Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
一分。
それが圧倒的火力を前に、ジェスターが耐え切れた時間だった。
最初の奇襲で右腕をなくさねばまだ善戦できたのだろうが、手数はそれほどでもないのに一撃の範囲と威力が通常では考えられぬほど広く強い。反撃をしようにも、そんな隙はどこにもありはしなかった。
どさり、とジェスターがチタン合金の床に落ちる頃には、もはや人相すら分からぬほど全身黒焦げと化していた。焼死体同然の有様ではあるが、あの猛攻を一分間も喰らい続けて原型を保てているのは、もうそれだけで偉業である。
とはいえ、この消し炭同然の身体はもう限界値をとっくにオーバーしている。防御に費やす魔力は追いつかず、両足は吹き飛ばされて逃げることもできない。再生をしようにも馴染むまでの時間すらなく、ピンクに盛り上がる肉は度重なる攻撃に、あっという間に炭と化す。
いかに死徒といえども、得手もあれば苦手もある。そしてこの敵は後者であった。
幸いにも床に落ちた段階でこれ以上の攻撃はなかった。オーバーキルも同然の状態にあってはそれも当然だが、ジェスター相手にこの攻撃程度ではまだ生ぬるい。
まだ何とか動く左手で、もはや黒ずんで何が何やらわからぬ胸に指を突っ込む。ここまで派手にやられた以上、いくら蘇生ができるとしても、完全復活までは数十秒はかかる。ジャムらないことだけを祈りつつ、概念核をゆっくりと入れ替えた。
まずい、とジェスターは危機感を募らせる。
この期に及んでこの状況で奇襲を仕掛け、なおかつ自分と互角に戦える存在など想定していなかった。最初の一撃で力量は把握したが、小細工を弄さねば勝てぬのは明らか。まともにぶつかれば敗北は必至。逃げることさえ覚束ないだろう。
概念核はジャムることなくセットできたが、まだ起動はさせていない。というのも、未だもって襲撃者の視線はジェスターに注がれたままだからである。
「下手な芝居はよしなさい、ジェスター・カルトゥーレ。あなたの気配はまるで死ぬ様子がない」
その一言に、ジェスターは襲撃者がこちらの手の内を知っていることを悟った。ハッタリかもしれないが、ここで無視するにはあまりに危険すぎる。これ以上の攻撃を喰らえば、概念核ごと塵とされかねない。そうなれば復活どころの話ではなくなる。
内心舌打ちしながら、ジェスターは何とか燃やされず残った片目で、襲撃者を射抜いて見せる。
「これはこれは……原住民の族長自らが私のような小物退治とは、お忙しそうですなぁ、ティーネ・チェルク」
ジェスターを前に、ティーネは襲撃時からただ一歩だって動いていない。優位な位置取りであることは確かだが、そも動く必要がないほどに彼女はジェスターを圧倒していた。腕を組んで睨み付ける双眸は、どこか彼女のサーヴァントを彷彿とさせる。
こうなってしまった以上隠す必要もないと、ジェスターは概念核をこれ見よがしに起動させる。焼け焦げた肌は見る間に崩れ落ち、その下からは肉ではなく直接肌が蘇る。燃やされた右手と両足も時間が逆行したかのように生え揃い、ものの十数秒ですっかり別人へと生まれ変わったジェスターがそこにいた。
その間ティーネは何をするでもなく、ジェスターの復活を見続けていた。復活途中のジェスターは無防備そのものだが、それを敢えてティーネは無視している。
これで五回目の死亡。つまりこれが最後の概念核となるわけだが、最後であるだけにこの概念核は過去五体のものより数段上の能力を持っている。それが分からぬティーネとも思えないだけに、ジェスターは復活した後も迂闊に動くことができずにいた。
「さて、最初に聞いておきたいのだが、族長様は何故私がここにいることを知っているのかな?」
ジェスターは常に単独行動だ。ジェスターの死徒としての能力やその目的が
唯一心当たりがあると言えば――
「途中、親切な御仁がいましてね。今ジェスターが“偽りの聖杯”を盗りに向かっていると忠告してくださいました。ついでにあなたが蘇生できることも。とどめを刺さなかったのは失敗だったようですね?」
「それは……返す言葉もないですなぁ」
つまらぬミスをしたとジェスターは舌打ちする。
丸一日は意識が戻らぬ程度に痛めつけたと思ったが、想像以上に早くに目が覚めてしまったらしい。今後のことを考え消滅させるわけにもいかなかったが、少なくとも迂闊な発言をするべきではなかったようだ。
「だとしてもどうしてこの場所が分かった?」
ここは
予め準備していたジェスターでさえ、それなりの苦労をしてここへと辿り着いている。まして、こうした情報処理に疎そうなティーネであれば尚更だろう。バーサーカーだって把握しているとは思えない。
「何やら周囲が騒がしいようですが、私はそれに感知していません。“偽りの聖杯”がどこにあるのかは事前に知っていましたからね。この施設の入り口も知りませんから――まぁ、子供らしい発想でここに来ただけです」
ティーネはジェスターに笑いかけるが、その笑みにジェスターは年相応の可愛らしさを見いだすことはできなかった。ティーネの周囲には彼女の命令を今か今かと待っている莫大な魔力が渦巻いている。
以前から機械的に動く少女ではあったが、どうしてだろう、今のティーネはそれに輪をかけて作り物めいていた。まるで何かに操られている――いや、何か吹っ切れたかのよう。
目的に邁進し、そのために全てを捨てている。
「子供らしい、とは?」
「穴を掘った、ただそれだけです」
その言葉だけで、ジェスターはティーネに反抗することをすっぱりと諦めた。
かつて長い年月でエジプトのピラミッドは入り口が砂に埋もれてしまっていた。そのため、内部へ侵入するのに外壁の爆破が試みられたことがある。結局ピラミッド外壁の厚さに諦めざるを得なかったわけだが、ティーネはそれと同じ行動を取り、そして見事内部に到達する偉業を成し遂げていた。
「出鱈目過ぎる」
「否定はしません」
確かにこの地下施設の正確な場所さえ知っていれば可能なことではある。だが乱暴この上ないし、ここの深度は数十メートルはある。力まかせにしたって限度があるだろう。それを単独かつ短時間で行うなど、非常識を通り越して不可能だ。
以前にヒュドラ退治の現場見かけた時のティーネの未熟な顔をジェスターは思い出す。その顔つきこそ変化はないが、醸し出す雰囲気はまるで違っていた。
アーチャーが彼女を見限ったことで何かがあったのだろうか。
確か情報ではこの数日の間にヒュドラの毒で寝込んだとも、ライダーと戦ったともある。不可解な状況にどちらかはディスインフォメーションの可能性が高かった。
分析するには不明瞭だし時間もないが、何かがきっかけで彼女は羽化してしまったのは間違いない。
いや、それだけというわけではないか。
ジェスターはティーネを――ティーネの周囲の空間を見やる。空間が歪んで見えるほどの魔力が、そこにある。まるで魔力そのものを纏っているかのような印象であるが、あれはティーネ自身から溢れ出た一部に過ぎない。ざっと計算するに、彼女の総魔力量は上位の神霊クラスにだって引けを取るまい。それこそ、アーチャーにだって対抗することができよう。
「クハハハハッ……」
額に汗を流しながら、ジェスターは小声で笑う。
先に調べておいたことが役に立った。あの単語の羅列の中にあった「奪われし神。崇められる者。奪還対象物」という言葉の意味が繋がった。
「――これで、合点がいった。スノーフィールドの民が、この地を取り戻したがっている真の理由が」
ジェスターの言葉に、ティーネは反論しなかった。
ティーネ達スノーフィールドの原住民はこの地の霊脈を利用した魔術を使用する、といわれているが、それは半分だけ正解であろう。地域限定の魔術など珍しくもない、とろくに調査もせずにいたが、これはもっと調査するべきであったかも知れない。
「君達原住民は、この土地を取り戻そうとしているのではなく、“偽りの聖杯”そのものを取り戻そうとしていたわけか」
彼らにとって“偽りの聖杯”は祀るべき神そのもの。同じ一族にしては血筋の異なる者が多いと思っていたが、それは当然だ。彼らは同じ神を崇める信徒を指して“一族”と呼んでいるにすぎない。ユダヤ教徒を指してユダヤ人と言っているのと同じ考え方であろう。
「そう、だからこそ我々はずっとこの場所を探してました。助かりましたよ、大まかな場所が分かったとしても、あなたがいなければ私はここのセキュリティに阻まれて辿り着けなかったでしょうから」
この地を侵されて約七〇年。政府によって巧みに原住民達は謀られ、祀っていた筈の神は祭壇ごと動かされていた。彼らがその事態に気付いたときには、もう既に手遅れだったのである。
「では、ティーネ・チェルク。君はこの中に一体どんな神が祀られているのか知っているのかね?」
「いいえ。詳細については我々も知りません。ただ――」
ジェスターの言葉を否定しながらも、彼女は己の手を見やった。その手に溢れる魔力は未だ持って上限を持たず、溢れ出しながらもティーネという器を壊すこともない。それだけで、それ以上彼女が何も言わずとも言わんとしていることは理解できた。
族長の立場が“選ばれた”者であることは既に調査済みである。漠然とスノーフィールドの地に最も相性が良い者として選ばれたと解釈していたが、そうではなかった。この“偽りの聖杯”を目の前にすれば、何によって選ばれたのかは明白であろう。
彼らはただの信徒ではなく、眷属だ。族長は指導者であり、司祭であり、巫女であり、時に生け贄となるべき依り代なのであろう。
聖杯戦争が勃発するほど活性化した現在であれば、“偽りの聖杯”に近付けば近付くほど彼女が受け取る力は際限なく増大していく。ここまで“偽りの聖杯”に近付けば戦闘経験に秀でたサーヴァントであっても、彼女を突破することはできないだろう。少なくとも、ジェスターにこれを突破できる自信はない。
七〇年間、原住民はこの機会を狙っていた。聖杯戦争についても十数年前から調べていると聞く。だとすれば調査開始後に生まれた彼女がただ偶然に選ばれたわけがない。“偽りの聖杯”に愛される要素を数多に埋め込まれ、怨念にも似た祝福に抱かれながら、本人にも自覚のないまま用意された原住民の最終兵器。
「感謝しますよ、ジェスター・カルトゥーレ。あなたのおかげで、私は無用な殺しをせずに済みました」
そして、ティーネはジェスターに背を向け、分厚い扉の向こうへと歩を進めていった。明かりがないためわかりにくいが、あの扉の向こうは馬鹿でかい空間だ。その中央に安置されているのが“偽りの聖杯”なのだろう。
これで、この偽りの聖杯戦争は終了する。
ジェスターは早い段階からこの“偽りの聖杯戦争”を怪しみ、この“偽りの聖杯”を探していた。ここに来たのもどちらかというと調査をするためだ。“偽りの聖杯”が何なのかを確認し、あわよくば確保していくことで全体をコントロールする腹づもりだった。
しかし、ジェスターと違いティーネは“偽りの聖杯”どころか原住民の神が具体的に何なのかすらもろくな知識を持っていない。それでありながら、ティーネに埋め込まれた数々の因子は何をするでもなく、ティーネの思い通りに“偽りの聖杯”をコントロールしてみせるだろう。
彼女が願うのは戦争の終焉と神の眠り。
“偽りの聖杯”をただの墓石へと貶め、この地を元の自然な形のスノーフィールドへと戻していく。願いが叶わぬと知れば各陣営が争う必要もない。そして魔力源を失ったサーヴァントはそう遠くないうちに勝手に消滅していくことだろう。
「ちっ、つまらぬなぁ」
ティーネの姿が完全に見えなくなって、ジェスターは耐えきれぬように愚痴をこぼしてしまった。
つい数分前にあったこの胸の昂ぶりは一体どこに行ってしまったのか。目前のオモチャを没収された幼い頃を思い出す。それに似た悔しさと憤りは確かにあるが、それを上回る敗北感はどうしようもない。
こうして殺されず見逃された時点でティーネがジェスターを眼中に入れていないのかよく分かる。もしくは、こうしてこの場の露払いしてくれたお礼のつもりなのかも知れない。
ティーネを止めるための戦闘は無意味だ。ならば言葉で、と思いバーサーカーから奪った携帯端末を拾い上げる。
ジェスター自身は全身ズタボロと化したが、攻撃に巻き込まれ壊れぬようさりげなくティーネの死角に落としておいた携帯端末は、あの攻撃の飛び火を受けることもなく無傷である。
無駄と思いつつも漏れ出た情報を閲覧する。情報は莫大であり、重複したものも多く、暗号化されているものも多い。索引性など期待することもできず、唯一電子端末の利点は検索は可能ということだけだ。
では一体、何と検索すれば良い?
ティーネ・チェルク、偽りの聖杯、スノーフィールド、神、などと検索を入れても出てくる情報はろくなモノがない。もっとピンポイントの単語でなければ期待できる情報は出てこないだろう。
「聖杯……聖遺物……不朽体……?」
ダメ元で連想ゲームの如く列挙してみるが、そこでふとジェスターの頭の中を過ぎったモノがある。
ジェスターは死徒だ。まさしく夜の眷属であり、そのために明かりのない場所であっても問題なくその視界は全てをさらけ出す。当然、扉を開けた時にジェスターはその“偽りの聖杯”そのものを見ていた。
その形は巨大な直方体。一目で分かる複雑かつ緻密な回路がその全体を覆っていたそれは、一見箱のようにも見える。たが、死徒という吸血種たるジェスターにそれはまるで寝所にしか見えなかった。
吸血鬼の寝所と言えば、一つしかない。
それは奇しくも繰丘椿が夢の中で“偽りの聖杯”に抱いた感想と同じだった。
聖杯と同様の魔力を秘めるだけの――棺桶。
「まさか……
我ながら現実味のない言葉に震えが来る。
ピラミッドなどの墓所であるならともかく、こんな巨大な
それでもおそるおそる検索をかけてみれば、ヒットした項目は数件ながら確かにあった。そのいずれも重要機密の判が押された
資料の内容に肝心の中身についての記述はないが、いくつかの資料を総合して考えるにその内容はジェスターの予想通り。原住民との関連性もある程度書かれているが、それと同時に物騒な言葉の羅列が所々に並んでいる。敵性勢力の接触項目の最終段階には「自爆決議」や「戦術核の使用」といった殲滅手段が大真面目に講じられていた。
これが本当であるならば、ジェスター含めこのスノーフィールドの街はもうすぐ核の炎で灼き尽くされることとなる。大抵のことは経験してきたジェスターといえど、そんな経験はさすがにない。
「……いや、」
笑ってしまうような自分の言葉に、ジェスターもおかしな点に気付く。
周囲の状況を見回してみる。屈強な警備兵に、侵入者を返り討ちにせんとばかりの銃火器の設置、そして何重にもかけられた物理的・魔術的結界の数々。ここに比べれば繰丘邸や原住民の要塞だって見劣りしてしまう。そのせいで情報の内容を真に受けてしまいそうになっていた。
「この程度のセキュリティで核攻撃などする筈もない……!」
慌てるジェスターも当然だった。
いくらここが秘密施設で厳重な要塞であるとはいえ、先ほどの黄金王ミダスの能力にあるような無差別かつ広範囲に影響を及ぼすような宝具があれば、あっさりとこの要塞は崩れゆくことだろう。対人ならともかく、対軍、対城宝具が飛び交いかねない状況でそうした想定をしていない筈がない。
このスノーフィールドを消し飛ばすほどの重要性があるなら、もっと他に幾つも対策を施している筈だ。資料を次から次へと流し読み、そして程なく、ジェスターは目的の書類を探し当てた。
“偽りの聖杯”、その接触が禁忌であるならば、それに対する対処策は障害となる警備が眠り、施設の電源が根こそぎ落ちた今であっても、今尚稼働し続けていることになる。この場を守る仕掛けはこの分厚い扉が最後などではない。
「宝具開発コード《ノア》……?」
添付された書類に記されたのは、キャスターが念入りに昇華し最高傑作と呼んだ特殊宝具の一つ。
数ある防御宝具において最硬を誇る強度と何者にも拒めぬ絶対不可侵領域――
ジェスターがその先を読もうとしたとき、奥へと一人進んでいったティーネの声が周囲に響き渡った。
それはジェスターが予想していた神へと捧げる歌などではない。
苦痛に喚くだけの、ただの叫びだった。