Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
時間は少しだけ遡る。
相次いで報告される被害報告は、いずれも七番格納庫を起点としたからである。
「七番格納庫……やはり、ランサーが原因なんでしょうね……」
格納庫は完全に崩壊し潰れており、周辺施設での救助作業も相まって中の様子は確認できない。だがランサー以外を原因とする崩壊などあり得る筈がなかった。
「いやぁ、しかしこうも他のサーヴァントが予想通りに動いてくれると、尚更キャスターの行動が分かりませんねえ」
生き残った施設内のカメラと砂漠地帯を遠距離から撮影しているカメラを同時に見ながら、ファルデウスは自らの策を再検証していた。
そう。今回の対アーチャー作戦の発案者でありながら、ファルデウスは現場にいない。
彼はスノーフィールド地下にある基地で、コーヒー片手に足を組みながら優雅にその経過を観察するだけである。
森を中心として半径約一キロ地点に自らの部下を配置し、有線通信により定期的に連絡を取っているが、ただそれだけ。どんなイレギュラーが起きようとも、タイムスケジュールは“上”のトップが直接介入してこぬ限り、変更はできないようになっている。
そして直接介入できぬよう通信機器には細工を仕掛けているので、ファルデウスも含めこの作戦を止めることはできぬのである。
後戻りができぬ分、ファルデウスも事前準備には抜かりない。
通告通りに処刑するための一撃も、既に放たれている。
この作戦で費やされる金額を聞けば、誰もが別の意味で震え上がることだろう。それでも敢えて決行したということは、それだけの価値が例外的にアーチャーにはあるということだ。
いかな英霊とはいえ、英雄王を前にしては最弱のキャスターと令呪を持たぬマスターでは「おまけ」程度の価値でしかなかったりする。
それよりも、念のためという程度でわざと作戦を漏洩しておいたランサーがこうも容易く引っかかってくれたのは好都合を通り越して意外ですらあった。
「クハハハハハッ。作戦通りにいっているというのに、浮かぬ顔であるな。ファルデウス殿?」
「だからですよ。こうも予定通りだと逆に怖くなります。では、食客として助言の一つでも聞いても良いですか、ジェスター・カルトゥーレ」
いつも通りの顔であるのに、浮かぬ顔と評されたファルデウスはゆっくりと部屋の隅で壁を背にニタニタ笑う男に視線を向ける。
人質として通告されている筈のアサシンのマスター、ジェスター・カルトゥーレ。ティーネとの一戦で邪魔されはしたが、この偽りの聖杯戦争に単独で挑み真相へと最も近付いた存在。
だが、ティーネが失敗したことで逆にジェスターの腹は決まっていた。
組するならゲームの駒より盤外のプレイヤーだ。その方が面白いし、未だその存在が良く分からぬ東洋人にも迫ることができる。それに何より、アサシンと間接的に接触するにはこれぐらいせねばなるまい。
勿論、これはかつて署長に約束した“上”が把握できぬ三日間の猶予があるからこその処置。公式には未だ敵同士という位置づけである。
「ではまず、現状を確認するところからはじめてみるのはどうかね?」
「セオリーではありますが、既にこうして確認しているではないですか」
「いやいや、私が確認するべきだというのは南部以外、だよ」
南部に戦力を集中する、ということは他が手薄になる、ということだ。もしこれを逆手に取るならば、他で何かをしている可能性が高い。
「それも問題なし、でしょう。何の報告もありませんし、カメラに異常もありません。肩透かしもいいところです」
この場にいるのは別段二人だけではない。今もって南部砂漠地帯を監視するオペレーターもいるし、街中に目を光らせているカメラの映像もモニターに流されている。異常があれば即刻判明している。
「果たしてそうかな。私には何かが起こっているように思えてならない」
そうした発言のわりにジェスターの言葉は実に愉しげだった。
ファルデウスをからかっているかのようにも思えるが、そうした予感は別にジェスターだけのことではない。当のファルデウスだって胸騒ぎがしてならないのだ。だからこそ、内心では浮かぬ顔をしているのである。
ファルデウスは、前任者である署長の動きが気になって仕方がないのである。キャスターの意図は分からないが、あれが囮という前提に立てば警戒するのも当然。相手はこちらの手の内のことごとくを理解しているのだ。
急場凌ぎで登用されたファルデウスよりこの地に精通している。どんな手を使ってくるのか、これを読み切ることは難しいだろう。
「コマンダー。G8より報告。ケースC8を確認。スペード4と8です」
オペレーターの急な報告にファルデウスはむしろ安心した。イレギュラーではあるがこれは想定内。決まった台詞を使うだけで事足りる。
ケースC8。現場からの
「作戦中の全トランプに離脱は許されない。警告してください」
「手信号からスペード8は重傷。両名共に加護を損傷。即時離脱を求むとあります。現在もスペード8を庇い4が
「愚問です。
変わらぬ口調で、ファルデウスはあっさりと二人の
「おやおや。可哀想なことじゃないか。不必要な犠牲を強いるのは本意ではないだろう?」
「敵に操られている可能性があります。事前に通達しているのですから、当然の処置でしょう?」
からかうようなジェスターに表向きの説明をするファルデウスは笑うしかなかった。想定通りなら
勘の良い
軍隊において命令とは絶対だが、軍人ではない彼らがそれにどこまで従順に従うか疑問が残る。ファルデウスはそこに信頼などかけらも置いていないのだ。
「――ッ! スペード8、4を担ぎ森から離脱! 威嚇射撃には応じず! 宝具
「おお。あれが噂のカフカの『変身』を昇華した宝具か。一体何を元にしたらあんな宝具ができるのかね」
オペレーターの緊迫した声にジェスターは興味深げにモニターに見入る。モニターの中には巨大な黒い虫と化しつつある
追い詰められれば追い詰められるほどその変身宝具はその真価を発揮する。
軽く硬い甲皮に強靭な筋組織は人間を遙かに超越する。頭部の触覚で匂いを感じ、
この追い詰められた状況で、その能力は遺憾なく発揮されるだろうが、その宝具ランクは決して高くない。ゴキブリ並みの生命力などと揶揄されることもあるが、新聞紙の一撃で死ぬ程度でしかないのだ。
原典ですら、妹が投げつけたリンゴが致命傷になるのである。
ましてや、機関銃の一斉掃射に耐えられるわけがない。
「G8に改めて通達してください。構わず殺しなさい、と」
そのために用意した、といっても過言ではない機関銃の設置だ。宝具を身に纏っていたとしても、人の身にその威力は高すぎるし、弾もこうした事態を見越したものだ。
そしてファルデウスの指示通りに、現場の部下は機関銃を掃射した。地雷原を抜け出し何とか仲間を助けようと逃げるスペード8の気高き精神こそ賞賛に値するが、結果的に仲間と自分の命を縮める結果となる。
掃射された銃弾にスペード8はよく耐えた。しかし、撒き散らされた銃弾が運悪く地雷の一つに当たったのだろう。間近での爆発に耐えきれず、スペード8は宙高く舞い上がり、そして背負ったスペード4共々地へと落ちる。その姿の通り、彼らは虫けらのように死んでいった。
念のために死体に数発打ち込んでいく光景をモニターで眺め見ながら、ファルデウスは自身の不安が的中していることに、遅まきながら気づき始めていた。
撒き散らされる銃弾が、明らかに少ない。
既に実践テストは済ませた宝具だ。その効果を知っているからこそ、配備したのだ。
「G8、何故宝具を使用しないのですか?」
オペレーターからマイクを取り上げ、ファルデウスは直接問いただす。最悪の可能性が、頭を過ぎった。
『こちらG8。宝具は手順に従い使用したつもりです。ですが反応がありません。今の掃射も手動で行ったものです』
部下の答えにファルデウスは瞬間的に別のチャンネルを呼び出す。呼び出した先は、北部原住民勢力の偵察部隊。そこでは軽口を叩きながら異常がないとぼやく部下の声がある。先刻オペレーターと直接会話もした部隊であったが、その異常にファルデウスは早々に気付いた。
何を指示する暇もない。予め“上”からリークされていたこの基地の秘匿コードのひとつを士官専用端末に叩き込む。事前登録された端末、静脈認証、そして秘匿コードが合わさって初めてその命令は実行される仕組みである。
基地の動力源は正・副・予備の三系統。そして過日の基地へのダメージとラスベガスからの断線によって正から副へと動力源は変遷している。それが更に予備へと一時的に変更される。その一瞬の隙を突いて、ファルデウスは全システムをメインからサブへと以降させた。途端、それまでほとんど静寂を貫いていたスピーカーが悲鳴を上げた。各モニターに映っていた映像が悉く別のものへと映り変わる。
悲鳴と思われていたのは、救援を請う各部隊からの報告だった。地上に露出してあるカメラの一部は壊され砂嵐を撒き散らしている。かろうじて残ったカメラは、その惨状を映し出していた。
ランサーが作った大穴に群がる一団がいる。
状況を正確に把握している暇はなかった。
「第一種防衛基準体制を発令! 既に敵は内部に侵入していますよ! 各所に伝令を! 通信ネットワークを過信しないでください!」
ファルデウスの突然の命令に基地内の警報が鳴り響き、隔壁が次々と降りていく。
この事態にあってもジェスターの態度は変わらない。最初から何か感じ取っていたジェスターにとって、これは予想の範囲内。どちらかといえば、どうやってファルデウスがこの異常を察したのか気になって仕方ない。
「はてさて? きっかけは分かるが、こうも完璧な通信欺瞞をどうやって見抜いたのかな?」
一通り指示を出しながら、ファルデウスはジェスターの素朴な問いに律儀に答えてみせる。
「私の部下は全員超一流の軍人です」
「ほう?」
「その部下が、作戦行動中にこのような私語をする筈がない」
その断言にジェスターは率直に拍手してみせる。事前に宝具が使用できなかった事態があったとはいえ、それだけのことでこの真相に気付けるとは中々の信頼関係である。しかもこの事態は想定の範囲外。
こんな完璧な通信欺瞞となれば、もう方法は一つしかない。
ファルデウス、そしてジェスターはそのことを正しく理解していた。
同じ手を二度も使うとはなかなかいい度胸である。
「これは素晴らしい! ああファルデウス、こんな身分の私だが、是非一方の事案に関して私に行かせてもらえまいか!」
「……では、部隊を編成し派遣するまでの時間稼ぎなら、お言葉に甘えさせてもらいましょう」
一瞬考え込むふりをするファルデウスであるが、答えは最初から出ていた。
この基地は現在攻撃を受けている。カメラから確認したところ、一つはモニターにも映っている通り、地上からの北部原住民とみられる一団の攻撃。
そしてもう一つは、一体どうやって潜入したのか、この基地の中枢区画にいる少人数の工作部隊。その中には恐らく潜入能力を持ったサーヴァント、そしてこの基地の前任者である署長がいる。
人数的には地上から攻撃を仕掛けている原住民が圧倒的だが、精鋭はむしろ中枢区画に割くべきだろう。場所柄、部隊を送り込むには向かないし、送り込み制圧は可能だとしてもどうしても周囲への被害は大きくなる。
ここで必要なのはシングルコンバットの実績である。それについては、この地にいる全ての者の中でジェスターは上位ランカーである。むしろ、これから編成する派遣部隊の方が足手纏いにならないか心配だ。
「物理的に無理でしょうが、アレを失うと戦略的に困ります。くれぐれも壊さないようにしてください」
「そこは奪われるくらいなら壊せと言うべきではないのかね?」
失う、という意味をジェスターは奪われる、と解釈したが、しかしどうやらそれは間違いのようである。
「ジェスターさんともあろう方が勉強不足ですね。残念ながら壊されるくらいなら奪われた方がまだマシなのですよ。奪ったところで使えなければ意味がない。そこに『ある』ということが重要なこともあるのです」
「ふむ。では、行きがてら勉強しておくとしよう」
バーサーカーから手に入れた携帯端末には、
「それは結構ですね。しかし明かりもない点検孔内を移動してもらうことになりますので、勉強するには不向きですよ」
「狭くて暗くてジメジメしたところは私の好むところだ。では、ルート案内をお願いしようか」
渡された無線機を耳に当て、ジェスターはこの基地中央に座す主の元へと歩き出す。
この基地の主の名は宝具開発コード・スノーホワイト。
その正体はこの基地のメインコンピュータである。