No matter what fate   作:文系グダグダ

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※今回も作風をわざと変えています。ご了承ください


15:IS学園 花月荘 7月 臨海学校 前編

 ドイツからの帰宅後、篠ノ之さんからG.H.O.S.Tについての説明を要求されたので一通り説明をした。

 

 彼らは国連が極秘裏に設立した超法規的対テロ部隊であり、全世界的に人道的な作戦行動を行う特殊部隊という英語の頭文字を取った略称がG.H.O.S.Tだ。

 G.H.O.S.Tは世界各国の軍・警察組織から優秀な隊員を引きぬいて構成される。そして各隊員は報復を恐れる為、自身の戸籍が抹消されるのが特徴だ。

 G.H.O.S.Tは幾つかの部隊に分かれており、各それぞれの役割を担っついる。GHOST1からGHOST7、合計7つの地上ユニットに加え、航空機動隊が存在している。

 航空機動隊も同様に世界各国の空軍から一騎当千級のエースをかき集めたもので名前は伏せさせて貰うが、かつて長い冷戦状態にあったA国とZ国が一時、全面核戦争一歩手前になった時にG.H.O.S.Tの航空機動隊が活躍したのは記憶に新しい。

 

 そこまで言うと、自身の知らない知識を得た事によって、知的好奇心が刺激されたらしく、彼女は満足していた。

 そうやってやっとこさ学園に帰ればもう日曜日で、帰ってくるやいなや自室に織斑さんがやって来てのの字を書いていじける始末。

 

 そんなこんなしている内に月曜日がやって来て、轡木さんから朝早く出勤するようにお達しが来たので、出勤してみると……

 

「本日付けでIS学園、高等部第一学年・二組副担任に着任しました。ドイツ連邦、特殊災害部隊・IS航空隊副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります!」

 

朝、職員室に入った自分に対し、スカートスーツ姿で軍隊仕込みのハキハキとした挨拶をする彼女を見て、自分は事の全てを理解した。

 

 ――爺さん、後で恨むぞ……

 

他の教員達の奇異の視線を一身に受け、気分がゲンナリするものの、なんとか心の中であの爺さんのケツを蹴り飛ばして平静を取り戻すと。不思議そうに見つめるクラリッサ・ハルフォーフ大尉に返事を返す。

 

「やあ、『初めまして』ハルフォーフ『先生』自分が一年二組担任の岡部 友章だ」

 

 そう言って、手を差し出すとハルフォーフ大尉ははっとした表情になった後、自分の手を取り握手をした。

 

「初代ブリュンヒルデと一緒に働けて光栄です。よろしくお願いしますね、『ご主人様』」

 

 ガクンと膝が落ちた。そして教室中の人達から一斉に視線を浴びた。

 

「は、ハルフォーフ先生。何処からそのような単語を……?」

 

「え? 何か間違ってましたか? ここ(IS学園)の生徒会長さんから『自分のクラスの担任にはそう呼ぶのよ』と言われたのですが……」

 

自分のその様子に何か間違いを犯したと察したのか、不安気な表情でこちらに確認をとる彼女……

それよりもその生徒会長さんが他にナニを吹き込んだのか不安なんだが……

 

「あー、その、なんだ……普通に呼んで貰っても構いませんよ?」

 

 とりあえず、それなりに見た目は常識のありそうな彼女なので、特に何も考えずそう言ったのが運の尽きであった……

 

「それなら……よろしくお願いしますね『旦那様』」

 

 自分は頭の中が真っ白になった。そして再び始まる視線の集中砲火。

 

 こんな気分は前世で至近距離から拳銃を撃とうとしたら不発に終わった時以来だ。

 

「やっぱりこれもダメですか? やはりこの国の慣習に従って『嫁』と呼ぶべきですか?」

 

申し訳なさそうに自分を見つめるハルフォーフ先生。その様子に自分は楯無生徒会長の意図とは少しずれているような気がした。

この場を打開すべく頭をフル回転させて考える。傍目にはあまりの出来事に思考がフリーズしているとでも思わせておけばいい。

 

「……そうだ。早速だが、今日のホームルームの時間に来週の臨海学校に向けてのプリントを配布しなくてはならなくてね。これからも使うと思うから印刷室に来てくれないか?」

 

「ああ、そこは生徒会長さんに連れてっt」

 

 ハルフォーフ先生が完全に言い切る前に無言で半ば強引に腕を引っ張って印刷室に連行する。

 彼女も自分の態度から何かを察したのか、特に文句や不満を口にする事なくついて来ている。

 印刷室に着くと、扉を閉めてプリンターを起動させ、腕時計型に待機しているゲスト機に話しかける。

 

「臨海学校のファイルをプリンターに送信。後はモーションセンサーを範囲5m圏内で起動。何かあれば連絡せよ」

 

 ピコんと、腕時計のモニターが光る。了承の合図だ。

 それを確認した後、ハルフォーフ先生と向かい合う。

 

「それで、本題はなんですか? 岡部先生。まあ、察しはつきますが」

 

「自分は嘘をつくのが苦手だ」

 

「……何を言いたいんです?」

 

 自分の剣呑な雰囲気を察してかハルフォーフ大尉の眼つきが軍人のそれに変わる。

 

『警告、シュバルツィア・ツヴァイクの待機状態が解除されました』

 

「クラリッサ・ハルフォーフ大尉。君は何処まで……自分を知ってるんだ?」

 

『シュバルツィア・ツヴァイク、待機状態に移行……私には理解できません……』

 

 ゲスト機のアナウンスが聞こえて来た直後、ハルフォーフ大尉は突然、こちらに抱きついて来た。

 

「……全てです」

 

「ISと恐竜から助けてくれたのも、第二回モンド・グロッソの時も、ナノマシン・スキャンダルの時も……そして今回のVT騒動でも……」

 

 まさに絶句とはこのことを言うのだろう。変装やISの偽装は、篠ノ之さん監修のしっかりとした物だったのに見抜かれるなんて思ってもみなかった……

 ポツリポツリとハルフォーフ大尉は思い出すように当時のことを喋り始めた。ちなみにナノマシン・スキャンダルは第二回モンド・グロッソ後に更識楯無とあれこれした時の話です。関係者の間ではそう呼ばれている……らしい。

 

「最初にあった時は流石にわかりませんでした、でも第二回モンド・グロッソやナノマシン・スキャンダルでもしかしたら、って思うようになったんです。

 その後、少佐の報告書で貴方のことについての報告を読んだ時にそれが確信に変わって……

 だから! VT騒動の件で、IS学園への人材提供の話は私にとっては好都合でした! 貴方が本当に私の恩人なのか確かめるために!

 それで……やっぱり、あれは貴方だったんですね」

 

 それをネタに強請られるのかと思いきや、ハルフォーフ先生は思いっきり好意全開の上目使いでこちらを見上げる。

 

「……どうやってそれを知ったんだ?」

 

「それは肯定……と受け取っていいですね。それは……恥ずかしながら『匂い』です」

 

 ――へ、変態だー!

 

 ……と、思ったが彼女の同僚かつ上司であるボーデヴィッヒの片目に備わった特殊能力ではっと閃く。

 

「ナノマシンで嗅覚を強化してるのか」

 

「Ja 正解です。初めに出逢った時に……具体的には肩を支えてもらった時に匂いを少々……」

 

 ――ラッキースケベどころかあれがフラグかよ……

 

 そんなアホな事を思いながら再び絶句するしかない自分。

 しかし、なんとか平静を保ちながら、搾り出すように言葉を紡ぎ出す。

 

「それで……わざわざ確認するために出世の道を蹴ってここまで来たのか?」

 

「はい! 御側に居たいので来ました! 初めて出逢ったあの時に一目惚れしました!」

 

 ――コイツハナニヲイッテルンダ?

 

「クラリッサ・ハルフォーフ! いづれは婚姻を、あるいは貴方様の愛人になることを前提に、岡部 友章さんを『嫁』とするためにIS学園へと赴任しました!」

 

 彼女の言葉はあまりにもド直球過ぎた。どれくらい直近なのかというと、聞いているこっちが逆に頭が冷えて冷静になるくらいは……

 

「ハルフォーフ『先生』、貴方は勘違いしている。その好意は吊り橋効果による物だ。早急に考えなおしてくれ」

 

 何か反論を言いたげなハルフォーフ先生を手で静止させ、さらに言葉を続ける。

 

「それに、吊り橋効果による恋愛は仮に成就したとしても、ほぼ確実に別れることが決定していると言う。たった一度きりの人生だ。どうか考えなおしてくれないか?

 ちなみに、あらかじめに言っておくが、君への答えはナイン(nein)だ」

 

 そう言い捨てると、ハルフォーフ先生は抱きつくのをやめて自分から数歩後ろに引いて俯いた。相変わらずコピー機はカシャンカシャンと五月蝿く作動している。

 一目惚れしたということはこの人の頭の中は結構メルヘンチックな感じだと思われる。だから、ここまで明白に断ったのだが……流石に堪えるようだ。

 

「……そうか、わかったぞ。今はまだ好感度が足りないということだな」

 

「……へ?」

 

 やがて、クラリッサは何かを呟いた。その内容はうまいこと聞き取れなかったが、彼女が顔をあげて凛々しい表情をこちらに向けた時点で何となく察した。

 

「確かに、物事には手順というものがある。好感度を上げ、フラグを立てて、ルートに突入する……私としたことが、手順を飛ばすなんて初歩的なミスをしてしまうとは……これが、『恋』なんですね……」

 

 ――この娘、まるで効いてねぇ……

 

「わかりました……私、クラリッサハルフォーフはこれから貴方様を『攻略』します!」

 

 ズビシッ! と指をこちらに向けて彼女はそう、宣言したのであった。

 

「…………あーはいはい、いいやもう、好きにやってちょーだいね。それじゃあ早速このプリントを手伝ってくれたら自分の好感度上がるかもなー」

 

「はい! 岡部先生!」

 

 あー、その笑顔は卑怯だちくしょうめ……

絶対、かわい娘ちゃんなんかに攻略されたりなんかしない!

 

「……で、プリント配ってSHRが残り少ない中、話がある。今日からベネックス先生に変わってこのクラスに副担任としてやってきたクラリッサ・ハルフォーフ先生だ」

 

 印刷室での衝撃の告白の後、ハルフォーフ先生と協力してプリントをまとめる。どちらかと言えば、副担任をお役御免になってたベネックス先生の方が衝撃的のような気がするが気にしないことにする。正直、ハルフォーフ先生のインパクトに完全に食われてたゲフンゲフン……

 そして、そのまま朝のSHRに突入したので教室で臨海学校関連のプリントを配った後、ハルフォーフ先生の紹介に入った。

 

「クラリッサ・ハルフォーフです。元々はドイツ軍で大尉をやっておりました。よろしくお願いします」

 

 立体型ディスプレイに自身の名前と写真を出して、挨拶したあと、ぺこりを頭を下げたハルフォーフ先生。

 

「あの先生、元軍人さんだって……」

 

「あの眼帯、カッコイイねー」

 

「凛々しくて、カッコイイわ……」

 

「お姉様って呼びたい……」

 

 生徒たちはガヤガヤとざわつく、まあ色々と言いたいこと、聞きたいことはあるだろう。自分だって色々と聞きたいわ……

 

「それと……二年の更識楯無生徒会長に聞いたが、このクラスの担任は結構モテると聞く」

 

 ハルフォーフ先生がそれを喋ると、2組の生徒たちはハルフォーフ先生に注目する。

 

「このクラスで岡部 友章先生に好意を寄せている者達に告げる……彼は私の『嫁』ダァ!!」

 

 印刷室の時に自分にしたのと同様に2組の生徒たちに向けて、ズビシッ! と指をさして高らかに宣言すると教卓にいた自分の所に飛び込むように抱きつき……腕を肩から回して自分の背中や後頭部に回して…………

 

 ――そのままキスをした。

 

 数年前に行われた織斑さんとのアレ同様、彼女に唇を強引に舌で割られ、呼吸が出来ない位に口内をただひたすらに蹂躪される。

 逃れようと、必死に体を捩ったり、足を動かすが上半身は腕で、頼みの両足は彼女の足に絡め取られていた。というか力で強引に解こうとしても解けない……

 

 やがて、自体を把握したのか大音量5.1chサラウンドで黄色い声が飛んでくる。

 チラッと視界に映った凰鈴音は口を空けてぽかんとしていた。ついでに更識簪は読んでいた文庫本で口元を隠しつつ、掛けていたグラス型ディスプレイをずり落としていた。

 

 ある程度口内を舐ったことで満足したのかとてもイイ笑顔で拘束を解いて、口を離すハルフォーフ先生。ヨダレがとてもエロかった……と思ったのは悲しい男の運命なのだろうか……

 

「……プハッ」

 

「……ハルフォーフ先生なにを…………」

 

「ナニってディープキス、要はマーキングですけど」

 

勝ち誇るように堂々と彼女は答えた。

 

「なんで……?」

 

「彼女達に『これは私の嫁で私は岡部先生の嫁だ』と伝えてるのです」

 

 ハルフォーフ先生がそう言うと、今度は1組の方でも大音量5.1chサラウンドイエローボイスが響いて来た。

 

「……流石、御見事です。『隊長』」

 

 ハルフォーフ先生は1組の様子に満足そうに呟く。

 

 ――自分の築きあげたモノが一気に音を立てて崩れ落ちた。

 

 そんな気がしてきた……

 

「じ、じゃあ。今日のSHRは終わり! それじゃあな!」

 

 最後にハルフォーフ先生を置いていく形で逃げるように教室を出ようとする。向かう先は職員室の自分のテーブル。いつもはウロウロとしていたが、今日は一目散に向かいたかった。

 スパーン! と1組から響き渡る小気味のいい音をバックに教室を出る。そして最短距離で職員室へと向かう……

 

 ――が、神様という奴はそう簡単にそれを許してはくれなかった。

 

「あら。岡部先生じゃない」

 

 更識楯無が偶然にも通りかかり、自分の滅多に無い位に焦燥感溢れる表情を見た瞬間に目の色を変えてニヨニヨしながらこちらに寄って来た。

 

「朝にドイツから出向して来たクラリッサ・ハルフォーフ大尉を案内したけどどうだった?」

 

「君よりかはジョークが上手かったよ……」

 

 自分の気分を察したのか、楯無は茶化すこと無くスルー。

 

「ふうん……あ、そうそう。生徒会の顧問の件なんだけど?」

 

「残念ながら、縁がなかったと言うことで」

 

 このままだと気まずい雰囲気なのを察して話題を変えてくれた楯無に感謝すべきか、しないべきか……

 そんな事を考えながらも、他に一つ二つ彼女と世間話を続けていた。

 

「そうか、わかった。アリーナ関連の書類はこちらがまとめておこう」

 

「あら? ホント? 助かるわ」

 

「まあ、先生だからな。じゃ自分は職員室に戻るよ」

 

 そう言って自分は楯無に背を向ける。

 

「それじゃあ、書類がよろしくね。

……クラリッサ・ハルフォーフ大尉へのほら吹きはちょっと冗談では済まかったわ、ごめんなさい」

 

「そういう素直な楯無君だからこそ、こうやって書類を手伝うんだよ。いい子だ」

 

 そう言ってから職員室に戻る。他の教員達は授業などでほとんどいないようだ。自分のデスクに戻って椅子に座ると、ちょうど織斑さんとハルフォーフ先生がこっちに来た。位置としては自分を左右から挟み込むように2人がいる感じ。

 

「岡部先生。何処に行かれてたんですか? 探しましたよ」

 

「二年生の更識楯無さんに会ってね。色々と頼まれ事をされたんだ」

 

 心配そうにするハルフォーフ先生にそう言ってから、書類作成用に立体型ディスプレイを展開し、書類作成に取り掛かる。

 

「また楯無の奴か……最近彼女からの頼み事が多くないか? たまには断ったらどうだ? 岡部。お前だって多忙だろうに……」

 

 ハルフォーフ先生に言った事に対して、同様に心配そうにする織斑さん。

 その時、ふと2人を見ると、2人の両手にはマグカップが……片方はそれぞれのマグカップらしいもののもう片方のマグカップは2人共自分のマグカップを持っていた。

 

「はは、ぶっ倒れそうになる程は働きませんよ。

それに無理な要件はちゃんと断ってます。織斑さん達の知らないところでちゃんと休んでますから、心配しないで下さい」

 

 事実、前世関連で身につけた特技の一つというか技能として、3時間寝れる事が出来たら三日三晩は以上は確実に働く事ができる。

 なので、これくらいはどうってことは無いのだ。

 

「まあ、そうしてくれんと私としては困るんだかな。

ほら、『いつもの』だ」

 

 そう言って、織斑さんは熱々のコーヒーが入ったマグカップをデスクに置いた。

 

「いつも済まないね、ありがとう」

 

 彼女を見て普段余り口にしてなかったお礼を言う。

 

「なに、自分のついでだ……それに、私も岡部にはいつも手伝って貰ってるからな」

 

 照れ臭そうに、自身のコーヒーを飲みながら答える織斑さん。

 ――だが、自分はしっかりと見た。

 織斑さんがハルフォーフ先生に向かって勝ち誇ったようにしていたのを……

 

「く、ぬかった……」

 

「岡部先生は私と同じコーヒー派でね、こうしてよくやってるんだ」

 

 織斑さんの『私の方が彼を知っているアピール』にハルフォーフ先生は苦虫を噛み潰したようにする。自分の周りの空気が少し冷えてきたような気がした……

 

「……ああ、こりゃ手間がかかりそうだ。コーヒー一杯だけじゃきつそうだな。

お、ハルフォーフ先生も飲み物いれてくれたんですか?」

 

自分は気を使って、ハルフォーフ先生から自分のマグカップを貰う。中身はミルクティーであった。

 そうすると、ハルフォーフ先生は目に見えて喜び、一方織斑さんはまるで向こうはさも恋人に浮気を居直られた片割れのように口元を手で押さえ、衝撃の程を露わにする。

 

 ――違うよな? 自分は…………

 

そう思っていると次の瞬間、織斑さんの視線は何倍にも鋭いものとなって自分越しの誰かに突き刺さった。

 

「くす」

 

確認するまでもない。問題の新任教師である。

自分の隣に……織斑さんとは反対側にいるハルフォーフ先生の喉から漏れ出した僅かな失笑が職員室に響き渡る。

その声音には紛れも無く優越の色が混じっていた。

 

織斑さんは怒りに肩を震わせ、親の仇でも見るようにハルフォーフ先生を睨みつけた。

対して、彼女は余裕があるのを見せ付けるかのように織斑さんに対してにこやかに微笑みかける始末……

 

その時、自分はふと視界の隅にわなわなと小さく震えてる山田先生がいる事に気がついて思わず吹き出しそうになるものの、今そんな事をしようものならば、たちまち2人から本気で怒られそうなので必死に堪える。

 

 まさに一触即発……と言った状況ではあるが、幸か不幸かその時ちょうどタイミングよく上司が織斑さんを呼んだので、彼女は「それじゃ……また」といって立ち去った。

 

「ハルフォーフ先生、自分がいない間に織斑さんに何を言いました?」

 

 あの時の織斑さんからありありと見て取れる、相手を独占したい気持ち。

 そこまでして、誰かから好意を抱かれ求められるというのは、重圧を感じる傍ら心地の良い物だとは思う。それについては否定しない、否定出来ない。

 

「ブリュンヒルデ……いえ、『あの』織斑千冬は貴方に好意を持っている。貴方が一人しかいない以上、共有するか、奪い合うか……その2つしか無い。

 だから、私は彼女に貴方が好きだという事を宣言して選択肢を迫った。ただ、それだけのことだ」

 

 この時、自分は手に持ったミルクティーをぶちまけずに耐え切った事をとても褒めたい衝動に駆られた。

 

「なんで……? そもそも織斑先生が自分に……」

 

「あの不器用な愛情と独占欲丸出しな彼女を見てそうでは無い……と?」

 

 ハルフォーフ先生にぴしゃりと黙らせられる。

 

「……その様子ではとうに気づいているようだな。まあ、ブリュンヒルデ(織斑千冬)から帰ってきた返事は実に『ツンデレ』地味ていて意味を成さなかったのだがな。

 出来れば、奪い合うのはやめてほしいところだが……」

 

無言を肯定とハルフォーフ先生はそう判断した。

それに対して自分はある疑問が思い浮かんだ。

 

「お前にも……独占欲があるのか?」

 

 ハルフォーフ先生の口ぶりが何か意味深だったので思わず聞いてみた。

 

「ああ、一応あるさ。私を嫁に……までとは行かなくてもせめて愛人として、側に居させてくれないと狂ってしまう……そう思うほどには岡部 友章、君の事は愛していると自負している」

 

 ――愛が……重すぎる…………

 

「……なら、一つ約束をしてくれないか? 『クラリッサ』」

 

「岡部、君のそう言うところが大好きだよ。何を約束するんだ?」

 

 但し、あくまでそれは自分個人に限った話。

 想いの矛先が他の誰かに向き、その結果が自分の都合にそぐわないものとなるのであれば、見過ごす理由など無い。

 

「今後、そう言った言葉を他人にぶつけて、それが元で先ほどのように私に何らかの不都合が生じた場合……」

 

 ――この手の問題は、事が起きてからでは何もかも手遅れなのだ。

今ならまだ間に合うかもしれない。だから今の内に何らかの手を打つ必要は十分にあると言えよう。

 

「クラリッサ・ハルフォーフ。君をただちにドイツへと送り返す」

 

「へ……?」

 

「例え状況的に不可能であったのならば、その時は君を頭の中から完全に捨て去る」

 

「っ!?」

 

 ――絶句

 

 その二文字が似合う位にハルフォーフ先生は驚愕と動揺に目を見開く。

 

「そ、それだけは……」

 

 彼女は瞬く間に顔を青ざめさせ、ガタガタと震えながら小さな声を漏らし、小さく座り込むその姿は、自分が放った言葉の威力を知るには十分過ぎるものだった。

 

「Ich bitte Sie!(お願いだ!) Bitte……bitte……(頼む……頼む……)」

 

「なら、約束できるな?」

 

 今にも泣きそうな瞳で必死に懇願する彼女を見て、自分は自身の中にある鎌首をもたげつつある嗜虐心や支配欲などと言った欲望を必死に抑えつつもそう言い放った。

 

「ああ、わかった。もうあんなマネは控える」

 

―― 毒を食らわば皿までも

 

こうなった以上、予定よりか前倒しではあるが腹を括る他あるまい。

そう思いつつ、片手で俯くハルフォーフさんの顎を上げた後、優しく頬を撫でる。

 

「なら、いいだろう」

 

「……ありがとうございます…………」

 

ハルフォーフさんの頭を撫でながら、自分はつくづくこう思った。

 

――やはり、女の泣き顔は最高に魅力的だ

 

と……

 

   ■   ■   ■

 

 そろそろ後数日で臨海学校になって来た時。

 せっかくの休日なので朝早く起きる必要が無いのだが、唐突に何者かの重圧が自分の下腹部に感じたので思わず目が覚めた。無駄にダブルベッドなので、先ずは左右確認……居ない。

 

「友兄! 約束通り水着買いに行こうぜ! な!」

 

 自分の上に馬乗りになる形で織斑君がいた。マウントポジションとられとるがな……

 

「……もうそんな時間なのk、ってまだ7時30分じゃねーか。そんな時間に店なんて空いてないぞ」

 

「ははは……ほら、待ちきれなかったっていうか早起きはなんか得だろ?」

 

 時計を確認して、出かけるには余りにも早すぎるその時間に思わず『お前は遠足前の小学生か』と心の中でツッコミながら、ジト目で織斑君を見ると、彼は罰が悪そうな顔で言い訳にならない事を言う。

 

「正直に言うてみ? お兄さん怒らないから」

 

「久しぶりに友兄とつるめるから嬉しかった」

 

 ――はい、有罪。

 

 自分は両足と腰のバネを用いて一気に腰を跳ね上げる。すると、馬乗りになっていた織斑君は重心を崩された事によって前のめりに倒れて、四つん這いになる。

 

「あっ……」

 

 織斑君の声を他所に引き続いて、すぐさま四つん這いになった織斑君の右腕・右脚を自分の左腕・左脚でそれぞれ絡めて固定し反対側の手で、織斑君の左肩を押し出す。

するとてこの原理で織斑君はひっくり返ってあら不思議、立場が逆になりました。

ぼふん、と音をたてて転がり、織斑君のマウントポジションをとって一言。

 

「何か言う事は?」

 

「……すみませんでした」

 

「わかればよろしい」

 

 織斑君の謝罪を聞くと、直ぐにマウントポジションを解き、彼を立ち上がらせる。

 

「改めまして、おはようございます」

 

「おはよう。友兄」

 

 と、朝の挨拶をした時、やっと頭が動き始めたのかある事に気が付く。

 

「あれ? なんで織斑君……自分の部屋にいんの?」

 

 織斑君は無言でテーブルの方に指を指す。ちょうど背を向けている形なので振り向くと……

 

 片方はスカートスーツ、もう片方は学園指定の制服姿でテーブルで呑気に朝食をとっているクラリッサ・ハルフォーフとラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 

「おはよう。私の愛しい人」

 

「おはようございます。先生」

 

「いやぁ、事の初めはラウラが物理的・電子的ピッキングで俺を起こしに部屋に入って来てさ、その後友兄との約束を思い出して部屋に行ったらちょうど部屋の前にクラリッサ先生が居たから……」

 

 ギギギ、と錆びついた駆動部品のように首を回して再び織斑君を見る。

 

「おい、まさか」

 

「初めからあの2人はいたけど、どうかしたのか?」

 

 うみみゃあああ! と心の中で羞恥に悶えまくる。ついさっきのプロレスゴッコ見られてるー?!

 再び、ギギギ……とテーブルの方に向けると、クラリッサ・ハルフォーフとラウラ・ボーデヴィッヒは……

 

「なあ、クラリッサ聞いてくれ。私の嫁が浮気症なのは承知の上で嫁にしているのだが、幾ら何でも『女』では無く『男』に走られると私の女としてのプライドがズタズタになる……」

 

「私も同感です隊長。私も1人の女として、もしも友章さんが『女』に取られるのは構いませんが『男』に取られるのだけは、幾ら何でも許すことができそうに無いです……」

 

ハイライトの消えた目で、フォークを心なしか強く突き刺しながら会話する2人がいた。

 

 ――色々とヤバい会話だー!?

 

 内心そうツッコミながらふと、テーブルに置いてある皿を見るとだれも料理に手をつけてないのが三人分置いてあった。

豚のスペアリブ ザウアークラウト添えにレンズ豆の煮込みとシュペッツレとソーセージ、サラダにカルトフェルザラート、そしてトドメにデザートでバニラソースを添えた焼きりんごと気合いが入った朝食であった……

 

「えっと……ハルフォーフ先生? もしかして、自分達の分まで朝食を作ってくれました?」

 

「はい! せっかくのいい朝なので、朝食を作りに来たんです。好きな人に自分の手料理を振る舞いたい……と思っても問題ないでしょう?」

 

 相変わらずのド直球で朝からそうそうに変な気分になる。ハルフォーフ先生の隣にいるボーデヴィッヒは「くっ、これが胃袋を掴むと言う事か……」と、悔しそうに呟いている。

 

「さて、友章さんも一夏くんもテーブルに座って下さい。そろそろ一夏くんが起こした彼女(ブリュンヒルデ)もここに来るでしょう」

 

ハルフォーフさんがそう言うとガチャリ、と部屋の扉が開き、いつも通りのパンツスーツ姿で織斑さんが入ってきた。

 

 ――後に、メンバーの変更や増減はあれど、これが休日の朝の日常になるとは思わなかった……

 

   ■   ■   ■

 

 

 トンネルを抜けると、そこは海だった。

 2組の女子たちが声を上げる中、7月のメインイベント 臨海学校が始まった。

 

 前方に見える1組のバスを眺めながら、引率者なのでバスの一番前に居る自分は身を乗り出して後ろを振り向く……

 

「くそう……今頃一夏は1組の娘達とイチャついてるわよ……」

 

「……絶対に許すまじ、1組」

 

 ――すぐ後ろの座席にいた凰 鈴音と更識 簪がいじけていた。

 

「お前らェ……」

 

 そう呆れたように呟くと、二人はこちらに気付く。

 

「二人共、先生を親の敵みたいに見るんじゃない」

 

「だって! 一夏と離れ離れになってるのよ! きっとあいつのことだからチヤホヤされて絶対鼻の下伸ばしてる……ってごめんそれはないわ」

 

 感情に身を任せて物を言うが、織斑君の本質を考えてそれはないとセルフで突っ込んでいた。

 

「でも……仲間はずれは、寂しい」

 

「まあ、確かにそれは一理あるよ。簪さん。でも流石に組が違うのはどうしようもない」

 

 そう言うと、ジト目でこちらを見て指を他所に指す。

 

「あれでも同じ事……言えるの?」

 

 更識 簪の指差す先を見るとそこには……

 

「……ふぇ? もうトンネル抜けたっスか?」

 

「かんちゃん! かんちゃん! ほら、海よ!」

 

「楯無会長、少しは落ち着きをですね……」

 

「みんながテンション低いのよ。ほらもっと一年と同じようにエネルギッシュに!」

 

「眠いから自分はパス」

 

「私も結構です」

 

「私はもう3年だからパス」

 

「かんちゃーん。みんなが冷たいよー」

 

 凰鈴 音と更識 簪の席を横に跨いだ位置には、IS学園二年のフォルテ・サファイア、サラ・ウェルキン、そして更識 楯無が、三年生はダリル・ケイシーがいた。

 上級生の代表候補生達は固まって各自それぞれ好きなようにしている。

 

「姉さん、ウザい。なんで、アレと先輩たちがいるんですか……?」

 

 ダリル先輩ぃー、妹が最近反抗期なの~と、更識 楯無がそう言いながらダリル・ケイシーに抱きついている様子をニヤニヤと見つめながら、更識 簪は疑問を問う。

 

「いやぁ、ね。一応、臨海学校の名目なんだけど、ちょっとした紹介と特別授業的な事をしようかな……なんて思ってたり」

 

「特別授業?」

 

「うん。特別授業。折角の機会だし専用機持ちや代表候補生にはいい経験になるだろうから、自分が招待したんだ」

 

 そう二人に説明すると、上級生組と目が合う。

 

「君たちー、あんまりハメを外しすぎるなよー」

 

 彼女達はそれぞれ返事を返す。

 

「あと、フォルテさーん。そろそろつくんで、寝るのは後にしてちょうだいねー」

 

「了解っス。岡部先生」

 

 フォルテ・サファイアの一言を聞いてから、再び前に視線を向けると、視界の隅にクラリッサ・ハルフォーフ先生の横顔が映った。

 

「ハルフォーフ先生。大丈夫ですか?」

 

「ええ、問題無く。それにしても、こんなことになるとは……昔の私が見たら驚きそうだ」

 

 後ろでわいわいやっている学生達を見て、クラリッサ・ハルフォーフは感慨深く感じていた。

 

「ま、人生何があるか、わからないものですよ」

 

「そうだな、お陰で君に出逢う事が出来た」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら、ハルフォーフ先生はそう言った。

 本来ならば、更識楯無が茶々を入れてきそうな物だが、きついお灸を据えてやったので、少なくとも自分の色恋沙汰に関しては手を出してこないだろう。

 

 ――例のきついお灸の件の詳細については、またいつか時が来れば話すとして……

 

 そんなこんなで、目的地である旅館が見えてきて、やがて先頭を走っていた1組のバスは停車する。

 それに伴い、乗っているバスも停車し、目的地に完全についたことがわかった。

 クラリッサ・ハルフォーフは席から達、生徒達の方に向けて指示を出す。

 

「よし! 目的地についたぞ! 前から順番に全員、バスから出るんだ! くれぐれもゴミを置いていくなよ!」

 

 ハルフォーフ先生の軍隊仕込みのハキハキとした言葉で全員がさっとそれに従う。実に指導力抜群だ。

 2組の生徒達は先に降りた1組の生徒達の隣に整列させる。

 

 指導力に定評のある、織斑さんとハルフォーフ先生の強力タッグのお陰か、スイスイと進んでいく……

 

「それでは、ここが今日から5日間お世話になる花月荘だ。全員、くれぐれも従業員の仕事を増やすようなマネにならないよう、注意しろ」

 

 よろしくおねがいしまーす! と生徒達全員で挨拶する。

 事前に聞いてある通り、花月荘には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をして生徒達に返した。

 

「はい、こちらこそ。よろしくおねがいします。今年の1年も元気があってよろしいですね」

 

 そう言ってニコニコと笑顔を絶やさない女将さん。

 

「……あら? そちらのお二人様は噂の……」

 

 ふと、自分と織斑君に気づいたらしい。

 

「ええ、噂の岡部 友章です。今年は2人男がいて浴場の内訳の調整等、色々とそちら様にご面倒かけまして申し訳ありません」

 

 自分が前にでて、応接を行う。

 

「いえいえ、そんなあなたもそこの君も、なかなかいい男じゃありませんか。彼もしっかりしてそうな感じをうけますよ」

 

「自分も彼もまだまだひよっこですよ。ほら、織斑君。ちょっと挨拶に来なさい」

 

 自分がそう言うと、おずおずと織斑君がやってくる。

 

「お、織斑一夏です。よろしくおねがいします」

 

 そう言って、緊張気味に織斑君はお辞儀をすると、女将さんもお辞儀を返す。

 着物姿と相まって、中々品の良い雰囲気を受ける。

 

「ご丁寧にどうも、清州景子です」

 

「不出来な弟でご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。弟さんには中々厳しいんですね?」

 

「いつも、手を焼かされてますので」

 

「ああ、まったくだ」

 

 不思議そうに思う女将さんに対し、自分は織斑さんの主張に同調する。

 

 織斑君の「えー」と言わんばかりの顔がなんとも間抜けであった。

 

 その後、荷下ろしやそのあとの予定についての説明、部屋割りや海への行き方等の説明をした。

 

「それでは解散」

 

 織斑さんがそう言って、各生徒がばらばらに行動する中、自分は織斑君の肩を叩く。

 

「あれ? 友兄。ちょうど聞きたかったんだ」

 

「部屋割りの件だろ? 残念ながら自分と同室だ」

 

「うん、まあそんなことだろうと思った。じゃあ友兄、一緒に行こう」

 

 別に断る理由もないので、とっとと割り振られた部屋に向かう。

 部屋は広々とした間取りになっており、織斑君は靴を脱ぐと、一目散ベランダに出て、オーシャンビューを堪能した。

 

「おおー、すげー! 友兄も見ろよ!」

 

「オーシャンビューは逃げはしないよ。織斑君……ほら! お前さんの鍵だ」

 

 そう言って、部屋の鍵の片割れを織斑君に投げる。

 彼は片手でキャッチすると、すぐさま部屋の小さな冒険を始めた。

 

「お前さんは小学生か……とりあえず、男子限定での注意事項を説明するぞー」

 

 そう言って、旅館内における男性陣の注意事項を織斑君に説明する。

 

 するとコンコンとノックの音が部屋に響いた。

 

「いいか、絶対に! 絶対に間違えて女子風呂のなかn……はーい! 開いてますよー!」

 

 するとがちゃりという音が聞こえ、入ってきたのは……

 

「なんだ、まだいたのか……岡部に一夏……」

 

「千冬姉」「織斑さん」

 

 入ってきたのは織斑さん。そして間を置いて後から山田先生そしてハルフォーフ先生が部屋に入ってきた。

 

「二人して、部屋に引きこもりか?」

 

「まあ、ちょっと色々と話を……な。臨海学校時における男性陣限定のルールみたいな物を教えてたのさ」

 

「そうか、それならいいが……」

 

「岡部先生、海に行きましょう。海。貴方にこの白濁液を塗って貰いたい」

 

 織斑さんが納得してる中、ハルフォーフ先生はいきなり本題をぶちまける

 

「な! ハルフォーフ先生! 破廉恥ですよ! 織斑君の前でそれは!!」

 

 あ、山田先生自爆した。織斑さんは慣れたのか自分と顔を合わせ肩を竦める。織斑君は……「なんで日焼け止めで山田先生があんなに慌ててんだ。やってもらうわけでもないのに……」と呟いているのが聞こえた。

 

「山田先生。私はただ単に海に行くから日焼け止めを塗って欲しいと言っているだけですよ?」

 

「な! ななな、な……」

 

 見事に引っかかった山田先生はわなわなと体を震わせる。

 

「ほらほら! ハルフォーフ先生はこれ以上からかうのはやめ!」

 

「それじゃあ……私と行くか? 海?」

 

「言われなくてもわかってますって、自分も色々と仕込んで来たんですから。この日の為に」

 

 そう言うと、織斑君も「俺もちょうどいいから行くぞ」と言った。

 

「おー、じゃあ30秒で支度しな」

 

「おう!」

 

 そう言って、織斑君は荷物から水着一式を取り出そうと、旅行カバンのあるベッド付近へと向かって行った。

 

「せっかくなんで、織斑先生と山田先生も一緒に来ます? 今日は1組、2組は晩からでしたし……」

 

「わ、わわわ、わかりました!」

 

「そうだな、せっかくこの前、弟(一夏)に選んでもらった水着もあることだ」

 

「よし! 時間内に用意できた! 行こうぜ!」

 

 律儀に30秒以内に海に行く用意を済ませた織斑君にはちょっと笑った。

 

   ■   ■   ■

 

「わ! ミカってば胸大きいー! また育ったんじゃないの!?」

 

「ティナもすっごーい!」

 

「アメリカはこんなものだと思うよ?」

 

「きゃ……ちょっと胸揉むのやめてー!」

 

「ええい! これの中には何が詰まっているの! 確かめさせて!」

 

「谷本さんがご乱心! ご乱心じゃー!」

 

「…………とっとと着替えるぞ。一夏……」

 

「了解。友兄……」

 

 遠くからでも聞こえる女子の歓声をBGMに更衣室で気まずく着替える野郎二人の図である。

 更衣室でそそくさとお互いに水着とラッシュガードに着替えた後は皆を待たせては困るのでいざ海へ行かん

 

「織斑君だ!」「岡部先生ー!」

 

 織斑君と一緒に砂浜に向かうと、案の定女子達からの注目の的になった。

 

「お、織斑君……これ、どうかな?」

 

「岡部先生の身体すごーい!」

 

「織斑くーん! こっちに来たらー!」

 

「二人共、スイムシャツ着てるんだ……」

 

 一部の女子達からの熱い声援を受けながらも砂浜へと足を踏み入れる。

 

「あちちっ……」

 

「織斑君、剣道の踏み込みが足りないんじゃない?」

 

「足の裏の皮が厚くなってもこれは無理だって、友兄こそどうなんだよ?」

 

「……痩せ我慢は指揮官の必須技能さ」

 

 織斑君とそうふざけ合いながら、砂浜を適当に歩いて行く。すると、織斑君の背後から何者かが飛びかかってきた。

 

「い、ち、か~~!」

 

「って! 鈴か……いきなりなにすんだよ……」

 

 凰 鈴音は織斑君の名前を呼ぶと、猫のように全身のバネを利用して跳躍。そのまま織斑君の背中に飛び移り、よじ登って肩車のような形になる。

 彼女はオレンジと白のスポーティーなへそ出しのタンキニタイプでした。

 

「凰さん。教師として言わせてもらうが、いきなり飛びかかるのはやめなさい」

 

「いーじゃない、別に。ちゃんといちかが受け止めてくれるのは計算済みよ」

 

 織斑君越しに凰さんを注意する。

 

「だから教師として言ったんだ」

 

「ふうん。ちなみに岡部先生個人としては……?」

 

「そこの岩陰にでも誘い込んで襲えよ」

 

 見るからに人気の無い岩場を指さしてそう言うと、凰 鈴音はぼんっ!、と茹でダコのように紅潮させる。

 

「こ、こここ、この○行教師」

 

「教師として言ってませんのでノーカンです。無問題です」

 

「ぐぬぬ……」

 

「大人をからかうからです。反省しなさい」

 

「あ、ああ! あー!」

 

 凰 鈴音と遊んでいると、セシリア・オルコットがこの様子を見つけたのか、こちらにやってくる。

 

「なあ、鈴。そろそr」「凰さん! 何してますの?!」

 

「何って、肩車」

 

 凰 鈴音は両足をブラブラとさせながら答える。織斑君は完全に肩車を解いて貰うタイミングを失った。

 

「そ、そんな! 淑女としてはしたない事をしてはいけません!」

 

 腰にまかれたパレオがアクセントとして効いている鮮やかなブルーのビキニ姿でそう主張するセシリア・オルコット。

 

「ははーん……わかったわ……」

 

 目を肉食獣のように光らせて凰 鈴音はセシリア・オルコットに次のように言い放った。

 

「な、何がですの?」

 

「セシリアが肩車したら胸の駄肉のせいでじじじ、じゅうしんがくるってこけちゃうもんねー!」

 

 初めは意気揚々と言っていたが、後半になると自身との圧倒的戦力差に自爆する形となった。

 しかし、そんな安い挑発に対してセシリア・オルコットは何か琴線に触れたらしく……

 

「な!? わたくし、生憎と乗馬は得意なんですの。肩車の一つや二つぐらい……凰さん! 変わってくださいまし!!」

 

「絶対に渡すもんですか!」

 

 セシリア・オルコットの要求に対し、凰 鈴音は断固拒否の姿勢を取る。

 そして、不幸にも自分はセシリア・オルコットと視線があってしまう。

 

「岡部先生! 肩車をお願いしますわ!」

 

 ザクッ! とパラソルを砂浜に刺して、セシリア・オルコットは自分に詰め寄る。

 

 ――ええい! くそったれ!

 

 こうなってしまった以上、逃げることができないことは今までの経験上わかっているので、大人しくセシリア・オルコットを肩車することに。

 自分とセシリア・オルコットの合計の身長は、それぞれ織斑君と凰 鈴音の合計よりも高いので、結果。セシリア・オルコットは凰 鈴音を下に見下ろす形となった。

 

「これでどうですか?」

 

 セシリア・オルコットは満足気にそう言うと、凰 鈴音はさも悔しそうにした。

 それがさらにセシリア・オルコットの機嫌をよくしていく。

 

「……ふーんだ!」

 

 それが気に食わないのか凰 鈴音は織斑君から飛び降りると、海の方に走っていった。

 

「!? 鈴! どこ行くんだ!」

 

「海! 泳いでくる!」

 

「凰さん。気をつけんだぞ!」

 

「わかってますって! 先生!」

 

 凰 鈴音はそう言うと、海にジャボン! と、飛び込んでいった。

 自分は上に乗ってるセシリア・オルコットを咎める。

 

「おいおい大丈夫かよ……オルコットさん。少し煽りすぎですよ」

 

「すみませんでした。あ、岡部先生せっかくですからお願いg」「あ、一夏! 岡部さん!」

 

 セシリア・オルコットの声を遮るように、今度は篠ノ之 箒と更識 簪の二人がやってきた。

 

「……セシリア。肩車してもらってる」

 

「懐かしいなー。私も昔は岡部さんにやってもらったっけ」

 

 自分に肩車されたセシリア・オルコットを見て、更識 簪は羨ましそうに見て、篠ノ之 箒は懐かしむように見た。

 更識 簪はシンプルな白のワンピース姿、対して篠ノ之箒はあまり着慣れない縁の方に黒いラインの入った白のビキニ姿だった。その、あの……気合入ってますね……篠ノ之ちゃん……

 

 ――ヤバイ

 

「……一夏」「岡部さん!」

 

「肩車(して)!!」

 

 そう言われては仕方がないので、オルコットさんを下ろす。

 

「じゃあ、オルコットさん。下ろすよ」

 

「ええ……ああ、岡部先生! 終わったら日焼け止めを塗るのを手伝って貰えませんか?」

 

「……ああ」

 

 ――ああ、こりゃドツボにはまった……

 

 そう思いながら今度は篠ノ之ちゃんを肩車する。織斑君も更識 簪を肩車した。

 

「懐かしい……昔よりか遠くが見渡せる……」

 

「なあ、簪はこういうの……初めてか?」

 

「……初めて」

 

「どうだ?」

 

「……中々にユニーク」

 

 織斑君と一緒に肩車をしたり、オルコットさん、篠ノ之ちゃん、簪さんの三人の背中に二人で日焼け止めを塗ったりと、なんだが召使のようなことをしているうちに織斑さん達教師陣がやってきた。

 ついでに彼女達に連れられる形でラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアもだ。

 彼女達は全員、上着かタオルを身にまとっていて、誰がどんな水着を着ているのかはわからない。

 

「岡部に一夏、中々大変そうだな」

 

 パラソルを突き立ててその影でリクライニング式のビーチチェアーで優雅にくつろぐセシリア・オルコット、篠ノ之箒、更識 簪の姿と、レジャーシートに寝転がる自分と織斑君を交互に見てニヤニヤする織斑さん。

 

「まさか……友兄が人数分のパラソルとビーチチェアーを持ってあるとは思わなかった……」

 

「まさか全部自分と織斑君で置くとは思わなかった……」

 

「そこまで気を利かせるとは……ほんとよくできた嫁達だ」

 

 いつものメンバー分の寛ぎの空間を作り上げた二人はそう呟く。それに対して、クラリッサ・ハルフォーフはそんな二人を称賛し、織斑千冬は顎に手を当て何かを思案する。

 

「そうだな……せっかくの海だ。普段肩身の狭い同僚に役得をプレゼントしよう」

 

「よく言う。元からそのつもり……の間違いでは?」

 

「雰囲気……というのも必要だろう?」

 

 ジリジリと火花を散らす、織斑さんとハルフォーフ先生。だが、本来の目的も忘れてはいなかったらしく、すぐに元に戻った。

 二人は躊躇無く上着を脱いだ。

 

 ――自分は今すぐにでも頭を抱えたかった……

 

 織斑さんは黒ビキニ。だが、スポーティーでありながらメッシュ状にクロスされた部分が……ああ、うんエロいね!

 ハルフォーフ先生はシンプルながらも……黒のツイストスリングショットである。しかも結構……うん。凄いの……

 

 ――極黒のブリュンヒルデ

 

 一瞬、そんな事を思い浮かべたが、今そんな戯言を言うと体の一部を跳ね飛ばされるか、大穴が空くか……どちらにせよ戯言を言ってのけた馬鹿者が一人、惨たらしくのに捨てられそうな気がするのでやめた。

 それにしても……二人とも共に露出の多い――どう見ても誘ってるような…………水着である。

 

 ――しかも、それを自分に見せるまでずっと上着で隠していた。

 

 これでわからない奴は織斑くんのようなものである。あまりにも分かりやすく、察しがついた……

 

 ――好きな男の前でしか、晒さないってか……

 

 織斑くんがラウラ・ボーデヴィッヒやシャルロット・デュノア、山田先生の水着姿に見惚れていることなんか吹っ飛ぶくらいに。

 それを見た、篠ノ之ちゃんやセシリア・オルコット、更識 簪がライバル心燃やして、再び織斑くんに立ち向かう様子なんか気にならない位……

 

 クラリッサ・ハルフォーフと織斑千冬の二人に目が釘付けになり、度肝を抜かれた……

 

「どうだ? その様子だと私のセンスもそう捨てたものではないらしい」

 

「日本では美女はこれくらい凄いのを着るのが礼儀だと聞いた。是非とも貴方に見てもらいたかったんだ」

 

 飢えた肉食獣のようにジリジリと近づいてくる二人に対して、どうすることもできない自分。

 

『危険! 危険! 凰鈴音の足の筋繊維が収縮したまま固定! 溺れる恐れあり!』

 

 その時、ピカピカと強く発光して、電子音声で状況を伝える腕時計――IS ゲスト機によって我に返った自分と織斑くん。

 

「鈴が!? 友兄!」

 

「行くぞ!」

 

 自分と織斑くんはすぐさま海に向かって走りだす。

 

「くそ! 友兄! ISは!」

 

「こんなんで許可なんぞおりるか! 裏ワザを使う!」

 

 織斑くんは自分にISを使用する許可を求めるが、残念ながらそれはできない。

 

「凰鈴音のバイタルは?」

 

『まだ大丈夫です』

 

 生徒達の奇異の視線も他所にもうすぐ海に着く。

 

「タイムリミットと場所のナビゲート頼む!」

 

『了解。目標をアップデート。今かけているグラス型HUDに投影させます』

 

「一夏! 俺の背中に付け!」

 

「わかった!」

 

 織斑君は迷いなくそう答えた。頼もしい限りだ。

 

 そのまま、海面へとジャンプすると同時に拡張領域からジェットスキーを取り出し、跳んだ先に出現させる。

 そして、そのまま飛び乗る形でジェットスキーに乗り込むと素早くアクセルを踏んで加速した。

 

「こんな使い方が……!」

 

「感心するのは後だ! 一夏! お前が回収しろ!」

 

『目標、水を飲みました!』

 

 ゲスト機にアナウンスの頃になると、凰鈴音のそばにまで寄せれたので、すぐさま織斑君を向かわせる。

 

「友兄!」

 

「そのまま載せろ!」

 

『目標、意識が朦朧状態です』

 

 凰鈴音を無事に回収すると、素早く砂浜に戻る。

 

『目標、意識消失(ブラックアウト)』

 

「鈴が!」

 

「落ち着け! 凰を寝かせるんだ!」

 

 そう言うと、織斑君は素早く凰鈴音を仰向けに寝かせる。

 

「一夏! お前は凰を呼びかけながら肩を叩け!」

 

「わかった! 友兄は!?」

 

 凰 鈴音の腹部を触り、的確な場所を探す。

 

「……水を抜く!」

 

 場所を見つけたら、そのまま……

 

「急を要する……スマン!」

 

 腹部に拳を一発叩きこむ。

 内蔵が刺激され、侵入した海水を元に戻そうと器官が活動を開始した。

 やがて、凰鈴音は水を吐き出す。

 

「鈴! 鈴! りん!」

 

「……ガフッ! ゲホっ!…………いちか?」

 

『ミッションコンプリート! 完璧であります!』

 

 結局、その日はあまり遊べず、凰鈴音の面倒を見ていたような気がする。

 やがて、時間が過ぎ、夕方になる。自由時間は終わりを告げ、明日の昼に始まる特別授業の為のレクリエーションが始まる。

 自分はその為の用意やある人への連絡、IS使用許可についての最終的な調整と言った作業をこなしていった。

 

「いいか! これから! 特別授業前のレクリエーションを始める!」

 

「これは明日の特別授業に深く関わることだ! ふざけた態度をとる者には厳罰を処す!!」

 

 これまでにない厳格な雰囲気を身にまとった織斑さんとハルフォーフ先生が整列したIS学園の生徒達に対して、特別授業の説明する。

 

 大体の所、要約すれば……

 特別授業の内容は至ってシンプル。

 ここからISで日本領海から外の公海、太平洋上にまででての実践的なIS教習の話である。

 さらに、ロケーションをこことして、模擬戦も行う予定だ。で先述言ったことについての説明と注意事項などの説明。

 

 以上。それだけ。

 

「いいな! わかったか!」

 

 織斑さん言葉に、一糸乱れぬタイミングで返事を返す生徒達。

 次に自分が生徒達の前にでる。

 

「そして、君達のISの整備……というかゲスト機の整備で今日からIS学園に出向してくる人間がいる。それは……っ!」

 

 突如、砂浜の地面からワイヤーブレードが飛び出てくる。その数、8本。

 ワイヤーブレードらしきものはそれぞれ2本づつ、自分と織斑姉弟、篠ノ之 箒に向かってくる。

 

「うわぁ! なんだ!」

 

「近接ブレードで斬り伏せろ! 一夏! 箒!」

 

 織斑 一夏に対して織斑 千冬はそう言うと、暮桜弐式の腕部と近接ブレードを拡張領域から取り出して部分展開、そのままワイヤーブレードを叩き落とす。

 

「はぁ!」「せいっ!」

 

 織斑 一夏と篠ノ之 箒も同様に、ISを部分展開させて近接ブレードで叩き落とす。

 

 ――が。

 

「自分は近接ブレードなんぞ無い!」

 

 そうぼやきながら、ワイヤーブレードを『生身』で紙一重に躱す。

 それからゲスト機の腕部を部分展開して、伸びきったワイヤーブレードらしきものを二本掴む。

 

 両手を横に広げたような形でワイヤーブレードを掴みとると、ふうと一息。しかしその時ちらりと影が映る。

 

 ――親方ァ! 空から束さんが!!

 

 ――上からくるぞぉ! 気をつけろぉ!

 

「アッキー!」

 

 篠ノ之 束が自身を呼び出す声と訳のわからない幻聴(電波)が聞こえたが、無視してこれから起こる衝撃に身を任せる。

 

 『文字通り』空から、上から降ってきた篠ノ之さんを身体で受け止める。当然、重心は崩され、ワイヤーブレードを手放し、仰向けになって背中を砂浜に打ち付ける。

 

「篠ノ之さん。心臓に悪いですよ」

 

「へへへー。でもアッキーなら受け止めてくれるって信じてたよ! たよ!」

 

 相変わらずのウサ耳でそう答える。篠ノ之さん。

 

「束、お前!?」

 

 篠ノ之さんと二人で立ち上がると織斑さんが何か異変に気づいた。

 

「えへへー、じゃーん!」

 

 篠ノ之さんはいつもの不思議の国のアリスみたいな格好ではなく、パーカーを羽織っていた。

 が、篠ノ之さんはそれを躊躇無く脱ぎ捨てる。

 

「いっくん、アッキー! 束さん、脱いだら 凄 い ん で す ! 海だから持って来ちゃった!」

 

「姉さん……私のより過激すぎ…………」

 

 篠ノ之さんは…………白のモノキニワンピース姿だったのであった……

 

 ――ほんとに脱いだら凄い…………

 

「えっと……彼女が例の……?」

 

「このばk……彼女がIS――インフィニット・ストラトスの発明者、篠ノ之 束だ…………」

 

 シャルロット・デュノアが引きつった笑みのまま、そう尋ねると。織斑 千冬は肯定の意を返したのであった……

 




前編はここまで


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