Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.09-04 アドリブ劇

 

 

 小隊長に手首を握られたまま、軽く前へ押すようにしてライダーは椿の身体を立ち上がらせた。

 

 操る身体は軽かった。

 身体を操る優先権が与えられたことで、処理の一元化が計られる。四肢に限定した、コンディション・シフトを実行。臓器を粘膜保護。物理セキュリティレベルを倍加。脳への負担を軽減しながら、身体はリミッターを外した過負荷行動にも耐えきる状態に変性させられる。

 外見からこの身体強化と肉体変異を見破ることはできまい。見破るには椿とライダーとの所作の違いを把握するしかないが、一秒に満たない時間でそれは不可能だ。

 ライダーは、攻勢に転じた。

 

「――ッ!?」

 

 不可解な事態に小隊長の身体が一瞬強ばる。

 何故なら、椿の右手を握った手が動かなくなったのだから。

 対サーヴァント戦闘に特化した部隊に囲まれているのだ。こんな状態で新たに魔術などを使えば気がつかぬ筈がない。実際、ライダーは椿と身体の主導権をスイッチしただけで実は魔術など一切使ってはいない。

 

 なまじ強者との多対一の戦闘訓練を積んできただけに、こうした弱者からの奇襲に二十八人の怪物(クラン・カラティン)は弱い。そして不可解な現象を全て魔術の一言で片付け、宝具を頼りにするのも二十八人の怪物(クラン・カラティン)の悪い癖。

 魔術を使っていないのだから、これは単純な技術なのだと当たり前の発想を小隊長は思いつけなかった。

 ライダーはただの人体の構造を利用しただけだ。

 

 何かを握った状態で相手からこうした動きをされると筋肉と靱帯が反射的に硬直し、握った手は開けなくなる。直後に小隊長が取るべき行動は手錠を手放し宝具に手を伸ばすことではなく、握った手を自ら殴って手を開かせるだけでよかったのだ。

 

 椿が立ったことで背後で銃を構えていた二十八人の怪物(クラン・カラティン)は小隊長の動きを把握できず、すぐに射殺される心配はなくなった。他二人の二十八人の怪物(クラン・カラティン)も隊長が手錠を落として宝具に手を伸ばしたことで異変に気付くが、ライダーを牽制できても瞬時に殺せる姿勢ではない。

 

 立ち上がったことで、ライダーは自らの勝利を確信した。

 固まった腕を軸に腰を回す。小隊長と椿の体躯は一目瞭然。だというのに小隊長の身体は椿を軸に円を描くように回転し、背後に銃を構えている隊員からの盾とする。大樹の根がうねり、ただでさえ足場は悪い。小隊長の重心は完全に崩され、その勢いを利用してライダーはその顔面を思いっきり地面へと叩きつける。ゴーグルをしているとはいえ、その衝撃は脳を揺らし頸椎を痛めつけた。

 これで一人。後は三人。

 

 残った中で最大脅威なのは背後から銃を構えていた二十八人の怪物(クラン・カラティン)。しかし小隊長を盾にして半回転したおかげで今は正面から相対できてるし、その距離は二歩で辿り着ける。

 よくよく顔を見れば、まだ若い。この部隊はルーキーとロートルの組み合わせのようである。そしてこの距離にあって銃を握る手に力が入りすぎている。さっさと撃つか、ナイフでも取り出せばいいのに、これでは二十八人の怪物(クラン・カラティン)の中でも落第であろう。

 

 小さな椿の身体を活かして、ライダーはほぼゼロ距離にまで入り込む。簡易強化外骨格に身を包まれている彼らは素早い動きと高い防御力を有している。本来なら徒手空拳で相手などできるわけがない。

 椿の身体は軽い。ただでさえ小柄な上に一年にも渡る入院生活が無駄な肉どころか必要な筋肉まで削ぎ落としている。残された筋肉を強化することで軽量化された身体は俊敏な動きを可能とするが、リーチは短いし悲しいくらいに打撃力はない。

 だから、ライダーは懐に入り込み、拳を強固なボディーアーマーに当てはするが、殴りつけるような無駄なことはしない。

 そして、わざわざ魔力で強化する必要もない。

 

 ライダーは、その技が何と呼ばれているのかは知らない。ただ、椿という身近なサンプルから人間の肉体構造を把握し、こちらの動きを最適化しつつ、効率の良い攻撃方法を模索し、人体の急所へと攻撃を当てるだけに過ぎない。

 

 このライダーの理論は、中国武術において『発勁』と呼ばれている。

 

 つま先を始点として運動量を発生させ、接触面のボディーアーマーすら利用して力を導く勁道を開かせる。人体の急所へその威力を爆発させるその技は、俗に寸頸と呼ばれる絶技である。

 かつて第四次聖杯戦争の折りに言峰綺麗はこの技で大木をもへし折って見せたが、ライダーが使ったこれは威力においては大きく劣っている。厳しい修練から得た極地と、ただの理論から得た解答では威力が違うのも当然。それでも人体に対する威力としては破格の域にあった。

 残り、二人。

 

 血を吐き白目を剥いて倒れる仲間を見て躊躇する……などと可愛い真似があろう筈もなかった。

 一瞬で二人も倒された事実に、残された二人は容赦というものを即座に捨て去った。くしくも二人はライダーの左右に位置している。両者とも手繰る宝具はどうやら中距離タイプらしく、挟撃するにはうってつけ。

 

 そして、迎撃するのにもうってつけだった。

 

 椿の目をライダーはカメレオンの如く左右別々に動かし、二人を観察。散眼という多方面からの攻撃を捌く目の動きだが、またもライダーはそのことを知らずに実践してみせる。

 間合いを把握し、攻撃モーションを予測。素手で二人を倒したことからライダーには近接戦闘技能しかないとみたのだろう。間合いの外から大振りに構えるその所作が隙となった。

 

 トス、と挟撃する両者のボディーアーマーの隙間に五カ所ずつ、合計一〇カ所の刃が突き刺さる。急所こそ守られているが、傷口からライダーに直接“感染”した以上、もう戦闘能力は失ったも同然だった。

 突き刺した刃を引き抜いても大した血は出てこない。だが完全に意表を突かれた二人は足をもつれさせて倒れ込んだ。手にしている宝具がどういった効果を発揮するのか結局分からなかったが、発動前に使い手を倒したことでその魔力は霧散していく。

 

 これで四人。急ぎ場所を移動して周囲を入念に観察するが、五人目が出てくる様子はない。火器も宝具も使わせていないので、直接見られていない限り援軍が来ることはないだろう。

 戦闘終了を確信して、ライダーは警戒を解く。

 

『You have control』

 

 左手の装置を操作してライダーから椿へ身体の制御キーが返還される。

 

「I have control……って、ライダー、大丈夫!?」

『大丈夫ですよ、椿』

 

 椿を安心させるためだけに虚勢を張るが、ライダーにとってこの戦闘はかなり辛いものだった。

 人を傷つけてはならない。

 令呪によってそう縛られている以上、そのペナルティをライダーはしっかりと受けている。こうした短時間の戦闘ならば耐えられるが、もっと効率を考えねば作戦のタイムリミットより先に限界がやってきかねない。

 

『……それより身体に無理をさせてしまいました』

「えっと、……うん、まぁ、大丈夫じゃないかな。この爪はちょっと邪魔だけど」

 

 そういって、最後の二人を倒した血に塗れた刃を椿は不気味がることなく眺め見る。

 一〇本の刃。それは、伸ばした椿の爪である。

 肉体操作ができるのだから、ライダーにとって髪や爪を伸ばすことは難しくない。強度を高めれば剣として通用するかも知れないが、この森においては邪魔になるだけだ。

 

 ライダーが根元を軽く腐食させると一〇本の爪はあっけなく地に落ちた。敵に見つけられると警戒されるかと思ったが、落ちた爪に反応した木の根が即座に捕食し跡形もなくなる。バキバキと爪を咀嚼するその光景は想像以上にグロテスクだった。

 

「えっと……殺しちゃったの?」

『大丈夫、息はあります。感染させたのでしばらく動けないだけです』

 

 現実から目を逸らすような椿の質問に、ライダーは感染具合を確かめながら答える。爪で感染させた二人は軽傷。あとの二人も命に別状はない。

 

『それよりも、少し調べたいことがあります』

 

 ライダーの要請に「近付いても大丈夫だよね?」と何度も念を押しながら、椿は恐る恐る倒れた二十八人の怪物(クラン・カラティン)の装備を確認していく。爪が食べられた光景に恐怖麻痺の効果が薄れてしまったらしい。それでもはやることなく冷静さを失わないのは宝具の影響だろうか。

 

 ともあれ一度戦闘を行ったのだから、そろそろ臆病なくらいが丁度いいだろう。兵が死ぬのは初陣よりも二度目だとも聞く。戦闘が人を殺すのではなく、無謀が人を殺すのだとか。これならば椿に関しては大丈夫なのかもしれない。

 内心小躍りしたいところであるが、それよりも先に確認しておくべきことがある。

 

 重体である小隊長の装備を、痛めた首に力がかからぬよう慎重に調べる。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の装備は簡易強化外骨格に近接戦闘用宝具、対サーヴァント仕様の中距離支援火器。こうした武器防具はそれはそれで重要であるが、調べたいのはそこではない。

 強化装備ではなく、補助装備。つまりは通信装備である。

 

 見つけた通信機器をライダー指示の元、椿が操ってみるが、ノイズが酷くて使い物にならない。壊れているのかと思ったが、機器は正常に作動中。どうやら電子欺瞞(ジャミング)を広範囲に仕掛けているようである。その代わりになるとは思えないが、腰のベルトには携帯型の煙弾が色違いで幾つもある。

 そういえば最初に煙らしきものを見たことを思い出す。試しにゴーグルを目に当て煙の方角を見てみれば、肉眼では捉えにくくともはっきりと確認できる。二十八人の怪物(クラン・カラティン)は煙で互いに連絡を取り合っているらしい。

 

『不可解ですね』

「……うん」

 

 ライダーの呟きに椿が同意する。何が不可解なのか、椿にも分かったのだろう。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)は数の優位を以て英霊を相手取る集団である。その数を活かすためには互いの連携が不可欠であり、連携を取るためには通信機器は必須である。盗聴される危険はあろうが、その利を敢えて捨てるのは不自然極まりない。

 だとしたら、これはキャスターの想像が当たっている、と考えて動いた方が良い。

 椿にはこの作戦の本当の目的と、敵の狙いを教えてはいない。あとで恨まれることを覚悟しながら、ライダーは椿の安全を優先する。

 

『あと四小隊くらいは感染させておきましょう。時間次第ではそのまま撤退です』

「それはいいけど、どうやって見つけるの?」

 

 この広い森で誰かを早急に見つけるのは難しい。時間制限があるのだから何か工夫が必要だ。

 

『最初の一組を見つけさえすれば、あとはどうとでもできます』

 

 椿の問いに、ライダーはこともなげに答えてみせる。

 

『簡単な方法です。その煙弾を打ち上げてください』

「いいの? そしたらみんなが一斉に集まって来ちゃうよ?」

 

 椿だってその考えに至らなかったわけではない。しかし四人を相手に苦労したばかりである。それ以上の人数を相手取るとなると、作戦上都合良くてもライダーの負担は相当なものだろう。

 椿としてはライダーにあまり無理をして欲しくはない。

 

『ご安心ください。幸いにして、彼らの弱点を発見しました』

「弱点?」

 

 鸚鵡返しに問い返す椿であるが、思いつかないようである。むしろ人間に対し弱点をかかえるライダーにとって二十八人の怪物(クラン・カラティン)は天敵だとすら思っている。

 それは間違ってはいない。

 そしてそれだけでもない。

 椿が武装していないだけで、何故殺されなかったのか。

 明らかに無効化できる状況で、何故自由を奪うだけに留めたのか。

 答えは簡単。彼女が繰丘椿だからである。

 

 人を殺すことには相当なストレスになる。

 対サーヴァント部隊といえど、殺す対象がサーヴァントと人間とではそのストレスには大きな差がある。軍人でさえ人を殺してストレスを感じない者は一〇〇人いてもせいぜい数人だ。つまり人殺しのプロフェッショナルというのは貴重なのである。

 そして二十八人の怪物(クラン・カラティン)は人殺し専門の軍人ではなく、市民の安全を守る警察官。

 警察官の仕事は、弱者を守ることにある。

 

『椿は可愛い、ということです』

「どういうこと?」

 

 サーヴァントを殺す覚悟はあっても、幼い少女を殺す覚悟を二十八人の怪物(クラン・カラティン)は持っていない。

 その弱点は、聖杯戦争序盤で署長が指摘したものだった。

 

 彼らは中途半端なのだ。軍人として命令に従って人殺しになれないし、魔術師として目的のために手段を選ばぬ狂人にもなれない。それでいて警察官としての正義感を持ち合わせてしまっている。

 同情の余地のない繰丘夫妻は見捨てられるのに、残酷な仕打ちを受け長期の意識不明に陥った不遇な娘は見捨てられない。

 これを弱点とするのは酷であるかもしれないが、ライダーは、この隙を逃さない。

 

 椿の生い立ちと可愛いさを、この場において最大の武器に仕立てあげる。

 新陳代謝を活性化させ外見を少しばかり操作、庇護欲を引き立てられるような可憐さを演出する。念には念を入れて、椿の足首を紫色に腫れ上がらせる。端から見れば骨折しているかのようだが、実際には何の支障もない。

 

 軽傷の二十八人の怪物(クラン・カラティン)二人はそのまま隠れて周囲を警戒するよう命令して、動けぬ二人には餌となって貰う。小隊長の装備だけを調べてバラした理由は、その方が彼を介抱しているように見えるからである。

 これで、足を骨折した少女を守り傷ついた二人の二十八人の怪物(クラン・カラティン)という状況が演出された。

 

 煙弾が上げられる。

 ライダー監督、椿出演のアドリブ劇が、今開始されようとしていた。

 

 

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