No matter what fate   作:文系グダグダ

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この前編・後編に限ってのみ、作風を変えさせて貰います。
ご了承ください。


11:フランス 前編 6月

 『6月19日 PM1:30』

 

 今回の騒動について、一通りの報告や取り調べを受けた後、特に問題なく理事長室の退出を命じられた岡部。そして、理事長室から出られる扉を開けた先には……楯無がいる。

 

「盗み聞きかい?」

 

「いいえ、貴方を待っていたの」

 

 壁に寄りかかっていた彼女は、部屋から自分が出てくるのを確認した途端、岡部の方に駆け寄ってくる。

 

「悪いが、フランスでの一件は話せないぞ。まあ、更識さんなら別にわかるだろうけど形式上、この話は他言無用なんでな」

 

 しかし、彼女はまるで予想した通りと言った風にニコリを笑みを浮かべる。

 

「その話は私も是非、貴方の口から聞きたいけど遠慮しておくわ――付いてきてちょうだい」

 

 そう言うと、彼女はくるりと反転し、歩き始めた。岡部も彼女の後を付いて行く、お互いに無言のまま……

 途中、教員や生徒達ともすれ違いざまに遭遇し、奇異の目や同情がこもった視線なのが岡部にかかるが、当の本人はなんとも思っていないようで、特になんのリアクションも無い。

 

「さあ、着いたわ。この部屋に入ってちょうだい。」

 

 そう言って、彼女は用務員の前に止まる。彼は一瞬だけ片方の眉をひそめるものの、それ以上のリアクションは無く、無言で用務員室に入っていった。

 

 用務員室に入る岡部、部屋は少し暗く目の前には机と『表向きは』IS学園唯一の用務員、しかし実態は学園の実務とIS委員会、更識共に太いパイプを持つ男――轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう)が座っている。そのまま岡部は無言で目の前にある椅子に座り、轡木と向かい合う。

 

「IS学園教員岡部友章、学園での登録番号は7178412

 アメリカ・ドイツ・イギリス・イラン・ブラジル・メキシコ・グアテマラ・コロンビア・ソマリア、大変素晴らしい」

 

 普段は温和で穏やかな表情の人と言われている轡木だが、今の彼は用務員用の作業服では無く、背広を着ていて、表情も温和とはかけ離れた、ポーカーフェイスで普段のそれとはかけ離れた様子を見せている。

 

「今回のフランスでの騒動について、どこから話せば良い? 流石に理事長室で話した事をそのまま――なんて事はないだろう?」

 

 轡木は岡部にタバコの箱を渡そうとするが、途中で引っ込める。

 

「――君には毒だったな」

 

 そう言って、轡木はタバコの箱を自身のポケットにしまい込む。

 

「フランスでの騒動についてだが、知ってる事全部だ。行きの飛行機に乗るところから今に至るまで――すべてを」

 

 彼はその言葉を聞いた後、静かに語り出した。

 

「きっかけはデュノア社から送られてきた試供品の一部に深刻な故障が起こった事から始まった。学園内の技術チームや国内のデュノア社の支社にも出向いたが、修理することは困難だった」

 

「しかしフランスの本社なら出来たと」

 

「わからない、あまり考えても無かった。だがその後、学生用のラファール・リヴァイヴにも深刻なエラーが起こってなければ行く事はなかっただろう」

 

「5日前に何があった?」

 

 轡木の言葉に溜息をつく岡部。

 

「巻き込まれた」

 

   ■   ■   ■

 

 『6月14日 PM0:08』

 

 ラウラとの話から一夜明けた今日。学部の実習の時にラファール・リヴァイヴが深刻なエラーを吐き出した。

 内容は操縦者の技量が高くなりすぎて、操縦者の要求に応答しきれない、という内容だ。

 IS学園に置かれている、打鉄やラファールは競技用までの水準にリミッターが設けられ、更にISに触れた事が無い生徒でも扱えるようにシステム面の改良やISコアと交渉している。

 なのでよく考えれば、いくら学生でもISに4年間も触れていればそういった状況になるのは分かるわけだが……

 

 ――失念していた

 

 本来は、次の段階にさらに実践的な競技用ISを渡し、指導するのが適切なのだが……

 大抵の場合はそういう人材は専用機持ちになったりするのが普通なので、改修が施されていなかった。

 とりあえず、その場はゲスト機を渡して急場をしのいだものの、なんとかしなければならない。

 一応、倉持技研の打鉄の改修案自体は出ているものの、デュノア社の方は改修案はまだ出されていないのは把握している。

 

 というわけで、急場凌ぎでIS学園側にそういった改修キットかパーツなどが無いかどうか問い合わせたが残念ながら無く、それならばと県内にあるデュノア社の支社に出向き、現物を見せて問い合わせてみるものの……支社にいる人材では少し力不足なので無理だと返された。

 

 だから……

 

「すみませんボーデヴィッヒさん! そういうことがあってこの週末はフランスのデュノア社本社に行かないといけなくなってしまった!」

 

 自分はラウラ・ボーデヴィッヒに平謝りしていた。

 昼休みが始まってすぐの出来事である

 

 本日の午前授業はIS実習だが、座学――とどのつまり、実習における映像や過去のモンド・グロッソの映像、クラスマッチトーナメントやいつも行なっている放課後の補習という名の模擬戦などの映像を見せ、解説した、考察を交えたりしてISの動かし方を頭でシミュレートし、実際に動かす時に活かそうという物である。

 IS実習は1組2組の合同だが、座学に限っては教室でそれぞれ別々に行う。

 1組の授業が終わるのを見計らって、2組の授業も終わらせてすぐさまお隣の1組に移動、そして1組の生徒や織斑先生や山田先生に奇異の目で見られながらもラウラ・ボーデヴィッヒを呼び出して今に至る。

 

「は、はあ……わかりまし……た?」

 

「あれだけ啖呵きっておいて、本当に済まない……」

 

 よくわからない、といった表情を浮かべるボーデヴィッヒと呆れたようにこちらを見る篠ノ之ちゃん。

 少し離れた所では、織斑君とオルコットさん、凰さんと簪さん、そしてデュノア君がこちらを不思議そうに見ている。

 

「そういう事で、今からちょっとフランスに行ってくる」

 

「ちょっと!? 急すぎるよ先生?!」

 

 篠ノ之ちゃんの声を尻目に回れ右で1組の教室を出ようとするが、何者かに方を掴まれてしまう。

 

「まあ、待て。私の事情を説明しないで行くとは、少し同僚に対する配慮が足りないと思うが?」

 

 振り向くと織斑さんだった。

 眼鏡の位置を直して体を織斑さんの方へ向ける。

 

「いやあ、何分急でね。昨日も理事長に説明と許可とか貰うための手続きとかで暇が無かったんだ」

 

 そう言ってから織斑さんにフランスのデュノア社本社に行く事になった経緯を説明をする。

 

「そうか……ならしょうがないな。気をつけてな」

 

 理解はしてくれたようで一安心。まあ、別にやましい事もないので当然だが。

 

「わかりました。こっちも少し配慮が足りなくてすみません」

 

「ああ、放課後の模擬戦は私がやっておくからその辺も安心してくれ」

 

 ホントにこの人は気が利くなぁ……嬉しい限りだ。

 織斑さんにお礼を行ってから教室を去り、出発する直前、自室にて顔がバレないように変装で顔を変え、露出した肌には白人に見えるようにドーランを塗り、それに合わせた身分証と手荷物、それとデュノア社に見せるISラファールのコアなどを持つ。

 そして、自室にて鎮座する自機のバイザーに視線を合わせる。

 

「それじゃ、頼んだよ」

 

『ホントによろしいのですか? 私はおろか、拡張領域(バススロット)チップすら持たずに……』

 

「さすがに海外にお前を一部でも持ちだすと、面倒な事にしかならないからね。それは避けるべきだ」

 

 そう言うと、ゲスト機はバイザーを傾け、俯いてションボリしたように見せる。

 

「他の教員に任せるのもいいけど、ISなんて超貴重品を持ってぶらぶらするなんて物凄く危ないからね。こういう役回りは自分が一番適任なんだよ、な? わかってくれ」

 

 暫くの間、無言が続く……

 

『最悪、そのラファールを装備できるようにコア・ネットワークから、そのISコアに説得してきます』

 

「それでいいだろう。自分がいない間、篠ノ之ちゃんや織斑君の事を頼む」

 

『了解しました』

 

 バイザーをピカーと光らせながら、ビシッと敬礼ポーズをとるゲスト機。二人(?)の納得のいく妥協点を見つけて、双方ともに承諾する。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

『気をつけていってらっしゃいませ』

 

 ゲスト機に軽く手を振り、ゲスト機も右腕のマニピュレータを振って答える。主人の要望に不服ながらも健気に答えるなんて、ホントによくできたAIだ。惜しむらくはその主人の方はよくできた人間ではないが……

 そして誰もいない学寮を出ていき、学内に置いてある私物の車に乗り込んで、空港へと出発する。途中、遠目に篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんが見えたが、顔を変えているので特に何もせずそのまま学園を出る。

 

 大体1時間程の運転だろうか、予想していた時間よりも早く空港に着く。数日間駐車出来る所に車を停め、何事も無く予定の飛行機に乗る。行き先はフランス・パリ。時差は約8時間。座席はビジネスクラス。そして12時間にも及ぶ空の旅の始まりである。

 機内では特に何もすることが無く、怪しい人物も見てないので寝ていても問題は無いが……折角の機会なので思う存分楽しんでおこう。どうせデュノア社とのアポイントメントはとってある。

 

 ――と、ここまで思ってあることに気づき、大きくヘコむ。

 

 折角の長距離路線なのにお酒飲めない……

 失意に打ちひしがれてる間にも、飛行機はパリへと向かって行く……

 

 その後は特に何事も無く無事にパリ、シャルル・ド・ゴール国際空港に到着後、問題無く入国審査を受け、パリのあるイル=ド=フランスを出発、ピカルディ地域圏を抜け、ノール=パ・ド・カレー地域圏へと向かう。

 ノール=パ・ド・カレー地域圏はフランス北端、ベルギーと国境を接する地域圏でノール県とパ=ド=カレー県の2つの行政区画で構成されている。主な産業は自動車、精密機械、鉄鋼、造船、石油化学など。フランス国内では四番目に大きな都市圏を形成している。が、ISが登場する以前は鉄鋼業や造船業が衰退し、工業力が低下していた。

 しかし、それはISの登場により転機が訪れる。そう、デュノア社の登場だ。ノール=パ・ド・カレー地域圏に本社を構えるデュノア社はラファールシリーズで成功を収める。特に、ラファール・リヴァイヴがIS学園の訓練機に採用されたことにより、同社に発注やライセンス契約の申し込みが殺到、莫大な利益を得て、衰退しかかっていたノール=パ・ド・カレー地域圏は文字通りリヴァイヴ(revive)した。

 

 ノール=パ・ド・カレー地域圏に辿り着くと、もう日が落ちていた。デュノア社とは明日に会う約束なので、事前に予約していたホテルに泊まる事に。

 チェックインを済ませ、フロントに現金を支払った後、鍵を貰いエレベーターで上層へ上がり、自室のドアを開ける。

 ドアの鍵を閉めた後、カーテンを閉めてから部屋の隅から隅――電灯の裏からティッシュの箱の中まで盗聴機やカメラが無いか確認する。

 無事、何も無いことを確認するとやっと一安心。スーツの上着を脱いでシワがつかないように適当な所に吊るし、ズボンの中に入れていたシャツも出してラフな格好になる。その後IS学園に無事に現地に到着した旨を伝え、明日のデュノア社との面会に向けての細かい摺り合わせを行う。

 そして摺り合わせが終わり、ふとカーテンの隙間から地上を見下ろすと、一台のトラックと何台かのSUVがホテルの前に停まっていた。どちらも同じような色の塗装がされており、統一感を醸し出している。

 

 何か胸騒ぎがおこった自分は左腕に付けているアームバンド状に待機状態にさせているラファールの拡張領域(バススロット)から唯一護身用として持ち出せた拳銃を取り出す。その拳銃は前世でも知らなかった、あるいは存在すらしていなかった会社のハンドメイドカスタム品。その名前は……

 

 DC3 ELITE

 

 世界中で知られている、ベレッタM92、デザートイーグル、FN Five-seveN、主にこの3つの拳銃のデザインをミックスさせた自動拳銃だ。

 それを取り出した時、とうとう発砲音が聞こえてきた。その直後に人々の悲鳴があがり、悲鳴と発砲音が入り混じる。

 

 セイフティーレバー(安全装置)をを下げ、スライド(遊底)を引く。マガジン(弾倉)内の弾薬がせり上がり上がり、チャンバー(薬室)に装填され、ハンマー(撃鉄)が起き、いつでも引き金を引けば弾丸が発射出来るようになる。

 次にキャリーバッグを開き、中からショルダーホルスターを取り出し、装着。左の脇腹にホルスターが収まる。カッターシャツの上につけるので、少し違和感はあるかもしれないが気にしない。

 そうしてる間にも、悲鳴と銃声はドンドンと近づいていく。誰か、あるいは何かを探しているような、そんな感じがする。やがて、足音は自室のドアから聞こえてきて、銃声――ドアノブがぶち破れる。足音からして数は一人だけのようだ。

 

 ――さあ、長期出張の始まりだ。

 

 ドアを蹴り破って突入したのはショットガンを持ち、藍色に近い青色の戦闘服に青いベレー帽を着用した男。

 待ち伏せの形に近いので、ドアを蹴り破って、男がショットガンをこちらに構えるよりも遥かに早く、サイト(照準)を男に合わせる。悠長に狙いを定めるほど、暇ではないので男の胴部を狙い、トリガー(引き金)を引いた。

 弾丸は男の腹部に命中、口径が9ミリの弾丸は戦闘服をいともたやすく抜き、皮膚を切り裂き、内臓を蹂躙する。

 しかし、9ミリの弾丸一発では中々死なないのが人間。そのまま、連続でトリガーを引き、二発目、三発目、四発目を撃ちだし、確実に命を奪う。臓器を傷つけ、骨を破断させ、出血をより多く出させるのだ。

 男は初弾を体に受けてから、倒れるまで計4発の弾丸を浴び、絶命する。

 自室にずっといては始まらないので、次が来る前にとっととここを去るべきなのは明白だが、その為には拳銃一つでは少し心許なかった。

 

 ――まさかここで死体漁りをするとは思わなかった。

 

 そう感慨深い気持ちになりながら、今しがた天に召された男から使えそうなものを拝借する事にした。

 彼のショルダーホルスターと収納されているベレッタは自分の右脇腹に、ショットシェル用の弾差しとピストルマガジンポーチはベルトに装着された。

 仕上げに装備品を装着する前にこれ以上血に濡れないように予め立てかけておいた半自動散弾銃のベネリM4スーパー90を持って準備は完了した。

 自室から立ち去り、下に向かう事に。上には特に何も無いし、下からならある程度多くの脱出路が選択肢として選べるからだ。

 だがしかし、運悪くエレベーターがこの階に止まった事を告げる音がする。ここはやり過ごすか、それとも倒すべきか……

 

 適当な部屋に飛び込み、散弾で蜂の巣になってしまった男性に黙祷しながらも様子を伺う。あわよくば何か有益な情報が聞き取ることが出来るかもしれない。

 

「この階で通信が無くなったな……」

 

「ならターゲットがここに……」

 

「気を付けろ……警戒を怠るな」

 

 足音と英語による会話からは二人と断定することが出来る。部屋に飛び込まれさえしなければ、手持ちのベネリM4ですぐに片付けられる筈だ。

 そう判断し、ここではやり過ごさず殲滅を選ぶ。どうせここでやり過ごしても、ターゲットとやらがいる限り、追いかけっこは続くであろうことは分かりきっている。

 足音から頃合いを見て、ドアの外へとシュートドッジ(飛び込み)を行う。空中へ跳ぶ自分が見たのは二人の男。先ほどの奴と同様に藍色に近い青色の戦闘服に青いベレー帽を着用している。相手はこちらを見て驚いており、すかさずこちらに向けて銃を構えて応戦しようとしていた。

 このシチュエーションは敵の意表をついた――いわば奇襲の形に近い。先にこちらが引き金を引き、持っている半自動散弾銃がマズルフラッシュを複数焚く。狭い通路という地形上、散弾が描く死のリングから逃れられる場所は無く、男二人は蜂の巣になるのは考えなくともわかることであった。

 そのまま空中で敵の無力化を確認した後、上方向の加速度がなくなり、体は重力に引かれ放物線上に落ちていく。そのまま地面に落下する頃には飛んだ部屋の向かい側の部屋に突入していた。

 

「さて、どうする?」

 

 そのまま降りるのか、また死体でも漁るのか、あるいは……

 とにかく今はぼーっとするわけには行かなかった。ベネリM4のチューブマガジンにショットシェルを詰め込みながら、先ほどの倒した男に向かう。

 短機関銃――サブマシンガン(SMG)とポンプアクション式のショットガン、そして9ミリの拳銃があるがどちらも必要は無いので弾薬だけを頂くことに止めておく。

 その後は、エレベーターで降りるのは得策ではないので非常階段を用いて1階に降りる事に決めた。

 防火扉を開け、非常階段を降りる。ここまで狭いとショットガンの取り回しに苦労するので、ベネリM4を左手で持ちながら、余った右手でベレッタを使う。足音でバレないように慎重に慎重に……

 無事に一階にたどり着き、防火扉を僅かに開けて、向こうの様子を探る。特に人影は無い。防火扉を完全に開けて、更に1階を探索するが、そこら中に青色の戦闘服を着た男達がいて1階から脱出するのは困難だった。

 

 謎の武装集団から隠れながらどうするかと考えていたその時、今まで散発的に聞こえた銃声が断続的に聞こえて来た。

 

「――ターゲットだ!! メインターゲットを発見した! 2階にいる!」

 

「――隊を3つに分けて突入する。お前等がチャーリー、お前等はブラボー、そして俺達がアルファだ。

 アルファとブラボーはそれぞれ別のエレベーターで奴のもとに行き、チャーリーは退路を断つように非常階段から行け!!」

 

 通信を受け持つ男が目標を発見したという連絡を受け、男に連絡を入れる。男はターゲットを包囲すべく部隊を3つに分けてそれぞれ違うルートから突入させるらしい。どうやら、この男がここらで一番えらい立場の男。つまりは隊長格らしい。

 外へ出られる場所に若干の手勢を残したまま、大半の男達はすぐに目標に向かって行く。

 ここで1つの事実が判明、謎の武装集団はどうやら自分を狙ってはいないようだ。とは言え、先ほどの一般人の惨状を見て、今更そんな情報がなんの役にも立たないだろうが……

 

 ――運悪く巻き込まれたらしい。

 

 武装集団から身を隠しつつ、考える。

 ターゲットの元に向かうか、見た感じは手薄になった1階を強引に抜けて逃げるか……

 どちらの場合も相手はこちらを視認していないので奇襲という形になり、先制できる。

 

 考えがまとまったので、行動を開始する。

 非常階段を登り、二階に向かう。防火扉から覗くと、先ほどのチャーリーチームを発見した。彼らはこちらから見て完全に背中を見せている。

 誰かが後方を確認する前に思いきってチャーリーチームとの距離を詰めながらベネリM4を撃ちまくる。最初の発砲音でチャーリーチームは慌てて跳び上がるものの、遮蔽物が無く、狭い通路ではどうすることもできず、そのまま散弾を浴び倒れる。

 これでターゲットを挟み撃ちにする作戦は頓挫した。後は、アルファとブラボーを迎え撃つのみだが、チャーリーチームが倒れた事によって、通路の見晴らしが良くなり、奥にアルファとブラボーチームを視認する。ぱっと見て、ハンドガン、サブマシンガン、ショットガンが見えた。

 

 慌てず騒がず冷静に、扉が開いてる部屋に入り身を隠す。直後、激しい銃撃が元いた場所に行われていた。その後は飛び込んだ部屋に狙いを変え、銃撃を継続している。

 身を隠しながら、ベルトにつけた弾差しからショットシェルを取り出し、残弾がなくなったベネリM4のチューブマガジン(弾倉)に装填していく。そして、未だにやまない銃撃を少しでも黙らせる為に体は隠しながら、銃だけを遮蔽物である扉から出して撃ち(ブラインドファイア)、応戦する。

 散弾が当たったのか、男の悲鳴が聞こえる。だが、やけに遠い。銃撃も応戦しているとは言え、めっきり銃声も減っている。

 

 これはチャンスだと考え、再びシュートドッジ、扉から勢い良く跳び出す。

 跳び出した自分に待っていたのは、こちらに銃を向けている男と背を向けている男、部屋に入って隠れている男、この三種類だった。

 慌てふためく様子はまるで、挟み撃ちにでもあったかのような感じだ。

 

 こちらに銃を向けている男を最優先に、ベネリM4を撃つ。しかし、少し前のブラインドファイアでマガジン内の残弾が少なかったので途中で弾がきれてしまう。その後、今度は壁にぶつかりそのまま地面へと落ちる。

 ベネリM4の散弾でそれなりに脅威は減っているものの、このまままごついているとすぐに撃たれてしまうので、すぐさまベネリM4を放棄、左右のショルダーホルスターから拳銃のDC3 ELITEとベレッタM92を右手と左手で持つ。所詮二挺拳銃というやつだ。

 寝そべった状態もなんのその、殺られる前に殺る精神で残りの敵へと射撃を継続する。背中を向けている男、背後の異常に気づき、振り向く男や部屋から身を出す男。とにかく滅多撃ちにする。

 

 DC3 ELITEとベレッタM92、そのどちらの拳銃も弾が切れ、スライドを固定しているレバー(スライドストッパー)が跳ね上がり、スライドが下がり、停止し、拳銃内の機関部が露出する――つまり射手に弾丸が尽きたことを知らせるホールドオープンの状態になる。

 その時には、目の前にいた敵は全て倒され、この階層は完全に制圧した。

 ボタン式のマガジンキャッチを押し、空のマガジンを外してから、ベルトに留めてあるピストルマガジンポーチから弾薬の入ったマガジンを取り出して交換する。最後にスライドストッパーをおろして、スライドを前進させ、弾丸をチャンバーに装填して、発射可能な状態に戻す。

 

 DC3 ELITEを左脇のホルスターにしまい、埃とコンクリートの破片を手で払いつつ、伊達メガネの汚れも取払い、通路奥に見える銃を構えた男を見る。

 

 彼もまた、自分と同じスーツ姿の男性だった。衣服の性なのかもしれないが、白人男性にしてはスマートで、やや童顔な顔立ち。そして髪は金髪……ってそれは白人男性に変装している自分も同じようなものか。

 ただ……違いがあるとすれば、上着が無くラフな格好でホコリや塵まみれの自分とは違い、彼の方がきちんと着こなしていて、センスがあるという事ぐらいか。

 しかし妙に既視感があるのは気のせいなのか……いや、確かに誰かに似ている。一体誰だったか……

 そんな疑問をしつつ、彼の様子を見続ける。彼の手にはマグナム弾を発射する回転式拳銃、マニューリン MR 73、8インチ又は10インチモデルが持たれていた。なぜ、そう判断できたのかというと、形状は勿論、その銃にはスコープが搭載されていたからだ。

 

 

 

 これが、謎の武装集団が追っているターゲットとの接触だった……

 

 

 

  ■   ■   ■

 『6月19日 PM1:35』

 

薄暗い用務員室の中、岡部の話は続く……

 

「1階には用が無かったので、2階へ向かうと、そこには彼が」

 

「例の彼か」

 

「そう、彼だった」

 

「先ほどの理事長室での報告によると彼は君に気づいたが、撃ってこなかった。これは何故だ?」

 

「デュノア社の社長だった。襲ってきた奴らの仲間でも更識のエージェントでもなく、社長本人だった」

 

 轡木は思わず口元がニヤケる。

 

「面白いな。何故社長だと?」

 

「言葉を交わした。

 あまりにも似ていたので、尋ねると、あっさりと答えた」

 

 轡木はニヤけた口元を戻し、元の無表情になる。

 

「デュノア社の社長は君になんと言ったのかね?」

 

「わからない、部屋にLAW式ロケットが飛んできて、それきりだ」

 

「次は何をしたのかね?」

 

「休む間も無く、自身の安全を確保するため、ロケットランチャーを撃ち込んだ連中を殲滅した後、速やかに離脱する事だった

 IS――ゲスト機が無くとも、武器と弾薬・装備がしっかりと充実してれば楽勝だったが、その時は丸腰同然だった」

 

   ■   ■   ■

 『6月15日 AM7:57 現地時間 6月14日 PM11:57』

 

 ロケットランチャーから放たれた榴弾によって、デュノア社の社長とは分断された。

 ここから抜け出すためには、ホテル前の敵を排除してSUVでも奪って逃げないと無理そうだ。

 

 そう思い立って、再び非常階段から1階のロビーへ向かう。手持ちは二挺拳銃のみだが、やるしかない。

 ロビーの出入口から待ち構えた武装集団がサブマシンガンを構え、離れた自分に狙いをつける。自分は素早く弾丸を防いでくれそうな太い柱に身を隠して、安全地帯を確保してから戦闘に入る。

 

「クソ! たった一人の拳銃持ちになんでここまで手こずるんだ!?」

 

「そもそも話が違うぞ!? ターゲットは一人のはずだ!? デュノア社のクソッタレめ!」

 

「外の連中はもう一人の方に釘付けにされてやがるし……どうしてこうなった!?」

 

「ブラインドファイアでも当てれる腕、こいつは相当な手練だぞ!」

 

「とにかく撃ちまくって黙らせろ!!」

 

 そんな男達の怒号を聞きながら、自分はDC3とベレッタを使い分けながら戦っていく。

 常に片方の拳銃のマガジンには弾薬があるようにして出来るだけ隙を少なくし、ブラインドファイアである程度相手を牽制した後、弾幕が薄い内に遮蔽物から身を乗り出して、正確に銃撃を加える。足音をしっかりと聞き、リロード中に敵が突っ込んできたら即座に中断して、片方の拳銃で返り討ちにしたり、遮蔽物がボロボロになれば、遮蔽物に使えそうな壁や柱に移動して身を隠す。

 

「こうなったら……フラグアウト!(手榴弾投擲)」

 

 身を隠してリロードを行い、スライドストッパーを下ろした時、ふと目の前に丸い何かが転がってきた……

 

 ――手榴弾!!

 

 これにはたまらず次の遮蔽物めがけてシュートドッジ。とにかく弾が当たらないことを祈りながら、相手に向かって撃ちまくる。

 三メートル程跳んで、遮蔽物の影に滑り込んだ後、伏せた状態を継続しつつリロードを始めた時には手榴弾――M67破片手榴弾(Frag Grenade)が爆発した。

 幸いにも、ある程度離れて伏せてあるので被害は無く、助かった。

 

 ……と思った矢先にまた手榴弾が転がってきた。先ほどのアレに味を占めたようだ。

 すかさず、信管に点火済みの手榴弾を掴んで武装集団に投げ返す。遮蔽物越しに爆発し、悲鳴が上がる。

 これを好機と捉え、遮蔽物から身を乗り出して、拳銃で追い撃ちをかけ、ロビー出入口付近にいた残りの武装集団を倒す。

 

 とりあえず、敵の殲滅に成功し、しばしの休息が訪れた。未だに銃声は聞こえるので、もう一人のターゲットはまだ戦闘中なのかもしれない。

 自分はそこいらの敵から使えそうなもの――弾薬や武器、装飾品などを物色する。

 

「これは、使えそうだ」

 

 そう言って、頭を撃ち抜かれて大脳の一部が飛び散った男からタクティカルベスト(マガジンや手榴弾やその他雑貨をいれるポケットが設けられたベスト)を剥ぎ取ったり、手榴弾携行用のポーチをつける。

 

「これは壊れてないな」

 

 この後、使えそうな45口径のサブマシンガン――UMP45を拾い上げ、いつでも撃てるように準備しておく。

 そしてホテルのロビーから出ると2階あたりに銃撃を加える武装集団の姿がいる。あの時、ロケットランチャーで分断した奴もいた。

 周辺は複数のSUVと一台のトラックが確認できる。よく見ればSUVもトラックも防弾処理として、装甲化されているのがわかる。ロケットランチャーはともかく小銃弾や拳銃弾の弾除け代わりには使えそうだ。

 トラックの影に隠れながら、もう一人のターゲットがいるであろう窓に向かって銃撃を加えている武装集団を見る。ちょうど、その中の一人は近くに立てかけてあったロケットランチャー――M72 LAWを持ち出し、発射器を引き伸ばしている。それに合わせて彼の後部にいた武装集団はすぐさま退避する。

 自分はそっと手榴弾を取り出してレバーを押さえ込みながら安全ピンを抜き、投擲する。手榴弾が彼らの足下に落ちるのと、ロケットランチャーから弾頭が発射されたのはほぼ同時におこり、手榴弾の落ちた音はロケットランチャーの発射音によってかき消される。

 

「? こんな所に手榴弾……逃げろ!」

 

 勘のいい奴が足下にある手榴弾の存在に気づくがもう既に遅い。叫んだ瞬間、手榴弾は爆発する。

 それに乗じて、SUVから見を乗り出してサブマシンガンを撃ちこんで反撃の隙を与えさせずに一掃する。

 

「他の奴が来ないうちにこのSUVでずらかろう……ッ!」

 

 トラックの方から人影が見えたのでとっさに隠れる。直後激しい銃撃が遮蔽物にしているSUVに加えられた。

 反撃に出ようと、少し場所をずらして身を乗り出す。そこには全身をプロテクターやフルフェイスよりも一回り大きそうなヘルメットなどの防具でガチガチに固めた奴が二人いた。二人で一つにチームなのか常にお互いの位置が近く、両者共にその手には軽機関銃――Minimiが握られていた。

 そのまま引き金を引いてその内の一人にサブマシンガンを撃ち込む、胴部、肩、頭部などに弾丸が当たるがどうも怯みはするが効果は薄いようだ。

 相棒が軽機関銃を撃ってきたので、たまらず遮蔽物に身を隠す。手持ちの装備で倒すのは少し骨が折れそうだった。

 

「全身を防弾できる防具なんてまるで映画かゲームみたいだ……糞が」

 

 そう毒づいて、サブマシンガンのマガジンを換えながら、どうすればこれを切り抜けられるか考える。たしかまだ近くにロケットランチャーがあったよな。部屋を分断された時の奴の弾頭は榴弾のはずだから恐らくはそれも……そのロケットランチャーで最低一人は殺れるはず。あとはその糞重そうな防具のせいで鈍く、あのバカでかいヘルメットのせいで視界は悪いと思うからなんとか背後に回るしか無いか……

 いまだに銃撃を加える二人に気付かれないようにSUVの下から覗いてロケットランチャーの置いてある場所を確認すると、再び手榴弾を取り出してレバーを握りながらピンを抜いて遮蔽物越しに投擲。そのまま、ロケットランチャーの置かれている所に目掛けてサブマシンガンで牽制しながらも全力で走る。チンタラと敵を見れる暇はない。

 

「ダァァアアアー!!」

 

 はじめは手榴弾から逃れるためか銃声は聞こえなかったが、ロケットランチャーに近づいていくにつれ、銃声が聞こえてきて、銃弾が体を掠めるような風切り音が聞こえてくる。

 そして、ロケットランチャーの置いてある場所にたどり着くと同時に、サブマシンガンを投げ捨ててSUVに立てかけてあるロケットランチャーを取る。

 自分よりか低い位置にあるものを無理やり取ったために、重心がズレ、体が前のめりになり、そのまま倒れそうになる。だがそのまま右手にロケットランチャーを持ちつつも強引に前転受身を取る。

 体の節々がコンクリートに削られて傷つきながらも前転が終わり、屈んだ状態になったのでそこから一気に跳躍。空中でロケットランチャーの発射器後部を引き伸ばし、軽機関銃を持った二人組に狙いを定め……そこまでは良かったが、左肩に激痛が走る。

 何が起こったのかは想像に難くないがそれでも痛みを堪えて撃つ。ISに乗った事でこういう跳躍時における体の感覚が強化されている事を初めてありがたく思う瞬間である。

 ロケットランチャーから榴弾が問題無く射出され、敵に向かって進み、自分が地面に叩きつけられるのと同時に爆発した。

 自分は空になったロケットランチャーを捨てて、左肩をみる。シャツが真っ赤に染まっていた。異物感は感じないので弾丸は貫通してくれたようだ。動かせば痛みは来るが、動かせないわけではない。

 

「最悪だ……」

 

 そう呟いたのは爆炎が晴れた後、着弾点にはプロテクターがボロボロになり、出血が見られながらも軽機関銃を持った男がなんとか生きていた……

 それを認識した後、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。

 だが、どこからか発砲音が聞こえると、ボロボロの男はプロテクターとヘルメットの隙間――首から血を流して倒れた。思考がなんとか元にもどり、そっと息を吐く。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 自分が起き上がるよりも早く何者かは自分に駆け寄り、右手をもって立ち上がらせたのはマニューリンを所持していたスーツ姿の男性であった。

 

「運良く、なんとか」

 

「そうか……君!? 怪我してるじゃないか!?」

 

「かすり傷です。銃弾は幸いにも貫通してくれてますし、今はアームバンドで強く縛って出血も少なめです」

 

 彼は少しだけ悲しそうな顔をするが、すぐに考えだした。

 

「……だが、そのままだと危ない。少し距離は遠いが私のセーフハウスに救急医療キットがある」

 

 彼は落ちているMinimiを拾い、壊れてないことを確認すると、片っ端からMinimiでSUVやトラックのタイヤを撃ち抜いていく。

 

「君は運転はできるかね?」

 

「勿論」

 

「では行こう」

 

 そう言って彼は唯一タイヤを撃ちぬいていなかったSUVに乗り込み、運転を促す。

 アテもなくこの場をずらかり、武装集団の追撃や最悪野垂れ死ぬ事を恐れるよりも、こいつに付いて行って事の発端を聞くとしよう。

 世渡りの不器用な自分はそう考え、彼の乗るSUVの運転席へと座り、サイドブレーキを外してアクセルを踏み出す。

 

「それにしても、あいつら一体何者なんだ!? 話を聞くと、アンタを付け狙ってるようだが……」

 

「巻き込まれた君には聞く権利があるだろう。それはな……」

 

 真夜中のフランスを銃痕だらけのSUVで爆走している中、自分は彼に何故、狙われるかを聞き出そうとした。彼は承諾したのだが、喋り始める前にバックミラーから車のライトが反射する。

 

「追手が来たぞ!」

 

「わかった。アクセルを踏んでおくんだ!」

 

 そう自分は叫ぶと、彼はMinimiを持ってSUVのオープンルーフを開いて身を乗り出す。ライトの数からして追手の車は3台のようだ。

 自分は言われた通りにアクセルを踏み、思いっきり走らせた。死角からSUVが銃弾を弾いている音が余計に恐怖を増幅させる。ライトが近づいていくのがわかれば尚更だ。

 1台は追い払えたが、他の2台は左右に挟もうと一気に加速する。こちらとの差はぐんぐんと縮まり、真横につかれそうだ。

 

「おい! 一旦中に入れ」

 

 そう言って、見を乗り出してMinimiを撃ちまくっている彼を突いて中に引っ込める。今、自分の頭の中にはお世辞にも良いとは言えないがアイデアがあった。

 

「? なにをやってるんだ!?」

 

「シートベルトを付けているだけだ。アンタもフロントガラスから飛び出したく無ければやっておいたほうが良い」

 

 奇異の目をこちらに向ける彼をよそに、シートベルトをつける。その時、ちょうど左右に追手の車が到達。両方共に拳銃やサブマシンガンをこちらに向けている。

 自分はありとあらゆる減速手段やブレーキを使い一気に減速する。慣性の法則で体に強い重力がかかるが、急加速・急減速が当たり前のISと比べれば楽な物だ。

 追手が銃の引き金を引いた時には、もうそこには自分の車は無く、彼らはマヌケにも仲間同士で撃ち合うハメになっていた。助手席側にある追手の車は運転手でもやられたのか動きがふらつき、そのまま道路から脱落した。

 自分はシートベルトを外すと、窓から見を乗り出して残りの車に目掛けて片手でベレッタを撃つ。しかし9ミリでは中々タイヤを撃ち抜く事は難しいみたいだ。

 ホールドオープンの状態となってベレッタをホルスターに入れる時間すら惜しく感じたので、そのまま車内に落として、今度はDC3を持って撃ち込む。9ミリは9ミリでもベレッタの9ミリパラベラム弾(9 mm×19)より威力の大きい.357SIG(9.06mm×22)はなんとか分厚いタイヤに穴を開けたらしく、最後の1台もスピンし行動不能になった。

 

「挟撃を行う時は必ず同士討ちしないような配置を心掛ける、基礎的な知識は嘘はつかないな……」

 

「イテテ、君は無茶をするなぁ……」

 

 先ほどの減速で頭でも打ったのか、さすりながら苦笑いを浮かべる。

 自分は何気ない顔で足元のベレッタを拾い上げ、ベレッタとDC3のマガジンを取り替えて、ホルスターにしまった後、彼の指示にしたがって車を走らせたのであった。

 

   ■   ■   ■

 『6月19日 PM1:39』

 

 一通り話を終え、水の入ったコップを手に取り、飲む。

 

「何故、そこから今回の騒動までに発展したのかね?」

 

「SUVに乗る直前に、デュノア社の社長に出会ったからだ。偶然にね」

 

「私は偶然など信じない。デュノア社の社長についての情報は?」

 

 バッサリと岡部の言葉を否定し、轡木は更に話をするように促す。

 

「彼とは色々と話をした。彼の名前はサミュエル・デュノア(Samuel Dunois)。デュノア社のCEO(chief executive officer:最高経営責任者)で元々はフランス国家憲兵隊治安介入部隊(Groupement D'Intervention De La Gendarmerie Nationale)、通称『GIGN』という対テロ特殊部隊に所属している経歴があって、家族構成は妻と娘の三人。

 その妻の名前はカリーネ・デュノア(Karine Dunois)。フランス製ISにおける名機、ラファールシリーズを生み出した名技術者で。ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIも彼女がラファール・リヴァイヴを再設計して制作した物だ。

 デュノア社は技術者である妻を守るために夫サミュエル・デュノアが創始した会社……だということは知っている。

 そして、その二人の間に出来た娘は」

 

「シャルロット・デュノア(Charlotte Dunois)」

 

 岡部の話を遮るように轡木は静かに告げた。

 

「そう。だが、デュノアには……」

 

「四人目がいた」

 

「そう、四人目。いないはずの四人目シャルル・デュノア(Charle Dunois)がいた。この学園に」

 

 岡部のその言葉に轡木は閉口し、少し経過した後、彼は口を開いた。

 

「次は何があったのかね?」

 

「追撃から免れて、サミュエル氏に傷を見て貰いながらセーフハウスで話をしていたのはいいが、追手が来た。

 数が多く、一人では対処しきれないということで、サミュエル氏と共闘して、追手とその援軍から形成された包囲網から突破した」

 

   ■   ■   ■

 『6月15日 PM1:32 現地時間 6月15日 AM5:32』

 

 追撃を振り切り、セーフハウスに無事に駆け込んだのは朝日が見えてからであった。

 シャッターを開けてSUVをガレージに格納し、セーフハウスの中へと入る。一通りの生活用品と物資、設備があり一見すると人里離れた場所にある家ぐらいの程度だ。

 冷蔵庫から飲み物が入ったボトルを取って椅子に座り、ゆっくりを休んでいると、彼――サミュエルが救急医療キットを持ってやって来る。

 

「肩を見せてくれ」

 

「ああ。わかった」

 

 サミュエルに肩の応急処置を施して貰う。ついでに彼とは色々と話をした。フランスでのかつての日常から、デュノア社の話、ラファールタイプの開発秘話から、彼の昔話や家族の話。そして、今を取り巻く状況から自分の肩の傷についての話まで全てだ。

 彼に言われるまで気づかなかったが、実は二発被弾してしたらしい。しかも、どちらも貫通しているという。本当に運がいい。

 ついさっきまでは脳内物質でもドバドバ出てたのか、あまり痛みを感じなかったが、話をしているうちに脳内物質の分泌が収まったのかズキズキとしてきて、やはり痛い。こういう痛みは実に……二十数年ぶりだ。

 

 自分の死因――正直今でも、あれは暴発事故だと思っていたが、この肩の痛みのせいか『実は事故では無かったとしたら……』というくだらない仮説が思い浮かぶ。

 たしかに、職業柄誰かに恨まれるとは思うが、かつては国――それも国連お抱えの人間だ。それ相応に情報規制は強固だったはず。フリーランス時代も国が限定的に復帰させるような仕事が大半で、それも相当強固な情報規制をとってるだろう。

 そう自分に言い聞かせてるものの、思考の片隅にこびりつくように『実は事故に見せかけた他殺では?』という疑念が絶えない。

 

 その疑念は脳裏の片隅に日中に残っていて、出来るだけ考えないように他の事をしていた。

 ふと、テーブルに置いてあるリモコンを持ち、電源ボタンを押してテレビを付ける。何か気が紛れるかもしれない――そういった期待を込めながらだった……

 

『今日たった今、デュノア社が緊急会見を開き、CEOを務めるサミュエル・デュノア氏が失踪したとデュノア社が発表しました。

 デュノア氏の推定失踪時刻は昨日の未明で、その日の晩にはデュノア社本社のあるノール=パ・ド・カレー地域圏内のホテルでデュノア氏と犯人と思われる男が目撃されました。

 男は現地警察と民間軍事会社との戦闘を行った後、車で逃走したと……』

 

 ――すぐにテレビを切った。出来れば、酒を煽って何もかも考えたく無かった。

 

 自分は現実から少しでも目を背けられるようにソファに深く腰掛け、目を瞑り続けた……

 

「……もう嗅ぎ付けて来たか」

 

 夜、サミュエルの苦虫を噛み潰したような表情を見て、例の武装集団が近くに来たことがわかった。

 

「どうするんだ」

 

「部外者である君を巻き込むわけにはいかない。だから私を囮にここから逃げるんだ」

 

 サミュエルの言葉には呆れるしか無く、思わず笑ってしまう。

 

「こうなった以上、どうする事もできないよ。最後まで付き合ってやるさ」

 

 そう言って自分は椅子から立ち上がり、セーフハウス内の武器庫からサブマシンガン――MP7と対物狙撃銃――バレット M82を持ち出す。そして、左脇のショルダーホルスターに入れてあるベレッタM92とMP7を入れ替え、対物狙撃銃はスリングベルト(吊りベルト)を付けて肩に引っさげる。

 

「やるなら徹底的に、な?」

 

「……済まない、ありがとう。」

 

 彼は7.62mmのアサルトライフル――SCAR-Hを構えて、自分にお礼を述べる。そして、彼はイヤホンマイクを自分に渡す。

 

「これで少しぐらいなら互いに連絡が取れるはずだ」

 

「了解だ。これからどうする?」

 

 イヤホンマイクを受け取り、耳に装着する。

 

「SUVに乗ってこいつで無理やり突破しようとは思うけど……」

 

 そう言って彼は足元にある木箱を蹴り、蓋を開ける。

 中には、リボルバー(回転式拳銃)のように回転式のチャンバーをもつグレネードランチャー――アームスコー MGLが入っていた。

 

「今度は運転は私がするから、君がやってくれないか?」

 

「了解。運転はサミュエルに任せよう」

 

 そう快諾して、自分は木箱に入ってるグレネードランチャーを拾い、回転式チャンバーに40mmグレネード弾を装填していく。

 

「じゃあ、準備が出来たらガレージに居ててくれないか? 私は少し、彼らに置き土産を渡したいと思うから」

 

 そう言って、サミュエルは武器庫へと向かって行った。

 自分は特にやることは終えているので、テーブルに置かれてあった鎮痛剤(ペインキラー)のボトルを手に取って、錠剤を口の中にかきこみ、噛み砕く。そして酒で胃の中へ流しこみ、戦闘に集中するため余計な思考を排除する。ついでに肩の痛みも大分マシにはなるだろう。

 そしてガレージのSUVへと向かい、大人しくサミュエルが来るのを待つ。

 

「準備はいいかい?」

 

「ああ、グレネードの弾も車の中に積んどいた」

 

 それを聞いてサミュエルは車に乗り込み運転席に座る。

 

「なら、行こう」

 

 自分も彼に続いて車の中に乗り込み、オープンルーフを開けてグレネードランチャーを構える。 

 

「さあ、ドライブの始まりだ!」

 

 サミュエルがアクセルを踏み、SUVはシャッターをぶち破り疾走したのだった……

 




後半へ続く

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