Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.08-02 ダークホース

 

 

 スノーフィールドにおける“偽りの聖杯戦争”、その八日目。

 既にこの段階で今回の聖杯戦争は完全に破綻寸前――否、破綻同然の状態にあった。

 

 連日のテロ騒ぎに一般市民への影響は限界に達していたのに加え、昨夜のロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)による情報の広域拡散。

 通常であればもはやなり振り構わぬ形で協会と教会が全力で乗り込んでいることだろうが、そうならない理由は“上”の情報操作とライフラインの物理的寸断、そして宝具笛吹き男(ハーメルン)による住民の強制睡眠・退去のおかげである。

 

 この内のどれか一つでも失敗していれば今頃世界中からスノーフィールドに注目が集まり、この戦争が露見していたことだろう。破綻同然でありながらその屋台骨はまだ折れてはいないのである。

 事が終わればその全てを誤魔化すことはもはや不可能に近いだろう。昨夜の戦闘で市内の一割は完全に廃墟と化している。人がいないことで街としての機能が麻痺しているし、何よりラスベガスからの送電が完全にストップしているためこの異常は短期間では終わらない。いかに陸の孤島と化して誤魔化そうとも、外の人間に気付かれるのは時間の問題だった。

 

 もちろん、それらを取り繕うために住民を笛吹き男(ハーメルン)で操り復興作業をさせることも可能だが、八〇万人を同時に操作するような莫大な魔力や処理能力を割く余裕などどこにもない。せいぜい住民を複数箇所に集め被害を少なくすることで精一杯である。どちらにしろ専門知識を持たぬ者が操ったところでどうにかなるものでもない。今は現状維持で精一杯なのである。

 

 そんなわけで、現在スノーフィールドの街はゴーストタウンと化していた。

 現在このスノーフィールド全域で動ける人間は約二千人。その内の八割は北部渓谷地帯の砦で籠城していた原住民で、あとの二割はスノーフィールドに未だ潜み笛吹き男(ハーメルン)にも抗った魔術師達とファルデウスが合流した二十八人の怪物(クラン・カラティン)である。

 

 数の利だけで語るなれば原住民に分があるが、残念ながら非戦闘員も多く有利というわけではない。それに原住民は族長の言葉を堅持し、迂闊に動き隙を作る真似をすることはなかった。

 何より、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の情報網は隅々まで暴露されているのである。街中に至る所に設置されているカメラの内蔵バッテリーと無線機能は未だ健在。下手に動けばすぐさま察知されること請け合いである。街中に出て行くにはリスクが高いと、原住民は理解していた。

 

 そう。

 だから、こんな真っ昼間に堂々と街中を歩く存在を見れば、殺されても全く不思議ではない。情報が大事であると痛感させられた全陣営において、こうも無頓着な人間がいるなど、一体誰が思うだろうか。

 

 スノーフィールド市の中心近くにある片側三車線の幹線道路のスクランブル交差点のど真ん中。大通りにも面しているこの中心部でその人物はサンドイッチを片手に食べながら、困った表情で右へ左へ視線を動かしていた。

 

「……誰もいないね、ライダー」

 

 椿の言葉に左手が反応し「そうですね、椿」と携帯電話のメモ機能によって反応が返ってくる。

 椿がこのスノーフィールドの現状を知らなくて当然である。街を離れていたことが災い(幸い?)し、椿とライダーは街中での戦闘について巻き込まれることもなく、まるで気付くことはなかった。

 笛吹き男(ハーメルン)の強制力もライダークラス特性の対魔力スキルで何をするでもなく自動的に弾かれ影響はなかったし、いくら待ってもフラットもティーネも迎えに来る気配もない。

 

 フラットから貰った食糧も尽き、街へ出る決意をしたのは陽が昇った後。ほんの少しだけと街へと出てきたが、このゴーストタウンと化した街の様子に椿が落ち着いていられる筈もなかった。

 また夢の世界に入ってしまったのではないかと不安に駆られ、ライダーに励まされながら途中のスーパーで食べ物を失敬しつつ探索へと乗り出したのだった。

 

「やっぱり、これは現実?」

 

 頬張るサンドイッチは新鮮野菜とウインナーの肉汁の染みこんだ実に美味しいものだった。

 状況こそ似てはいるが、匂いや香りに包まれたこの世界は現実なのだと徐々に実感しつつあった。ライダーの感想も同じようで「現実世界かと思われます。しかし確実に何かが起こっています」と助言もしてくる。

 

 ここで、この様子を端から見る者がいたとしたら、彼女は一体どういう風に見られることだろうか。

 この非常事態以上の異常事態の状況下で携帯電話を片手にあちこち探るように道のど真ん中を堂々と隠れることなく歩く少女。無防備そうに見えてその実、動きは実に淀みなく不自然なまでに自然過ぎている。目を凝らしてみれば少女の頭上には魔力の煙とも思える渦が発生しており、直射日光から少女を守ってすらいる。

 

 ネタをばらすと、そのほとんどはライダーが椿を慮ってやっていることだ。

 肉体になるたけ負担をかけぬよう動かそうとすれば、それは無駄を省いた綺麗な歩き方となり、身体の軸はぶれず腰の位置も上下しない。端からはどう見ても訓練されたような歩き方になってしまう。

 携帯電話も持ってはいるが、これは椿がライダーと会話するためのもので電波を発信や受信するものではない。

 道のど真ん中を隠れることなく堂々と歩いているのだけは椿の癖である。夢世界で車など走らなかったため、彼女にとって車道も歩道もあまり差異があるものではない。そして差異がないのなら道幅が広い方が歩きやすいのである。

 

 誤解が誤解を生んでいた。

 ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)のことを何一つ知らない椿とライダーではあったが、まるで情報を整理し確認しながら余裕綽々で歩いている強力な魔術師のようにしか見えないのである。可愛らしい少女の外見もこうなってしまえば敵を油断させるものと判断されても仕方なかろう。

 

 だから。

 次の瞬間には、彼女は十字砲火に晒されていた。

 

「わわ、わわわわわっ、何かなっ? 何なのかなっ!?」

 

 慌てふためき何が起こったのかすらも分からぬ椿をよそに、ライダーはこの状況を余裕すら感じさせながら軽く凌いでみせる。

 

 そう、これは戦闘である。

 今現在スノーフィールドが完全異常事態に陥っていることは誰の目にも明らかである。それでいて無関係の人間は排除され、お互いの情報もすべて筒抜け。こうした状況で坐して待つのは愚策である。優位に立つためには交通の要所を押さえ、先制することが重要だった。

 

 この場は街の大通り。NYやシカゴと比肩しうるこの場所が街の大動脈であるのは間違いない。だからこそ、下手なサーヴァント相手であっても容易に突破を許さぬだけの戦力が整えられて配置されている。

 情報が漏れ出た今であっても彼らは決して博識というわけではない。ライダーという存在については未だに不明な点も多く、その消滅の有無さえも直接確認できてはいないのだ。

 

 ここに至り椿も彼らも、無知でしかなかった。

 唯一の違いは椿とライダーは自らの無知を知っていたが、この場にいた二十八人の怪物(クラン・カラティン)は自らの無知を知らなかった。

 無知とは、時に災いを呼び起こす罪になるのである。

 椿の左手がこの状況にありながらも高速で打鍵する。

 

『一分程お待ちください』

「傷つけるのはダメだよ!」

 

 そんな場合ではないというのに椿は己の危険すら認識もせず、悠長に携帯電話を見ながらライダーに注意すらした。

 

『理解しておりますよ、マイマスター』

 

 椿の返事を待つことなく、ライダーは己の魔力を総動員して椿の身体を操り人形のように操ってみせる。

 まずは椿の身体を無理矢理跳躍させて軽く後方一回転、その間に椿の視界に映った射手の居場所を特定する。

 マズルフラッシュから特定するに、火線は全部で三本。左右のビルと背後のビルのY字に配置されている。第一次世界大戦から教本に載せられているような典型的かつ、攻略困難な陣形である。

 射手同士の連携も取れており、どうしても椿の視界を頼りに動くと死角からの対応には遅れてしまう。避けられぬ弾丸は張り巡らせた即席の魔力障壁で防いでいるが、一息つくにはいくら何でも頼りない。

 

 何とか遮蔽物に隠れたいところだが、ここはスクランブル交差点のど真ん中。アクロバティックな機動と障壁で何とか避け続けてはいるが、無傷のままでいられるのにも限界がある。

 ならば、やるべきことはひとつであろう。

 椿の左手が再度高速で打鍵する。

 

「『跳びます』って何っ!?」

 

 一応椿にはこれから何をするかをライダーは報告したが、残念ながらその意図は通じなかったようである。

 令呪によって椿の思考はライダーに筒抜けだが、その逆はない。人外の存在であるライダーからの思念が人間に適合しない可能性があったため、ライダーの思考を椿は受け取ることができないのである。

 

 サンドイッチの紙袋を小さく丸めて火線の元へと投げつける。小さなゴミであるが、魔力で強化された上に、メジャーリーガーもびっくりの豪速球で放たれれば、敵も虚を突かれよう。その隙に椿の両足がアスファルトの大地を踏みしめ、その膝が撓んで力を蓄える。この瞬間を三人の射手が見逃す筈もないが、それも一瞬のこと。次の瞬間には射手は全員、繰丘椿の姿を見失うことになる。

 

 人間には決してあり得ぬ跳躍力。一〇……いや、二〇メートルを超える大ジャンプはまさしく想定外。なまじ事前に人間でもなんとか行えるレベルのアクロバティック機動をしていただけに、その落差はうまい具合に虚を突く結果となっていた。

 

 着地点は三カ所の射撃ポイントで一番高い場所である。夢の中で下の階から上の階へと攻め込んだことのあるライダーだ。相手の高所を取ることの利点は身をもって知っている。

 そして制圧の仕方も慣れたもの。

 

「はふんっ!?」

 

 強烈な加重に目を回しそうな椿であるが、ライダーは血流を調整し筋肉を操作して無理矢理にその体勢を整える。ブラックアウト寸前の視界を無理矢理確保して見れば、銃火器を持って未だ椿の姿を探す間抜けな射手と観測手。そして彼らの護衛役と思しき兵士と目が合った。

 

 ライダーはこの戦闘において初めて焦りを感じ取る。何せ、護衛役はその両手にロッド式の棒状の武器――トンファーを装着している。攻守ともに優れた近接戦闘特化武器なのは認めるが、まさか魔力が込められた弾丸を撃ち込んでくるような連中ががただのマイナー武器を趣味嗜好だけで装備させているわけもない。ライダーの魔力障壁など、この武器の前では幾らも役に立たないだろう。

 

 一瞬で状況を理解し目前にまで近寄る護衛役。目にも留まらぬ攻撃を寸でのところで椿の身体は避けてみせる。そのまま身体が小さいことを活かし、倒れ込むようにして護衛役の両足に絡みつく。

 通常であればこんなことで護衛役の巨体を倒すことなどできはしないが、ライダーが強化した椿の身体は通常の一〇〇倍以上。護衛役も魔術師であろうが、まさに桁違いの出力に為す術もなく転がされ、

 

「はい、タッチ」

 

 椿の指先が転がされた護衛役の口内へと軽く侵入する。その指には予め椿の唾液、もっと端的にいえばライダーの端末そのものが付着している。

 粘膜接触によって体内の免疫機構と魔力回路が即座に反応し、そのショック反応に護衛役は耐えきれずあっけないほど簡単に意識を手放した。

 

 そして遅まきながら、背後に現れ護衛役を倒した椿に射撃手と観測手は大いに慌てるが、しかしそこの判断はプロであった。

 手中にあった機関銃を躊躇なく投棄。腰のベルトからナイフを抜き放つ動作を見れば、二人ともそこそこ腕に自信があるのが分かる。おまけにナイフには何らかの呪印も刻みこまれ、濡れるような魔力も感じ取れる。先のトンファーより威力は小さいようだが、当たりどころが悪ければ十分な脅威となり得る。

 

「え? 五月蠅いでしょうから聴覚を遮断します?」

 

 そんなあからさまな殺気を前にしながら、ライダーはもう終わったとばかりに椿へ報告した。

 襲いかかる二人を前に、椿は慌てない。ライダーが動かないということは、もう戦闘は終わっているのだと、彼女はよく知っている。

 

 左右同時に襲いかかるナイフは、かなり余裕を持って止まっていた。最初こそ自らに起こった事態を飲み込めずにいた二人も、すぐにその瞳から意思の光が抜け落ちる。それもその筈。この場に椿が乗り込んで数秒経っているのである。この距離で数秒もあれば、“感染”させるのは非常に容易い。

 

 ライダーの“感染”は無敵の盾と矛となり椿を守る。

 魔術師ならば常に魔力を体内に循環させて対処することも可能だろうが、先の護衛役みたく口内などの粘膜に直接接触されれば多少の抵抗があったところで一瞬で“感染”する。それにしたって油断した人間であれば粘膜接触する必要もない。

 極端な話、敵の傍を少し通り過ぎ数秒待つだけで椿の勝利は確定するのである。

 

「どうするの?」

 

 ライダーがやろうとすることが分からない椿が聞いてくる。

 さすがに向かいのビルにいる敵兵を昏倒し操るレベルの“感染”は不可能であるが、ライダーが無策にこの三カ所の中から一番高所を潰したわけではない。

 

 “感染”させられた射撃兵はいくらか抵抗したようであるが、数秒もすればナイフを落として完全にライダーに支配される。ふらふらと椿を狙った機関銃を手に取り他二カ所に設置してある機関銃を狙ってその弾丸を容赦なくぶち込んだ。

 無線機から聞こえる仲間と思しき抗議の声に応じることなく、虚ろな顔をした射撃兵は役目を果たすとそのまま倒れ伏していく。

 

 人を傷つけるな、という令呪を受けたライダーではあるが、この“感染”についてはその命令の範囲外という認識を持っている。そもそも怪我と病気ではその意味が異なっているので、ライダーが気をつけるべき点は“感染”によって人の体組織を傷つけないようにするだけだったりする。

 

 ありとあらゆる制約を設けられたライダーであったが、未だダークホースの座に留まり続けていた。

 

 

 

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