No matter what fate   作:文系グダグダ

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22:9月 学園祭 後編

 学園祭への準備をしている間にあれよあれよと当日になった。

 学園祭は一般人への唯一の顔見せ場でもあり、IS業界の関係者への公式な窓口でもある。後で、ISのフレームを制作している企業やIS学園に資金を提供している企業・団体への顔つなぎや、わざわざ呼び寄せたあの人達とも挨拶をしないとなぁ……と思いつつも学園祭が始まった。

 特に花火も、大規模な告知も無いのだが、やはり学生時代の重要なイベント、思い出作りの一環としての側面もあるだけに、生徒達のやる気と弾けっぷりは今までにないくらいのものであった。

 

「……で、どういうわけだか織斑先生と一緒に宣伝する羽目になったのであった」

 

 織斑さんが不思議そうにこちらを見る中、自分は『1組2組合同。コスプレ喫茶』と描かれたプラカードを手に、学校中を歩き回っている。 

 

 自分と織斑さんを見た生徒はそのまますれ違いざまに、一瞬だけ視線を自分と織斑さんに――俗に言う二度見をしてから驚愕の表情浮かべたり、こちらに駆け寄って、配布物として配っている簡易的なお品書きを貰ったりと様々な反応をみせる。

 

「ほら! 岡部先生。しっかりとしてください!」

 

 自分のあまりにも気だるげな態度を咎める織斑さん。

 だが、彼女はその言動とは裏腹に、自分のプラカードの持っている腕とは逆の――左腕に、正確には左手にひっそりと彼女自身の右手を絡ませてきている。

 

「確かに、教員もコスプレしても良いとは言ったが……」

 

 織斑さんの態度の豹変ぶりは残念ながら、『もう慣れた』。

 8月の夏祭り以降、彼女は……彼女達3人は今まで以上に自分にべったりと、積極的なアプローチをかけていった。

 これまではクラリッサ・ハルフォーフ1人が自分の後ろにてこてこと付いて来るように、もう副担任の域を逸脱するほどに、まるで専属の秘書でもあるかのように振る舞っていたのが、夏休み前の話である。

 

 9月では、2組の学務に関してはクラリッサ・ハルフォーフが、ISでの実務・整備は篠ノ之束が、寮での実務・指導は織斑千冬が、そしてプライベートでは3人全員が自分にべったり……な状況だった。

 

 特に大きく変わったのは前述の通り織斑さん――織斑千冬その人である。

 臨海学校、正確には米軍最新鋭次世代型試作IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件以降、クラリッサ・ハルフォーフにあてられた影響なのか自分とは微妙な関係をずるずると引きずろうとしていたのだが、篠ノ之束の告白とクラリッサ・ハルフォーフの『共有案』の所為か、自分との明確な関係――要は既成事実化を特に望むようになっている。

 

「ふっ、それにしてもIS学園(ここ)の制服に袖を通すとは、思っても見なかったがな」

 

「自分もこれには予想外でしたよ、織斑先生」

 

 自分がそう言うと、織斑さんは体をさらにこちらに寄せた。

 

 ……ゴクリ

 

 今まで彼女が取らなかった行動の一つ一つに、ちょうどコスプレとして自分と織斑さんがIS学園の制服を着ている事もあってか自分は内心は穏やかなものではなかった。

 

「おかげ様で、こうやって学生時代のやり直しができる。

 そういう点ではラウラに感謝しないとな」

 

 これでは本当にデートみたいではないか……

 

 拒否できない立場故に、自分と織斑さんの意識の差は歴然たるものであった。

 学園祭でのデート、確かに学生時代には誰もが思い馳せるイベントであろう。

 ……問題があるとすれば自分達は23~24の『見た目は』立派な大人の男女であり、織斑さんの他にあと二人(篠ノ之束、クラリッサ・ハルフォーフ)いる点ではあるが。

 

 美女3人に言い寄られ、修羅場といえるほどにドロドロと愛憎劇にまみれた物でもなく、それでもって世間体的にも『仕方が無い』、と認知されるような……そのような誰もが思い馳せる羨ましい状況。

 

 それを憂いている自分は他人から見たらどうしようもないクズと言えるだろう。

 

 ――事実、紛うことなきクズである。

 

 だが、クズはクズなりに思うこともあるのである。

 結論からざっくりといえば……まず、複数女性からの関係(ハーレム)なんぞ完全には成立はしない。たとえ成立はしてもその後が問題なのだ。

 

 まず一つ目はハーレムの存続。

 作り出すのは簡単だ。ほんとうに簡単だった。それは自分自身が今ここで現在進行形で証明してしまっている。

 そして、数多くの物語においても、そう言った幸せの形の一つとしてハーレムが存在しているのも否定は出来ない。

 

 ――だが、ハーレムエンドの後の話は?

 

 少なくとも、自分はこと現実においても、創作においても聞いたことがない。

 蛇足だから……そういう捉え方もあるだろう。だが、自分はハーレムの存続について、自分なりに考えた。そして、あくまでも私見にすぎないが存続条件についてある仮定を定めた。

 

 それは、全ての女性に等しいだけの愛情を注ぐこと……である。

 

 当然だ。不平等はやがて階級や順列を生み出し、それは軋轢・差別へと変わってゆき、最後には憎しみへと変わる。

 

 この時点で、すくなくとも自分にはそのような芸当は出来ない。

 

 何故ならば、その平等の定義が定まらないからだ。

 その理由の根本的な理由としては、人間自身の本能がある。

 人は、自分には無いものを強く求める。物・金・能力……挙句の果ては人までもだ。

 それらは個人個人違う価値感によって、多種多様に変わりゆく。例えば、自分に大切なものが、実は織斑さんにとっては何の変哲も無いものである……という感じにだ。

 

 ――たとえ、自分が平等に彼女達3人に愛情を注ぐことが出来ようとも、3人がそれを平等と受け取ることは出来るだろうか?

 

 断言しよう、『絶対にありえない』。

 

 そもそも、自分と彼女達の嗜好すら違うのだ。銃器と刀剣、コーヒーと紅茶、肉と魚……今まででも自分と彼女達の差異は幾らでも出てきたはずだ。

 ついでに言えば、彼女達と自分との間に子をもうけるような事があれば大問題だ。

 コネ・人脈・物、恐らくは膨大な――それでいて強大な物となっている財産を巡っての争いだって起こるだろう。正直な所、死後の面倒までは見れないし、見たくもないというのが率直な思いである。

 

 だから自分は今でも彼女達から逃れようと意味なく足掻く、彼女達を拒絶するのだ。

 

 織斑君の恋愛事情に関しても、協力は――間接的な支援は惜しまない。だが、直接は自分は直接手を下さない。何故ならば、責任が取れないからだ。

 それがわかっているからこそ、じぶんはこの甘美な、それでいて魅惑的な誘惑、まさに悪魔との契約を蹴るのだ。それで、クズだと……愚者であると罵るのなら甘んじて受け入れる。

 

 織斑先生――いや、織斑千冬が楽しそうに……ほんとうに幸せそうに自分を連れて歩く一幕。改めて自分は異物であると自覚するのあった……

 

「嘘っ! 織斑君に接客してもらえるの!?」

 

「しかも燕尾服(えんびふく)! 執事姿!」

 

「千冬お姉さまやクラリッサお姉さまの貴重なコスプレ!?」

 

「デュノアさんの男装姿も見れるらしいわ!」

 

「……岡部先生のコスプレ」

 

「しかもゲームで勝ったらツーショットも!?」

 

 織斑さんとの遅い青春を過ごした後、自分は執事姿に、織斑さんはメイド服に身を包み、生徒達の監督に務める。

 憎らしいことに――自分と織斑さんの広告効果もあってか、1年の1組と2組合同で行った『コスプレ喫茶』は見事、更識さん達の予想通りに朝っぱらから大盛況である。

 

「いらっしゃいませ。お嬢様」

 

 織斑君と同様に自分も燕尾服に身を包み、執事姿で接客を行う。

 常にお客様の前をエスコートしつつ、空き席までのルートを瞬間的にシミュレートして、最適な経路を頭の中に描きつつ、お客様の歩幅に合わせて誘導させる。

 

 ――勿論、空き席に座らせてくれた後に、一番利回りが良いオススメを薦めておくことも欠かさない。

 

 営業スマイルで周りに愛想よく振る舞いながら、周囲の状況を確認する。

 やはり、一番忙しそうにしているのは織斑姉弟である。次点では、一夏ラヴァーズとハルフォーフさんだった。篠ノ之さんは入り口で順番待ちの受付をしている。

 特筆すべきなのは織斑さんだろうか、『あの』織斑千冬がロングドレスのヴィクトリアンスタイルのメイド服を着ているのだ。

 

 ――これには意外だった。生徒達から教員勢もコスプレしてほしいとねだられたが、織斑さんまで折れるとは思っても見なかったからだ。

 もっとも、接客態度そのものは『@クルーズ』でのラウラ・ボーデヴィッヒを彷彿とさせるが、こっちの場合はカリスマ性に溢れているので、カッコいいと認識されるようだ。

 

 他にも、お堅い性格の篠ノ之ちゃんもメイド服を着ていたり、凰さんは頭にシニョンキャップをつけたきわどいレベルでスリットが入ったチャイナドレス、更識ちゃんも負けじと篠ノ之さんを彷彿とさせるバニーメイド等々……とまあ、色々と『攻めてるなぁ……』と内心思っている。

 

「うわぁ、まだまだ忙しくなりそうですよ……」

 

 ちろっと外を見てきた山田先生がげんなりした様子で、こちらに寄ってくる。

 彼女もまた、例に漏れずメイド服を着用しているのだが、仕事着としての機能よりデザイン性を重視したフレンチメイド……要はスカートの丈が短く、胸が強調されたようなアレである。

 

「うん、これはもう……負ける気がしませんね」

 

「そうですねー。心配だった待ち時間のクレームも岡部先生の知り合いが担当してますしねー」

 

 そう言って山田先生は廊下で苦情対処に追われるパンダの着ぐるみを着た2人の男を見た。

 『現在。2時間待ち』と書かれたプラカードを手にした黒人男性と、苦情対処に追われる白人男性の二人はG.H.O.S.T.のエース、2人共に最高位に位置する元帥階級を持つユニットアルファである事を山田先生は知らない。

 二人が着ている外見はパンダの様なコスチュームも、実は高い防弾性――20ミリ機関砲を同一点に集中されても4発まで耐える事が可能であり。また、防寒、断熱効果にも優れており、あらゆる場所での任務に対応できる。

 ちなみに背中の猫型バックパックはコードネーム『takara-chan』。

 スーツ内の気圧、温度調整のほか、M.O.P.との通信ユニットの役割を果たしている。

 

 こんなことしててもいいのか特殊部隊……とツッコミをしそうになりがちであるが、過去にアルファユニットの一人、アルファブルーはG.H.O.S.T.の任務である高官の警護の為にロディオ大会に参加した経歴があるので別に問題なんてなかったのである。

 

 その他にもGHOST1(陸戦部隊)GHOST3(要人救出部隊)(アルファユニットの所属する部隊)、GHOST5(重装備部隊)GHOST7(後方支援部隊)がIS学園内に配置されており、対テロ対策は万全を期していた。

 

「嫁よ、ご指名だぞ」

 

 山田先生と少しながら談笑する中、ハルフォーフ先生が自分に対してそう言ったので、ご指名したお客様の方を見ると……

 

「どうもー! 新聞部でーす! 話題の男性操縦者の取材にきましたー!」

 

「どうもー! 生徒会でーす! 中間報告にやって来ましたー!」

 

 新聞部のエースこと黛薫子(まゆずみかおるこ)さんと我らが生徒会長、更識楯無がやってきた。

 二人は途中、織斑君と肩を組んでツーショット写真を取らせたり、織斑君と一夏ラヴァーズで写真を撮ったりとフリーダムに動き、最終的には更識ちゃんと篠ノ之ちゃんのファインプレーと言う名の鉄拳制裁で沈められていた。

 

 ちなみに二人ともちゃっかり織斑君とのツーショット写真を手に入れていた。

 

「君達も懲りないねぇ……」

 

 そう言ってからすっかりこなれた手つきで二人にコーヒーでも入れておく。

 

「でもこれくらい攻めないと彼、墜ちないわよ?」

 

 コーヒーカップを傾けて飲むだけでも更識さんは優雅に見えるのがなんとも言えない。

 

「あ、ところで、岡部先生にも取材がありましてですね……」

 

 黛さんはそう言うとささっとメモ帳とボイスレコーダーを取り出して……爆弾を投下した。

 

「岡部友章と織斑千冬の熱愛疑惑についてですね……」

 

「否定する」

 

 織斑さんの視線が、黛さん言葉に反応した生徒達の視線が一気に自分に突き刺さる。

 

「大体どこからそんな情報が……」

 

 と、最後まで言い切る前に更識さんと目が合い、ハルフォーフさんと篠ノ之さんの視線が痛いように突き刺さる。

 

「あら? 織斑千冬を正妻にクラリッサ・ハルフォーフと篠ノ之束を側室に……という話では無くて」

 

 更識さんは珍しく不機嫌そうな表情を浮かべるとさらに言い張った。

 黛さんはその台詞を聞いて、すぐさま特大サイズの厄ネタと判断したのか、顔が青ざめている。

 

「岡部先生は御自身を過小評価しすぎなのよ。

 ……謙遜も過ぎれば嫌味だわ」

 

 更識さんの言う事はわかる……確かに自分は戦闘能力の他にも、法的知識や腹芸・口プロレスの類も行えるが、それはあくまでも一般とくらべての話。

 特別抜きん出ている戦闘能力の面においても、集団行動の面では目の前にいるG.H.O.S.T.に狙撃能力はスナイパーの『ファルコン』に、単独での作戦能力はワンマンアーミーことV.S.S.E.のコードネーム持ちの彼らには遠く及ばないのだ。

 

 そして、第一に自分は彼女達の才能に、才覚に少なからず嫉妬しているのも一因とも言えるだろう。

 

「大体ね、IS学園には貴方を慕っている生徒も多いのよ? 代表候補生は勿論のこと、3組と4組のクラス代表も、一般の生徒も、大学部の生徒も居るわ。それは私が……更識の名前をかけてもいいわ。私が保証してあげる」

 

「……」

 

 自分はただ射撃が好きなだけ……

 修羅場に飛び込み、生を感じる事が楽しみ……

 

 ただそれだけなのに、どうしてこうなってしまうのだろうか……

 外聞も気にせず喚き散らしたい衝動に駆られるものの、更識さんや織斑さん、篠ノ之さんの前でそのような事をすることもできず、ただ静かに更識さんの言うことを静聴するしかなかったのである。

 

「……シフトの交代の時間だ」

 

 自分は逃げるようにして、1組の教室を去っていったのであった……

 更識さんはそんな自分の様子に対して、出来の悪い弟でも見るような……そんな目で自分を見送ったのが印象に残ったのであった……

 

 IS『ゲスト』の展開装甲のちょっとした応用で、いつものスーツ姿に変わった自分は気分転換がてら、大きく遠回りに――ひと通りの教室を回ってから正面玄関に向かう。

 

「……ふう、疲れた」

 

 肩を竦めて、やっとの思いで正面玄関に向かうが、織斑君の方が幾分か早かったらしい、彼は親友の五反田君と無事に合流したらしい。

 

 ――まさか、ここまで声をかけられるとは思わなかった。

 

 美術部の爆弾解体ゲームから始まった催し物巡りは、意外にも生徒達の手厚い歓迎から始まった。初めはちょっとした気分転換で受けたのだが、次が終われば隣の教室が、それが終わればまた次の教室からと言った感じに次から次へと生徒達が勧誘してきたのだ。

 

「でもこれで頭は冷えてきたかな……」

 

 生徒達や招待客の視線をよそに、校舎へと戻り、屋上に向かう。

 予想通り屋上は特に何も無く、一人で時間をつぶすには持ってこいの場所であった。

 空を仰ぐようにベンチに座ると、その視界は缶コーヒーで塗りつぶされた。

 

「女難の相がでてるな?」

 

 今回、IS学園の警備として雇われたフリーランス。かつてコードネーム『ファルコン』と呼ばれていた男である。

 

「茶化すなよ、結構辛いんだ。

 またいつもの覗きか」

 

「生憎、それが仕事なんでな」

 

 肩にかけてあるセミオートタイプのスナイパーライフルを見て、いつものやりとりを行う。どうやら、教室での一幕はスコープ越しに見ていたらしい。コンディションが整うのなら、文句は言わない。

 

「しかしまあ、よくこんだけ集まったものだな」

 

 ファルコンは眼下の人々を――正確には同業者を見てそう言った。

 背中に幻獣や神話上の生物を象ったジャケットを着た人々や、パンダの着ぐるみ、カウボーイ姿、『NINJA』コスチュームやV.C.P.D.(某市警)の制服を着ている警備員などである。

 

「意外と集まるもんだ」

 

「それだけお前の『影響力』があるということだ」

 

 そう……彼らは前世での同僚であり、今世での同僚でもある。

 実は薄々ながらも気づいていた。自分はIS操縦という点に関しては一向に進歩はしていない。

 だが、そこそこの修羅場をくぐり抜けた経験は未だに積み重なっている。要は殺るか殺られるかの命のやり取りに関しては今もなお、成長中だということだ。

 

 やはり、生きているということは……素晴らしい物だ。

 

 前世でのあまりにも呆気無い死を経て、学び取った事は唯一。『生き抜く』ことへの喜びを見出した事だろう。

 

 生への執着、と言うよりも絶体絶命のピンチから切り抜ける事に対して悦楽を得られるようになったというのが正確だろうか……

 

 ――既に一回死んだことで、人間としての何かを構成するストッパー的な物が外れたのだろう。

 

「そろそろ、自分も認めないとな……」

 

 缶コーヒーをぐい、と一飲みすると遠く離れたゴミ箱に投げ入れる。

 

「それじゃあ今日一日、残りも頼むわ」

 

「了解した」

 

 屋上を立ち去り、1組の教室に帰ろうと思い、学生で賑わう廊下を歩いていたその時……

 

 自分の隣をとても懐かしい感覚が横切った……

 

 思わず振り向くと、まるで織斑さんを小さくしたような――そんな後ろ姿の少女が駆けて行くのを見てしまった。

 

「……? 妹?」

 

 自分は思わず彼女を追ってしまう。

 自分にとってあの面影は織斑さんに似すぎていたのだ。

 

 人波をかき分けながら、なんとかして彼女を見失わないように追いかける。声をかけようにも名前がわからず、ただただ追いかけるしか自分には術は無かった……

 

 たどり着いたのは自分の管理するアリーナだった。ここは本日は閉鎖してあるのは自身も知っている。

 だが、自分にはそんなことは関係なかった。これが罠であることは承知している。だが、自分はあの少女を確かめる必要があるのだ。

 

 ――飛んで火に入る夏の虫

 

 自分は防蛾灯に吸い寄せられた蛾のようにアリーナへと入っていった……

 

   ■   ■   ■

 

 剥離剤(リムーバー)でIS『ゲスト』の無力化に成功したコードネーム『エム』は勝利を確信していた。自身は…第3世代型IS『サイレント・ゼフィルス』。そして、僚機にはコードネーム『オータム』の駆る第2世代型IS『アラクネ』が鎮座している。

 

「ふんっ! 何が世界最強だ。聞いて呆れる」

 

 過去に色々と接触したことにあるオータムはアリーナの観客席で膝をつく岡部友章に対して、呆れたように言い放った。

 

「そんなちゃちなボディアーマーと拳銃如きでISに楯突く気か!」

 

 しかし、未だに『I.T.S.』社が開発したボディアーマーシステムを装備し、ガーディアンIIを構え、抵抗の意思をみせる岡部友章に対し、エムは侮蔑の視線を向けた。

 

 後は岡部友章のもつ待機状態のISを奪うだけ……それなのに何故か岡部友章はこんなにも余裕があるのか……二人には理解できなかった。 

 

「消えろ! 異端者!」

 

 せめてもの手向けだ。レーザー(光学兵器)で……爆薬で……跡形も、痛みすらも無く蒸発させてやる。

 

 サイレント・ゼフィルスは全てのビット6基を発進させる。ミサイルビットと化したのが2基、小型レーザーガトリングを搭載したビット4基全てが岡部友章に殺到する。

 それはとても早く迅速に攻撃が行われ、対する岡部友章は銃を構えたまま、呆然と立ち尽くすように見えていた

 

 ――そして瞬時に6基のビットは叩き落とされた。

 

 岡部友章の持つボディアーマーシステムはクライシスサイトモードを搭載し、並びにE.Sモード起動ユニットが内蔵された最終Ver.である。

 E.S(Exceeding Sense)モード――超感覚によるスローモーションによって岡部友章は今や弾丸すら叩き落す程になっていたのだ。

 そして、拳銃――ガーディアンⅡは、拳銃に取り付けられたセンサーにより射撃対象の生体反応を感知し、破壊力を調整。対障害物では破壊力を高め、対人間に対しては一撃で戦闘力を奪う弾丸として機能する。

 破壊力を極限にまで上げた弾丸は、大きな太刀を破壊し、岩盤をひっくり返して投げつけられた大岩すら砕き、戦車すら破壊する。

 

 ――これが岡部友章の真の意味での隠し武器(コンシールドウェポン)だった。

 

亡国機業(ファントム・タスク)だったか……」

 

 驚愕する2人に対して、岡部友章は立ち上がり傍においてあったゴミ箱に腕を突っ込んだ。そして、ゴミ箱から出てきたのはMP7――PDW(Personal Defense Weapon)として名高い銃器だった。

 

「利権化関係で形振り構ってられなくなったと見た。

 どうせ、自分が目障りになり始めたのだろう」

 

 いつ攻撃を受けてしまってもおかしくない……そんな状況で悠々と話す岡部友章が二人には気味が悪く感じた。

 

 ――2人に与えられた命令は『岡部友章』の拘束、または無力化である。

 

 亡国機業(ファントム・タスク)にとっては岡部友章をなんとかすれば特に問題は無いと思っていた。あとは、一般人が紛れ込むような機会、例えて言えば学園祭で人員を潜入させ、剥離剤(リムーバー)、ISを装着解除させる兵器で無力化させ、ISコアやあわよくば篠ノ之束を確保する。そのような算段であった。

 

 そして、現段階では岡部友章のISを無力化させ、作戦は今のところ成功している。

 後は、自身達の上司でもある『スコール』による白式や赤椿を始めとするISコアの強奪と篠ノ之束の確保だけである。

 

「今更強がっても無駄だぜ! とっとと五臓六腑(ハラワタ)を撒き散らしやがれ!」

 

 我慢が効かなくなったオータムは装甲脚固定砲『ルーフワープ』とマシンガン『ノーリンコカービン』で生身の岡部友章に集中砲火を浴びせた。

 

 集中砲火と言っても、オータムは装甲脚固定砲『ルーフワープ』を岡部の周りに撃ち込み退路と粉塵による視界を断ちつつ、人間相手には過剰な程の威力であるマシンガン『ノーリンコカービン』で確実に仕留める……と言った感じにきっちりと『殺し』にかかった撃ち方ではあるが……

 

「ふん! 人間相手がISに勝てるかよ!」

 

 岡部友章の居た場所が粉塵による煙で完全に見えなくなるまでに執拗に長い時間『ルーフワープ』と『ノーリンコカービン』を撃ち込んだオータムはさもご満悦、といった表情で見下ろしていた。しかし、エムは違った。

 エムはサイレント・ゼフィルスのBTエネルギーマルチライフル、『スターブレイカー(星を砕く者)』を取り出し(コール)、BTエネルギーを最大出力で――しかも実弾も混ぜて撃ち込んだ。

 

 ――何故なら……エムには粉塵の中、孤独に浮かび上がるシルエットが見えてしまったのだ。

 

「おっと、危ない」

 

 岡部友章は小石でも避けるかのように横に軽くステップを踏んで跳んで避けた。

 BTエネルギーマルチライフル、『スターブレイカー』は粉塵の煙をかきとばし、岡部友章の姿を鮮明に映し出すだけに終わった。

 

 サイレント・ゼフィルスはナイフを手に持ち瞬時加速(イグニッション・ブースト)、目標は岡部の首筋や脇腹、そして心臓であった。

 

 ――コイツハ、生カシテハイケナイ!

 

 エムの本能が警鐘を鳴らす、エム自身もそれに従い、ナイフを振るおうとするが……

 

「何? 徒手空拳でもするのか?」

 

 思わず、ハイパーセンサーでサイレント・ゼフィルスの右手を確認する。

 

 ――その手にはナイフは握られていなかった……

 

 焦るサイレント・ゼフィルスをよそに、岡部友章は生身で殴りかかろうとする。

 エムはバックブーストで逃げようとするが、その前に岡部友章の右手が振りぬかれる。振りぬかれた右手は部分展開を開始、IS『ゲスト』の近接武装『アームパンチ』に展開し、排莢孔(エジェクションポート)から薬莢が飛び出した頃には拳は深々とサイレント・ゼフィルスの腹部に突き刺さる。うまいことゲスト機のAIが一部分ではあるがISの機能を復旧させたようだ。

 

「君が何者だろうと自分には関係ない、今回は手加減無しだ!」

 

 そのまま、岡部友章はサイレント・ゼフィルスを押し倒すような形で地面に伏せさせると、そのままさらに近接武装『アームパンチ』の弾倉(マガジン)に内蔵された残りの薬莢をいくつか炸裂させる。

 

 1発、2発、3発と排莢孔(エジェクションポート)から薬莢が飛び出すごとに、強力な塑性変形に耐えられなくなった地面の観客席での床はヘコみ、多くのヒビや床の欠片が舞う。

 

 オータムはサイレント・ゼフィルスを――エムを助けるために岡部友章に近付こうとするが……

 

「おっと! これ以上はイケナイなぁ」

 

 左手でガーディアンIIを構え、サイレント・ゼフィルスの頭部のバイザーにあてがった岡部友章は愉快そうにアラクネの操縦者――オータムに言い放った。

 

「てめぇ! お前こそ! 仲間がどうなるかわかってるのか!?」

 

 オータムは別働隊である上司――スコールが岡部友章の関係者を確保している事であろうと考えてそう言い返した……が。

 

「……なあ、今更だけどさ」

 

 岡部友章はさも友人に親しげに話しかけるようにオータムに語りかける。

 

亡霊(ファントム)が――悪の組織がいるんだったら……」

 

 オータムは今更ながら気付いた。今頃は別働隊からの報告があってもおかしくない筈だ……と。

 

 ――どうして、今まで通信がやってきてないのか?

 

幽霊(G.H.O.S.T.)も――正義の組織(V.S.S.E.)もいてもいいよね」

 

 オータムは必死になって別働隊に連絡を取ろうとするものの、彼女の聴覚に伝わるのは雑音しか無い。

 

 ――秘密裏での学園襲撃が失敗した!?

 

 オータムは冷や汗をかいた。

 対する岡部友章はたった今、IS『ゲスト』の通信機能が復旧したのを確認すると、直ぐに通信を開く。

 

 ――GHOST3(要人救出部隊)、護衛対象の安全確保。GHOST5(重装備部隊)とV.S.S.E.

エージェント、コードネーム『フェニックス』『ユニコーン』はISの所属不明機と交戦。撃退させ、他に『ケルブ』『グリフォン』、そして『エンジェル』が武装集団の鎮圧を終え、フリーランスの『ファルコン』が潜伏していた狙撃者の排除を確認した。との通信だ。

 こちらの想定通り、学園祭は中止になること無く、無事に終わりそうだ。

 

 

 ……自分では、こうもいくまい

 

 

 内心で前世時代から変わらない戦闘能力を有する彼らに対して、改めて岡部友章は敬畏を込めて彼らに賛辞を送った。

 しかし次の瞬間、岡部友章の周囲に煙幕弾(スモーク)が張られ、周囲の視界を遮断される。背筋に悪寒が走り、本能が警鐘を鳴らす。

 とっさに距離を取り、サイレント・ゼフィルス、アラクネから遠く離れた所まで岡部友章が離脱すると、サイレント・ゼフィルスを待機状態にしたのか、織斑千冬に大変良く似た少女を抱えて煙の中から飛び出すように女性が出てきた。アラクネの操縦者―オータムは嬉しそうにな表情を浮かべて、その女性に駆け寄った。

 

「スコール!」

 

「オータム、作戦は失敗しました。

 ここから迅速に撤退します」

 

 煙幕が晴れ、不明機のISのを身にまとったスコールは眼下にいる拳銃(ガーディアンⅡ)MP7(PDW:Personal Defense Weapon)をぶら下げた岡部友章を――剥離剤(リムーバー)の影響か、右腕だけしか部分展開が出来ていないIS『ゲスト』を見る。

 

「化け物め……ッ!」

 

 スコールは心底恨めしそうに――呻くような声で小さく呟いた後にサイレント・ゼフィルスの操縦者『エム』――織斑マドカを抱え、オータムとともにIS学園から撤退していくのであった……

 

「……」

 

 岡部友章は静寂が訪れたアリーナの中、ただ謎のIS――彼女(オータム)から『スコール』と呼ばれた人物が、こちらに対して忌々しげに呟いた言葉――『化け物』に対して、へなへなと観客席に座り込んだのであった。

 

   ■   ■   ■

 

夜。学園祭も一日目昼の部が終わり、夜の部――IS関係者やスポンサーとの会合が始まる。

 

 各国の元代表や代表候補からなるIS学園のIS教習指導員は各国の担当官やIS部門の人間、ISのフレームやパーツ、武装を供給するサプライヤー達との挨拶や交流を行っている。

 その中でも一際目立つ集団がいた。そう、織斑千冬である。

 

 織斑千冬はスーツ姿で一人、スポンサー企業の人々やIS関係者と会話(社交辞令)の応酬を行っていた。

 

 ――つまらない。

 

 正直な所、織斑千冬はうんざりしていた。

 

 彼らの笑顔の皮一枚下にあるのは、野心、策謀、疑惑、欺瞞。それらを欲望で一つに括ると、それは紛れも無い純粋たる悪意。彼女にとって彼らの視線は自身を品定めするような下劣なものが大半を占めている。

 コネとしての価値、操縦者としての価値、兵器としての価値……そして女としての価値だ

 

 こちらにお酒を薦めるのは、織斑千冬に不用意な発言を誘い出すため。あわよくば織斑千冬の弱みを握るため。あるいは織斑千冬という女を手に入れるために。

 

 彼らの一つ一つの行動は全て合理的に、打算的に織斑千冬と言う『最強の駒』を、『金剛石の脈』を手に入れるための手段でしか過ぎない。

 

 彼女としては最低限の交流を終え次第、早急にこの場を脱したいが、滅多にないIS学園の関係者との交流機会なのか、彼らは中々引き下がってくれない。

 それどころか本来は派閥や国籍の差異からいがみ合っている彼らが強力して、彼女を囲みに行っている。彼らは本気なのだ。

 

 そんな中、背後から織斑千冬の両肩を叩くものが一人。

 

「すみません、織斑先生。遅れました」

 

 織斑千冬と同じ、黒のスーツ姿を身にまとい、伊達メガネをかけた男――岡部友章だ。

 彼は周囲に詫びながら、囲みの中にいた織斑千冬を連れ出すと隅のテーブルへと連れて行こうとする。

 

「全く……遅いぞ」

 

「篠ノ之さんを連れ出したり、先方を迎えに行くのに時間をかけちゃってね」

 

 本当に申し訳無さそうに後頭部を掻きながら、岡部友章はそう応える。

 その時、囲みの中から一人、青年が――織斑千冬とはほんの少しだけ年下の男性がこちらに駆け寄り、岡部友章に対して横槍を入れないように指摘した。

 

 彼はISのユーザーインターフェイス(user interface――略称UI)の初歩の初歩、基本システムでもあるオペレーティングシステム(Operating System――略称OS)の開発者の創始者の息子だ。アメリカの企業であり、現在ISのOS市場を『独占』している。

 

 ……が、織斑千冬にとってはそれを楯に交際を迫った男、という認識しか無い。

 

 確かに、彼にとっては鳶に油揚げをさらわれたようなものだろう。

 岡部友章はやんわりと断ったが、相手は引き下がる様子は無かった。そして、ついには岡部友章と織斑千冬との関係まで問いただしてきた。

 

 ――しめた!

 

 織斑千冬は両手で岡部友章の顔を固定させ、その唇を奪った。

 

「……ふう

 キスした仲だ。それがどうした?」

 

 織斑千冬はしてやったり、と言った感じに今度は岡部友章を連れて堂々と彼の左腕を彼女自身の両腕て抱きながらテーブルへと行ったのだ。

 

「なんだ……簡単じゃないか」

 

 外野がざわめく様子に対して、織斑千冬は大変満足そうに呟く。

 岡部友章はテーブルにセシリア・オルコットの両親とシャルロット・デュノアの両親、そして更識楯無と数名の黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の最古参隊員とクラリッサ・ハルフォーフ、そして篠ノ之束が囲んでいた。

 

 ――外野はその様子を注視することしかできなかった……

 

   ■   ■   ■

 

 ISゲスト機は、ロジックを展開していた……

 議題は『剥離剤(リムーバー)の対策』と『岡部友章の立ち位置』について。

 

 剥離剤(リムーバー)対策としては、既に対剥離剤《リムーバー》用にナノマシン抗体を生成し、他のISにも白式や紅椿、暮桜にも供給済みなので問題はない。

 

 次に、岡部友章についてはというと。

 

 現在、岡部友章はIS操縦者育成特殊国立高等学校『IS学園』の一教師でありながら、ISの発明者である篠ノ之束の専属の弁理士であり、彼女お抱えのテストパイロットでもある。

 

 そして、現在。織斑千冬、クラリッサ・ハルフォーフ、篠ノ之束の三人から好意を向けられてもいる。

しかし、彼は彼女達には恋愛的感情は希薄だ。だからこそ、彼女達は岡部友章を縛り付ける必要があった。

 

周りで虎視眈々とおこぼれに預かろうと、ギャラリーが見つめる中、スラスラとまるで始めから交渉の必要が無い位に篠ノ之束と織斑千冬、岡部友章・デュノアとオルコット・最古参、又は退役した黒ウサギ隊員と更識楯無との三者間で話が進んでいく。

 

その余りにもあっさりと決まった様子に岡部友章は驚きを隠せないのか、僅かに心拍数を上昇させていた。

IS『ゲスト』は知っている。

きっかけは岡部友章であっても、篠ノ之束は最悪のパターンとして岡部友章が自分の元から離れられないように、ISのコアネットワークからあらゆる媒体を経由して、両者にアポイントメントから意見の擦り合わせを行っていた事を。

 

ゲストとしては、自身の創造主がそのような行動を取った件に関してはむしろ願ったり叶ったりであった。何故なら、岡部友章が篠ノ之束達との関係を完全に断つならば自身のISを放棄するであろうと予測……いや断定していたからである。

でなければ、白騎士事件以降も頻繁にISを自律状態にして置きっ放しするはずが無いのだ。

 

当然ながら、その件に関してはゲスト自身としては当初、自身に何か欠陥ないし不備があったのでは? という考えに至り、当時の篠ノ之束の思想や意向もあってか色々と装備や武装を搭載できる様に自己進化、自律論理から導き出された開発ツリーを特にその方向で最優先で開発してきた。

途中、数多くの武装・装備の持て余しや岡部友章自身の能力の偏重さ……と言った問題や課題が発生したものの、これらをを補う形で、VTシステムの改良・改善や、ミッションパックシステムの導入により、IS『ゲスト』は岡部友章が求める仕様を充分に満たす物であると、自己診断モードで性能面での検査を十二分に行ったゲストはそう、確信した。

 

すべては主の為に、すべては岡部友章の意思のままに

 

ゲスト機の最優先事項は常に岡部友章の意思・命令であり、それは彼女にとって絶対であった。

 何故ならば、自身は岡部友章にとって無くてはならない存在であるという自負が少なからずあったからだ。。

 しかし、そのプライドは度重なる岡部友章のISの不使用、使用に至っても自律行動での後詰・索敵という。おおよそISとは言えない使い方によって、その根底が覆されようとしている。

 

 ゲストのAIの論理思考の中で微かにエラーが起こり始めている。原因不明、発生時期は夏休みの、8月の後半辺りからである。

 

 岡部友章は黒ウサギ隊の隊員達から最敬礼を受けたり、オルコット・デュノア夫妻から娘をよろしくお願いします。と、茶化され。僅かばかり口角が釣り上がりながら、引きついた笑みを浮かべる。

 そんな彼を見ながら、ゲストは一抹の不安を抱えるのであった。


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