No matter what fate   作:文系グダグダ

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12:フランス 後編 6月

 『6月19日 PM1:44』

 

「その後は、こちらを包囲しようとしている奴らをグレネードを用いて無理矢理に突破したという訳だ」

 

 岡部の話がキリの良い所になったので、轡木は録音テープを取り出し、再生ボタンを押す。

 

『シャルル!? お前……』

 

『一夏、ごめんね……僕、実は女なんだ……』

 

『シャルル……なんでそんな事を……』

 

『実は……デュノア社は経営不振に陥っていて、どうすることも出来無いらしいってお父さんの会社の同僚に言われてね……

 それで、同僚の人が――デュノア社の経営不振を乗り越える為には貴重な男性操縦者のISのデータが必要だと、CEO――つまりは君のお父さんが提唱し、経営陣はそれで一致したよ……って言ったんだ』

 

『それって……』

 

『うん。だから僕は男装して君に……一夏に近づいたんだ』

 

『そんな……』

 

「どういうことだ!?」

 

 岡部は目に見えるほど狼狽え、思わず椅子から立ち上がる。

 

「落ち着け。この通り、シャルル――シャルロット・デュノアが言ってた『奴ら』については?」

 

 轡木に諭されて、やがて落ち着きを見せ始めた岡部はゆっくりと椅子にすわり、説明を始める。

 

「デュノアが言ってたのはフランスに本社を置くPMSCs(Private Military and Security Companies)――とどのつまり民間軍事会社の事だ。そもそも、全てはこのPMSCsとデュノア社の重役との癒着が始まりだったんだ。

 重役達はサミュエル氏がデュノア社をワンマン経営している事に不満があった。その主な不満は、デュノア社は国営では無く民営企業であったからだ。

 重役達は民営よりも更に利益が多く見込める国営又は半国営企業になることを望んでいた。しかし、国よって自身や家族が拘束され、不自由な生活になってしまうのを良しとしないサミュエル・デュノアは独断で民営企業へと舵を切った。

 しかし、重役の予想とは裏腹にデュノア社は、ラファール・リヴァイヴを開発、第二世代機の後発機だが、開発能力を持たない国々の採用機やIS学園での練習機の一つに採用され、一躍ベストセラーになった。

 徐々にサミュエル氏の地位が不動の物になり、重役達は彼を疎ましく思うようになって来た。」

 

「それで、どうなった?」

 

「一部の重役はPMSCsにコネを持っていたので、それに所属する社員の中から選りすぐりの精鋭を選別し送り込み、彼の抹殺を図った……サミュエルは難なく返り討ちにし、すべてが変わってしまった。

 後が無くなった重役は、半ば破れかぶれでサミュエル・デュノアの身内、つまりは妻のカリーネ・デュノアと娘のシャルロット・デュノアを誘拐しようとする。

 シャルロット・デュノアの誘拐は阻止されたが、カリーネ・デュノアの阻止は失敗、誘拐される。今から二年前の事だった。

 結果、サミュエルは今しがたまで奴らの傀儡と成ってしまっていた」

 

「信じていたのかね?」

 

「いいや。だが、だんだんと辻褄があってきた」

 

 ここで岡部は水を一口飲み、自身の喉の渇きを潤す。

 

「イグニッション・プラン(統合防衛計画)です。最新の第三世代型ISの開発している企業の中に、デュノア社の名前があった。

 デュノア社はイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタ型とは違った方向性を持つISの開発だった。

 だがしかし一向に開発は進まず、イギリス、ドイツ、イタリアのIS達が常に先を行っていた」

 

「PMSCsはデュノア社と繋がっているのかな?」

 

「それでほぼ間違いないと思う」

 

「次の行動は?」

 

「サミュエルの情報を基に、PMSCsがカリーネを軟禁してるアジトへの突入だった。自分達はただの人間だと思っている奴らの裏をかく作戦だ。

 こいつは危険でリスクもかなりでかい作戦だった。正常な奴なら実行どころか、考える事もない作戦さ」

 

   ■   ■   ■

 

 『6月16日 AM8:46 現地時間 6月16日 AM2:46』

 

 俺達の作戦は、強いて言うなら『作戦ナシ』だ。突入までは考えてあるもののそれ以降なんて何もない。

 現実は何事も映画やゲームのようにはいかない。ルール(ゲームシステム)も無ければ、魔法の呪文(チートコード)も地図(マップ)も無い。

 利口だとか、優秀だとか、そんなのも関係無い。

 幸運と運命のみ……そう思えない奴はとても残念だ。

 ただ神経を研ぎ澄ますしかない。出来るだけ長く、長く……

 

「流石に、警備は厳重だな……」

 

 ベルギーとの国境近くにある森林地帯にポツンとある施設。表向きはデュノア社の慰安施設という位置付けであるここが、サミュエルの妻が軟禁されている場所だ。

 そこから少し離れた丘陵に俺たちはいる。日はとっくに沈み、新月の日なのか月は見えない。

 

「警備員の名目でPMSCsの社員を雇い入れてるからそれなりには装備も整っているだろうね」

 

 双眼鏡を覗きながら、サミュエルは渋い顔をする。

 

「防弾処理されたSUVもトラックもあるし……うわ、対物狙撃銃やランチャーの類もある」

 

「中には侵入できそうか?」

 

 自分の問いに対して彼は渋い顔を解くことは無かった。

 

「難しい。予想より警備員の数が多い」

 

「だが、数が増えたのは相手だけでは無い」

 

「ああ、その対物狙撃銃で少しでも警備員を施設から引き剥がせないだろうか?」

 

 その問いに対して自分は対物狙撃銃の弾丸を薬室に装填することで応える。

 

「距離は……大体1000mぐらいだ。今から20分後に援護射撃を始めてくれ」

 

「わかった」

 

 自分の返事を聞くと、お互いにタイマーをセットしてサミュエルが先行する。

 彼の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、待機状態でアームバンド形態になっているラファール・リヴァイブを起動させる。そしてPICを用いて真っ暗闇の中、音も無く上昇する。

 そのまま、最優先で狙うべき相手と幾つかの狙撃に適した場所をハイパーセンサーで探し出し、マークしておく。その作業を終えると、狙撃地点に移動してハイパーセンサーの機能を残したままのISを元の待機状態に戻しておく。

 そして、茂みの中に身を隠すように伏せて対物狙撃銃を構える。スコープを覗けば、適切な距離に調節した甲斐もあって照準にくっきりと最初の標的が映っている。

 

 タイマーの数字が徐々に減っていく……5、4、3、2、1

 0と同時に引き金を引く。スコープは鮮明に標的――自分と同じ対物狙撃銃を持った男が崩れ落ちる様子を映していた。

 その様子を見届け、しっかりと初弾命中したことに安堵しながら、次の目標に照準を合わせて撃つ。

 12.7x99mm NATO弾という人体に対して過剰とも言える弾丸は、それ相応に相応しい音と煙を伴いながら1000m先の肉を引き千切る。スコープで一々生死を確認するまでも無い。そんな物をくらったら、生きていても戦闘できる元気なんて無くなってしまうのだから……

 クラスⅣの上等な防弾チョッキが仮に運良く――本当に様々な要因が元で運良く貫通を防げたとしても、衝突による衝撃までは防ぎようが無い。

 

 幾つかのマガジンを交換し、3つ目あるいは4つ目のマガジン内の弾丸を撃ち切ると、ISをすぐさま起動させて次の狙撃ポイントに向かう。

 少し離れた木々の間から血眼になって自分を捜索している警備員がチラチラとハイパーセンサー越しに見える中、車両を破壊するために虎の子の多目的弾頭が入ったマガジンを取り出す。区別をつけるために弾丸の先端が緑と白にペイントされている事を確認すると、マガジンを交換し薬室に送り込んだ。

 ちょうど次の狙撃ポイントにたどり着いたので、先程と同じようにハイパーセンサーのみを機能させて、ISを待機状態に戻す。その後、しっかりと狙いを定める為に伏せてスコープを覗く。次はSUVやトラック等の車両だ。

 狙うべき箇所は実に簡単、シンプル。機械的に虚弱な部分を狙えば良い。タイヤ、エンジン、燃料タンクどれでも破損させれば遅かれ早かれダメになる。

 今回はちょうど燃料タンクに当てることができたのでそこに照準を合わせて引き金を引く。

 

「車が爆発すれば流石にもっと多くの人員を引き付けることができるだろう……」

 

 爆発、炎上するSUVにポツリと独り言を漏らしながら、次々と車両を潰していく。

 タングステンの弾芯が装甲を貫き、燃料タンク内に侵入。その後起爆剤が焼夷剤や爆薬を炸裂させ、燃料を確実に着火させる。大量の燃料が着火される事により質量が一気に拡大、穴が空いているとはいえそこから圧力が全て漏れ出すよりか遥かに早く燃料は気化、膨張し高圧になる。

 そして燃料タンクはその圧力に耐え切れなくなり破損。これが先程のSUVの爆発のざっくりとしたプロセスだ。

 

 車両を次々と潰していき、マガジン内の多目的弾頭も少なくなってきた。その時、ハイパーセンサー越しにこちらを探している対物狙撃銃持ちを視認する。周りにも数人アサルトライフル持ちがいるが、それらは脅威には成り得ない。

 急いで、照準を一番当たりやすい胴体に合わせて撃ち抜く。

 

 ――結果としては無事に処理できた。

 

「ウヘェ……」

 

 が、あまり気分の良い物では無かった。

 確かに多目的弾頭とはいえ、12.7x99mm NATO弾は目標に命中した。だが、運(?)が悪かった。少なくとも同情する程に……

 相手は防弾チョッキを着ていた為に弾丸は防弾チョッキを貫通後、起爆剤が作動してしまったようで……

 

 ――つまりは弾丸は体内で爆発してしまった。

 

 対物狙撃銃を持った人間は文字通り上と下に真っ二つ。防弾チョッキの残りが破片を防いだのは良かった物の返り血がその付近に飛び散って、周りの数人に付着する。

 爆発の白煙は血の所作で赤く染まり、自体を理解した警備員はあまりの出来事に発狂し、ところ構わず撃ちまくる。マガジン内の弾丸が無くなっても発狂した人間にはそれはわからないようで、ひたすらに叫び、引き金を引き続ける。

 

 そこまでの様子を見てからスコープから目を離し、マガジンを入れ替え、次の狙撃ポイントに向かう。その後は別に知る必要は無いだろう……

 発射した弾丸の数は100にも満たないものの、援護射撃開始から30分はとうに経過している。1000m先の狙撃手を探し出そうと多くの人員と機材が各地に散っている頃合いだろう。

 

 ――まさか相手の男はISを所持していて、あまつさえ操縦が出来る等という事は、誰が予想できたであろうか……

 

 故に相手は文字通り大地に這いつくばってでも捜索している中、自分は悠然とこの闇夜の空を闊歩している。

 

 空から見た慰安施設は人員が外に出払っていて、なおかつ内部でサミュエルが暴れまわってるおかげかほとんど人影は見られない。

 屋上も『人』はいなく、ただ物がゴロゴロとそこら辺に転がっているだけだ。

 

 屋上に降りた後、ISを待機状態に戻して、サミュエルの後に続くように施設内に侵入する。

 廊下、階段、部屋部屋……至る所で交戦の痕跡が残っており、未だ彼は目的を達成していないようだ。

 まさに死屍累々、ホラー映画のような道をズンズンと突き進んでいく。

 

 例え小さな物音一つ、物陰や遮蔽物から発せられる微かな声であっても、ISのハイパーセンサーは確実に捉え、居場所を知ることができる。

 そして対物狙撃銃に込められた――多弾頭とは別に貫通力に秀でた徹甲弾が血肉を求めてやってくるのだ。

 

 そうやって残りを掃討しつつ、ひたすらに探索を続けていくと徐々に銃声が聞こえ始めて来て、ホラーでは無くアクション映画の雰囲気に変わってくる。

 ハイパーセンサーを上手に駆使していく事で、銃声から物音、更には会話や罵詈雑言まで聴き取っていく。サミュエルは近い。

 そこにサーモグラフィカメラやX線を用いたカメラを駆使していく事で居場所を丸裸にしていく。

 

 後はもうお分かりの通り、壁ごと、遮蔽物ごと、防弾チョッキごと――時には人体ごとぶち抜いていく。

 

「よう。結構な数を釣ってきたぞ」

 

 サミュエルにアサルトライフルを突き付けられながらもそう言う。

 

「君も無事でいて良かったよ。ここの連中で最後のようだ。この先に妻がいる」

 

 そう言って目の前にある2つのエレベーターを指す。

 

「私は当然妻を助けに行くつもりだ。奴等を……こんな馬鹿な事をしでかした元凶に直接手を下したかったが、仕方が無い。

 いずれにせよ、遅かれ早かれだ……。ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」

 

「……なら。ここで、お別れのようだな……」

 

 恐らく地下へ通じるであろうエレベーターを見ながら言うと、サミュエルは驚いた表情を浮かべる。

 この手の選択に置いて、ああいった人種は諦めが悪く、害虫よりもしぶとく生き残り、いずれ遠く無い……あるいは遠い未来においてこちらが痛いしっぺ返しをくらうという事は前世関連で織り込み済みだ。

 

「待ってくれ。妻の場所がわかっているとはいえ、非戦闘員を連れて脱出なんて――」

 

 サミュエルが最後まで言いたいことを言い終える前に無言でアームバンドを外し、渡す。

 

「……君は一体?」

 

「ただの関係者さ、ただ……巻き込まれただけのな」

 

 アームバンドを見て理解したのだろう。彼は妻が軟禁されているであろう場所に向かっていった。

 自分はそんな彼を見送ってから地下へと向かうエレベーターの扉を開き、中に入ってボタンを押した。

 

   ■   ■   ■

 

 『6月18日 PM2:06』

 

「彼女と奴らはすぐそこだった。

 サミュエルは彼女を一刻も早く助け出したかった。

 自分はこんな目に遭わせた奴らの血を味わいたいと思った。

 自分達は誰よりも近くにいた」

 

 そう言って、PMSCsのボスとデュノア社の重役が写った写真をいじる岡部。

 

「仕留めるのはこの俺だ……

 奴らにはもう、逃げ場など無かった」

 

 岡部はそう言って写真を投げた。

 

「君はそこで何をしたのかね?」

 

「特に言うことは無かった。既存の歩兵用パワードスーツにラファールの皮を着せた奴があったが、言わばその程度でしか無かった」

 

「負傷しているのにか?」

 

「防護服を着ていない分、綺麗に貫通したらしい。ボトル一個の鎮痛剤で案外なんとでもなる。」

 

 暗い用務員室の中、長かった岡部の話はこれで終わった。

 

「そして君はそのPMSCsのボスとデュノア社の重役を殺害し、今に至る――と言う訳か。どうだったかね? この騒動についての感想は」

 

「たまにはアクションスターも悪くは無い。だがいくら出演料を積まれても金輪際やりたいとは思わないが……」

 

 轡木はコップに入った水を飲み、安堵の表情を浮かべる。

 

「それぐらい余裕があれば問題は無いか……今回の件については、懲戒戒告ということでいいでしょうか? 厳重注意でもいいのですが……?」

 

「いえ、懲戒戒告で問題無いです」

 

「そう言ってくれるとこちらも気が楽だよ。傷と疲労を早く治すするのに尽力して下さい」

 

「了解しました」

 

 そう言って、岡部は立ち上がり、用務員室を出たのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 用務員室の扉の前で更識楯無は腕を組みながらその周辺をふらふらと徘徊していた。

 岡部を用務員室に案内してから、ここで待つように指示を受けていた彼女は始めは静かに待っていたが、やがて手持ち無沙汰になり、自身の扇子を弄ったり、ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)のナノマシンを使って水芸をしたりして暇を潰していた。

 そして、先程ドアの前を行ったり来たりしている時、用務員室から物音がした。

 彼女は岡部と轡木の話が終わったと判断し、ドアの前で岡部が出てくるのを待つ。

 

「更識さん、いたんだ」

 

 ドアが開き、スーツ姿の岡部が出てきて、楯無を見るなり呟いた。

 

「轡木さんから部屋まで送れって言われちゃってね」

 

 その言葉に岡部は困惑した表情を浮かべ、溜息をつく。

 

「そんな、子供じゃないんだから……」

 

 そんな岡部の様子を見て面白いのか、楯無はクスクス笑う。

 

「フフッ、強がり言っちゃって――貴方、中々嘘つきね」

 

 そう言って、楯無は猫のように岡部に正面からピトリと密着し、右手で彼のスーツの前裾を捲り、左肩を露出させる。

 まず、彼女の目に入ったのは二重に重ねられたショルダーホルスターの紐が見える。そして、その紐をずらしてみると……

 

 ――彼のスーツの肩部の下に隠れてあるカッターシャツは赤く滲んでいて、小さな斑点が二つできていた。

 

「普段の素っ気ない貴方や、一緒に行動した時の貴方も中々格好良いけど――こういう意地っ張りな貴方って、結構可愛いわね」

 

 余った左手で胸板をのの字になぞったり、つんつんとつついたりしながら、楯無は上目遣いで岡部を見る。 

 岡部は楯無の視線から目を逸らし、猫のように引っ付く楯無を引き剥がす。 

 

「あまり気にかけないでくれ。自分は大丈夫だから」

 

 その言葉に楯無は険しい表情を浮かべ、目を細める。

 

「フザケた事を言わないで、更識は相手の身振り手振りや顔色、声なんかで相手が今どういう状態でどういう心境なのかって事はわかるのよ。

 今の貴方は4日間まともに睡眠や休息を取らずに戦い続けて疲労困憊。それに加えて左肩に二発、右肩に一発、右の脇腹に一発被弾していて、血が足りない状態でいることぐらいお見通しだわ」

 

 そう言って、岡部の右腕にしがみつく楯無。

 

「目の届かない所で貴方が倒れてしまう方がこっちとしては困るのよ。病院の手配と足はもう用意したわ、ばれないように今の内に行きましょ」

 

「……病院には行けない。ゲスト機に治療機能があるから、部屋までだ」

 

 楯無の提案に対し、しばし考える岡部だが。やがて諦めたのか妥協案を出す。

 

「……わかったわ。でも治療できたかどうか確認する為に部屋に入れてちょうだい」

 

「……わかった。その代わり、自分が居なかった4日間の事を教えて欲しい」

 

 完全に観念したらしく。岡部は溜息をついた。

 

「貴方のそういう所、結構好きよ」

 

 そう言って、二人は寮の岡部の部屋に向かって歩いていった。

 岡部は自身の部屋に着き、ドアを空ける。部屋はIS学園から出た直前となんら変わってはいない。

 

「そう言えば、私。貴方の家にはお邪魔したことはあっても、こういうプライベートな部屋は初めてかも」

 

 スタスタと部屋に入り、冷蔵庫から飲み物が入ったペットボトルを取り出して、ラベルを岡部に見せた。

 

「これ飲んでもいいかしら? もしかしてお酒じゃないわよね?」

 

「ご自由に」

 

 そう言うと『ありがと』とだけ楯無は応えて、部屋のソファに座ると、ペットボトルの飲み口に口を付けて飲んだ。

 まるで見せつけるかのように、ゴクゴクと喉を鳴らしペットボトルの中身の液体を嚥下している。ある程度まで飲むと、キャップを飲み口にして、そのまま目の前のミニテーブルに置いた。

 

「中々イケるわね。これ」

 

「そうかい」

 

「それに今思ったんだけど男の人にしては床に落ちてる腕時計以外スゴく部屋が綺麗。仲の良い織斑先生や一緒に住んでた篠ノ之さん以外の女の子とかも部屋に入れてるの?」

 

 そう言って、楯無は岡部の自室に興味津々に色々と物色し始める。

 

「余計なお世話だ」

 

 楯無と喋りつつ、岡部は特に咎めもせずに床に落ちてる腕時計の形態になっているゲスト機を拾い上げて展開する。楯無はIS、ミステリアス・レイディに備わるハイパーセンサーをフルに活用しながら岡部の纏うISを観察する。

 

 全身装甲(フル・スキン)タイプのISであるゲスト機は視界を確保するためのバイザーや頭部を守るヘルメットタイプの装甲部に加え、胸、腕、腰、脚、ふくらはぎから足先と手先に至るまで外殻――すなわち全身をプロテクターとしての装甲で防護している。

 また、外殻が取り付けることができない各関節部や外殻としての装甲と人体の間には厚いスーツ状の装甲が全身に張り巡らされている事がISの展開時にわかった。

 

 楯無は容易に、これらの装甲の類はISの登場により表舞台に立つことになった金属――ISマテリアル系列から成る物なのだろうと予測することができた。

 

 背面はPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の他に、それを補助・増強のためにバックパックが装着され、スラスターが備え付けられている。バックパック上部には可変タイプのバーニアスラスターが二基付けられていて、前から見ればアンテナのようにぴょこんと両肩から飛び出しているのがわかった。

 

 推進機関であるスラスターやバーニアは搭載されていても、推進翼などはほとんど持たず、全身の――肩、胴、腕、腰、脚の装甲部位の至る所に追加の武器や弾薬、更なる増加装甲などを取り付けるための多数のクリップ、ベルト、磁気ホルスターを備えていた。

 篠ノ之束の趣向が反映されているようなデザインの白騎士に比べ、ゲスト機はそれこそ武器や増加装甲では無く、宇宙進出ようの機器を搭載すれば、未来における宇宙服に成り得るような印象を楯無は受ける。

 

 彼女は改めて、それも間近で見ることにより他のIS学園やIS委員会の関係者と同じく、ISの生みの親――篠ノ之束が創りあげたこの機体は正しくミステリアスだと感じた。それと同時に篠ノ之束は宇宙進出用のパワードスーツの開発に本気で取り組んでいたとも思えた。

 当のゲスト機は展開してからずっと直立不動の状態を維持しており、グレー塗装(ロービジ塗装)に合わせたのか頭部の銀色のバイザーだけがチカチカと点灯していた。

 

 そんなゲスト機の様子を見ながら、彼女は暫しの間考えこむ。内容は勿論、目の前の男についてだ。

 岡部(おかべ) 友章(ともあき)、23歳。平凡な両親の下で平凡な家庭に生まれ、高校生程の年齢になるまでは特に目立った事も無く、正直……どこにでもいる有象無象と言ってもいい人間。

 強いて言えば、何故か15になるやいなやエアライフル・エアガン競技に手を出し始め、その年の大会でいきなり優秀な成績を収めたものの、それ以外には特に言う事は無く、その射撃の成績自体も誰にも言うこと無くそのまま学力試験で高校に合格し、進学する。

 

 そこで織斑千冬と篠ノ之束と同クラスになり……ここから彼の運命は大きく変わり始める。

 

 高校三年になると白騎士事件が勃発。岡部はそこでIS、ゲスト機と出会い、以後彼の専用機となる。

 白騎士事件後、日本政府の要人保護プログラムに則り、住居の転居を余儀なくされる。その時、比較的交流のあった篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒と同居。約四年間、彼女と過ごす。

 第一回モンド・グロッソ、第二回モンド・グロッソにも特別推薦枠にて出場。第一回は織斑千冬の駆る暮桜と引き分け、第二回は誘拐未遂により棄権。ヴァルキリーとブリュンヒルデの資格を剥奪される。

 その後、要人保護プログラムがほぼ完全に緩和され、織斑千冬のドイツ出向を機に篠ノ之箒とは別居、織斑千冬の実弟、織斑一夏のいる織斑家に一年間居候となる。余談だが、この時岡部友章は大学の学部を無事に卒業し、大学院生となっている。

 同年の年度末、織斑一夏のIS適正発覚に乗じて、自身のIS適正も公開し、学生を辞めてIS学園に就職し、今に至る。

 

 これが、いわゆる彼の『表の』歴史。

 

 岡部友章についてはある意味、同い年の織斑千冬や篠ノ之束以上の謎がある。

 その多彩なスキルだ。豊富な言語能力から始まり、運転技能、銃器の扱い、そして射撃のみに限るが指導力など……彼の人生では得られる事の無いものばかりだ。

 ちなみに指導力があると考えられるのは放課後の補習によって、一年の専用機持ちと代表候補生の能力が入学前のデータと比較すると目に見える程上がっているからである。

 流石に近接戦闘やISの機動などの類は織斑千冬の成果だと言えるが……

 

 話を戻そう。

 

 その多彩なスキルの中でも特に――フランスの騒動でも思う存分に発揮されたその戦闘能力と所詮、裏事情と言う物についての圧倒的情報量については一番の謎とまで言われている。

 

 それは何故か……

 

 かつてIS適正を世間にバラした時、日本は勿論の事、先進国全てが彼について徹底的に――それも彼の交友関係から彼自身の先祖まで調べ上げた。それこそ岡部が生まれてから今日に至るまで食べたパンの枚数がわかる程だ。

 当初は各国個別での調査であったが、次第に一つ、また一つと合同で調査するようになり、やがては全世界のその手の組織が力をあわせてたった一人の男を調べ上げた。結果は……

 

 全くの手掛かり――微かな痕跡すら見つからなかった……

 

 特にその戦闘能力とあまりにその筋に詳しすぎる理由についてはまるで考察すら立てられないという有り様。

 楯無は以前、彼の調査に関わっていた更識の人間と話をすることがあった。

 その時、岡部についてのコメントとしてこう言っていたのを思い出した。

 

『我々はまるで……幽霊を見ているかのようだ』

 

 岡部友章は岡部友章でも、その中身は実は見るもおぞましい化物か何かではないのだろうかと終いには疑われる始末であった。

 しかし、彼の存在を抹消するという選択肢は無かった。なぜならば、抹消する理由すらないのだから……

 

 各国のミスにより発射された長距離弾道ミサイルを大気圏外で迎撃、核の脅威から世界を守り、頻発する大規模テロをことごとく鎮圧し、モンド・グロッソにおけるテロも水際で防いだ。

 彼の存在は邪魔になるどころかどこかしらの先進国は必ずどこかで命拾いをするハメになっているのである。

 人質なんてもってのほかだ。何故なら彼が全てを失った時、それは核も可愛くなるような……そんなおぞましい事が起こるだろうと皆想像できてしまったからだ……

 

 楯無がそんな彼に興味を持つのは当然の帰結であろう。さらにそれを後押しするかのように学園のトップでもある轡木 十蔵の許可――つまりは後ろ盾も貰っている。

 早速今年度、岡部がIS学園のIS実習専門の教員として就いた時、行動に移した。

 

 IS実習では積極的に彼に話しかけ、多くのコミュニケーションを取り、あまり乗り気では無かったが、一般の生徒やクラス代表よりもより多くの関係と交友を持つことができる生徒会長に就任して、岡部を実質生徒会顧問に近いポジションへと引きずり込もうと画策している。

 

 楯無は実際に様々な側面を持つ彼とコミュニケーションを取ったことにより段々とその本質の輪郭が見えてきたような気がしてきた。

 彼は荒んだ環境下で生活しているのにも関わらず、その人間性――すなわち精神になんら異常をきたしている様子は普段の彼からは見受けられないが、やはりIS用でも人間用でも銃器の類を握ればやや攻撃的になる。

 女性に対する態度は自分や特に仲が良い織斑千冬や篠ノ之箒との様子から、相当に色恋沙汰には縁が無かったようだが、無自覚という訳では無さそうだ。しかし、時には娘や妹に対する態度もとっている。事実、冷蔵庫や岡部の自室を探り回ったにも関わらず、彼は咎めるどころか何も言わなかった。

 

 その他色々な事柄を加味してまとめると楯無の岡部に対する印象は現状において、『外見と中身が釣り合わない、まるで多重人格者ような――得体の知れない物』といつも通りの結論に至る。

 ちょうどその時、玄関で扉をノックする音が響く。楯無はふと、部屋に置いてある時計を見ると、あたかも納得した表情を浮かべた。そのまま楯無は立ち上がり、玄関のドアを開ける……

 

 岡部の部屋の前にいたのは、織斑千冬であった。

 

   ■   ■   ■

 

 『6月19日 PM2:35』

 

 織斑千冬は機嫌がすこぶる良かった。

 ISにおいての座学を終えた後、いつもの習慣と化している放課後の補習の準備をするために職員室に戻ると上司に当たる教員から、先程岡部教員が無事にIS学園に戻ってきたとの連絡が届いた。

 その連絡に内心ほっと胸を撫で下ろしてから、それを伝えるために早速、一夏達の待つアリーナへと向かう。

 

 岡部がフランスで何か厄介事に巻き込まれたらしいと分かったのは5日前――ちなみに、その後デュノア社のCEOが誘拐されたと報じられたのがそれから次の日。約5日間とはいえど、失踪した同僚が無事に帰って来たことに彼女の他にも同僚の山田先生やベネックス先生らと共に喜んだ。

 岡部が失踪して初日は皆平静を保っていたものの、2日目でフランスの騒動が判明すると一気に不安が加速し、日を追うごとに空気が重くどんよりとしたものになっていった。

 

 彼がIS実習を担当している1年1組の生徒や、彼が受け持つ1年2組、一夏達のグループは言うまでもない。

 すこし意外だったのは上級生の専用機持ち・代表候補生や以前、岡部に世話になったらしい3組や4組のクラス代表が彼の近況を聞きに織斑千冬の元へやってきた事だろう。

 特に2日目にフランスの騒動が発覚した時には岡部と直接的に関わりのある篠ノ之箒とセシリアはしきりに状況を聞きに来ていたり、身内に連絡を取っていたのは記憶に新しい。

 岡部自身が箒の事はよく可愛がっていたので、理解できたが。セシリアがこんなに焦るのは意外だと織斑千冬は思った。

 

 ――後にわかったことではあるが、箒と一夏に次いで彼が気にかけているのがセシリアであった。同じ射撃専特化機体乗りとして気にはなっていたようだ……

 

 織斑千冬は表面上では何も動じてないように振る舞ってはいたが、その日の晩に岡部の自室に放置してあったゲスト機を経由して篠ノ之束に連絡をとったのは記憶に新しい。

 

 後は、彼女自身の弟でもある織斑一夏が思ったよりも落ち着いた態度を見せていることに驚いていた。

 彼は岡部が失踪したと発覚した時にはショックを受けていたものの、すぐに落ち着き、空気の重くなったクラスメイト達を励ましたり、慌てる篠ノ之やオルコットを珍しく叱咤して正気に戻していたりと普段の一夏とは違う、別の一面を織斑千冬は見た。

 

 去年はおおよそ一年中ドイツへと出向していて、しばらく見なかったがしっかりしてきたと千冬は感心する。

 ……回想の直後、ふとここでふと足を止める。織斑千冬は一瞬、何か取っ掛かりというか……変な違和感を感じた。

 

 ――私の知ってる織斑一夏は、そのような気の利いた事をするのだろうか?

 

 そう思った瞬間、去年の間は一夏は一人では無く居候としてもう一人、合計二人で自宅に住んでいたと思いだす。

 

 ――私がドイツに行っている間は岡部が面倒を見てくれていたな……

 

 織斑千冬は岡部の評価に関してはとても高いと彼女は思う。もし彼との関係を誰かに聞かれれば篠ノ之束と同じ位、親友だと言えるだろう。

 

 ――もっとも、その評価になったのは白騎士事件後ではあるが……

 

 高校時代での彼はただ単に、物好きな奴あるいは束が珍しく認識した奴……そんな程度の認識ではあった。

 そこから交流が始まり、自分の剣の腕や束の発明品、彼の射撃などを見せ合った。

 そしていつからだろうか? 最初は束や岡部のみの会話が次第にクラスメイトを交えての物になってきたのは……

 言うまでもなく岡部の仕業だとはわかる。彼が自分と束、クラスメイトの仲介役になっていたのだ。そして今改めて思い出せば彼はそれだけではなく、束の起こした騒動や自分の不始末、そしてトラブル等に関しては自分達に飛び火しないように積極的に泥を被っていたような気がする。

 束の騒動にて彼女の要望にはなんとか応えようと彼は良く働いてもいたし、私がやりたい事にも彼は気を遣っていた節があった……

 

 ここで疑問が浮かぶ。今まで岡部はそういった頼み――一種の軽いわがままを言った事があっただろうか? 何故ここまで割を食う役割、すなわちスケープゴートとなってくれるのだろうか……

 そしてそのまま彼の事を考えていると、やがて織斑千冬はっと気づく。

 

 ――そもそも、私や束は彼のことをよく知らないのでは?

 

 こと岡部友章という男の趣味や高校以前の話や大学生時代の話、さらには家族構成に至るまでの情報が無いことに気づく。

 今まで振り返ってみると彼は世間話などはすることはあっても、そういったプライベートな情報だけは言わなかったり、そういう話の雰囲気になると黙っていたり、誤魔化したり、話題を変えていたような気がする。

 いつかじっくり彼と、束を交えて三人で話でもしよう……そう結論をづけてから、止まっていた足を再び動かして一夏達の待つアリーナへと向かっていった。

 

   ■   ■   ■

 

 IS学園へ無事に帰還した後、色々とすったもんだの末にやっと一息つけたのは今晩の就寝時間の頃であった。

 傷痕を見えないように治療する為にゲスト機を装着したのは良いものの、ものすご~くゲスト機のAIに文句を言われながら治療用ナノマシンの投与を受け、治療が終わってゲスト機を待機状態にすると目の前には織斑さんと更識さんが居て……

 その後は織斑君やら篠ノ之ちゃん、オルコットさんに凰さんといったメンバーや学園の生徒達からも色々と聞かれたりとここまで目に見える程目立ったのは初めてだ。

 

 さて、自分が居なくなっていた間、IS学園の方では何が起こったのか?

 同僚や比較的中の良い生徒、いつものメンバーや織斑さん、楯無さんから聞いたことを総括すると……

 

 一夏君が生徒会長相手にやらかして、シャルル・デュノアはシャルロット・デュノアになった。

 あと、篠ノ之さんと凰さん、ボーデヴィッヒさんの三名がブチ切れた。

 

 詳しい事情を聞いてみると、自分が居なくなっていた間に一夏君が更識姉妹に説得を、男装がバレたデュノアには助けの手を渡したようだ……

 その対応自体はどうでもいい。別に更識姉妹への説得に自分がダシに使われても構わない。IS学園の性質を利用した所詮、時間稼ぎにしかならないような対応も、意図せず自分が解決したに近い状態なので、後は自分が動けば結果として問題はない。

 ただひとつ、誤算だったのは彼の周りの人物の対応だった……

 

 ――幼馴染み二人には新たに二人たらし込んでると誤解させ、ドイツの転校生は一夏君が下したシャルル・デュノアへの対応について、織斑千冬の評判を下げかね無いと思ってしまった。

 

 なので、これから自分が行わなければならない事柄――シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアに事情と真実を伝えるに加え、その辺の前述した部分についてのフォローも追加でやらなければならない。

 

 ――品質管理士ならぬフラグ管理士とな……

 

 そんなくだらない事を考えながら、次の一手を打つためにゲスト機経由で通信を開くのであった……

 

 

 


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