No matter what fate   作:文系グダグダ

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23:9月 キャノンボール・ファスト 前編

 立ち並ぶ戦闘機や輸送機、爆撃機。キャタピラー(履帯式走行機構)型の主力戦車(MBT)他にも装甲兵員輸送車(APC)歩兵戦闘車(IFV)、そしてにホスト型(装脚式走行機構)戦車ことSTも立ち並ぶ。その周りをせわしなく装甲車やハンヴィーが走り回り、さらに訓練に勤しむ兵士達に教官が激を飛ばす。

 女性士官もちらほらと確認できるが、軍人でこの場にいる大半は男性であり、厳かながらも暑苦しい雰囲気に包まれている。

 

 そんな中、男女比率を真っ逆さまにした集団がある軍事用ハンガーに向かってハンヴィーを走らせている。

 

「最近はどこも軍事費の削減を余儀なくされていてね。昔はこれの倍あったらしいですよ」

 

 助手席に座っていた女性、恐らくは技術士官であろう彼女は、外の光景をぼんやりと見ていた岡部友章に対してそう言い放った。

 

「で、代わりがアレなわけだ」

 

 ハンヴィーの後部座席から空に舞い上がる複数機のIS、学園祭で見た第二世代型IS『アラクネ』タイプを指さしたのは岡部友章その人である。

 

「ISは本当に早い。遠く離れた地から移動するだけでも既存のどんな乗り物だって敵わない。

 アメリカ合衆国本土防衛の必要性・重要性の上においてもISをアメリカ北方軍におくにはうってつけというわけだな」

 

「ええ、私達は貴方が書いたISの運用論文を高く評価しております。

 また(6月)のように何かご用命がありましたら是非、お願い致します」

 

(私がいるからもう君達はいらないけどね)

 

「ええ、機会があれば」

 

 営業スマイルで、対応していく岡部友章の隣では篠ノ之束がひっそりとそう呟いた。

 

 ――ここは、アメリカ。コロラド州ピーターソン空軍基地

 

 世界に6つある統合軍のうちの1つ。北アメリカ大陸をを担当する地域別統合軍の本拠地。そして、『4つ』ある機能別統合軍の一つ、アメリカのIS隊でもあるアメリカ即応軍の本拠地である。

 そして、ある世界ではとある極秘生物部隊の戦いにおける最終決戦の舞台にもなるであろう場所でもある。

 

 ハンガーで待っていたのは、岡部友章にとっては意外な人物であった。

 ナターシャ・ファイルス、臨海学校で遭遇した暴走IS銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のテストパイロットであった人物だ。

 

 技術士官達が機材のコンソールや、書類をせわしなく動かしたり、外にいるISの記録をとっている中、空軍の人間が身につける階級や所属のバッジを煌めかせながら、外向きの背広組の人間が着るような士官服でその場に居るのを岡部友章は確認した。

 

「それにしても、そうやすやすと最新鋭ISをここ(IS学園)に渡すなんて今でも信じられん」

 

 ナターシャ・ファイルスの視線の先には7月の臨海学校で遭遇した銀の福音のフレームとISコアが鎮座している。そして、技術士官達とISスタッフがひしめき合う中でも、M4カービンをこしらえた完全装備の陸軍歩兵がハンガーの壁際で目を光らせている。

 岡部友章と篠ノ之束がコロラド州空軍基地に赴いた理由がそこにはあった。

 IS、シルバリオ・ゴスペルの修復と引取。これが今回の目的だ。

 

「そう? 束さんには不良品の処理でもしたい位だとおもうけど?

 向こうのパイロットも含めて」

 

 被害はなくとも、暴走を起こしたISとそれを止められなかったパイロット。

 これら2つはいずれもお咎め無し、で済ませる訳には行かなかったようだ。

 

 特に、白騎士事件以降の軍事費の削減と軍事規模の縮小に喘ぐ世界随一の軍事国家としての側面も併せ持つアメリカにとっては……正確には軍部にとってはとても許せる筈の無い案件であることはある程度の察しは付く。元に、IS関係者と軍部関係者のナターシャ・ファイルスや岡部友章達に注がれる視線は性質が違っていた。

 

 指をナターシャ・ファイルスにさそうとした篠ノ之束を岡部友章はそれを手で制しながら、そう考察した。

 その時、ふとナターシャ・ファイルスが岡部友章と篠ノ之束の二人と視線が合わさる。

 二人も、そろそろ銀の福音の封印を解く作業に移るので、彼女の傍を通りすぎようとした。

 

「あの子の事、お願いします」

 

 すれ違いざまにナターシャ・ファイルスから放たれた言葉に篠ノ之束はこくりとだけ頷いて答えたのである。

 

「その殊勝な心がけは束さん好きだよ」

 

「……」

 

 岡部友章はなにか言いたげだったが、結局は腹の中に飲み込んだ。

 スタスタと、封印された銀の福音の前に立つと、自前の立体型ディスプレイを展開させ、映像で出された擬似コンソールを叩いて、エラーと封印を解いていく。

 

「もう大丈夫だからね、また自由に翔べるようになるから」

 

 そう言いながらも篠ノ之束はブツブツと専門的な言葉と数値を呟きながらコンソールをせわしなく叩き続ける。

 岡部友章はそれをじっと見つめたまま、傍目にはぼうっと突っ立ているように見える。

 が、それは見た目だけの話。実際にはISゲスト機のハイパーセンサーやそれらを補助するシステムが、具体的にはハッキング・クラッキングのプログラムやショントラッカーなどがこのIS格納庫として使われているハンガー全体の動向をサーチしている。

 向こうが何もしてこないという確証がない以上、岡部友章も警戒度を引き上げる他に無く、アメリカ側もそれを承知の上でここまで呼び込んだ。故に仕方が無い事である。

 岡部友章自身も特に問題を起こしたくもないので、害がない限りは見て見ぬふりを貫く方針でもあった。

 

(ああ、やっぱりここは……最新鋭のUCAVが格納されている場所か……)

 

 岡部友章は確信を持った。もっとも、本人にとっては『コロラド州の基地』という単語だけで予感自体はしていたのだが、やはり実際に確認するとなると印象は違ってくるものである。

 

(ん? なんだ? あの戦闘機?)

 

 同重量の金と同価値とまで言われているB-2やX-47のような黒いステルス機が多数立ち並ぶ中、一機の戦闘機が地下の格納庫内で浮いていた。

 ステルス性も視認性も無視したその真っ白な塗装にダブルデルタと後退翼を掛けあわせたようなデザイン。航空機にはとんと知識のない岡部友章にはその航空機は剣のような印象を受けた。

 

F-22(ラプター)でもなければF-35(ライトニング II)でもない……)

 

 一人首をかしげる岡部友章であるが、ハイパーセンサー越しに異音が聞こえてくるのを感じた。

 

(この音、耳にまとわりつくような嫌な感じ……まるで虫の音のような……)

 

「ん? おかしいな? ディスプレイの調子が」

 

 次に技術士官がディスプレイや計測機器が次々と不調を告げ始めた事に不信感を抱き始める。そして、やがて外部からの通信が瞬く間に不可能な状態へとなってしまった。

 

(? プライベート・チャネルも通じない……これは何かあったのかもしれないな……)

 

「すみません。何者かがECMのようなもので妨害されていますね。恐らくはノイズジャミングの一種かと」

 

 電子戦系統の資格を持っている士官の1人がこのハンガー内で一番階級が高いであろう士官に対して、そう説明する。

 

「何か外であったのかもしれない。万が一に備え、各ハンガー内部の隔壁を閉じるんだ」

 

 彼の決断は早かった。彼はそう指示すると、兵士たちや技術者達は急いで、銀の福音が置かれている部屋やハンガーから外部に通じる道などに設けられている隔壁を次々に閉じていった。

 

「どうだ?」

 

「今、自己診断プログラムを立ち上げていますが……駄目だ! どうしようもない!」

 

「ノイズジャミングもどんどん大きく、巨大なものになってきています。

 まるで生きているかのようだ……」

 

 原因が中々特的出来ず、苛立ちを隠せない米軍の人達をよそに、岡部友章はだんだんと核心に近づこうとしていた。コロラド州基地・無人爆撃機・昆虫。この3つの要素が脳内でかつて閲覧した記録と合致した。

 

テラーバイト!(生体兵器) お前ら撃て! 非戦闘員はそのまま伏せて!」

 

 突然、岡部友章は拡張領域(バススロット)から拳銃(ガーディアンⅡ)を取り出し、篠ノ之束の元に駆け寄る。そしてさらに大きな

 軍事用ハンガー・掩体壕(えんたいごう)内部の上からは通風口越しに蜂の大群が、地面からは排気ダクトやあらゆる隙間からスカラベ(俗にフンコロガシ)の群れがハンガー内部に侵入してきたのだ。

 

 突然の出来事に兵士達は全員立ちすくむものの、岡部友章に直接指差され命令された兵士から広がるようにして渋々悪態を付きながらもアサルトライフルで応戦を始めた。非戦闘員の人達も素早く伏せて動かなくなっている。

 

「くそっ! なんだってこんなことに!」

 

「おい! そこの君! 名前は?!」

 

「トラヴァーズ上等兵であります!」

 

 銀の福音のフレーム周辺にいた、兵士が悪態をついているのを見かけた岡部友章はバススロットからショットガンを取り出すと彼に投げ渡した。

 

「こいつを使え。蜂のような奴にはショットガンが有効だ」

 

 そこら中にテラーバイト!(生体兵器)が湧く地獄絵図の中、岡部友章が首を回すとカマキリ型の生体兵器がナターシャ・ファイルスを襲うのが見える。

 

「君もこっちに!」

 

 彼は猫を摘むように、彼女の服の後ろの襟に左手を突っ込んでから掴みこちらに引っ張り込みながらも開いた右手に持った拳銃(ガーディアンⅡ)で難無くカマキリをバラバラにする。

 

「ちょっと!? いきなり何を!?」

 

 作業に打ち込む篠ノ之束の近くに寄せると、彼は左手を離しナターシャ・ファイルスを開放する。しかし、半ば無理矢理に引きずり込まれた彼女は不快感を露わにしたが、直ぐに絶句する事になる。

 

「拳銃じゃ群れのタイプには力不足だ。こいつを使え」

 

 岡部友章は戸惑い無くナターシャ・ファイルスに拳銃を向けて素早く3発の弾丸を発砲する。弾丸はナターシャ・ファイルスの通り過ぎてカマキリ型生体兵器の子供に命中し、四散した。

 その後、悪びれる様子もなくトラヴァーズ上等兵と同じようにショットガンを渡して、蜂型生体兵器の処理を申し入れた。

 地を這うスカラベ型の生体兵器に兵士達が気を取られてアサルトライフルで応戦する中、彼らにはその種類の生体兵器を任せて、岡部友章達もひたすらに生体兵器――テラーバイトの処理にかかっていた。

 

「岡部君!」

 

「わかってる! 解凍を急いで!」

 

 兵士の怒号、非戦闘員の悲鳴。外部の爆発音と機械音、混線し使いものにならない通信をBGMに害虫退治に勤しむ。

 

「弾が切れた!?」

 

「鮮度100%だ! 受け取れ!」

 

 そう言って岡部友章はチューブ式マガジンタイプのショットガン用のクイックローダーと散弾のパッケージ箱を投げ渡す。

 

「福音に何か取りついている!?」

 

 ナターシャ・ファイルスは銀の福音のフレームに取り付くダニのような生体兵器(テラーバイト)を指差す。ダニのような生体兵器はしばらくするとその場に留まり、なんと膨張をはじめた。

 

「そのタイプはショットガンじゃあ効きが悪い」

 

 ショットガンでダニ型生体兵器をナターシャ・ファイルスは撃ちまくる。それを見かねた岡部友章は拡張領域から弾倉をグリップ内に収納するタイプのサブマシンガン(MP9)を取り出し、軽快な発射音を出しながら生体兵器の処理を行う。

 

「ふう、流石に数はそこまで多くはなかったな」

 

 最後のダニ型生体兵器をサブマシンガンで撃ち込んだ時にはもうネタ切れらしく、生体兵器はまばらにしか見えなくなった。

 実時間では5~10分ではあったが、大量の昆虫というビジュアルは相当にきたようでナターシャ・ファイルスとトラヴァーズ上等兵はグロッキー状態へと陥っていた。

 

「篠ノ之さんは平気なんだね」

 

「あっき、岡部君がちゃんと守ってくれるって束さん、信じてたから」

 

 投影型ディスプレイとゲスト機の護衛(Guard)型に搭載される予定の携行型エリアシールドを解除した篠ノ之束は笑顔でそう答える。

 篠ノ之束はナターシャ・ファイルスにISに乗るように促すと、彼女はそれに素直に従う。かつて、岡部友章が白騎士事件時にIS『ゲスト』に直接乗り込むように、ナターシャ・ファイルスも銀の福音に乗り込んだ。

 

 そして、ひときわ大きな破壊音がハンガー内に響き渡る。

 

 ハンガーの格納シャッターが破られ、何者かが侵入してきたのだ。

 ハンガーの格納シャッターをぶち破ったのは案の定、2機のISであった。その内の片方は学園祭で見た1機、そして片方はまだ見たことのない機体であった。それらが亡国機業の手の者であることは岡部友章も、それ以外の人物にとっても明白であった。

 侵入した2機のISの内、未確認の物であったISは岡部友章と視線を合わせたかのように見えた。全身装甲で肌の露出無く、ヘルメットタイプの頑強なバイザーメットに身を包んだ、正に『鋼鉄の騎士』(アイアンサイド)を体現したかのような風貌のISであったが、岡部友章の気のせいなのかもしれないが、彼? あるいは彼女は岡部友章に注視しているかのように見える。

 

「うおッ!」

 

 その直後、右腕に大きな機械を拡張領域から取り出してそのまま岡部友章に突貫、愚直なまでに清々しい程馬鹿正直に振り上げた右腕は、拳は岡部友章に差し出される。拳の隣には厚い装甲板が備え付けられていた。

 

 ドオォォォォン!!

 

 文面にすれば安直でしか無いが、実際には爆発音がハンガーに響き渡り、岡部友章は吹き飛ばされてハンガーの壁に激突、空爆に耐えられる程の強度を誇っている。数メートル単位での厚さを誇る鉄筋コンクリート製の壁に対して、容易に穴を開けたのである。

 

『ランマーをそのままISの打撃武装に応用したのか……

 ナターシャさん! 篠ノ之さんをお願いします!』

 

『……ええ、了解しました』

 

 岡部友章は一瞬、ナターシャ・ファイルスの裏切りも考慮に入れたが、決定的な証拠もない現状ではどうする事もできないので、素直に篠ノ之束の護衛に付くように頼むこむ。

 全力で逃げるだけならば、篠ノ之束を担いで行けば問題はない。しかし、それは相手にISがない場合におけるのみである。現時点で2機のISに対して応戦しつつ、篠ノ之束の護衛に当たるという行為はとてもではないがリスキーであることは言うまでも無い。

 

 だから、岡部友章はナターシャ・ファイルスを信じるのだ。

 岡部友章は(はかりごと)は得意ではない。それに人を率いることも。岡部友章の本質は兵士であり、上位存在から受けた指令を忠実に実行する機械である。

 ただ命令の為に、己の欲望の為に動くことが一番の能力を発揮することが出来る。

 

 粉塵の舞う中、岡部友章はIS『ゲスト』を装着した己の拳を開閉させ、問題がないことを確認する。ゲスト機のバイザ-に映しだされたHUDにはOタイプ(Offence & Maneuver-S Type)と描かれていた。自機のコンディションを映し出す部分には、各ハードポイントに武装が積まれ、脚部には新たにブースターが増設されているようだ。

 

『今だ! 逃げろ!』

 

 右肩部の9連装ロケット(噴進砲)ポッドと右胴部側面に取り付けられた2連装ミサイルポッドを惜しみなく全弾発射し、2機とも横に並んでこちらの様子を伺うかのような体制を取る『鋼鉄の騎士』(アイアンサイド)とサイレント・ゼフィルスを牽制する。

 誘導の効くミサイルで2機の退路を先に攻撃しながら、無誘導の噴進砲で面の制圧を行う辺りが岡部友章のいやらしい所だ。

 

 そのまま脚部のボールをフルに使い、突貫。胴部左側面の小型の多銃身銃(ガトリングガン)と右手のIS用ヘヴィマシンガンでそのまま突っ込む。

 

(外に引きずりだしたが……状況はよくないようだ)

 

 2機に接触する直前に両腕でそれぞれのISのフレームを掴み、無理やり外に押し出すことに成功した岡部友章ではあったが、それと同時に米軍基地の惨状も目の当たりにした。

 対象が人間よりも大きく、ハイパーセンサーでは簡単に視認しやすいがゆえに発進することなく破壊された航空機・ヘリや鉄屑同然の戦闘車両を確認。原因は亡国機業側からのハッキング(又はクラッキング)からか暴走したホスト型戦車や未だ上空で激戦を繰り広げる米軍ISと2機の亡国ISとの戦闘の余波であることは容易に想像できた。

 そして機甲戦力・航空戦力の大半を削られた歩兵達には大量の生体兵器(テラーバイト)が差し向けられている。

 

(なんとか米軍IS隊を支援できれば、どうにかなりそうだが。

 後は時間を稼ぐ位か……最優先は篠ノ之さんと福音だ)

 

 外に出てからある程度引きずった後、反撃を防ぐために2機に左右のアームパンチを食らわせ、そのまま反動で2機との距離を離した岡部友章は左腕に取り付けてあるリヴォルヴァーカノンで追撃を加えた。

 

(そこまでバカではないか)

 

 2機のISは左右に分かれて追撃をかわす様子を見て岡部友章は次の手を予想する。

 

(この前の学園祭でサイレント・ゼフィルスを叩きのめしたから、サイレント・ゼフィルス単騎でこちらの相手は考えにくい。片方のアイアンサイドが気にはなるが、少なくとも本気の潰し合いではないだろう。

 今回の相手の目標は篠ノ之束・銀の福音・最新鋭UCAV(無人航空機)のいづれかだ。)

 

 落ち目とはいえ未だに世界一の軍事力・作戦遂行能力を持つ国家に一組織が正面切って戦う、なんて無謀な真似は無いだろうと岡部友章は結論付け、ある程度情報があるサイレント・ゼフィルスではなく、アイアンサイドを自身の警戒度の数値を上げておく。

 二手に別れたISはそれぞれの武装を展開した。サイレント・ゼフィルスは大型のレーザーライフルを持って6基のBT兵器を展開し、アイアンサイドはそこまで注視していなかったので、いまさらだが左腕をガトリングガンのようなものに改造していた。7.62mmの5連装……ではない。

 

(汎用性の高いISにあるまじき固定武装、面白い設計思想だ。ついでにリモコン付き自爆スイッチでも渡してあげたいね)

 

 前世では酷く痛めつけられたVSSEの宿敵を思い浮かべる装備に岡部友章は毒づき、ボールダッシュで、基地滑走路に躍り出る。この場面で空戦を選ばず陸戦を選んだ岡部友章には理由があった。

 室内戦から護衛上の都合により室外戦、ひいては空戦へと舞台を映したので相手はISのPICと推進翼による機動力を十全に活かすことができる。だが、わざわざ相手の土俵に乗り込む必要はない。空戦は確かにISの三次元的な機動力を活かせるベストな戦場だが、逆に言えば三次元的に狙われる事もあるということだ。

 その分、ボールダッシュによる機動では少なくとも足元に注意を払う必要もない。ハイパーセンサーで全周囲を警戒出来るとはいえ、『する』と『しない』では精神的負担やプレッシャーを抑える事ができる。

 

 アイアンサイドが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行うと同時にサイレント・ゼフィルスのBT兵器がゲスト機に向かい殺到する。

 腕をまるごと武器とすることで、より直感的な動作が可能になったガトリングガンとBT兵器のガトリング・レーザーが滑走路のコンクリートを削り取る。

 

「……芸の多い男だ」

 

 アイアンサイドとBT兵器でゲスト機の退路を塞ぎ、大型レーザーライフル星を砕く者 (スターブレイカー)でダメージを与えようとするサイレント・ゼフィルスであるが、無人のエイブラムス戦車を遮蔽物に据えて、ボール機構を用いてのクイックターンで上半身を器用に回転させたゲスト機がヘヴィマシンガンをサイレント・ゼフィルスに射界に収めてもいた。

 直撃コースな銃撃を紙一重で避けたサイレント・ゼフィルスのパイロットはそう毒づき、攻撃から牽制に切り替えてスターブレイカーをBTエネルギー弾に変更して制圧射撃を開始する。

 

(これは、厳しいな……)

 

 激しい銃撃に晒された岡部友章の心境は不安であった。

 

(いい感じに追い立てられている。やはり、空中に上がらなかったのは正解か)

 

 背面を向いてのボールダッシュで滑走路を駆けながら左腕に取り付けられたリヴォルヴァーカノンでサイレント・ゼフィルスに射撃を加える。

 その瞬間、アイアンサイドが右腕に装着してあるパイルバンカーの亜種、インパクトガンが迫り来る。

 岡部友章は上体・腰を右にずらし、アイアンサイドの右拳をゲスト機の胸部装甲を掠らせながらもなんとかかわし、そのまま腰を落とし身体を沈めてから右腕のアームパンチでカウンターをかます。

 アイアンサイドはそのままくの字に曲がり、吹き飛ばされるがBT兵器のガトリング・レーザーが的確にガリガリをシールドエネルギーを微小ながら削っていく。

 

(前衛と後衛のペアに良いようにされている……)

 

「逃すかァッ!」

 

 岡部友章は脚部に増設されたブースターをおもいっきり稼働させてボールダッシュを行い、なんとかBT兵器から振り切ろうと試みる。

 が、サイレント・ゼフィルスはその思惑はお見通しのようで、大破した輸送機に逃げ込んだゲスト機をスターブレイカーで追撃をかける。サイレント・ゼフィルスのパイロットはその高いBT適正によってBT兵器稼働率はセシリア・オルコットのブルーティアーズのそれよりも遥かに高い。その恩恵の一つとしてBT偏光制御射撃(フレキシブル)を用いた精神感応制御――要は思念や自らの意思によりBTエネルギー弾の発射軌道を操作できる。そう言った特殊な能力を保有している。

 

 スターブレイカーから放たれたエネルギー弾は弧を描きながらゲスト機に追尾する。背中に着弾し大きく仰け反ったゲスト機。アイアンサイドがそれを見逃すはずもなく、左腕のガトリングガンで容赦無く弾丸を浴びせる。

 

(屈折レーザー兵器ッ! URDA(反英国テロリスト組織)にあったらしいが……

 これがBT兵器のコンセプトの真髄か!)

 

 左膝をついて、右腕で頭部を庇って極力シールドエネルギーを消費させずに装甲で受け止めるようにアイアンサイドのガトリングガンを受け止めるゲスト機に対して、アイアンサイドは右手のインパクトガンを稼働させて迫り来る。

 

(ゲスト、近くの戦車をハッキングできるか? そいつをぶつけろ)

 

『了解。システムに侵入中……』

 

 BT兵器のガトリングレーザーにシールドエネルギーと装甲を削られながらも腰部の小型ガトリングガンで肉薄してくるアイアンサイドを牽制するものの、相手も多少の損耗は覚悟の上でそのまま突っ込んでくる。

 

「させないッ!!」

 

(ぐぅ、チャージショット!?

 頼む……間に合ってくれよ……)

 

 岡部友章は左腕のリヴォルヴァーカノンで更に火力を補おうとするが、サイレント・ゼフィルスのスターブレイカーの物理・BTエネルギー弾混合の複合式カービンライフルのチャージショットを彷彿とさせる一撃がリヴォルヴァーカノンを大破させる。

 アイアンサイドがインパクトガンの先をゲスト機に振り切る直前、エイブラムス戦車が全速力でアイアンサイドに激突した。

 

『お仕置きです』

 

 砲塔も正面を向けたまま衝突したので砲身が槍のようにアイアンサイドにつきつけられたのを良いことにゲスト機は砲身内の残っていた砲弾をそのまま発射し、アイアンサイドを吹き飛ばした。

 

「……くっ、あと一歩の所で」

 

 サイレント・ゼフィルスは吹き飛ばされたアイアンサイドを瞬時加速(イグニッション・ブースト)で追いかけて捕まえると、そのまま基地から離脱を開始した。米軍がなんとか態勢を直したのだろう。

 空から、米軍IS隊が無事にボロボロの空軍基地に帰投して来る様子からそう、結論づけた。

 

「命拾いをした……」

 

 IS『ゲスト』はBTガトリング・レーザーやガトリングガンと言った激しい銃撃により、左腕のリヴォルヴァーカノンの他にも右腕部全般や左肩のロケットポッド、背中の装甲部分にひどい損傷被った。

 

(学園祭の時は相手が慢心していたが、今回はそうはいかなかった……)

 

 事実、サイレント・ゼフィルスは機体性能は性質をフルに活かした戦い方をしており、岡部友章もその運用法は正解であったと考える。

 

(あの未確認機の事も気にはなるな……)

 

 アイアンサイド(鉄騎兵)も岡部友章にとっては脅威に感じる。

 ISにあるまじき固定武装の恩恵は圧倒的・正確無比な火力であった。ゲスト機の腰のガトリングガンよりも口径の大きく強力な弾丸を自由自在に操り、全身装甲というISでは身重な装備でサイレント・ゼフィルスと問題無く連携が組める機動性。

 2機がかりとはいえゲスト機が終始守勢を強いられるのは形態移行を終えた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)以来であった。

 

(自分のやるべきことはまだ……残っているようだ。)

 

 完全に大破したヘヴィマシンガンをぶっきらぼうに投げ、振り向いた視線の先にはこちらに寄ってくる機影が1つ。ナターシャ・ファイルス駆る銀の福音と彼女に抱えられながら、岡部友章の名を呼ぶ篠ノ之束の姿であった。

 

   ■   ■   ■

 

「と、言うわけで今後のIS実習は『元』ドイツ軍軍属のルードヴィッヒ・バイルシュタインとモーゼル・シュトッテルンハイム先生に『元』米軍軍属のナターシャ・ファイルス先生も参加するから、これからも鍛錬に励むように」

 

 キャノンボール・ファストに向けての最終調整も兼ねたIS実習に向けて2組担任・岡部友章からの粋な計らいに愕然とする生徒達(専用機持ち達)。特にラウラ・ボーデヴィッヒは笑顔が引きつっている。

 

「一般機を使う生徒はその3人と山田先生、クラリッサ先生が担当ですからねー

 自分と織斑先生、篠ノ之さんは専用機持ち担当で、以上。」

 

 集合した一同(専用機持ち達)はすぐさま岡部友章(だいたいこいつのせい)に詰め寄る。

 

先生(レーラー)!? これは一体!?」

 

 その中でもラウラ・ボーデヴィッヒは群を抜いていた。何故なら、彼女達はナノマシンクライシス以前の黒ウサギ隊に所属していた、いわば猛者の中の猛者でもあったからである。

 

「ああ、ボーデヴィッヒさんは知ってるのか。

 なんでも、自分のファンらしくて脱公務員をしてまでこっち(IS学園)に来たんだってさ」

 

「なら、あのアメリカ人(Amerikaner)はどう説明する?」

 

「非常に高度な政治的判断かつ、軍事上(パワーバランス的な)必要不可欠であるが故にそうせざるおえなかったのです」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑千冬の詰問に対し、しれっとした顔で岡部友章がそう応える。「いやぁ、熱心なファンとタヌキの化かし合いは怖いなあ」と白々しさ満載だが……

 

「まあ、そんなことよりも今はキャノンボール・ファストに向けての最終調整に移りましょう。ね?」

 

 岡部友章は篠ノ之束に目配せすると、彼女は待ってましたと言わんばかりに立体型ディスプレイをいつものメンバーの前に投影させる。

 

「ねえ、これって」

 

「キャノンボール・ファストに向けて各国から送りつけられて来た追加パーツ。

 中国のIS技術局からもあるよ」

 

 凰鈴音の質問に対して、岡部友章はそう応える。

 ディスプレイには専用機持ち全員のモデルが映しだされ、機動用パッケージの各パーツの装着部分やそれによるカタログスペックの比較などが詳細に映しだされている。

 

「でも友兄。俺と箒のデータは無いようだけど……」

 

「君達は丸々オーダメイドのようなものじゃないか。パーツは無いよ」

 

 織斑一夏がそれを指摘するが岡部友章は冷ややかに答えた。

 

「そもそも、第4世代の紅椿(あかつばき)とそれ加速力・機動性ならスペック上同等な白式・雪羅(びゃくしきせつら)に更に適正パーツは無粋か……」

 

 篠ノ之箒は初めは新型パーツと聞いて少し心なしかワクワクしていたが、岡部友章の一言から察し、しゅんとなってテンションが下がった。

 

「それじゃあ、篠ノ之先生にパーツの換装をしてもらってから、授業始めるぞ!」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 専用機持ち達はISを展開し、篠ノ之さんにパーツの換装とスペックの説明を受けていた。その間、岡部友章は織斑姉弟と篠ノ之箒と話すこととなる。

 

「で、だ。専用機持ち達が換装をしている間にキャノンボール・ファストの説明に入るか」

 

 篠ノ之束同様に立体型ディスプレイを織斑一夏、篠ノ之箒の両名に向けて展開する。織斑千冬はそれに合わせて説明を開始した。

 

「キャノンボール・ファストはその英語での元ネタの通り、ISを用いてのレースだ

 今回は市のIS・一般兼用のアリーナを用いての開催となる。といっても、アリーナは各選手たちの顔見せとレースの出発・到着地点に過ぎないがな。

 ちなみ一夏と箒は専用機持ち部門……要はいつものメンバーと専用機持ちも先輩達とで最速を争ってもらうわけだ」

 

「まあ、普通のレースゲームみたいなものだ。言っておくが、織斑先生も自分も今回は高速機動演習の一貫としてISを実習の成績に加味するから、そのつもりでいるんだぞ」

 

 軽く織斑千冬が説明し、岡部友章が補足を追加する形でキャノンボール・ファストについての説明を終えると、ちょうどタイミング良く、他の専用機ちが換装を終えたらしく、こちらに駆け寄って来る。

 

「岡部先生。換装、終えましたわ」

 

 専用機持ちの代表代わりにセシリア・オルコットがそう報告すると岡部友章は新たに投影型ディスプレイを新しく展開する。

 

「オルコットさん、報告ありがとう。

 で、このディスプレイに自分と織斑先生、ハルフォーフ先生のレースの映像がある」

 

 投影型ディスプレイには、キャノンボールファストを想定した擬似的なレースの映像が流れている。ISゲストや暮桜弐式、シュバルツェア・ツヴァイクが正に砲弾の如くに駆けて行く様は、織斑一夏達専用機持ちたちにとってはとてもおもしろく見える。

 

「一般のレースでもそうだが、ことISにとっては接触はご法度だ。ISにはシールドエネルギーがあるので身の危険は無いと思われるが、高速機動下においてのIS同士の接触大きなタイムロスになりえる。実例がこれだ」

 

 そう言って、岡部友章がディスプレイの場面を変更する。

 ディスプレイには岡部友章がのゲストと織斑千冬の暮桜弐式の激しい駆け引きが行われている場面が映しだされた。

 

「現時点では、織斑先生の暮桜弐式が先頭で、自分のIS『ゲスト』がそれ(暮桜弐式)追いかけている状況ではあるのだが……」

 

 次の瞬間、岡部友章のゲスト機が強引にインコースを攻めてIS『暮桜弐式』に接触、直後に2機のISは衝撃でお互いにもつれ込み、そのまま海面上に激突、派手な水柱を立てて海に飛び込む形となった。

 

「このようにキャノンボールファストは常に音速下の……瞬時加速時のような

高速の世界に突入するが故に、ほんの僅かな接触でもコースアウトする恐れがある。

 今回の映像は着地地点が海上であるが故に問題は生じなかったが、陸地でのコースが予想されるがゆえに、このような事態は極力避けて欲しい」

 

 岡部友章がそう言うと専用機持ちもメンバー達はコクリと首を頷く。

 

「と、言うわけで音速機動訓練も兼ねて、そういった事故防止も兼ねて君達には高機動型パッケージの習熟、最終調整に移って頂きたい。

 まずは、手始めにIS学園の外周で軽いレースを行い、各特性や性能を実感してもらうぞ」

 

 岡部友章はそう言って、専用機持ち(織斑一夏達)に対する、猛特訓を始めたのであった……

 

   ■   ■   ■

 

「ふぅ……今日も千冬姉と友兄の授業は厳しかったなぁ」

 

 放課後の補習授業という名前の模擬戦闘訓練を終えて、すっかりクタクタな様子で織斑一夏が自室の前にいた。

 

「まあ、それが仕事なんだろうけど」

 

 鍵を挿し、解錠したあといつもどおりに扉を開けて中に入ると織斑一夏を待っていたのは……

 

「おかえりなさい、今日は遅かったわね。

 あ、お邪魔してるわよ」

 

「楯無さん……」

 

 人の部屋のベッドで寝転びながらファッション雑誌を読み耽るそのあまりにもフリーダムなスタイルでいる更識楯無の姿に織斑一夏は呆れ返る。具体的にはガクッ、と肩を落として首が項垂れている様子である。

 

「こんなんでいいのか生徒会長……」

 

 恐らくは同じ男である岡部友章にも同じような事をやっているんだろうなぁ……と、思いながら、織斑一夏はそのまま部屋に上がっていく。

 

「楯無さん。パンツ見えてます」

 

 織斑一夏が部屋に入っていったが、更識楯無の態度は全く変る様子も無く、うつ伏せのままはしたなく両足をパタパタとさせる。

 普通の人付き合い上、それらの行為はたとえ親しい物同士であっても本来は叱っても良いほどの行いなのではあるのだが、織斑一夏の今までの経験上、更識楯無がこちらにきたということは何らかの用事があるものであろうと考えているので、今回の所は寮監(岡部友章)に報告して叱って貰うことを織斑一夏は決心した。

 

「見せてるのよ。

 問題、今日楯無さんのパンツは何色でしたでしょうか?」

 

「なんでそこまで来てやっと隠すんですか……

 えーっと、ピンクですよね?」

 

「もう、織斑君ったらえっちぃ」

 

 いつもは更識楯無と岡部友章が織りなす茶番(簡易コント)を見る立場であった織斑一夏ではあるのだが、こうして当事者になると性格上つらいものがあると本人は思った。

 

「で、楯無さん。俺をからかうだけならそろそろ寮監(岡部先生)でも召喚しますけど」

 

「ちょっとそれはおねーさん的に勘弁して欲しいかな……」

 

 流石に岡部友章の名前を出すと更識楯無もここら辺りが引き際であると察したらしく、雑誌類を片付けて、ベッドを元に直してから来客用に織斑一夏が取っておいた椅子に座る。

 

「さて、今日は貴方に少しばかり話すことがあってお邪魔したわけですが……」

 

「一体なんですか……」

 

「そんなに警戒しないの、おねーさん今回は真面目だから。

 学園祭の時に急襲してきたあの集団亡国機業(ファントム・タスク)の事よ」

 

 織斑一夏はその組織の名前を聞く事は初めてではあったが、学園祭の時に自分達に襲ってきた集団の事は当事者故によく知っていた。

 

 1機の未確認ISと幾人かの――具体的には数個分隊程度の構成員が自分や幼馴染(篠ノ之箒)やその姉を狙った犯行であることは織斑一夏には明確にわかっていた。

 

 もっとも、そんな彼らの前にどこからか現れたパンダの様なコスチューム(着ぐるみ)を着た2人の男が現れて瞬く間に無力化される様子を見ただけではあるが。

 後に篠ノ之箒にも聞いてみた所、彼女の場合は空想上の生き物や幻獣をモチーフにしたジャケットを着た男達が、自身の姉の場合はクラリッサ・ハルフォーフと強力して相手のISを撃退し、シャルロット・デュノアやセシリア・オルコットからはスナイパーライフルを持ったアメリカ人が乱入してきたようだ。

 

「言っておくおど、あっさり撃退できたのは運が良かったからよ」

 

 私達の業界でもそう滅多にお目にかかれないVSSEとGhostを味方につけるってどういうことなの……

 

「そんな有名人だったんですか? あの人達」

 

 なまじ岡部友章の知り合い(助っ人)と名乗って着ぐるみを着ながらプラカードを持ってコスプレ喫茶の順番待ちの接客を担当していた様子を見ている織斑一夏にとって、現実味が薄かった。

 

「……そんな話は置いておきましょうか。私、『また』お腹痛くなってきそう……」

 

 あの更識楯無の胃にダメージを与えるレベルらしい。織斑一夏もそんな彼女の仲間入りになるのは御免被りたかったので、その話は忘れることにした。

 

「で、その例の組織(亡国機業)なんだけど、つい先日アメリカ軍の基地を襲撃したって話だそうよ。狙いは恐らくはISよ」

 

「へえ、どうしてそうだと思うんですか?」

 

 織斑一夏には未だにISが全ての兵器に対する万能武器とは到底思っていない。

 何故なら、自身の機体があまりにも一点特化型の乗り手を選ぶピーキーな性格でお世辞にも戦績は悪くはないが良くもなく、いまいち万能感のある強さという実感は感じられないのだ。そして、実際に実在する兵器と戦ったことが無いのも要因の1つだ。

 

「襲われたのはコロラド州ピーターソン空軍基地。アメリカ北方軍の本拠地よ?

 岡部先生がISを用いた軍事ドクトリンや各諸兵科との連携についての論文を向こうは高く評価している以上、それに基づいたISの配備を考えれば自然とそう行き着くはず」

 

「ごめん、楯無さん。ちょっと何言っているかわからないです」

 

 右手をグッ、と握り締めながらそう熱弁を振るう更識楯無に待っていたのは織斑一夏の情け容赦ない一言であった。

 

「これは……岡部先生とはまた違ったおっとりさんですわ……

 まあ、IS盗られないように気をつけてねって話よ」

 

「ええ、それは当然」

 

 右手で拳を握り締めて織斑一夏は力強く応える。

 

(俺だけじゃない。箒や鈴、他の子達だって守ってやるさ。

 まあ、当分は友兄や千冬姉の足を引っ張らないように頑張るしか無いけど……)

 

「まあ、頼もしい。姉妹喧嘩を止めようと八面六臂(はちめんろっぴ)のような活躍を期待してるわね」

 

 更識楯無がそう言うと、織斑一夏は一変して苦笑いを浮かべる。

 

「あの時君がおねーさんに啖呵を切った言葉は忘れないわぁ『たった一人の大事な』」

 

「楯無さんやめてください死んでしまいます」

 

 続きを言おうとする更識楯無の前に織斑一夏は即座に必殺・猛虎落地勢(土下座)で迎撃し、彼の(精神的)死は避けられた。

 

「えー。あの時の君、結構おねーさんの好みだったんだけどなぁ」

 

 織斑一夏は更識楯無の感性にはついていけなかった。

 しかし、今更ながら織斑一夏はこの眼の前の猫のように気まぐれな女性を見てふと思う。

 

(今更だけど、楯無さんと付き合える男の人って、ハードル高いなぁ……)

 

 容姿・器量共に最上級のできる女性ながらも掴み所がない性格・更識という格式高いお家柄。そして何より……

 

(この人の伴侶に値する人のイメージが全く思い浮かばないよなぁ……)

 

 身近で最も可能性の高い人物として岡部友章を候補に挙げてみるものの、恋人同士というよりもコントの相方・同僚の色が何故か一番色濃く出てきて、そういうイメージでは無いのだ。

 

「あら? おねーさんの心配でもしてくれているのかな? かな?

 私だって女の子。いつかは収まるところに収まるわ。

 例えば、もしかしたら君のところかも知れないわよ?」

 

「ハハッ、ナイスジョーク」

 

 きょとんとした表情で、更識楯無を見つめる織斑一夏に彼女は何かを感じ取ったらしくそう反論するが、織斑一夏もそれは予測済みだったようで、即座に切り返す。

 その後、タイミングが良かったのか、はたまたその逆か織斑一夏の部屋の玄関にノック音がした。

 

「はいはーい。開けますねー」

 

 更識楯無は何の躊躇もなく玄関のドアを開けると、そこにいたのはシャルロット・デュノアであった。

 

「? あれ? お邪魔してます。会長」

 

「ゆっくりしていってね」

 

「更識さんは話がこじれるので下がっていてください。

 シャル、どうかしたのか?」

 

(それはこっちのセリフだよぉ)

 

 織斑一夏の部屋を訪ねたはずが、中にいたのは更識楯無だった。

 こと織斑一夏の部屋には熾烈()な争奪戦の為に2人きりという事になるのは珍しい。

 

(たぶん、会長がこっそり入ったんだろうなぁ……)

 

 もし、これが同じ学年凰鈴音やクラスメイトのラウラ・ボーデヴィッヒであったならば、話は更にややこしくなるだけに、今この場に居るのはシャルロット・デュノア当人のみだったという事実は彼女にとっても、更識楯無にとっても幸運であったろう。

 

(まあ、どのみち一番割りを食うのはイチカだろうけどね……)

 

 内心ため息を付きながらもシャルロット・デュノアは織斑一夏の様子を見る。

 シャルロット・デュノアからみた織斑一夏はどう見ても怪しく、狼狽えている。

 

(特に会長さんに何かされたわけではなさそうだけど、なんでそんなに挙動不審なのかな?

 だから、会長さんや岡部先生・クラリッサ先生に茶化されるのに)

 

 露骨な織斑一夏の狼狽えようにだんだんとシャルロット・デュノア自身の加虐心がムクムクと起ち上がってくる。

 シャルロット・デュノアは更識楯無の笑みを見た後、きょとんしてみせてだんだんと表情を無表情のそれに変化させていく。

 

(イチカったら凄い焦ってる。ホントは怒ってないのに)

 

「一夏……会長とナニ? してたの?」

 

「え、いや……何って、雑談だけど」

 

「だったら何で会長さんが一夏の部屋から迎えてくれるのかな?」

 

 首を横に傾けながら、出来るだけ抑揚の抑えた声で織斑一夏に問い詰める。

 先程の織斑一夏の部屋から会長云々は完全に言いがかりである。

 

(普通だったら、関連性の無い質問だってわかるけどねー)

 

(え? 何でシャルはここまで怒っているんだ!? 何かやらかしたか!? 何かやらかしたのか俺は?)

 

 どう見ても怒っている(ように見える)シャルロット・デュノアを前にして、織斑一夏は今までの自身の行動を思い出しながら、何か自分に非があったのか? どうすれば彼女の怒りを収めてもらうことが出来るのか? 必死に思考を張り巡らせていた。

 織斑一夏から見たシャルロット・デュノアは、彼女の思惑通り頭部に十字状の怒りのマークを表示させ、背後には燃え盛るような炎がエフェクトとして見えているかのようであった。

 

「なんでって……シャル。俺がシャルを怒らせたのなら、謝るよ」

 

「どうして謝るの? 別に怒ってないよ? 私」

 

(なんだろう? イケナイだってわかるんだけど、イチカの表情を見てると……ゾクゾクしちゃう!?)

 

 シャルロット・デュノアのその一言に対して、織斑一夏の表情は捨てられた子犬のそれに変わり、それがシャルロット・デュノアの加虐心に更に火をつけようとする。

 織斑一夏の背後に居る更識楯無はいい笑顔でシャルロット・デュノアにサムズアップした後に扇子を広げる。扇子には『ここでネタばらし』と書かれていた。

 

(うん、ここは会長に従おう。あんな人でもちゃんと引き際を見極めるのは的確だし)

 

 更識楯無と岡部友章、時たま篠ノ之束と織斑千冬、クラリッサ・ハルフォーフのいずれを交えたコントを見てきた経験から、更識楯無のその判断は的確だと判断し、そろそろネタばらしに入ることにする。

 

「じゃあ、私は岡部先生から呼び出しがあるからそろそろ帰るわね。シャルロットちゃん、ごゆっくり~」

 

 更識楯無はそう言うと、遊撃部隊のお手本通りの迅速な離脱で織斑一夏の自室から出て行った。

 

「……」

 

「……」

 

「……いつまでもここにいても変わらないから、部屋上がってもいい?」

 

「あ、ああ」

 

 織斑一夏とシャルロット・デュノアの間に沈黙が流れる中、彼女は特にリアクション無く、織斑一夏の部屋へと入っていく。

 シャルロット・デュノアは織斑一夏の部屋の中に入った後、周囲をぐるりと見回す。特に、代わり映えしない部屋なのだが、織斑一夏にとっては今のシャルロット・デュノアの一つ一つの挙動に対して、過剰に反応せざるを得なかった。

 

「と、とりあえず。お茶でも出すけどどうだ?」

 

「うん。でも、お茶はいいや」

 

「そ、そうか……」

 

 やや上ずった声を出す織斑一夏にたいして、シャルロット・デュノアはあくまでも平静を保つかのような返答をする。それが、織斑一夏自身の内心にさらなる焦燥をもたらし、さらに焦りを生む。

 

(ああ、ヤバイヤバイヤバイ。一旦心を落ち着けよう)

 

 織斑一夏はそう思い、ベッドに腰掛ける。

 しかし、シャルロット・デュノアはそれを見逃すはずもなく、織斑一夏の隣に腰掛けたのだ。

 

「し、シャル? 椅子なら向こうに」

 

「なに?」

 

「な、なんでもないです」

 

 とにかく、織斑一夏にとってはとても居心地が悪かった。

 自分が何かやらかした記憶も心当りすらも無いので、それは余計に拍車をかける。

 

(針のむしろってこんな感じなのかな……)

 

 とにかく織斑一夏は自室なのに、すごく居心地が悪かった。

 

「……クス」

 

 唐突にシャルロット・デュノアは可笑しそうにして吹き出した。

 

「あはは、一夏。私は怒っていないよ」

 

「え? えっ、え……?」

 

 笑顔は本当に純粋そのもので、邪推する余地のないくらいに上機嫌でもあった。そんなシャルロット・デュノアの様子に対して、全く要領を得ない様子の織斑一夏にシャルロット・デュノアはネタばらしを行う。

 

「だって、一夏ったら私見た時にはまるで浮気がバレた男の人みたいに狼狽えていたから。それがもう可笑しくって。ハハッ」

 

 満面の笑みを浮かべて笑うシャルロット・デュノアに織斑一夏はすっかり毒気を抜かれ、ホッと胸を撫で下ろす用に深く息を吐いた。

 

「……なら、なぜあんなことを?」

 

「いやぁ最近、一夏と会長さんがよく絡んでいる所が多いからかな」

 

 織斑一夏の疑問に対してシャルロット・デュノアは正直に応える。

 

(確かに、学園祭の時もとく茶化しにきてたよなぁ)

 

 良く、1組2組合同での作業の時に監査とか言って乱入しては最終的に岡部友章に連行されるパターンがよくあった。とは言え、織斑一夏には腑に落ちない点もあった。

 

「でも、あの人は誰とでもあんなんだろ?」

 

 きょとんとした顔でさも当たり前なことを言う織斑一夏。

 

(そんなわけないでしょうに……こういう点がイチカの鈍さなんだろうなぁ)

 

「そう? 私にはそうは見えないけどなぁ……」

 

 シャルロット・デュノアは知っている。岡部友章や織斑一夏、その他自分達専用機持ちに嫉妬している人間が居ることを。

 それらの対応はもっぱら更識楯無が行なっているという事も。だからこそ、更識楯無は生徒会長という枠に収まり、ここまで派手な学園祭の企画から……ヘタすれば露骨に不興を買うような行為、例えば織斑一夏や岡部友章の部屋に突撃等を行なっているのだから……

 

(だからこそ、岡部先生はあのコントを彼女のガス抜きの一環として付き合っているんだろうなぁ。まあ、一夏には知らなくても良い世界だし。それはそれで仕方ないか……)

 

 今日もまたシャルロット・デュノアはこの世界が絶妙なバランスの下で成り立って居ることを再認識するのであった。




お待たせしました。
6巻のおおよそ半分近くで20000文字超えそうなのでここで一旦区切ります。

セシリアのBT偏光制御射撃でレイストームを思い浮かべた人は正解!
元黒ウサギ隊の名前が某ポツダム将校だったりヴェスト大公だったりするのは気のせいだぞ
フリゲの緑髪にはどうしてまともな奴が皆無なのか……

あと、文系グダグダが聞きたいことがあるそうなので当人の活動報告でも覗いてくださいって言ってましたよ(他人事)当話の投下報告に書いてあるそうです。

もうイデオロギー闘争には疲れた……
ルーニーとかマンチとまともな話をするぐらいに疲れた
楽しめりゃいいんだよ(ゲス顔)

というわけで自重は投げ捨てました。俺は何が何でも己のモチベーションを取るんだ……
なお、評価システムは継続する模様。糞SS読まされた腹いせにでもどうぞ
ISの真剣な考察とかは活動報告とかでやりたいですねー。

ISの装甲材設定の考察とか
現代・近代に置ける差別問題から紐解く女尊男卑設定に対する考察とか
白騎士事件時における撃破艦船から紐解く海軍規模はhttp://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=26310&uid=1259でやったのですが、やはりモグリではこのザマだそうです。

┌(┌'A`)┐<感想・メッセでの誤字報告とか雑談・余談、アドバイスとかなら大歓迎
       誰にも見られたくない内容を言いたい時はメッセか一言評価をご活用下さい

お目汚し失礼しました

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