Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
――なんてことが、あったりなかったりして。
「茶番ですね。反吐が出ます」
と感想を述べながらどこからともなくアサシンはキャスターの傍に出現する。念のため拠点を出た時からアサシンには姿を隠して秘密裏に動いて貰っていた。別段驚くべき事ではない。
「……」
そんなアサシンを地面に倒れたままキャスターは視線だけを返す。スカート姿のアサシンである。上首尾に運べばその中身を見られるかもとか欠片も思っていない。なのに何故かアサシンはキャスターに近寄ることなく絶対零度の視線を向けるのみ。仲間が床に倒れているのに助け起こさないとはどういうことだろうか。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
沈黙合戦が続く。
キャスターが「俺は良いからお前達は自分のやるべきことをやれ」と言ったので急進派はもうここから立ち去っている。キャスターに肩を貸そうと動く者もいたが、アサシンに言いたいこともあったので丁重に辞しておいた。これを深読みしたリーダーが「絶対に肩を貸すな! 戻ってくることも禁止! ネズミ一匹通すんじゃねぇぞ!」などと言っていたのでここに第三者が介入する可能性は低い。
本来ならそれが一番正しいのだが、この気まずい空気を前にキャスターはリーダーのその判断を恨みたくなってくる。
口から先に生まれ出てきたような男である。こうした不要な沈黙には慣れていないし、嫌いである。そして片やあのアサシンだ。寡黙とか沈黙が得意とかそういうレベルではなく、母親のお腹の中にコミュニケーション能力を忘れてきたような女である。アサシンにとって、この状況は日常の空気となんら変わるところではない。
土台、最初から沈黙合戦で勝てるわけがなかったのだ。会話の糸口となるべきツッコミどころもアサシンにとっては気にするようなものでもない。「お前がサン・テグジュペリってツラかよ、同じなのは性別と国籍くらいだっつーの!」などとアサシンが口にするわけもない。
幸いにして一番重要な点をアサシンは理解している。理解していなければ、キャスターの傍らに付きそうような真似をせず、仕事は済んだとさっさとどこかへ行くに決まっていた。
はあ、と肺の中の空気をキャスターは思いっきり吐き出した。喋ると口の中に鉄の味が広がるが、確認しないわけにもいくまい。
「……さて。アサシン。この状況をどう見る?」
「計画通り。何の問題もない」
仕方なく切り出したキャスターの言葉に、アサシンは用意していたであろう台詞を完全無欠の棒読みで応えてみせた。
「ほう? これが計画通り、だと?」
「あなたが陽動。私が本命。結果、原住民急進派は無傷のまま穏健派と合流。
何か問題がある?」
「この俺の怪我を見ても同じ言葉がいえるかなお嬢さん?」
「何か問題がある?」
臆面もなくアサシンは同じ言葉を繰り返す。
表向き、この会談の成り行きはドラマチックである。山あり谷あり。時折獣にも遭遇し、反目し、敵対し、運命の悪戯があり、助け合い、打ち解け合い、倫理規定と放送禁止コードにひっかかり、そして最後に驚愕の展開が待ち受けている。この場にたまたま居合わせた数十人の急進派は後世までこの幻想的な光景を生き証人として語り継いでくれることだろう。
それが本当に幻想であることも知らずに。
「計画なら、俺とリーダーが戦う前に決着はついていた筈だぜ? おまえの《狂想楽園》ならこの程度なら朝飯前とか豪語してたよなぁ?」
「実際、朝飯前。あと六時間もすれば朝よ」
「そいつぁ傑作だな! 死ね!」
とうとう回りくどい言い方をやめて直截な物言いになってきたが、それでアサシンが反省するわけもなかった。
キャスターがここに来て声を荒げる理由も当然である。
既に崖っぷちに追い込まれている自陣である。この期に及んでお上品な選択肢が取れるほど余裕はないし、そもそもそんなことに頓着するプライドなど最初から持っていない。
計画ではキャスターが急進派の耳目を集め、その隙にアサシンが狂想楽園で洗脳する手筈であった。ローリスクハイリターンの作戦だったというのに、なぜ自分はこんなところで床の味を知らねばならなかったのか。
「……効果が、薄かった」
「だよなぁ! あいつらの目の中のグルグルが一個多くなるのに結構時間かかってたようだしなぁ!」
目線をキャスターから逸らし、己の手を見つめるアサシン。その手は汗と見紛う液体に濡れていた。
暗殺教団を組織した初代山の翁、その業である狂想楽園は対象者を忠実な狂信者へと変える業――と、伝え聞いた内容と少しだけその中身は違う。
狂想楽園の正体は、術者の体内で薬物を作り出すラボラトリー能力である。
人間が当たり前に備えているホメオスタシスを操作できれば、人間の可能性は飛躍的に多くなる。痛覚遮断や神経加速といったことは勿論、体内で毒を即興で作り出したりすることも可能。汗腺から毒を出し爪先で軽くひっかくだけで、対象は中毒に陥り術者から離れられなくなるという。
……どこかで聞いたような能力だが、人間が行うにはこれくらいが限度であろう。直接接触ではなく空気感染、しかも数万人の行動すら制御できるサーヴァントの方が例外で異常で規格外なのである。
「時間がなかったとはいえ、こんなことなら実験くらいしておけばよかったぜ。伝説より効果が弱すぎだろ」
「違う。毒そのものはもっと強力にすることは可能だった」
「じゃあなんで強力にしなかったんだよ」
「私の身体が作り出した毒に耐えられなかっただけ」
「尚悪いわ!」
アサシンの告白にキャスターは身体が痛むのも無視して叫んだ。
河豚が自分の毒に当たって死ぬようなものだ。過去の業を習得するのは結構だが、実用に耐えられる下地も習得しておいて欲しかった。
この事実をアサシンはもう少し自覚するべきだ。
一歩間違えただけでこの計画は水泡に帰していたかもしれない。水泡どころか、この事実を急進派が知れば、反乱が起こっていた可能性だってある。粛清によって急進派は大幅に弱体化したとはいえ、その反乱は署長の『予定』にもあったものだ。上手く事が運んだから良かったものの、薄氷を踏んでいた事実に薄ら寒くなる。
特に、真っ先に怒りの矛先を向けられるのはキャスターだろう。宝具で守られながらこの様だ。とても生きて帰れるとは思えない。
一般人にリンチされて消滅するサーヴァントなど前代未聞である。
「関係ない。いざとなれば、全員殺せば済む」
青ざめるキャスターの顔色に、アサシンは事も無げに応じる。
「それくらいなら、毒を作るより簡単」
「それをされたくないからこんな回りくどいことをしてんだろうが!」
怒鳴るキャスターにもどこ吹く風。とりあえずこれで報告の義務は果たしたとばかりに、アサシンはそれっきりどこかに消えていく。微風も起こってないところから回想回廊とかいう業ではなく、以前にバーサーカーを介して渡した『石ころ帽子』を使用したのだろう。その事実にキャスターは苦々しく思う。
あの“石ころ帽子”にここまで完璧なステルス能力はない。あれはただ気配を薄め周囲に気付かれにくくするだけの宝具で、下準備さえあれば魔術で再現可能な程度のものである。実際に透明化しているわけではないのだ。
だというのに、アサシンは創造主の想像を超えた使い方をしてみせる。霊体化もできぬのに目の前でああも完璧に消えられると、同じ条件で無様に姿を晒し動いているこちらの立つ瀬がない。
今回の一件でキャスターが驚愕したのは、実はそこである。
アサシンの気配遮断スキルが凄まじいのは知っている。同じく宝具の助けがあったのもまた事実。それでいて、急進派の注目はキャスターが一身に集めていた。お膳立ては整っているが、それだけでしかない。
この広い空間に、数十人もの急進派が集まっていたのだ。その全員がそれなりの戦闘スキルを有した戦士である。その誰に気付かれることもなく、アサシンは狂想楽園を使用してみせた。
キャスターの記憶では、気配遮断スキルというのは攻撃モーションに移れば極端にそのランクを落とす筈だった。だというのに、注意深く周囲の様子を伺っていたキャスターにさえ、アサシンは攻撃の瞬間を悟らせることができなかった。毒が回り時間差で様子がおかしくなったのを見て、ようやく気付けたくらいである。
まさに天才――いや、化け物か。
狂信者の看板すら生温すぎる。
過去の業すらも彼女の本質にとっておまけでしかない。
「こりゃ、見誤っていたかもしれねぇな」
ここでようやく、キャスターはアサシンのマスターであるジェスターが彼女に執着する理由に合点がいった。
彼女の生き様は、彼女の能力に見合っていない。マスターとして彼女の記憶を垣間見ることのできたジェスターだ。その可能性は十分にある。
久々に、劇作家としての血が疼く瞬間だった。
無性にペンと紙が欲しくなる。
「アサシンのマスターは確か、砂漠地帯にいる筈か」
アサシンをこっそりキャスターの護衛に付けて砂漠地帯へ赴く手筈だったが、ジェスターとアサシンが出逢うとシナリオが大きく狂う展開になりかねない。これは配置換えの必要があるだろう。
「……いや、これはいっそのこと欲張ってみるのも手の一つか」
キャスターの頭の中で全ての作戦が練り直される。
幸いにも、血気盛んで恐れ知らずな急進派をまるまる抱き込めたばかりだ。東洋人に担って貰おうと思っていたが、せっかくなので彼らに肩替わりして貰うとしよう。ついでに東洋人が持ってるアイテムも手に入れられれば万々歳だ。貴い犠牲となってもらう急進派が使うとでも言っておけば返す必要もあるまい。
先程まで兄貴と呼ばれ慕われていたというのに、キャスターはそんな彼らの心情を踏みにじることを決定していた。盛大な嘘をついて扇動もしたのだ。それで心を痛めるくらいなら劇作家など名乗ることなどできやしない。
「やはり、これくらいやらないと面白くねえよな……」
本音を吐露しながら、キャスターはニタリと笑った。
しかし、目下のところ一番の問題点は放置されたままである。
明日の作戦は、全員参加が前提条件である。一人で立ち上がることすらままならぬキャスターが果たして作戦に挑めるのか、当のキャスターにも分からない。
まさか作戦立案や事前準備、戦闘以外で地味に大ピンチに陥っていようとは、敵味方含めて誰も想像すらしていないことだろう。
「いてぇな、チクショウ」
作戦開始まで、残り半日を切っていた。