No matter what fate   作:文系グダグダ

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10:IS学園 6月

 何事も無く転校生をIS学園まで届けて、学園の案内も終了し、本日の業務内容は終了した。

 

 運転中も学園の案内中でもラウラ・ボーデヴィッヒは自分と目を合わせようとはしなかったことが唯一腑に落ちない点ではあるが、IS学園では割とよくあることなので気にしない。

 

 そもそも自分に懐く大半が身内か代表候補生とかのエリートってどういうことだよ……

 特に2年の更識楯無を筆頭にサラ・ウェルキンやフォルテ・サファイア、ダリル・ケイシーや他学年の代表候補生やクラス代表達が軒並み模擬戦と放課後の補習という名の模擬戦に参加したがる。

 自分や織斑さんの二人だけでは1年はともかくお前等までは面倒見切れる自信が無いぞ……なので丁寧にお断りしてるが……

 

 それならいっそ、他の生徒や女性教師陣みたいに畏怖されるかあからさまに嫌な態度で接してくれたほうが気楽だよ……

 数学・物理・化学辺りの普通の授業科目を担当してる、教授クラスのお爺ちゃん先生達や唯一の男性用務員の爺ちゃんとの談笑が心の癒しです……

 

 自室のソファに深く腰掛け、目をつぶって今日のことについてそんな風に考えていた。

 いやそんなことよりだ。そんなことはどうでもいい。篠ノ之さんに聞きたいことがあるんだ。

 

「――篠ノ之さん。今います? 篠ノ之さーん。」

『はいは~い、束さんはいますよー』

 

 半ば冗談で呟くと目の前にディスプレイが出てきて、篠ノ之さんの姿がドアップで出てくる。珍しく白衣姿なのはいいがあまりにも唐突すぎて思考停止に陥ってしまう。

 

「…………」

『あれぇ? アッキー?』

「……心臓が止まるかと思った……」

 

 本人には敢えて聞かないけど、きちんとプライバシーとか気にしてくれてるのか少し心配になってきた……

 

『え? でも束さんの事呼んでなかった?』

「確かに呼んでましたけど……もうちょっと気を使ってくれたら自分は大変嬉しいです……」

『にゃはは……ゴメンゴメン。今後の改善策の参考にするよ』

 

 苦笑いで後頭部を掻く篠ノ之さんであった。

 

「……このタイミングで出てくるって事は……わかってるか……」

 

 そう呟くとノック音が聞こえる。

 

「少し、待ってて」

『うん』

 

 篠ノ之さんに待機してもらってから扉を開けると、織斑さんがいた。

 

「また狙いすましたようなタイミングだなぁ……どうぞ、中に」

「……ああ、大体察した」

 

 お互いにそう言葉を交わして、自室に招き入れる。

 

『ワァオ。このタイミングでちーちゃんが来たのは都合がいいのね』

 

 自分と織斑さんはソファに隣り合って座り、対面する形にディスプレイを配置する。

 

「で、束。シャルル・デュノアの件なんだが……一夏や岡部と同様に男性操縦者なのか?」

 

 少し険しい表情をしながら篠ノ之さんそう尋ねる。やはりそこが一番心配な所だ。

 三人目の男性操縦者……文面上ではあまり稀少度は一人目二人目と違ってそこまで高くは無い。だが、シャルル・デュノアは下手をすれば、自分や織斑君よりも稀少な存在であるとも言える。それは……

 

 篠ノ之束の身内以外で初の男性操縦者だからだ。

 

『うーん……正直この件に関しては束さんもビックリしたんだよ。もしそれが本当の事なら奇跡……いや奇跡なんて言葉じゃ足りない位の出来事なの』

 

 確認するがIS自体はISコアとの相性が超絶に良ければ、男性でも動かせる。相性が良ければの話だ。

 自分や織斑君は半ば篠ノ之さんが恣意的に動かせるようにしたと言っても過言では無い。何故なら、わざわざ相性の良いコアを作成してくれたのだから。

 

「篠ノ之さん、具体的には確率って……どれくらい?」

『うーん分かりやすく言うとね~……宝くじで1等を10回連続で叩きだしても無理な数値。幸運の女神に微笑んで貰うどころか惚れてくれないと無理なレベル』

「わかりやすい……のか?」

 

 とにかく無理なことは分かった。

 で、シャルル・デュノアはそのある意味不幸な運命というか……幸運の女神様に惚れられた訳だ。事実が正しければ……

 

「しかしだな……デュノアの顔写真は見たか?」

『まあねー、ちょっと気にはなったし』

 

 しかし、女性陣はあんまりいい顔をしていない。さらっと聞き捨てならない事を両者ともに言ってたような気もするが、今言及すると話がややこしくなるので見逃しておこう。

 

「ん? 二人はなんか言いたそうだけど……?」

「……まあな。ところで、岡部……デュノアを見てどう思う?」

「どう思うって……男性操縦者とか珍しいなーぐらいですよ?」

 

 個人的にはボーデヴィッヒさんの方が気にはなるのだが……それは後で聞くか……

 

「そこじゃない岡部、そこではないんだ。もっと……こう、カラダを見てだな……」

『ちーちゃんなんかやらしい。でもわかるよ、それは。束さんでも』

 

 篠ノ之さんが茶々を入れるも、織斑さんは真剣に言うので一言だけに留まる。

 

「体ねぇ……まあ、男にしては小柄で華奢だなぁとは思いますけど……」

「そう。それなんだ。私が危惧している所は」

 

 両肩をガシッ!と掴み、視線を合わせる。

 

「いやいやいや、今頃そんな男性って珍しく無いでしょう……織斑君もそんな感じだし……」

 

 シャルル・デュノアは確かに男性にしては中性的だ。だが、織斑君もデュノア君に比べれば劣るがそれなりな事をすれば中性的にも見えなくもない。以前、あいつは中学時代の文化祭でふざけてウィッグとかメガネを付け、メイクとかして女装とかさせられてたし……

 そのような背景を知っているが故にそう言ったのだが……織斑さんと篠ノ之さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

 ――あ、これ失言だ……

 

「いやいやいや、自分は女子大」

「……岡部、よりにもよってデュノアと一夏だと……!? 早まるな! 悩みがあるのなら私が相談してやるからな!? な!?」

 

 最後まで言わせてもらえませんでした。

 

 そう言って両肩を持って激しく揺らされる。あばばばば……視界が揺れる……

 その隣では『アッキー……恐ろしい子……!? 病気を治すお薬開発しなくちゃ……』と叫ぶ篠ノ之さんの姿が……普段はこんなバカな事を言わないんだけどなー……ホント……

 とりあえず、織斑さんを力ずくで止めて弁明する。

 

「だからだな……最近の男子高校生はそういう子が多いだろ? それに自分は女の娘が大好きです! 特に女子大生以上のオネーさんが!!」

「……すまん。早とちりをした」

 

 わかればよろしい。

 

「でも、そこまで怪しむか? そんな……シャルル・デュノアが実は女の子でした……とか?」

『でも束さんとちーちゃんは感じるんだよ……そういう匂いがするんだもん……』

「私もだ岡部、なにかデュノアには同性の匂いがするんだ」

 

 お前等……それ失言だぞ……

 あと篠ノ之さんは写真を見ただけでしょうが。

 

「……自分は女性同士の同性愛は肯定派ですよ……うん……」

 

 先ほどの仕返しを含んでそう言う。

 

「こ! これは言葉の綾であってだな……」

『束さんは百合百合な人じゃないよ! 男の人にも興味は少しは……いや全然あるよ!』

「……冗談です……自分で言うのもなんですけど茶番はここまでにして、当面の間シャルル・デュノアには注意する……って言うことでいいね?」

 

 二人はそれぞれ狼狽えながら弁明するが、元々冗談で言ったのでさくっと終わらせ、結論に走る。

 

「ああ、それには賛成だ」

『束さんも気になるから色々と調べておくんだよ!』

「じゃあ二人が賛成したところで、自分も一つ気になった事……いいかな?」

 

 そう言うと、二人共了承する。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒのことなんだが……彼女、やけに自分に敵意というか何かよく睨まれた気がするんだが……やっぱり男性操縦者だからかな……?」

 

 車を運転している時も、学園を案内している時も、やけに視線や敵意が感じられていた。もし変な事を起こすのなら、こちらもただでは済まさない気でいたが、結局なにもアクションも起こさずに各自、一時的な自室に戻っていったが……

 そう言うと、織斑さんはバツの悪い表情をする。

 

「あー……その件か……ラウラの事は私に任せてくれないか? 私もラウラに言わなければいけないことがあるんだ」

 

 バツの悪い表情をするものの、やがて腹をくくったのか自分にそう提案する。提案した時の彼女はとても凛々しい……

 

「……まあ、別に問題は無いけど……何かあったのか?」

「まあ、色々と……な?」

 

 その後は三人交えての雑談に移行し他愛のない話をしてから眠ったのだった……

 

 

   ■   ■   ■

 

 お昼休み、ラピッドスイッチで筆記用具を切り替えながら手早く書類作成をこなしている時であった。

 

「岡部さん岡部さん! ルームメイトの変更って本当ですか!?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアの両名が1組に正式に編入されたその日のお昼休み。篠ノ之ちゃんは職員室の引き戸を勢い良く開け、周囲を見回してデスクワークに取り掛かっている自分を見つけるやいなや一直線に向かって来た。

 声を少し荒げて、自分の両肩を掴み、前後に激しく揺らしながら寮でのルームメイトの変更についての真偽を尋ねている。頭が揺れてちょっと気持ち悪くなってきた……

 

「篠ノ之ちゃん! その前にちょっと落ち着いて! ちゃんと話すから!」

 

 篠ノ之ちゃんを手で制しながら、そう言う。周りの職員が奇異の目でこちらと篠ノ之ちゃんを見ているが、気にしない。

 自分は彼女に説明する為、デスクの棚からクリアファイルを取り出すと説明を始める。

 

「織斑先生から聞いた通り、織斑君と篠ノ之ちゃんのルームメイトと部屋が変更される」

 

 クリアファイルから、新たに振り分けられた寮の表を彼女に見せる。

 

「……と言っても篠ノ之ちゃんは別にあの部屋動かなくてもいいよ。移動するのは織斑君だから」

「ええ、それは千冬さんから聞いてます。でもなんで?!」

「理由も聞いただろ?『同じ男同士だから』……だ」

 

 そう言うと、がっくりと肩を落とす篠ノ之ちゃん。正直な所自分もそのような事態になるとは予想だにしなかった。

 

「……で、余った私はもう一人の転校生であるラウラ・ボーデヴィッヒがルームメイトとして充てられる……と」

「まあ、そうなりますわな」

 

 これが両者ともに代表候補生ならルームメイトにはならなかったのだが……

 書類上、シャルル・デュノアはデュノア社のテストパイロットで研修に来たという名目。ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツ連邦軍を除隊してIS学園に編入したという事になっている。

 前にも言ったような気もするが、子供が軍人というのは国際世論的にヤバ過ぎるような気もするが、特に何もそういったバッシングなどは聞いた事がないのでまあどうにかしたのだろう。

 

「ねえ、岡部さん……」

「ん?」

 

 両肩をガシッ!と掴んだまま、自分に問いかける。なんだかどんよりとした雰囲気を醸し出している。

 

「ルームメイト……変えられないかな……?」

「いや、流石に無理だろ……まあ、ちょうど軍属の人と一緒に話ができるいい機会だ。色々と聞いておくのも悪くないと思うぞ?」

 

 そう言うと、渋々ながら納得した様子を見せる。

 

「……うん。色々といい機会だ……うん。そういう事にしよう……わかりました」

「うん、色々と頑張れよー」

 

 そう言った後、篠ノ之ちゃんは頭を下げて職員室を出ていこうとする……

 

「お、ちょっと待った」

「なんですか岡部さん?」

 

 が、少し思い当たる事があったので呼び止める。

 

「そういえば、最近簪さんと一緒に見かける事が少ないけど……どうしたの?」

 

 そう言うと、地雷を踏み抜いてしまったのか、篠ノ之ちゃんは途端に不機嫌になり、険しい表情を浮べる。

 

「……簪の事など……あんな腑抜けた奴なんて、知りません」

 

 簪嬢と篠ノ之ちゃんの間に何かあったのかは明白だ。

 しかし、それを自分は聞きだせるのだろうか? 聞いてもいいのだろうか?

 自分で言うのもアレだが、自分は篠ノ之ちゃんとは仲が良いつもりだ。だから、彼女に何かあったというのなら、何かしてあげたいというもの。

 だが、少し聞いただけでこんなにも機嫌を悪くする彼女に何故かと問いただすのはかえって悪手のような気もする。それに何でもかんでも自分がしゃしゃり出て来るのも彼女にとっては嫌かもしれない。ただでさえこの時期は感情が多感な時期だ。ちょっとした事で取り返しの付かない事に発展する可能性も無くはない。

 

 

 ――考えに考え抜く…………そして結論は…………

 

 

「そうか……わかった。変なことを聞いて済まなかった。篠ノ之さん」

 

 知らないフリをしておく事にする。

 これは当人達の問題である。流石にプライベートな事にまで首を突っ込むのは如何なものか……

 そう結論づける。

 

「!?…………失礼しました……」

 

 特にアクションも無く、ただそう言って、篠ノ之ちゃんは職員室を出ていった……

 それの様子を見た後、次の書類を確認する。

 

「……あらー、試供品のお知らせ?」

 

 表紙にはクラウス社の文字とIS用アサルトライフルの写真が写っていて、ページをめくると製作経緯やコンセプト、スペックデータ等。さらには分解・整備用のマニュアルまで載っていた。

 とりあえずこれは机の隅にでも置いといて、次の書類を手にとる。今度はイギリス政府からの書類だ……恐る恐るページを開くと、そこにはスターライトmkⅢの文字とそれに関連する事柄が載っていた。

 これも机の隅……先ほどのクラウス社の書類の上に積んでおき、次の書類へと手を伸ばす。この書類は……デュノア社からの書類はやけに分厚い……

 恐る恐る、中身を確認すると、出るわ出るわ試供品の一覧。

 

 五五口径アサルトライフル(ヴェント)、六一口径アサルトカノン(ガルム)、六二口径連装ショットガン(レイン・オブ・サタディ)、五九口径重機関銃(デザート・フォックス)等など……極めつけにはリヴァイブ専用防御パッケージ(ガーデン・カーテン)まで……

 

 デュノア社の圧倒的な物量にゲンナリして、一覧だけを見るのに留めて、次々と書類を確認していく。

 アキュラシー・インターナショナル(Accuracy International)社から始まり、有名所のBarrettやBenelli、Franchi、FN Herstal、Giat Industries、Israel Arms International、Sigやシュネッケ社、センダー社、ディアブルアビオニクス、ジェイドメタル社等と言った超有名企業もあれば、マクミラン(MacMillan)、フェイファー・アームズ(Pfeifer-Waffen)、ツルベロ(TRUVELO)、トーラス(Taurus)、ベクター(VEKTOR)、Z-M Weapons等のマイナー・カスタムガンを手がける企業、さらにはミネベアや豊和工業と言った国内メーカーまで世界中の銃器メーカーが我先にへとIS用銃器の試供品と弾薬を供給してくれている。

 後は特殊鋼を作っている会社や、ITS社、デルダイン社、しまいには平和産業の『特機事業部』などからもちらほら……

 

 ――これ、全部拡張領域(バススロット)に入るかな……

 

 そして残りはやけに分厚く表紙にデカデカと『重要機密』と書かれた書類が2つ……やな予感がするものの、残りの書類を見てみると…………

 

 

 第三世代型 自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』

 

 

 ……おいおいおいおい。BT適性あるって話前提ですかイギリスさん……一応、機密だと思うけど渡していいの……? ブラックボックス化はされているんだろうけどさ。

 とりあえずこれも平積みにして置き、次の資料へ……

 

 

 第三世代型 空間圧作用兵器・衝撃砲『龍咆(りゅうほう)』

 

 

 中国もか……いやいや皆さん、自分が元射撃部門のヴァルキリー兼初代ブリュンヒルデだという事に期待し過ぎて、そんなハードルを高くしなくても……

 どちらも、最後には『宜しければ、使用した時の事をどのようなことでもいいですので、是非我々に報告して頂けたら嬉しいです。』の一文が……

 

 

 ――これって使わないと、失礼だよなぁ……

 

 

 ……実質タダで最新兵器を使い倒せる事は大変嬉しいので素直に喜んでおこう。うん、喜んでおこう。

 

「? 岡部先生? 何ぼーっとしてるんだ?」

 

 と、現実から目を逸らしてる時である。そんな自分の姿を見るのが珍しかったのか、つい先程職員室に入ってきた織斑さんが自分の方へと歩いて来て、書類を覗きこむ。

 

「いやぁ、ちょっと……ね?」

「ん~、ああ……お前のところにも来たのか……」

 

 試供品の資料を見た織斑さんは半ば呆れたような表情を浮かべ、同情するかのように自分に話す。

 

「……ってことは?」

「ああ、想像の通りだよ。」

 

 『私の場合は近接武器だがなー』と気だるそうに言って、ディスプレイを投影させる。そこに表示されていた物とは……

 

 近接ショートブレード『インターセプター』、青龍刀『双天牙月 (そうてんがげつ)』、近接ブレード『ブレッド・スライサー』に始まり……

 挙句の果てには対複合装甲用超振動薙刀(なぎなた)の夢現 (ゆめうつつ)や六九口径パイルバンカー、通称盾殺し(シールド・ピアース)こと『灰色の鱗殻 (グレースケール)』まで……

 前半は分かるけど後半はちょっと……無理じゃない?

 

「織斑先生。念の為に聞きますけど……薙刀とパイルバンカーって……?」

「薙刀は一応、昔からの古武術で扱い方自体は……パイルバンカーは全くの手付かずだ……」

 

 半分予想通りの回答が来た。……でも古武術?

 

「古武術だなんて凄いですね。どこでそんなのを?」

「なあに、お前も知ってる所だ。私が習った古武術は……『篠ノ之流』……つまりは篠ノ之の所だ」

 

 へえ、そりゃビックリ。自分なんてレンジャー課程とか冬季遊撃課程とか国際特殊諜報機関(Vital Situation,Swift Elimination)の演習位だよ……それも前世だし……

 とりあえず、カレー粉は神。生存自活には欠かせない、頼れる相棒だ。

 

   ■   ■   ■

 

 で、その日の放課後。寮に帰宅する途中……織斑君と簪嬢が一緒にいるところに出会った。

 

「あれ? 織斑君と簪さん? 二人きりとは珍しいね」

「友兄? 帰り?」

 

 まあな、といいつつ鞄を見せる。

 

「……あ! そうだ! ちょうどいい機会だ! 友兄に相談したいことがあるんだけどいいか?」

「まあ……いいけど……? それって簪さん絡み?」

 

 織斑君は自分に相談があると持ちかけたものの、簪嬢はあまり乗り気では無さそうな様子。

 しかし、朴念仁で有名な織斑君はそんなことを知る由もなく、ただの善意で自分に相談を持ちかけるのであった。

 

「ああ、そうなんだ。実は……」

 

 織斑君が語ったのは案の定、更識姉妹の仲について。織斑君はどうも簪嬢の肩を持つようだ。

 しかし、何故? 織斑君がその話題を聞いたのかがわからない。何かきっかけでもあったのだろうか……

 自分がその事に疑問視している間に織斑君は更に話を進めていく。

 

「それで、簪は同じ姉妹の箒に相談したんだが……どうも大喧嘩しちゃったらしくてさ。それで、寮外にいるところを俺が見つけたんだ。」

 

 その織斑君の言葉で、『ああ、なるほど』と納得した。

 仲が良い篠ノ之さんとの喧嘩で傷心の簪嬢の所に、上手い事入り込んでいった訳か……言い方は悪いが……

 そして、今日の昼休みでの篠ノ之ちゃんの言動とうまく噛み合う。

 

 だがしかし、これはややこしい事になったのではないのだろうか?

 

 打ち上げの時、簪嬢に要らぬお節介をかけて徒労に終わり。他の手段としては楯無嬢の方面からアプローチをかけるか、似たような境遇の篠ノ之ちゃんがフォローに回るか……の二択が考えられるのだが、その片方は失敗ときた。

 おまけに織斑君の介入だ。

 織斑君は良くも悪くもバカ――この場合はいい意味でのバカだが、彼は一旦事情を知れば居ても立っても居られない性質だ。自分も過去、織斑君と同居生活をした時でも何度かそれに巻き込まれた事がある。例えば、不良に絡まれた子を助けに行くだとか、クラスメイトの喫茶店がチンピラに集られてるから何とかする……だとか……

 

 まあ、そんな話はどうでもいい。

 

 今回もそれの一種だと見ても構わないだろう。

 不思議な事に織斑君のバカは大抵は周りの人に発生する少しの苦労さえ目を瞑れば、何とか丸く収まる事が多い。彼の性格がそうさせるのか、はたまたただ運が良いのかはわからないが……

 こうなれば、自分がやる仕事はただ一つ、彼によって発生する事象の火消し役に回るのが一番無難だ。

 

「それでさ、俺も簪と一緒に色々と考えたんだけど、やっぱりこういう時って大人に聞いてみるのも悪くは無いかな……って思ったから友兄に相談したんだけど……どうかな?」

 

 少し恥ずかしげにしかし、ややぶっきらぼうにそう言う織斑君。ごめんね、それ……もう自分が手を出してみた案件なんだ……

 ただ、『自分一人っ子なんで、そういった状況の対策ってのは、わからないなぁ……』と言ってしまうのも無理なので、ここは少し織斑君を煽って流れを変えようと思う。

 

「そうだねー…………やっぱりこういうのってお互いのホントの気持ちを知ることが大事なんじゃないのかな?」

 

 聞き入る織斑君を確認しつつ、言葉を続ける。簪嬢は自分の意図を察したのか、昔自分に見せた楯無嬢の裏の顔を彷彿とさせるような……そんな冷たい視線をこちらにぶつけるが、別に大して気にもならずに喋り続ける。

 多分、この会話が終わって自分と別れた時に、彼女は色々と織斑君に吹き込むんだろうが……自分と織斑君の繋がりを舐めてもらっては困る。

 

「でも、そういうのって本人の目の前で言うのは中々難しいよね。だから、第三者やそれに親しい人達がそれとなーく本音を聞き出す事が出来ればいいんだけどねぇ……」

「…………そうか。そうだよな……サンキューな。友兄」

 

 自分の言葉にじっくりと考え込む動作をした後、彼自身の気持ちが決まったのか爽やかな笑顔で自分に礼を言う。

 

「ああ、参考になったのなら、こっちとしても嬉しいよ」

「それじゃあ、そろそろ戻るわ。また、点呼の時にでも」

 

 そう言って簪嬢を連れて、寮に戻る織斑君。

 その後ろ姿を期待半分、不安半分の気持ちで見るのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 ある日のIS実習、打鉄やラファール・リヴァイブ、各種専用機持ち達がISを展開して整列している。

 

「よし! 全員いるな! 今月は学年別タッグトーナメントに向けての教習だ! なので、今日からそれを想定した内容をやるぞ!」

「まず手始めに全員! 各自、二人一組のペアを作れ! くれぐれもモタモタするなよ! 解散!」

 

 ベネックス先生や山田先生が見守る中、自分と織斑さんが声を上げると各生徒は、散り散りに散りながら二人一組のペアを次々と作っていく。

 大体の人はこれまでの実習や学園生活で、それぞれに自分にあったレベルや相性の良い人などには大まかな目星がついてるようで、特に今の所あ問題は無さそう。

 

「シャルル! 俺と組もうぜ!」

「え……あ、ああ、いいよ。よろしく。一夏」

 

 早速、男に飢えていた織斑君が真っ先に向かったのは案の定、デュノア君だった。

 誰よりも手が早いってどういうことだよ……

 

「ぐ、一夏ったら……人の気も知らないで……セシリア! アタシと組んで!!」

「鈴さん……まあ、ワタクシとしては願ってもない申し出ですけど……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で織斑君を見たあと、オルコットに声をかける凰嬢。打倒、織斑・シャルルペアを掲げた。

 

「かんちゃん! 一緒に組もー」

「……わかった」

 

 もしかしてあぶれるのでは無いだろうかと心配してた簪さんだが、1組の布仏さんと組むことになったようだ。

 その他の生徒達も次々とペアを組み、どんどんと数が減っていく。

 

 そんな中、お互いに睨み合う二人がいた……

 

「……」

「……」

 

 そう、篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんだ。

 

「ラウラ……」

「篠ノ之……」

 

 周りの生徒達は自分に被害が及ばないように距離をとっている。それほどまでにこの二人の周囲にはピリピリとした空気が漂っている。

 そしてお互いに口を開くと……

 

「ペアとしてお前が必要だ!」

「パートナーとして貴様が要る!」

 

 もうお前等付き合ってしまえよ……

 なんだかんだで仲が?良いようである……

 

 そして、無事全員ペアが出来上がり。再び整列する。

 その様子を見て織斑さんは授業を進める。

 

「無事にペアが出来上がったな……これから教員達も二人一組でペアを……私と岡部先生、あるいは山田先生とベネックス先生とのペアで模擬戦をするぞ」

 

 さらっと自分の隣で恐ろしい事を言いながら、教師陣は教師陣でペアを組み、誰かが立候補するのを待っている。

 どう見てもパワーバランスというか、プレッシャーが違い過ぎるけどいいの? 織斑さん……みんなのレベルにあわせて程々に手を抜くから別にいいのか。

 

「教官」

 

 そんな中、さっと手を挙げる生徒が一人、ボーデヴィッヒだ。

 

「ボーデヴィッヒ、ここでは教官……ではなく先生と呼べ」

「……了解しました。織斑先生。私と篠ノ之ペアは貴女と岡部先生のペアに模擬戦を申し込みます」

 

 さらっとこっちもこっちでとんでも無い事を言う。よほど自信があるのだろうか……

 

 ――やけに闘志を帯びた視線を自分にぶつけてきている辺り、嫌な予感しかしないが……

 

「……そうらしいけど、篠ノ之さんはいいかい?」

「問題ありません、岡部先生。私はやれます」

 

 確認の為、相棒の篠ノ之ちゃんに聞いてみるが、特に問題は……闘争心がみなぎっている事以外は問題は無かった。

 ボーデヴィッヒと篠ノ之ちゃんがルームメイトになってから少し経つが、二人の間で何かがあったのだろうか? 寮にいる時は特に何も無かったので別にとやかくは言わないが……

 

「……だそうだが、他にもいるか?」

「ならば、ワタクシ達も岡部・織斑ペアに。よろしいですわね? 鈴さん?」

「俺もやりたい! いいよな? シャルル?」

 

 織斑さんの言葉に反応するようにオルコット・凰ペアと織斑・デュノアペアも名乗りを上げる。

 なんで、自分と織斑さんのペアに突撃すんだよ……岡部先生としては色んなタイプの人とも沢山やってほしいなー……

 他の子達、簪・布仏ペアや他のメンバー達は逆に山田・ベネックスペアに殺到する始末。これはこれで君達は向上心を持って欲しいと言いたくなる。別に授業の一環なんだから、大人気なく本気出して瞬殺なんてしないのにな……

 

「いいわよ。タイマンならまだしもタッグなら、千冬先生ならまだしも足の遅い岡部先生なら、一矢報いる事が出来るかも……」

「うん。 一夏がそう言うなら僕はいいよ」

「……じゃあ、早速やるか。篠ノ之・ボーデヴィッヒペア。ISを展開して上にあがってこい」

 

 不穏な言葉が聞こえるものの、セシリアと織斑君の相方さんは同意している。なので、先のISを展開して待機しておくことに。織斑さんもそれがわかってるのか、自分の後ろに付いて来てくれている。

 

「いやぁ、緊張するなぁ……」

「? 何故緊張するんだ?」

 

 暮桜弐式を展開してる織斑さんが不思議そうにたずねてくる。自分としては織斑さんのそのリアクションが少し不思議に感じるが、別に問いただす必要もないだろう。

 

「だって、ボーデヴィッヒさんのIS……シュヴァルツェア・レーゲン(Schwarzer Regen)だっけ? データはある程度手元にあるけど、言ってみれば実力は未知数じゃないですか。やっぱり、なんでも初めては緊張しますよね?」

 

 データとしては自身の頭の中にあってもいざ実戦となると、思いのほか予想やデータなんてものはあくまでも推測の域を出ない。備えるのはよろしいが、それに過信することは命取りのなるのだ。しかも名目上とはいやレーゲンはある意味軍用なのでブルーティアーズや甲龍とは違い、一部情報が概要しか見れなかったりしている。

 世の中、絶対……なんてものはそうそう滅多には、お目にかかる事は無いのだから……

 今まで経験してきたISでの戦闘でもモンド・グロッソでは何度もヒヤリとした場面だってあったし、初めてオルコットのブルーティアーズや凰の甲龍と対峙した時でも、油断はできなかった。放課後の模擬戦なんて何度もヒヤリとさせられたか……特に織斑さん、アンタだよ。お互いには狭すぎるアリーナ内でかつ、ISはリミッターで競技用レベルにまでスペックは落ち込んでいるものの、毎回全力でぶつかり合って勝利数の比率が自分:織斑=4:6で負け越しなんだ……

 弟君も弟君で一度だけ零落白夜(れいらくびゃくや)でシールドエネルギーがガリガリ減らされたりした時は内心かなり焦った……銃火器等の間接武器は細かなダメージを重ねるのが主流だから、少しでも油断すれば、近接武器で一気にひっくり返されてしまう。

 近接武器並にシールドエネルギーを削ることができる程の火力を有する者もあるが、それらは大抵の場合、ISにはあまり命中を期待できない代物が多く、外した時のリスクもデカイ。ほぼ、射撃に偏執した自機では近接戦闘は不利になりがちだ。

 

 それでもやはり、元ヴァルキリー兼ブリュンヒルデという称号を……初の男性操縦者で篠ノ之 束の関係者という立場を……汚す訳にはいかないのだ。

 何故ならば、自分というリーサルウェポン(人間兵器)がIS学園にいるという事で、奴らはIS学園や篠ノ之さんの関係者には手出しできない一因となっているからだ……

 だからこそ、代表候補生とはいえども……IS適性が『S』であろうとも……軍のエリートだとしても……遅れを取るわけにはいかない。

 

 そういう意味では、現ヴァルキリー兼ブリュンヒルデの織斑さんの存在はある意味、唯一負けても問題無い人なので、本当に良かった……

 

「ああ、確かにな。モンドグロッソで初めて岡部と対戦した時は、心臓が止まるかと思った」

「じゃあ、なんで今はそんなに平静にしてられるんです?」

 

 

「岡部となら、安心して背中を任せられるからな。私にとっての最高の相棒(パートナー)はお前ぐらいの物さ」

 

 

 素面でさらっと、当然かのように言った後、自分に向けてウインクをする。

 つい先程、空中に上がってきた篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんはその言葉と織斑さんの様子を目撃してしまったようで、篠ノ之ちゃんは半ば呆れた様子で、ボーデヴィッヒさんは信じられない物を見るかのような表情を見せた。

 

 ――正直、自分としても返答に困る。

 

「ははっ。現ヴァルキリー兼ブリュンヒルデの織斑先生にそう言って貰えて、光栄ですよ。じゃあ、それに見合うだけ働かないといけませんね」

 

 そう言ってIS用のオートマチックショットガンを持ち。スラグ弾を装填する。

 

「そうだな。私の前でもなく後ろでもなく、隣に居て欲しい」

「りょーかい」

 

 開始は暮桜弐式に追従するようにと暗に言われ、特に意見も無いので採用する。

 タッグマッチ戦は個人の力量も必要だが、パートナーとの連携も勝利には重要な鍵の一つだ。特に、重装甲・射撃重視のゲスト機と高機動・近接重視の暮桜弐式が組んだとすれば、おのずと役割が明確に決まってくるだろう。

 

 そして模擬戦の始まりを告げるグリーンランプが点灯。ゲスト機のスラスターを吹かし、暮桜弐式と一緒に距離を詰める。

 

「当たれっ!」

「レールカノン、フォイアー!」

 

 しかし、それを黙って見過ごせない二人は、打金特式はアサルトカノンで、レーゲンは肩部の大口径レールカノンで迎撃するが、自分も暮桜弐式もレールカノンはあっさりとかわし、アサルトカノンも射線から離れたり、オートマチックショットガンを打金特式に撃ち、射撃に集中させないように牽制したりして回避する。

 

「レールカノンは当たってはやれないな、ラウラ」

「試合ではそんな悠長に射撃に専念できないぞ。モタモタしてるとスラグ弾が当たるぞー」

 

 レーゲンのレールカノンを避けながら、ジリジリと近寄っていく自分と暮桜。性能が競技用IS程に抑えられ、なおかつ授業なのでかなり意図的に性能が競技用を落として臨んでいる。

 自分はオートマチックショットガンでスラグ弾を撃ちつつ、打金を牽制しつつ、暮桜は雪片を構えてプレッシャーを与える。

 

「クソッ、ラウラ!」

「篠ノ之! 教官は頼んだ!」

「了解!」

「ゲスト機は私が抑えて見せる!」

 

 このまま、二人まとめてやられるのを防ぐために打鉄とレーゲンは擬似的な一対一に持ち込もうと二手に分かれる。

 

「じゃあ、織斑先生」

「ああ、篠ノ之の相手は引き受ける」

「ボーデヴィッヒさんは自分が」

「相手は第三世代だ、気をつけろ」

「了解」

 

 せっかくの要望なので、応える事に。自分はレーゲンを追いかけ、暮桜は打鉄を追いかける。

 

「やはり来たか、ゲスト機」

「どうも。ゲスト機です」

 

 オートマチックショットガンの中身を散弾に切り替え、レーゲンを追いかける。そして、距離が縮まった所でレーゲンは反転しレールカノンを発射。

 しかし、反転した直後にレールカノンが発射されることはゲスト機から知らされていたので、あっさりとレールカノンの射線を避ける。

 

「この距離でもレールカノンが当たらないとは……」

「あいにく、そう簡単には当たってあげれなくてね」

 

 そうボーデヴィッヒに答えてから、ゲスト機のスラスターを一気に吹かして急加速し、散弾の死のリングにレーゲンを捉えてひたすら撃つ。レーゲンは何故か棒立ちに近いが……

 

「さあ、ドイツ軍第三世代型IS。シュヴァルツェア・レーゲンの力。先生に披露するとしよう」

 

 そう言って、ボーデヴィッヒは軽く手かざすと散弾が次々とレーゲンに着弾する直前にピタリと止まる。そして、レーゲンに着弾する予定であった全部の散弾を止めた後、散弾は自由落下を始めた。

 その光景はまるで映画のようで、それが現実として自分の目の前に広がっていた。これが第三世代型兵器 AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)……っ!

 当の本人のボーデヴィッヒはそのまま動かずに涼しげに、悠然とこちらを見ている。

 

「マジかよ……」

 

 自分はその様に驚きつつも、オートマチックショットガンの中身を近接信管のある榴弾に切り替え、再度発射。レーゲンに着弾する直前に止まるのなら、その辺で上手い事爆発するように設定した榴弾ならば……!!

 

「直前で止められるからその地点で爆発させるか、いい判断だ。流石です」

 

 そう言って、ボーデヴィッヒはまた手をかざす。AICがそれで発動したのか、榴弾を止める。

 

「だがこいつは信管も停止させる事ができるし……」

 

 そして、レーゲンのマニピュレータが発光する。これはいつかのモンド・グロッソでみたプラズマ手刀。そう言えばドイツのISが搭載していたな……

 

「これで信管も無効化もすることもできる」

 

 そう言って、軽く横に薙ぐと榴弾は先程の散弾のように自由落下する。多分、プラズマの他に信管をダメにする何か……電磁波か何か入っているのだろう。

 その後、レーゲンはこちらに接近を開始する。接近戦に弱いゲスト機なので、そのまま近接戦闘でも仕掛けるのだろうが、近づかない方がいいかもしれない。

 

 そう判断して、オートマチックショットガンを拡張領域に入れ、IS用のベルトリンク式の軽機関銃に持ち替えて弾幕を形成する。

 

「流石にそう簡単には近づけないかっ!」

「接近戦は嫌な予感しかしない……」

 

 どうやらAICで射撃武器を無効化するには足を止める必要があるようで、時折レーゲンに着弾しそうな軽機関銃の弾丸はわざわざ一瞬足を止めて防いでいる。

 ところで、質量の弾丸は運動エネルギーを消して止めてるけど、レーザーやビームといった光学兵器に対してはAICどうなるのだろうか……

 

「ならこれはどうだ!」

 

 それに気づくのもつかの間、今まで眼帯をつけて闘っていたボーデヴィッヒは眼帯を拡張領域に入れる形で即座に外す。眼帯に隠された左目は右目の赤色とは違い、金色に輝いている。ISとの適合性向上の為にドイツ軍IS災害救助部隊……という名目の特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊に施された。ナノマシン注入による脳への視覚信号の伝達速度の飛躍的な高速化と、超高速戦闘下での動体反射を強化『ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)』の副作用による物だ。

 確か資料にはこの副作用が発症したのはボーデヴィッヒのみだった筈だ。因みにこの強化の際、ナノマシン関連できな臭い話もあったが、もう過ぎた話なので置いておこう。

 

「リアルオッドアイとかオイしすぎるやろ、スゲー」

「……心理戦は効かない」

 

 思わず漏れた自分の本音に律儀に反応を返しつつボーデヴィッヒはワイヤーブレードを射出する。ゲスト機を本格的に拘束しにかかると思われる。レーゲンに捕まると碌でも無いことになりそうなので、軽機関銃で牽制しつつも回避に専念するも、捕まった際の事を脳内でシミュレートしておく。

 一発目のワイヤーブレードをスラスターを吹かして横に避けるが、そこに来るのがわかるかのように二本目のワイヤーブレードがこちらに迫ってくる。

 

 ――これがヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)かっ……!

 

 スラスターを吹かして、軽減されているとはいえ急激な重力に耐えつつ無理矢理避ける。そして、更に三本目のワイヤーブレードが来た。これ以上スラスターを吹かして無理でも回避しようとすると完全にレーゲンに隙を晒していしまい大変危険だ。

 そう考えて今度は軽機関銃でワイヤーブレード撃ち落とす為に一瞬足を止めて、軽機関銃でワイヤーブレードを迎撃する。

 

 その時、ゲスト機からの警告音が鳴り、レーゲンの肩部のレールカノンに命中弾発射を予測するクライシスサイトが表示される。ワイヤーブレードに当たるかレールカノンに当たるかの二択になってしまったが、ここは多少のシールドエネルギーの損失を覚悟してそのままワイヤーブレードの迎撃を選び、衝撃に備える。

 

「レールカノン用高速徹甲弾装填、フォイア!」

 

 レーゲンのレールカノンが火を噴く。高速徹甲弾――HVAP (High Velocity Armor Piercing)は装甲貫徹力を高める為に砲弾の質量を減らすことで初速を上げる方向で設計された砲弾だ。

 どうやらまだまだ、APDS(Armor Piercing Discarding Sabot)――装弾筒付徹甲弾(そうだんとうつきてっこうだん)APFSDS(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot)――装弾筒付翼安定徹甲弾(そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)をレールガンで発射するのは実用化には至ってないようだ。

 

 一瞬そんな事を考えながらもワイヤーブレードを撃ち落とした直後、せめてもの抵抗に右に避けようとするが僅かに狙いがそれるだけに過ぎず左肩に被弾。

 

『爆発反応装甲貫通確認。電磁装甲作動』

 

 ゲスト機のアナウンスにより、高速徹甲弾が左肩の爆発反応装甲をぶち抜き、電磁装甲に接触する。

 そして、高速徹甲弾は数千アンペア大電流が流る電磁装甲に突入し、高速徹甲弾内に電流が通電によって膨大なジュール熱が発生。そして高速徹甲弾は気化する。

 これによってシールドエネルギーは少ししか減少したものの、衝撃までは殺すことはできず大きくよろける。この時、レーゲンの追撃が確定した。

 

 予想通り、四本目と五本目のワイヤーブレードが同時に飛翔してくる。

 

「クソッ!!」

 

 僅かに動く右腕を使い軽機関銃の銃身を用いて四本目のワイヤーブレードを銃身に絡ませるが、五本目のワイヤーブレードには為す術が無く右足がワイヤーに絡まる。そして、その様子をみたボーデヴィッヒは口元を綻ばす。またゲスト機からの警告音が鳴り、レーゲンの肩部のレールカノンに命中弾発射を予測するクライシスサイトが表示される。

 

「捕まえたっ! ならこいつでどうだ!レールカノン用対戦車榴弾装填――フォイア!」

 

 レールカノンから放たれたのは対戦車榴弾又は成形炸薬弾――HEAT(High Explosive Anti-Tank)は高温により液体と化した金属を超高圧で装甲にぶつけることにより、装甲をぶち抜く事ができるシロモノだ。

 前述の徹甲弾と同じ装甲を貫くために開発された砲弾だが、仕組みが異なる為前者が『運動エネルギー弾』対して後者は『化学エネルギー弾』とも言われている。

 

 右脚をワイヤーブレードで拘束されているため、回避は不可能。こうなったら右腕部の装甲で受け止めるしか選択は無くなる。ゲスト機の胴部めがけて飛翔してくる対戦車榴弾を右腕で受け止める。

 

『爆発反応装甲作動』

 

 ゲスト機のアナウンスによって、右腕部に取り付けられた爆発反応装甲の表面に対戦車榴弾の先端が接触した瞬間、装甲内部にある爆薬が爆破され、対戦車榴弾を少し押し返す。その後、対戦車榴弾の先端に取り付けられた信管が作動し、対戦車榴弾内の炸薬が爆発、超高温・超高圧の液体金属がメタルジェットとして装甲を溶解貫通しようとするが、事前に爆発反応装甲によってある程度押し返されているのでメタルジェットは装甲内ではなく空気中を突き進み、やがて自身の貫徹力を減らしていく。そして、装甲にたどり着く頃にはその貫徹力はほぼ無くなり、意味を成さなくなった。

 こうして対戦車榴弾の衝撃に怯んでいる内に左腕を六本目のワイヤーブレードで拘束され完全に身動きができない状態になってしまった。これで残る手段は一つだけだ。

 

「まだ右腕がある」

 

 そう言って、IS用のアサルトライフルを拡張領域から取り出して撃つが弾丸はレーゲンに着弾する直前に運動を停止し自由落下する。やはり実弾では効かないか……

 そうしてる間にも再び一本目、二本目とワイヤーブレードがゲスト機の四肢に絡まっていく、そしてレーゲンがお互いに触れ合える距離にまで詰めていく。すると今まで動かしてきた右腕が突然動かなくなり、そのままワイヤーブレードによって拘束されてアサルトライフルを落としてしまい反撃すらできない状態にまで陥ってしまう。

 

「いくら元ヴァルキリー兼初代ブリュンヒルデが愛機のゲストに搭乗しているとは言え、模擬戦仕様の貧弱な装備と競技用以外にも各国に配慮して格段に落としたスペック、そして世代の差とここまで大きな差があれば苦しいだろう……」

 

 残念そうな表情でゲスト機のバイザーを見つめるボーデヴィッヒ。

 

「そして、相手が悪かった。このドイツ軍第三世代型ISシュヴァルツェア・レーゲンは1対1における戦闘能力は同世代型ISに比べて遥かに高いと言っても過言ではない」

 

 残された手段をいつ使うのか機会を伺いつつ、ボーデヴィッヒの話に耳を傾ける。資料によるとAICでISを拘束したまま一方的には攻撃できないみたいなのでまだ完全に詰んだ訳ではない。

 

「後はこのまま、私は先生を拘束して篠ノ之に射撃して貰えば、先生はまず沈む。それから、私と篠ノ之で教官を叩かせて貰う」

 

 確かに、織斑さんはボーデヴィッヒではなく篠ノ之ちゃんにぶつければある程度は持ちこたえれる。

 それにずっと近接戦闘をしている訳ではないので何度かは射撃で刺せるチャンスもあるわけだから理には適っていると思う。それで、重火器による重い一撃を自分に当てれば確かに自分は規定量のシールドエネルギーを切らして沈むだろう。

 

 もし逆ならば、ボーデヴィッヒが織斑さんを拘束できたとしても自分が篠ノ之ちゃんを沈めるだろうから人選も正解だ。あとは篠ノ之ちゃんから自分やゲスト機の事を色々聞いたのだろうが……

 

『胴部、右肩部、左右脚部、左腕の電磁装甲と爆発反応装甲、開放します』

 

 ――こっちもシュヴァルツェア・レーゲンについてはある程度は予習済みなんだ。

 

 他の部位に搭載された残りの電磁装甲と爆発反応装甲を開放する。まずは爆発反応装甲が開放され、各部位に絡まっていたワイヤーを引き千切る。突然の出来事にボーデヴィッヒは面食らってAICが発動できない。

 続いて、通電式の電磁装甲が開放され、大電流は空気中に流れ出す。そして一番近くにいるレーゲンに向かって流れていき感電、シールドエネルギーをガリガリ減らしていく。ボーデヴィッヒは感電の衝撃で怯み、完全に隙をこちらに晒した。

 

 これが、最後の残る手段。増加装甲の意図的な作動だ。

 

 そしてこれが唯一自分の格闘用装備とも言えるシロモノでもある。

 

 この機会を当然自分は逃す筈もなく、スラグ弾を装填したオートマチックショットガンを構え、レーゲンの土手っ腹めがけて容赦無く撃つ。

 スラグ弾という質量の大きな弾丸――もはや砲弾と言ってもいい程の物を貰い、先程の電流に比べると劣ってしまうが強い衝撃を受け、シールドエネルギーを減らしていく。

 

 後は一方的にレーゲンの規定量のシールドエネルギーが無くなるまで、装甲の無い腹部にスラグ弾を撃ちこみ続け、ボーデヴィッヒが沈んだ事で模擬戦は終了となった。

 

   ■   ■   ■

 

 その日の晩、職員会議や1組の織斑先生や山田先生とのIS実習についての今後の教導方針について話し合った後、職員室で一人残りの事務作業をしていた時のことである。

 唐突に職員室の扉が開いたので、振り向くとそこにはボーデヴィッヒさんがいた。

 

「岡部先生」

「? ボーデヴィッヒさん、何か自分にご用でも?」

 

 ボーデヴィッヒは真剣な面持ちでこちらを見据えた後……

 

「岡部さん。ドイツが貴方を是非佐官として受け入れたいと思っております」

 

 トンでもない事を言い放った。

 

「……残念ながらお断りするよ」

「そうですか……」

 

 激昂するかなー? と心配しつつ断ったが、やけにあっさりとボーデヴィッヒは引いた。むしろ、逆に納得したとでも言わんばかりの表情だ。

 

「どうしてそれを? その顔だと、まるでわかってたような感じがするが……」

「はい。つい先程、教官の部屋を訪ねて、同じような事を教官にも言いました」

 

 事務作業を中断し、こめかみを押さえる。

 

「ボーデヴィッヒ。その言動は最悪の場合、ドイツによるIS学園への干渉行為とみなす事になる。以後、慎みたまえ。いいか? 警告はしたぞ」

「はい、本国には不可能であると言っておきます故、今後このような事は言いません」

 

 わかってるのだかわかってないのだか、少し心配だがこれでいいだろう。

 

「あー、因みに……だ。IS学園にはもう慣れたか?」

「ええ、慣れました」

 

 ボーデヴィッヒのその言葉を聞いてホッとしたのもつかの間。

 

「少なくともISをファッションか何かだと勘違いしているような連中に腹を立てなくなる程度には」

 

 ああ、やっぱコイツ心配だ……

 

 自身としては子供の頃から軍事に手を染めていようが軍人になろうが、青春を軍事に捧げようが知ったことではない。

 自分もかつて銃器が使いたいが故に自衛隊に入り、少しでも長く居れるために様々な課程や資格を取っていたのだから人の事は言えない。

 

 そんな自分が一番危惧しているのはそいつの常識が軍という閉ざされた世界の中でしかないのにその常識のまま外の世界に出る事を一番危惧し恐れている。

 

「それは仕方が無い。競技用ISと軍用ISに触れる人間の違いだ」

「だからこそ、教官や岡部先生のような逸材がここでいるのは間違っていると自分は思います」

 

 再びこめかみを押さえて、ボーデヴィッヒの方へ視線を合わせる。

 

「なら自分達は戦争に祈りを捧げる死の司祭がお似合いなのか?」

 

 ――確かにISに乗ればまさに死の司祭になるだろうなと付け足した。

 

 ボーデヴィッヒは黙ったままだ。

 

「少なくとも織斑さんや自分はそんな下らない事の為にISには乗ってない」

 

 ボーデヴィッヒが静かにだが、自分も睨み付けている。

 

「それは詭弁だ」

「軍隊で教官役をやるよりかは遥かにマシだ」

 

 未だボーデヴィッヒは睨み付けている。

 そりゃIS学園の教員をやってても生徒が進路を軍隊に向けたら間接的にはそうなるが、自分たちはIS操縦の技術を教えてるだけで、殺しまでは教えてはいない。

 IS学園と軍隊などのIS用の訓練プログラムとの一番の違いは、殺しという行為に対する抵抗の有無だ。

 

「なら、教えてくれないかボーデヴィッヒ……自分はずっと迷っているんだ……」

 

 

「自分はどう生きればいい?」

 

 

「そんな事、人間ではない……試験官で生まれた私に分かるものか……」

 

 自分の問いかけの後、絞り出すようにボーデヴィッヒはかすかな声で答えた。その顔は悲しみを感じさせる。当の自分も口ではシリアスな事を言っていたが、これはボーデヴィッヒに対する一種のカマかけのような物で、彼女には騙して悪いが実の所はそこまで思いつめてもいない。

 

「それこそ詭弁だ。ボーデヴィッヒ」

「そんな!? 岡部先生に何がわかるのですか!?」

 

 その言葉に激昂し、自分のデスクに拳を勢い良く叩きつける。その衝撃で書類が少し横にずれ、コップに入った紅茶が波打つ。

 

「試験管ベイビー――遺伝子強化試験体(アドヴァンズド)……かつてスーパーソルジャーによる最強部隊を造りだし強大な軍事力を得ようとしていた奴らの残りか……」

 

 数年前のステルスカルノタウルスやオルコット夫妻の救出の際に遭遇した遺伝子強化された男、楯無嬢との共闘が脳裏に浮かぶ。

 そして『かつてホークアイが潰したという組織の派生系か……』とふと呟くと、ボーデヴィッヒの目が見開かれる。

 

「なら話が早い。だからこそ、私は人ではなく兵器なのだ……」

「なら、ボーデヴィッヒを超える自分はなんだろうね?」

 

 その言葉にボーデヴィッヒは呆れた顔を浮かべる。

 

「そんな馬鹿な……このような特殊な体故に、今でこそ肉体の発育は悪いが、フルスペックだとあらゆる世界記録を超える程だぞ?」

「なら、週末に県内の国連軍駐屯地に行こうか……」

 

 ボーデヴィッヒは知らない。

 

 ――世の中には純粋な化け物がいくらでもいることを

 

 そして誰も知らない。

 

 ――自分はかつて前世ではそんな存在であった事を……


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