。隣でハッキングの最中だった部下も無事であった。と、いうよりもファルデウス以外の全員が安全ベルトによる固定をしていたので一番危なかったのはファルデウス自身である。

 手元のノートパソコンはさすが軍用性というべきかなかなかの耐久力を示してくれている。だがモニターに映る大半のウィンドウはノイズを撒き散らすのみ。周囲一帯のカメラは先の衝撃で残らず破壊されたらしい。

 

「生き残った無人機はありますか?」

「航行中の無人機は全滅です! しかしたった今ドローン六機を飛び立たせた模様、現場の確認まであと十数秒!」

 

 さすがは署長が手塩に掛けて育てた二十八人の怪物(クラン・カラティン)、こうした状況での対応は早い。

 大気が安定しないが、視界を邪魔する雨はもうない。こんな状況下で低空しか飛べぬドローンはさぞかし目立つだろうが、今はそうもいっていられる状況でもない。

 ファルデウスも車内から街を見下ろし確認するが、そこに黄金の津波はどこにもなく、ただ無残な爪痕があちらこちらに見られるのみ。大気の唸りは未だに響き渡っているが、これ以上の破壊はないだろう。

 

「これで、死んでくれていれば対処は楽なんですけどねぇ」

 

 冷や汗をかきながら気丈にそんな感想を述べてみるが、ミダス王が生きている可能性はかなり高かった。

 アーチャーの一撃は津波を狙ったもので、射角は上に三〇度といったところ。津波に隠れミダス王の居場所を確認することなどできなかったし、仮にミダス王が射線上にいたとしても距離的に直撃を受けたは考えにくい。生身の人間ならともかく、英霊であるならあの衝撃を受けても大丈夫に違いない。

 

「アーチャー、確認できました!」

「そんなことより、ミダス王が先ですよ!」

 

 モニターを覗き見るファルデウスは上空より目を皿のようにして目的の人物を探してみる。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)本部からすると優先するのはやはりアーチャーなのか、どのドローンからの映像も真っ先にアーチャーの姿が捉えられている。

 

 満身創痍といった様子のアーチャー。しかし、その血塗れの身体は血化粧の如く美しく、その血のように紅い眸も相まって喩え歴戦の勇者、いや、場を弁えぬ不埒者ですら王を前に立ち塞がる真似はすまい。

 だがアーチャーも心身共に消耗しているのを自覚しているのか、これ以上戦う気もないとばかりに、背を向け立ち去ろうとする。

 

 アーチャーも分かっているのだろう。ミダス王はまだ死んでいない。

 その正体を暴かれた以上、アーチャーがミダス王を殺すことはない。生かされる方がよほどミダス王には辛いことなのだから。

 楽には殺さない。その言葉を、アーチャーは実践している。

 

「いました! 五番カメラ、右端にミダス王らしき影を確認!」

 

 部下の言葉にすぐさま五番カメラを拡大して目を凝らしてみれば、確かに黒く煤汚れた男が一人。現場の状況からしてミダス王に間違いないだろうが、この姿ではさすがに判別ができない。

 

「ノイズが酷い。何とかなりませんか」

「画質を調整します」

 

 大気の帯電が通信障害を招いているのか、画質の精度が大幅に落ちている。気流が安定せずカメラも常に揺られているので尚更判別が付きにくい。もっと近づき観察することができれば良いのだが、これではいくら可能性が高かろうと本人と断定することはできない。

 そんなファルデウスの心を読み取ったのか、その時一陣の風がその男の元で舞い踊った。

 

 もはや立つことが精一杯といった彼の足元に、紅い頭巾が風に舞い上がり、そしてそのまま地に落ちる。頭巾に守られていたおかげか、その頭部は汚れもせずこれ以上になくその存在感をアピールしていた。

 

「間違いありませんよ……ミダス王です」

 

 笑みすら浮かべて断定したファルデウスの台詞に、周囲の者は誰一人として言葉を上げることができなかった。黄金王の名を知らなかった部下も、その姿に目を丸くして納得する。それほど、かの王の特徴は有名であった。

 

 ミダス王には強力な呪いが二つ掛けられている。

 一つは、触れるもの全てを黄金に変えてしまう黄金呪詛(ミダス・タッチ)

 そしてもう一つ、その呪いの逸話はこんな言葉で有名である。

 

 曰く、――「王様の耳は、ロバの耳」

 

 

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