Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
かぐや姫や桃太郎の昔語りを聞いた時、物心ついた子供はある疑問に突き当たる。
どうして彼らは竹や桃を真っ二つにされながら無事に誕生することができたのか。これは子供が現実という世界事象における物理法則を学び、それに反していることに気付いているからだ。 答えに窮する大人が何と答えるかは別として、これにより子供はお伽噺と現実の違いを多少なりとも理解するのである。
何故そんなことを急に思いついたのかといえば、今現在ランサーが同じような行為をしていることにふと気がついたからである。
内部での時間経過が遅くなれば遅くなるほど、光の侵入速度の関係で
仕方がないので、立方体の
なるほど、桃も竹も、切れ目を少し入れただけで割れるのであれば桃太郎もかぐや姫も真っ二つになる心配もない。薪割りの要領である。
自らも
この驚くべきスピード解決のヒントは、以前に出遭ったバーサーカーの大鷲の変身だ。自らの身体を自由に変形できるランサーは脱出と同時に一気に高度数百メートルの高さまで飛び上がり、高速飛翔に適した形へとその身体を変えていた。これもまた、夢の中でライダーと空中戦をした時の経験が活かされている。
この時にはすでに上空のカメラとクラスター爆弾は全て処理されていたため誰の目にも留まることはなく、ランサーは森への侵入に成功していた。森の形成も既に完了し、仮に誰かに見られたとしてもその後の動きを把握されることもない。突入するタイミングとしてはまさしくベストだったのである。
最高クラスの気配感知スキルを持つランサーにあって、森の中はおぞましき気配だらけだが、それでも三カ所だけ気配が全く感知できぬ場所がある。おそらくそこにあるのは
そのまま上空からマッハを超える速度で森へとランサーは突撃していった。クレーターを作り出したその衝撃だけで、目標となる
すぐさま再生は始まってはいるが、その速度は遅い。よくよく見ればただ再生するだけでなく、その密度を高めながらの再生だ。彼らも樹木ながらランサーをただ者でないと看破し、恐れるようにその対抗策を練っているようである。
この状況なら、しばらく話ができる程度の時間は安全だろう。
「……どうやら、助けていただいたようですね。ありがとうございます」
時間の檻から解放されたのは、アーチャーのマスターであるティーネ・チェルク。
そんな状態でありながらも、ティーネはそんな痛みを無視しながらランサーに謝意を示し、一礼をしてみせた。
「礼には及ばないよ。君に死んで貰うと僕が困るってだけだからね」
なんでもないように答えるランサーではあるが、その言葉は本心である。ティーネもその言葉の意味を違えたりはしない。
真にランサーが慮るのは、マスターである銀狼と親友だけである。単独行動スキルを要する親友であれば、マスターたるティーネの存在はもののついででしかない。必然的にその優先順位は低くなる。
助けられたのが銀狼であったのなら、ランサーは銀狼を連れて安全地帯へ移動するのだろうが、ティーネであればそんな過保護な真似はしない。ランサーがティーネに行うのはあくまで
「さて、念のために聞いておきますが、これから君はどうするつもりかな?」
ランサーと共に同行する、というのであればできる限り守るつもりはある。だが、まがりなりにもティーネはアーチャーのマスターだ。ランサーとしては親友と同様に気高い魂を持ってもらいたい。
率直に言えば、ランサーと同行しても彼女はこの森では何の役にも立たないどころか足手まといになりかねない。それならば、自力でこの
「これから、私はアーチャーの元へ向かいます」
そうしたランサーの都合を踏まえた上で、ティーネは酩酊状態から脱しながら今後の方針を伝える。
時間の檻に閉じ込められていたティーネである。これまでの経緯は不明だが、自らの状態を鑑みれば、他に自分と同じような人質がいることは推測がつく。周りの樹木も尋常ではなく、罠に嵌っていることは間違いない。
幸いにしてアーチャーのマスターであるティーネにはアーチャーの居場所が分かるし、その動きから目的地の推測もできる。この場所からは随分離れたところへ向かっている。同じような封印宝具がそこにもあるのだろう。
目的はランサーと同じく人質の救出か。
ならば、ティーネの役割はアーチャーのマスターとしてアーチャーの援護に回るべきだ。援護とは別に武器を持って共に戦うだけではない。ランサーがこの森に駆けつけ別方向へ向かったと伝えるだけでも、アーチャーの負担を減らし、その行動を効率化することができる。
「それは助かります。人質はアーチャー、ランサー、アサシンの各マスターらしいので、残る場所は二カ所。僕がもう一方にいけば全部回れることになる」
先にティーネの行動を聞いてから、ランサーは悪びれることなく情報を後出しする。そしてティーネの無謀ともいえる行動指針に異を唱えることなく、ランサーは自らの行動を優先した。
確かに、ティーネの行動は全体の効率という面では正しい。ただし、その危険性はランサーと同行することに比べて大きな差が出る。
この
しかしそれでもティーネに選ぶ余地はない。人質となったのはティーネのミスだ。そのミスを濯ぐためにも、そしてアーチャーにマスターとしての気概を見せるためにも、ティーネは自らの役割を全うしなければならない。
「なら、僕は失礼するよ。くれぐれも、気をつけるようにね」
「いいえ、ランサー。私からもひとつだけ聞いておくべきことがあります」
ティーネはアーチャーがいると思しき場所を正面に見たまま、反対方向へ行こうとするランサーを呼び止めた。
両者共に背を向けたまま、立ち止まる。
「ランサー。あなたは、この聖杯戦争の終着点を理解していますね?」
「……夢の中でアレを見たからね。そんな質問をするということは、ティーネ・チェルク。君は現実でアレを直接見たのかい?」
「はい。情けなくも、無様に捕まってしまいましたが」
両者が共通して思い描く存在は、その強大さ故に強固な封印によって守られている。
否、封印されている。
故にこの戦争の終着点は、全部で三つとなる。
ひとつは、このままこの偽りの聖杯戦争を続けること。
ひとつは、ティーネによって強固な封印を施すこと。
そして、最後のひとつは。
「……多分、君が思い描く最後の方法は夢物語だよ」
ティーネの思考を読み取ったランサーの答えは、素っ気ないものだった。
ランサーにとっての最大の目的は親友との再会と決着。それ以外は、どうでものだ。邪魔するものは排除するし、聖杯のお題目すらも眼中にない。この森でティーネが死ねば、賢明な選択肢は最後の一つだけとなるが、それがどうしたというのか。
英霊として、その使命にランサーは気付いている。しかしそれに気付きながらも行動しないとなれば、後は第二次偽りの聖杯戦争が開催されるだけとなる。これでは終戦ではなく、ただの停戦だ。根本的な解決になっていない。
それで良い、とランサーは思う。
それで良い、とティーネは思わない。
次に開催される偽りの聖杯戦争に、ティーネのような救済を司る存在がいるとは限らない。ならば、このままこの聖杯戦争の真実に気付くことなく、この愚かなサバイバルゲームが続いていくことになるだろう。
この偽りの聖杯戦争の真実。
それは参戦する者全ての目的に、願望機など必要ないということ。
これはあくまで推測ではあるが、ティーネは確信していた。
彼女がその目的を把握している者はアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、銀狼、椿、フラット、それに自身を含めた八名。この内明確に聖杯を欲しているのはバーサーカーただ一人。この時点ですでに参加者の過半数が聖杯を目的としていないのだ。これではあまりに偏りすぎている。
そして残るキャスター、アサシン、署長、ジェスターの目的も実際に聖杯を必要とする類ではない。彼女の推測は的を射ているのだ。
そもそも彼らサーヴァントを喚びだした偽りの聖杯からして、願望機とはほど遠い存在であることをランサーとティーネは知ってしまった。優勝商品がないのだから、偽りの聖杯はこの場への参戦をもって代わりとしているに過ぎない。
参加することに意義がある、などとこの戦争の主催者は嘯いているに違いない。
欺瞞に満ちたこの聖杯戦争は、表向きの勝利条件を満たすことは重要ではない。敗北条件を排除することこそが正解だ。
即ち、敵を倒さず争わず、命を大事に生き残る。手と手を取り合い協力関係を結ぶことこそが最善であり、正解だ。
もちろん従来の聖杯戦争でそんなことが起こり得る筈がない。
願望機は必要なくとも、各マスターとサーヴァントの望みは聖杯戦争の過程によって叶えられるよう仕組まれている。己が欲望を叶えるためには、必然的に選ばれる選択肢は一つだけ。戦いの最中にしか見いだされぬ望みならば、誰も平和な手段を模索することもないだろう。
だからこそ、本来召喚された目的を全サーヴァントは忘却するよう仕組まれているし、ランサーのように気付いたとしても、協力的ではない。
ティーネは笑いたくなってくる。
畢竟、最善の選択肢が不可能ならば、最良の選択肢を持って終わらせるしかない。そしてその選択肢は、ティーネにしか選ぶことはできない。
ティーネの犠牲をもって、この聖杯戦争を終わらせてみせる。既に一度失敗しただけに、次こそは必ず成功させてみせる。
この命は、ここで散らせるためには使えない。
「……私は、ここでは死にません」
「良い覚悟だね。君の勇気は賞賛に値する」
そうして二人はついに目を合わせぬまま前へと歩き出す。再生し生い茂る木々がそれぞれ両者を襲いかかるが、ランサーは創生槍を一振りし、ティーネは無音詠唱の炎によってその枝葉を撃退した。
その歩むべき道は、真逆にあった。