Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
署長がキャスターの名を自信を持って告げた丁度その頃。
その当のキャスターは、今まさに消滅しかけていた。
戦争。
まさに戦争だ。
偽りの聖杯戦争、そのわずか一端に過ぎぬ戦いであるが、その経緯を語るにはあまりに密度が濃すぎた。
北部丘陵地帯で行われた原住民、その穏健派との会談を『表』とするならば、キャスターが担当したのは『裏』であろう。即ち、ティーネ・チェルクが粛清した原住民急進派、その残党との調整である。
同時刻に同陣営の反対派閥に接触するのはあくまで『表』が失敗した時の保険であるが、ただそれだけではない。署長達が勝ち残る――生き残る為には敵対するファルデウス陣営以外の協力が必要不可欠であり、手駒は多ければ多いほど良いし、結束は固ければ固いほど良い。
同陣営ながら反目しあう間柄なので、意見調整ができるのであればそれに越したことはないのである。
ここに、策略と陰謀と電撃戦と包囲戦と攻城戦と撤退戦と外交戦と内応と休戦と開戦と決戦の準備のための休戦と開戦の予備行動としての和平交渉が行われた。その場に至るまでに行われた戦争は数知れず。そして生まれた疑念と疑惑、誤解と行き違いも数知れず。本来では決して辿り着けぬであろうそのドラマに、全米は涙した。
そして。
その結末が訪れようとしていた。
幾千幾万とあった大小様々な奇跡が織りなす物語は、ここに収束する。
御存知の通り、この聖杯戦争で最も戦闘能力が欠如しているサーヴァントは間違いなくキャスターである。
彼自身に従軍経験もあるが、比較的近代であるキャスターの時代の軍隊と現代の軍隊ではその練度は比べものにならない。銃弾飛び交う中で白兵戦をさせるなど論外であり、そもそも魔術師としてではなく劇作家として召喚されたキャスターは魔術を解することはできても習得はしていない。
くどいようであるが、真っ当な戦力に数えられるサーヴァントではないのだ。
だからこそ、キャスターが構えるのは拳ではなく舌。単純な戦力比を試算すればキャスターと原住民急進派は最低でも一対一〇〇以上。これを原住民急進派リーダーと一対一の決闘にまで持ち込んだのはキャスターならではの手腕と言えた。
一対一で殴り合い、勝者が敗者の全てを奪うルール。
魔術や武器の使用は認めない。時間は無制限。敗北条件は意識を手放す(消滅も含む)か、負けを認めるかの二択。
一見すると対等な条件なのかもしれないが、まかりなりにもキャスターはサーヴァントである。生前こそ一般人並の身体能力だったかもしれないが、英霊としてパラメーター補正を受けて召喚されているので正々堂々ドーピングしているようなものである。ルールも抜け穴だらけで、破るまでもなくすり抜けるのに苦労はするまい。
ここまで来た段階で、勝敗は決したようなものであった。
そんな都合の良い条件にまで持ち込みながら、あろうことかキャスターは、追い詰められていた。
酒でも飲んだかのように足元をふらつかせ、背後の壁に背中を預けるようにキャスターはそのまま崩れ落ちる。
その姿はボロボロで、あと一撃でも喰らえば今にも消滅するまで消耗仕切っている。対して、対戦相手である急進派リーダーはほぼ無傷である。キャスターをあまりに殴りすぎてテーピングした拳に血が滲んでいるが、それを負傷と呼ぶにはさすがに無理があるだろう。
キャスターは、もはや小指一本だって動かすことができない。今なら幼子であってもその命を奪えるだろう。血気盛んな若者であれば、尚のこと。
急進派の中核がティーネ・チェルクによって粛清されたのはつい先日のことだ。人間と組織とではその共通点も多いが、相違点を挙げるとするなら、頭を潰されても生きることができるということか。
そうしたわけで、ティーネの粛清後に急遽後釜に座ったのがこのリーダーである。血筋は確かで次代を担う者であるのは確かだが、当然そこに必要な知識と十分な経験、そして周りが納得できるだけの実績があろう筈もなかった。一対一の決闘を承諾したのだって、舌より拳の方が得意だからに違いなかった。
勝敗は決した。
リーダーはこれ以上にない程完璧にキャスターに勝利し、キャスターはこれ以上にない程完璧にリーダーに敗北した。
元からの戦力に差があったことは、認めよう。相手の得意なバトルフィールドも承知していた。リーダーに慣れたルールであったことも知っていた。
だからといって、弱いとはいえ曲がりなりにも英霊と称される存在が、緻密かつ確実な下ごしらえをしつつ、卑怯にも大人げなく宝具を隠して持ち込みながらこんな状況になるなど、一体誰が想定するというのか。当のキャスター自身でさえ、こんな消滅ギリギリのボロボロになるなどと想定していなかったのである。
「俺の……負けだ」
そして、とうとうその言葉が紡がれた。
ついに一度としてキャスターの拳はリーダーへと届くことはなく、一度としてリーダーの拳をキャスターが避けることはできなかった。この一方的な決闘に二〇分もかかったことを考えれば、健闘したともいえよう。
キャスターの勝利が確定した瞬間である。
がくりと膝を付き、急進派リーダーはその口から敗北を口にした。
「俺達の完敗だ、キャスター。俺達は、お前についていく――いや、ついていかせてくれ。いかせてください。俺達を――導いてください!」
声が、急進派リーダーの口から響き始める。
開いた瞳からは光が溢れ、かつて宿していた狂気に満ちた怒りを焼き尽くしてゆく。滂沱と涙を流し、己の不明を恥じて、自然とリーダーの身体は地に伏せていた。
「土下座とは大袈裟だぜ。ここはいつから日本になった?」
「いや、ただ頭を下げるだけなんて恥ずかしい真似できやしねぇ! あんたの気が収まらないなら、このまま俺を殺して欲しいくらいだ。さっきまでの無知蒙昧な猿山の大将であった過去の俺を、心の底から殺してやりたい!」
ここに銃なりナイフなりがあれば自害しかねないリーダーを見て、ちょっとやり過ぎたかなー、とキャスターは思わなくもない。
「命を大事にするんだな。俺が何の為にお前に殴られたのか分からねえじゃないか」
「――! ああ、そうだ、そうだよな。こんな屑な俺のためにわざわざ身体を張ってくれたんだ。これを無為にしちゃ俺達原住民の名折れだぜ!」
身体を張るも何も、実力でキャスターはリーダーに負けたことに違いないのだが、そこは黙っておく。
「まずは立ち上がれ。まかりなりにも急進派の頭目が皆が見ている前ですることじゃねえよ」
キャスターが視線だけで周囲を確認すれば、この光景に目に涙を浮かべ感動している取り巻き連中がいた。アウェーで戦うスポーツ選手さながらの敵意を向けられたというのに、決闘前と後とでその態度が四八〇度ぐらい違う。一周以上するのはいろんな意味で凄いと思う。
「みんな、聞いたか! 俺達がしでかした数々の非礼よりも前に、この御方は俺を慮ってくれる! 俺は今猛烈に感動している! こんなすがすがしい気分は生まれて初めてだ。ありがとう、キャスター!」
「サン・テグジュペリだ。たとえおまえが世界中の全ての人間を敵に回したとしても、俺はおまえを支持する。俺の名前を胸に刻め」
「大切なものは、目に見えない――この俺の矮小さに気付かされるばかりだ。兄貴、と呼ばせてくれ――!」