Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
ティーネが出した結論は、英雄王殺しの可能性だった。
自らも駒の一つと言い切れるティーネにあって、たかが一部隊の全滅など予想外どころか織り込み済み。彼女が真に動揺したのは、英雄王の寝首を欠ける存在がいるという一点のみ。
ティーネが出した結論に、アーチャーは特に憤ることなく、黙って視線をティーネに返した。続けろということらしい。
一抹の安堵を覚えながら、あくまで可能性だと前置きしてから、ティーネは話を続ける。
「先のジェスターの件と、此度の戦士達の失踪。一連の出来事の規模を考えますと、これはただの魔術師が仕掛けているというより、サーヴァントの仕業と考えるのが妥当です」
一人や二人だけならまだしも、現時点でかなりの人数が行方不明となっている。闇雲に魔術師を狩っているというよりは、ソウルイーターとしてかなり大規模に魔力を集めていると考えるべきだ。
それも、肉体ごと消化するような大食らいである。
「それだけでなく、あれだけの数の魔術師を誰に気づかれることなく屠り吸収したとするなら、その筆頭は隠密活動を得意とするアサシンに他なりませんが――」
もちろん、ジェスターがマスターであることを確認できていないティーネに誰がアサシンを召還したのかわかる筈もない。
が、ここにティーネにとって誤解して無理からぬ判断材料があった。
サーヴァント・宮本武蔵の存在である。
武蔵の情報をティーネは伝令役から手に入れている。武蔵の戦法や能力はあの戦場を脱した多くの魔術師が把握しており、この段階で手に入れずともそう遅くないうちに手に入れていたことだろう。
正体を知れば、その逸話から能力値を逆算し、それに合わせたクラスを推測するのは当然だ。相手のクラスを特定できれば必然的に他のサーヴァントのクラスを絞り込むことができる。
宮本武蔵――サーヴァントとしての格は高くない。魔力もかなり低く、技術はともかくとして宝具らしい宝具も持ち合わせているようには見えない。
頭上からの奇襲、卓越した剣技、多数を相手取る心得、そのいずれも高い評価をせざるを得ないが、サーヴァントとして見ればどれも決め手に欠ける。状況から考えるにスキルとしては気配探知、気配遮断、戦術眼といったところか。いずれも正面から正々堂々戦うタイプではない。
投擲術も得意としているようだがアーチャーのクラスはギルガメッシュによって埋められている。ランサーのクラスも英雄王の口からエルキドゥとも聞いているのでこれも違う。バーサーカーのクラスにもそぐわない。五輪の書を著したことからキャスターのクラスは考えられるが、ああも直接戦闘に及んでおきながらその可能性は低かろう。背中にマスターを背負っていたと情報はあったが、ライダーという風にも見えない。
第五次聖杯戦争に召還された佐々木小次郎の好敵手ということを併せて考慮すれば、もはや答えはひとつしか出てこない。
宮本武蔵を、ティーネはアサシンと推察していた。
「そのアサシンにそうした魂喰いの能力がないことは確認できています。それにああも派手に動きながら現場から逃走した様子がないことと魔力反応が途切れていることから、アサシンはあの場で脱落してしまったと推測されます。
となれば現状、アサシン並の隠密性を有したサーヴァントがこの街に潜んでいることになります」
ティーネのこの結論を、一笑する者はスノーフィールドのどこにもいまい。そもそもこの“偽りの聖杯戦争”には複数の思惑が深く複雑に絡み合っている。そのため全体像を把握している者など黒幕も含めてどこにもいやしないのだから、無理からぬ誤解である。
だが反面、的を射た推察もある。
もし英雄王と相対するならば、付け込むべきはその油断と慢心に他ならない。
例えばの話ではあるが、「虚数」と「吸収」を掛け合わせた「影」といったものがあれば、状況次第で英雄王を数瞬で倒してしまうのも十分に可能だと彼女は判断した。
そのために彼女はまず驚異となる可能性がないことを確認すべく調査をしたわけだが……。
この事件、最悪の想定である「影」がいる可能性が飛躍的に高まる結果となった。
「影」についての推察は口に出さなかったが、その意図は十分に伝わっていよう。ティーネが平伏したことで報告は終わりだ。これ以上は子細を告げるにしても蛇足だろう。マスターとして、サーヴァントに余計なことまで言いたくはない。
「なるほど」
と、英雄王は口にした。
平伏するティーネからアーチャーの顔を伺うことはできない。
「我に斯様なサーヴァントがいるから気をつけろ、いつ何時どこからやってくるかも分からぬならず者に対し注意警戒せよ、と言うわけだな?」
「……御身を大事にすることが現状で最良の方策と心得ます」
英雄王の意地の悪い言い方にティーネは言葉を選ぶ。
ティーネとしてはまだ何も分からぬ「影」の如き存在について、詳細な情報を手に入れたい。正面切って戦う限り、この黄金のサーヴァントに敵う者などそういるわけがないが、正面切って戦わない者に対してはその限りではない。
対処策を練るのはマスターたるティーネの仕事だ。
しかし、そのためにはこの暴君と名高いギルガメッシュには大人しくしてもらう必要がある。
奇襲を受けるような場所には行って欲しくないし、街中で事件を起こすような真似も遠慮願いたい。唯我独尊を地でいくサーヴァントがこちらの都合をどこまで慮ってくれることか。
が、そんなティーネの思惑を余所にアーチャーは軽く応える。
「ふん。まあよい。気をつけることにしよう」
「………………」
意外な返答に、ティーネは次の言葉を出すことができずにいた。
あくまで可能性の話だ。ティーネ自身も全部当たっているなどとは考えておらず、ランサー以外に英雄王と正面から互角に戦えるサーヴァントがいる可能性は現状で一割以下。仮定に仮定を重ねた「影」の存在については可能性が高まったところで一パーセント程度でしかない。
話せば激昂する、少なくとも機嫌は悪くなるだろうと踏んでいただけに、ティーネとしては拍子抜けである。
「俄然面白くなってきたではないか。確かに、我の身体こそがこの世で最も大事にすべきものだ。あやつと再会するまでは万に一つもあってはならんことだ」
言って、すっくとアーチャーは立ち上がった。
自然な動作である。まだ短いつきあいではあるが、普段から英雄王の行動そのひとつひとつに注意を払っているティーネから見ても、特に何ら変わったこともない。あくまで自然体であるが――その所作に、ティーネの全身に果てしなく嫌な予感が駆け巡っていた。
そしてもちろん、嫌な予感は嫌な事実として確定することになる。
「何を呆けている。出かけるぞ」
「――は?」
間抜けな声だ、とティーネは自分でもそう思う。だがそれより何より理解しがたい言葉が告げられたように思える。
言葉の意味を咀嚼するのに時間が欲しいティーネを余所に、アーチャーはティーネを待つような真似はせず、正に王者の貫禄を持って外へ通ずる道を行く。
王の出陣とでも名付けたい様相ではあるが、ティーネの目にはその後ろ姿が仕事終わりの労働者のように見えている。
戦というより歓楽街へ赴くかのよう。
「一体、どちらへ行かれるおつもりですか?」
「決まっておろう。その不可解なサーヴァントとやらを退治しにいく」
「………っ!?」
当然とばかりに応えた英雄王の言葉に、今度もまた彼女は絶句する。
たった今、このサーヴァントは気をつけると言ったばかりだというのに!
ティーネの心の叫びがアーチャーに届く筈もない。届いたところでアーチャーが頓着する筈もない。
「サーヴァントでなく魔術師を喰らうというなら、まだ幼い小物に過ぎん。でかくなった化け物相手をするのも一興だが、それを待つのは性に合わん」
言われてみれば、そうかもしれないが。
「ま、待ってください! せめて! せめて私を共に――」
「当然だ。貴様でなければ一体誰が街を案内するというのだ」
先行する英雄王に慌ててティーネはついて行く。
本来、サーヴァントに一番気をつけるべきはアーチャーではなく、マスターである彼女自身だ。サーヴァント不在のところを狙われてはいくら気をつけていたとしても対処のしようがない。特に、誰に気づかれることなく痕跡もなく魔術師を消し去っていく者であるなら、尚更。
ちなみに、彼女を共に付けることがアーチャーにとっての「気をつける」にあたるのであるが、予想外な事態に弱いティーネがそのことに気づくにはまだ少し時間がかかるようである。